Memory58
アストリッドの討伐、完了!
思ったよりも自分が強くて驚いたけど、割とどうにかなったね。
でも大分出血してる………。え、グロい……。本当にこんなに傷ついてても魔族って生きていられるものなの?
応急処置とかしておいてあげた方がいいかな?
アストリッドの言い方的には、この程度の怪我は全然大丈夫なはずなんだけど………。
まあ、本人が大丈夫って言ってるなら、大丈夫なんじゃないですかね、はい。
うん、で、どうするか。
とりあえず一旦愛と合流するところからかな。愛の奴、俺のこと全く心配しないでかなり遠くまで逃げてるっぽい。そんなにビビりだったっけ?
「や、やあクロ」
しばらく歩いていると、手入れがされておらず、誰も住んでいなさそうな古びた屋敷の脇から、片手を振り上げてこちらに話しかけている、灰色の髪を持つ少女の姿が見られた。愛だ。
俺は少し小走りに愛のいる場所へ向かっていく。
そういえば、俺の余命ってどれくらいなんだろうか。
転生した当初は、この世界は俺のいた世界とは異なる世界なんじゃないかと、そう考えていたが……。
この町、翔上市を、俺は知っている。
前世でも、俺は翔上市にある学校を卒業した覚えだってある。育ちの町なんだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「お姉ちゃん!」
「うわっ!」
「お姉ちゃん………よかった……無事で………」
突然、横から見慣れない少女が俺に抱きついてくる。長い髪をサイドアップに結んだ、紫色の髪を持つ14歳くらいの少女。俺のことを『お姉ちゃん』と、そう呼んできた。
確かに、俺には前世でも、今世でも、妹が1人いる。
ただ、目の前の少女には見覚えがない。前世の妹ではないだろうし、今世の妹はシロという名の少女で、髪色的に考えても明らかに彼女のことではない。
よく見れば顔立ちがシロと似ているような気がするが……。
「え……と、どちら様?」
俺は純粋な疑問を彼女に投げかける。
その何気ない一言が、目の前の少女を如何に傷つけるか、そんなことを考えずに。
一瞬、少女は俺の問いかけに対して、質問の意味がわからないといった具合に、ポカンとして見せた。
しかし、すぐになぜ俺がそんな問いかけをするに至ったのか、それを理解したらしい。少女は、先程のポカンとした表情はどこへやら。
次の瞬間には、悲しそうな、いや、確実に悲しんでいると、そう分かる表情になっていた。
「え…………なん……で……?………」
少女は声に出す。
なんで? どうして?
私のことを覚えていないの、とでも言いたげに。
「ユカリ、だよ。君と、シロの妹。生まれた時期的に、今の君は覚えていなかったのかもしれないけどね」
愛が気まずそうにしながら、そう補足を加えてくる。
そうか、この子が……。
「おいクロ、なんだよその態度、そいつ、お前の妹なんじゃなかったのかよ」
悲しそうにしている紫髪の少女、ユカリの後ろから、金髪の髪をローテールにした少女がやってくる。口調は荒々しく、男勝りな印象を受ける少女だ。
「誰?」
「私のことおちょくってんのか?」
気のせいかな、前にもこんなやり取りをしたような気がする。
「残念だけど、今のクロには、君達の記憶はないんだ。正確にいうと、組織に脳を弄られる前の記憶しかない。もちろん、今までのことは僕が知識として与えたけど、全部伝聞だし、完全には頭に入っていないだろうってことだけ伝えておくよ」
「お前……」
「やあ、来夏。これで会うのは二度目かな?」
「愛、その子と知り合いなの?」
「んー、今日知り合った。あーそうだ。一応その子、君の妹だし、2人っきりで話したらどうかな? 僕は来夏と2人で話しておくからさ」
愛はそう言って、来夏の手を引いて少し離れた場所へ移動する。
俺は、目の前の紫髪の少女と2人っきりになってしまった。
「お姉ちゃん、本当に覚えてないの?」
「うん………。ごめん………」
「そっか。じゃあ、一緒に魔法の特訓をしたことも?」
「うん……」
「じゃあ、滅茶苦茶厨二臭い仮面をつけて、魔法少女三人組を揶揄ってカッコつけてたことも覚えてないんだね…………」
「うん………って何それ!?」
う、嘘でしょ? 俺、そんなことやってたの…‥?
