Memory59
とりあえず、ユカリと一緒に組織に戻るべきなんだろうか。その前に、愛はどうするつもりなんだ? あいつアストリッドに造られたらしいし、アストリッドの補助なしだとどこで生活するつもりなんだ?
まあ、あいつはそんなに無計画な奴じゃないし、何かしらプランはあるんだろうな。
「あれ? ここら辺でアストリッドが倒れてたはずなんだけど……」
俺はさっきアストリッドが倒れていた場所へ目を向ける。が、そこには何も残っていない。血の一滴すら。
「あれ? ここじゃなかったっけ」
「何を探してるの? お姉ちゃん」
「お………え………び……」
「え?」
「お前の、首」
あれ?
何で俺、ユカリの首を絞めてるんだ?
やめろ、やめろやめろやめろ。
今すぐ手を離さないと。
「おねえ……ちゃ………くる……し………」
はやく手を離せこのバカ!!!
このままじゃ…………。
「なんで、手が、離れな……こ、ろ、す………自分の………手で………ころ……させ………何……言って………ああ!」
「おい! 何やってんだ!?」
異常を察知したのか、来夏と愛がこちらへやってこようとする、が……。
「お前を足止めできれば、きっとアストリッド様は私のことを認めてくれるはず………」
愛はアストリッドに心酔しているらしい人間の少女に羽交い締めにされ。
「貴方の相手は私がしましょう。ふふ、クロ様、私にとどめを刺しておかなかったのは、判断ミスでしたね」
来夏はベアードに足止めされてしまう。
ダメだ………。
俺を止められる奴が、いない。
手を離さないと、じゃないと、殺しちゃう……。
「ふふっ、あーあ、可哀想に。あの時私をちゃーんと殺しておけば、こんなことにはならなかったのにな〜」
背後から、もはや聞き慣れた女の声がする。
人の命を、何とも思っていない魔族。
全ての吸血鬼の王女。
「アス、トリッド……」
「アハハ♪ そうだよ〜。誇り高き吸血鬼、アストリッド様だ。うん、さっきはしてやられたね。まさか私の攻撃を利用するなんてさ。でも、相手の技を使う時はよーく考えた方がいいんじゃないかな?」
「なん、で……」
「なんで? だってクロ、考えてもみなよ。私にトドメを刺した攻撃は、私の出した血の刃。そう、私の血液で作られた、ね。当然、私の体に突き刺したところで、それは元々私の体の一部分なんだから、私の体内に入れば元通りになるんだよね。ま、刺された瞬間は痛かったし、一時的に本当に戦闘不能になったんだけどさ。それよりいいの? このままじゃその子、死んじゃうよ〜?」
そうだ。無駄話をしてる場合じゃない!!
はやく手を離さないと!
ユカリが………。
「ふふっ、何で体が勝手に動いちゃうか、教えてあげよっか?」
そうだ……。原因を掴めば、解消できるかもしれない!
「っ! はやく教えろ!!」
「うお、すごい怒ってる。いや、焦ってる、かな? まあ、簡単なことだよ。私の血液を、クロ、君の体内に忍び込ませておいたんだよ。ちょうど君、左太腿にちょっとした擦り傷ができてたからさ、その擦り傷から、私の血液をチョロっとね」
「離れろ!! 離れろ!!!!! 掴むな!! ばか!」
「手、離したい? ま、そうだよね。だったら、頼み方ってものがあるんじゃない?」
「………お願いします! ……この手を、離させてください………」
「いいよ」
そう言って、アストリッドはあっさりと、俺に体の主導権を渡してくれる。
すぐさま俺はユカリから手を離す。
「けほっ……げほっ………」
「ユカリ………大丈夫? ごめんね………」
水でもあれば飲ませてあげられるんだけど……生憎俺は水属性の魔法も使えなければ、水の入ったペットボトルを持っているわけでもない。
とりあえず、なるべくアストリッドを刺激しないようにしないと。
俺は……………逃げられないだろうな。
でも、ユカリや愛にまで手を出させるわけにはいかない。
「クロ、選択肢をあげよう」
「…………何ですか?」
「あそこで私の眷属が捉えている裏切り者がいるだろう? どうやら君、彼女と仲がいいみたいじゃないか。だから、選ばせてやろうと思って。今あそこにいる彼女の命か、君の目の前にいるユカリの命、どちらの命を取るか、決めたまえ」
ふざけてる。
なんで、こいつはそんなこと……。
「10秒やろう。その間に決めろ」
そんな、選べって言ったって…………。
「10」
考えろ、今この場を切り抜ける策を。
「9」
全員が助かる道を。
「8」
最悪、俺は助からなくてもいい。
「7」
でも、俺を助けようとしてくれた子も、俺を励ましてくれた親友も、
「6」
どちらも死なせたくない。
「5」
「なんでも、なんでもするから! だから、2人には…!」
「ダメ。4」
「お願い!! お願いします!!! 許して、許してください!」
「3」
「反抗的な態度をとってすみませんでした!! これからは従います! 何でも言うこと聞きます!」
「2」
「だから! ですから!」
「1」
「あぅ………いやだ………やだ……」
「0。はい、おしまい。どちらにするか、ちゃんと決めた?」
なんで、そんな。
「い“や”…………」
「はぁ。この前もそうだったじゃん。結局私が決めることになるんだよね。私だって心は痛むよ? でも、クロがちゃんと決めてくれないからさぁ。だから死ぬんだよ? ふ・た・り・と・も」
ぐちゃりと、肉塊を引き裂く音が、俺の耳に届く。
俺の作り出した『聖剣」が、ユカリの腹を裂いた音だ。
「あ………うそ……だ、そんな………そんな、ことって……」
「おーえっらーい。いい子だねクロ。ちゃーんと選んでくれたのかなぁん? どっちを生・か・す・の・か。アハ! そっか、ユカリちゃんはもういらないんだ? 新しく出てきた女の方が新鮮だもんねぇ?」
こいつ……白々しい………ふざけるな………お前が俺の体を操って……。
「お………姉ちゃん………」
ああ、何で。
「っ、ユカリ……」
なんで、こんな時に。
「私、気にしてない、から……………お姉……ちゃ……ん……のこと、恨んでないから………」
思い出しちゃうんだろう。
ああ、そうだ。
守るって、決めたのに。
『こいつは失敗作のお前と違って成功作だ。前に言ったお前の代わりもこいつのことだ。お前にはこいつと実践形式の訓練をして経験を積んでもらう。まあお前の戦闘経験というより、こいつの戦闘経験を積むための訓練だが』
この子が、俺の前に連れられてきた時から。
『なんでもいいよ。私はお姉ちゃんとお話できるだけで満足だから』
「ユカリ、今更だけど、思い出したよ。ユカリの、こと」
「一緒に特訓したことも。あの時ユカリ、技のレパートリーが増やした方がいいって、そう言ったりして、一緒に考えてくれたりしたよね……」
「ユカリは気付いてないかもしれないけど、あの時私、精神的に落ち込んでて、辛くて」
「でも、そんな時に、ユカリがいてくれたから、毎日楽しくて………だから、だから、ありがとう……。一緒にいてくれて、私のこと、支えてくれて……」
「だから……ごめん、ね………こんな、こんな形になって……こんな、こんなことに………ごめん、ね………ごめんね…………………情けない姉で…………」
俺の意志に反して、俺の手は『聖剣』で何度もユカリの腹を引き裂いていく。
最低だ。ユカリのことを傷つけながら、ユカリとの思い出話をしようとするなんて。
でも、嫌だった。この現実から、目を逸らしたかった。
殺したくない。
傷つけたくない。
ユカリがいたから、今まで頑張ってこれた。そう言えるくらい、ユカリは俺の中で大きな存在なんだ。
お願いだから、止まってくれ。
誰か、止めてくれ。
「お姉ちゃん……なか、ないで………」
「わた………しも……お姉ちゃんといて………たのしか……った………………ほんとに………うらんで……ないから…………きにやまないで……………」
何で…………何で俺…………。
ああ、全部、おれのせいか……。
「おねえちゃん……いま……まで……ありが、とう………」
その言葉が、俺が最後に聞いた妹の言葉となる。
「ゆ、かり……?」
今まで明るく話していた彼女の姿は、もうない。
その目には、生気が宿っているようには、思えない。
俺が、殺した。
アストリッドに操られて、それで……。
さっさと、殺しておくべきだったんだ。
何で、あんなやつに情けをかけたんだろう。
殺してしまえばよかった。
そうだ、なんなんだこいつらは。俺が命まで取らないでおいてやったっていうのに。それでこの仕打ち。ふざけるな。許せるわけがない。そうだ。情けなんていらない。魔族なんて、皆そうだ。どいつもこいつも、自分のことばかり。人間を、まるでボロ雑巾かのように扱う。もう、殺しちゃダメだとか、そんなの関係ない。殺せばいい。どうせ魔族なんて、ろくなやつがいないんだから。
………ああ。でも、どれだけ恨んでも、もうユカリは帰ってこない。
いくら悔やんでも、俺がユカリを殺した事実は変わりようがない。
嫌だ。
なんで。
何でユカリが、死ななきゃいけなかったんだ……。
なんで、なんでなんで………。
ユカリの死が、苦しくて、切なくて、信じたくなくて………………死にたくなる。
でも、しねない。
だって、きっとユカリはそんなこと、望んでないだろうから。
いっそのこと、死ぬ時に、恨んでくれた方が、気が楽だったかもしれない。
アストリッドが、笑っている。
愛はアストリッドの手下の人間の少女に拘束されていて、来夏はベアード相手に苦戦、いや、遊ばれている。
絶望的な状況だろう。
でも、そんなのどうでもいい。
ユカリが、ユカリの命が消えた。
そのことしか、頭にない。
ああ。
ダメだ。
もう、かんがえられない。