「ご丁寧に死神の大鎌みたいなのまで持って………」
「うん。ハロウィンのコスプレかな?」
「あの時、“かっこいい悪役ムーブ”とはなんたるか、お姉ちゃん、力説してたよね……」
何なんだその”かっこいい悪役ムーブ“って!?
脳を弄られた後の俺は一体何をやってたんだ‥‥?
脳を弄られた影響で頭がおかしくなったんだろうか………。
「ごめん。本当に覚えてなくて………」
「ううん。大丈夫。私のこと、覚えてないのは、悲しいけど、でも、生きている限りは、また1からやり直せるし。だからね、お姉ちゃんが無事で、本当によかった」
そう言いながら、ユカリは満面の笑みで、俺の方を見つめてくる。
「おかえりなさい、お姉ちゃん」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「で、何だよ」
来夏は、愛に手を引っ張られ、人気の少ない場所へ移動させられていた。
「僕があげたアレ、使わなかったんだね。ま、別にいいけどさ」
「ああ。アレか。悪い、使う機会がなかった」
「まあ、君に渡しても意味なかったかもね。どうせ君じゃ、クロを助け出すことなんてできやしないんだからさ」
愛は、まるで挑発するかのように、ニタニタとした笑みを浮かべながら、来夏にそう告げる。
「それは、事実、だな」
「そうだよ。君達がいくらクロを助けようたって、所詮は赤の他人。クロと特別な繋がりがあるわけでもなければ、助けなきゃいけない理由だって、偽善でしかないんじゃないかな? 本当にクロのためを思ってやってるの? 僕は疑問に思うね。結局は、無意識のうちにクロのことを下に見て、助けてあげよう、なんて、上から目線で物事を考えてるだけなんじゃないかな? 君達は」
「それは………そういう部分も、あるのかもしれない。けど、私は、クロと今まで関わってきて、どういう人間かってのが分かってきて、その上で、助けたいって、クロに、幸せになってほしいって、そう思って」
「黙れ」
突然、愛は、とてつもなく低い声で、鋭く、一言告げる。
黙れ、と。
「な、なんだよ」
「クロのこと、何も知らない癖に。知ったような口を聞くな。知っているかい? クロがシスコンだってこと。意外とおちゃめなところがあるってこと。人を思いやれるからこそ、人を傷つけてしまうことを恐れてること」
「……何が言いたいんだ?」
「うん。さっき、君に僕は言ったよね。クロのことを下に見てるんじゃないかって。正直に言うよ。僕は見てる。より正確に言えば、僕に守られるべき存在だって、そう思ってるくらいだ。でもね、同時に対等にも思ってるんだ。矛盾してるって? そうだね、矛盾してるさ。僕だって、この感情を、どう説明すればいいのか、全く見当もつかないくらいだよ」
「お前、まさか……」
「そうだよ。僕は、クロのことが好きなんだ。人としても、親友としても、そして、恋愛対象としても。だから、クロに対して色々な感情を抱いてしまう。たとえそれが矛盾していたとしても、それぞれが独立した『愛』を、あいつに向けてしまっているんだ。だからね、正直、君達が邪魔なんだ」
愛からは、今までの少し物を知っているかのような、理知的な雰囲気はもはや感じ取れず、そこにはただただ1人の人間へ向ける『愛』だけがある。
「要は、お前がクロを独占したいだけじゃねーか。何がクロのためを思ってる?
だよ。お前が1番自分のために動いてるだろ」
「そうだね、でも僕はいいんだ」
「は?」
「だって、僕はあいつに拒絶されなかった。受け入れてくれた。認めてくれた。親友だって、そう言ってくれたんだ」
「何、言ってるんだ…‥?」
「でも、君達は違うよね? あいつから拒絶されたじゃないか、仲間になれなかったじゃないか。君達は、スタートラインにすら立ててない。君達に、あいつの隣に立つ資格なんてない」
「それがお前の本性かよ」
「そうだね。クロに告げ口でもするかい?」
「いいや。しない。これはお前とクロの問題だろ? 後、言っておくが、私はクロと関わるのをやめるつもりはないからな」
「それは偽善かい?」
「いーや、違うね。私がクロと仲良くなりたい。友達になりたい。クロと肩を並べたい。ただそれだけだ。私の自己満足で、自己中心的なものだよ。そうだな、偽善じゃなくて……
………傲慢、かな」




