Memory55
「ユカリ、おい、起きろ」
「んん…………あれ………ここ……そっか、私、負けたんだ……」
ユカリが目を覚ますと、彼女はどうやらベッドの上に寝かせられていたらしく、隣では来夏がいた。多分、倒れていたユカリをここまで運び出したのも、彼女なのだろう。
「クロの居場所、分かるか?」
「うん。分かるよ。ただ………」
「なんだよ」
「私は、私も、行くよ。お姉ちゃんの元に」
「お前、そんなボロボロの体で……やめとけ。足手まといだ」
「別に、貴方に止められても、場所を知っているのは私だし。私を連れて行かないって言うなら、教えない。連れて行くって言うなら、道案内してあげる」
ユカリはベアードがクロをアストリッドの元へ向かわせたのを知っている。そして、アストリッドの場所は事前に八重から教えてもらっている。
来夏も八重にアストリッドの居場所は聞いているので、アストリッドの場所にクロがいる。その情報さえ手に入れば、クロの居場所へ向かうことができる。
しかし、ユカリはそうはしない。
来夏からすれば、クロがアストリッドの元へ向かったなんてことは、分からない。だから、ユカリはその情報を隠し、自身を道案内役として、来夏と共にクロの元へ向かわせることを要求した。
アストリッドの元へいると分かれば、道案内など必要なくなってしまう。だから隠すのだ。
「あークソ。分かったよ。ただし、危ないことはするなよ? 身の危険を感じたら、すぐ逃げろ。んで、組織の幹部にでも何でも連絡しろ。分かったな?」
来夏からすれば、クロのことは組織からも救い出したい。だが、そのことにこだわりすぎて、ユカリが組織の幹部を呼ぶことができずに死んでしまう。そんな事態は避けたかった。だからこそ、最悪の場合、組織の幹部に連絡することをユカリに薦めた。
「うん。わかった。でも、その場合は、私ももう、貴方達にお姉ちゃんを引き渡すことは今後一切なくなると思うけど」
「じゃあ、その時は敵同士になるな」
「さあ、どうだろう。私の方が強いからな〜」
「言ってろ」
二人は共に行く。
クロを助けるために。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
正直、アストリッドって吸血鬼のことはよくわからない。
何が目的なのかとか、何で俺のことを狙ってたのかとか。
でも、やることは決まってる。
まずは、とりあえず様子見と行こう。
「『ホーリーライトスピア』!」
俺の掌、頭上、左右両側から、大量の光の槍が出現し、ベアードに向かって放たれる。
………なんか、どっかの英雄王みたいだな、まあ、光の槍は大した威力はないんだけど。
「後ろですよ」
「なっ」
しかし、ベアードはいつの間にか俺の真後ろに回っていた。
光の槍は真っ直ぐに進んでいたため、当然ベアードには当たらない。
なーんてね。
『ホーリーライトスピア』は確かに威力自体大したこともないし、本来なら自分が最初に指定した方向にしか飛ぶことはない。
ただ、込める魔力量によって、ある程度威力は上げることは可能だし、かなり特訓をすれば、それぞれの光の槍を空中で自由自在に操りまくることだって可能だ。
俺はずっとシロと『ホーリーライトスピア』で訓練し続けたんだ。
もうその領域には至っている。
「さて、私としては降伏してほしいところですが……」
ベアードは余裕の表情で、俺のことを見下ろしながらそう言う。
降伏? するわけがない。だって、全然追い詰められてなんかいないのだから。
「まだ気づいてないみたいだね……」
「何?」
俺は目を瞑りながら、ちょっと誇ったような顔をしつつ、ベアードにそう言う。
ドヤ顔、決まった………。いや、たまにはちょっとイキってみてもいいのかなって…‥。
実はシロと模擬戦してた時に、技が決まったって思って思わずシロにドヤ顔をかましてた時があったんだけど、それが実はシロの作戦だったってことがわかって……。
まあつまり、シロはわざと俺の技を喰らっていたのに、俺はそれに気づかず、シロにばっちり技が決まったと思ってドヤ顔をかましてしまったというわけだ。
あれは恥ずかしかった。しかしこれは、ベアードの反応的にもわざとってわけじゃなさそうだし、ドヤ顔してもいいよね……?
「僕が教えてあげよう。ベアード、君は光の槍を全て避け切り、クロの背後に回り込んだ。そう認識しているのかもしれないが、股間の辺りをよく見てみたまえ」
ベアードは、愛に言われた通り、目線を下に向け、自身の股間辺りを観察してみる。
なんと、光の槍が、ベアードの股間に矛先を向け、彼の股間を撃ち抜かんと、ロックオンしていたのだ!
「いくら魔族と言っても、弱点は弱点。そこを突かれたら、ただじゃすまないと思うけど?」
「げ、下品な………」
ベアードは俺の攻撃に、心底軽蔑したかのような顔を見せる。
まあ、下品と言われればそうかもしれないが、しかし、魔族と人間じゃ力量に差がありすぎるらしいし、不利なんだからこれくらい許してほしいものだ。
「しかし、間抜けですね。まんまとそれを私に告げてしまうとは。気づいてしまえばこんなもの。くらうはずがありません」
ベアードはそう言いながら、またしてもその場から消え去る。
一瞬すぎて、ベアードが動いた、その事実にすら気づけなかった。
スピード特化の吸血鬼だったりするのだろうか。
気づいた時には、ベアードは愛の近くへやってきていた。
「いつのまに移動したんだ…?」
「まずは貴方から処理させていただきましょう。所詮は人工物。替えはききますからね」
ベアードはそう言い、愛を殺そうと、その手を振り下ろす。
が。
「な、なぜ、届か、ない!?」
まるで、透明な何かに阻まれたかのように、ベアードの手はその場に静止する。
天使の障壁。
光属性の魔法で、ありとあらゆる攻撃を防御する、光の壁だ。
俺は天使の障壁で、事前に愛を保護しておいたのだ。
「バリア、ですか。なるほど、まずは貴方から始末する必要がありそうですね」
ベアードは愛のことを一旦放置することに決めたようだ。その証拠に、愛に背を向け、俺の方を見据えている。
まあ、それもそうだろう。俺の魔力が尽きない限り、ベアードが愛に手を出すことはできないのだから。
俺は構える。
どんな攻撃が来てもいいように。
「あひんっ!!」
しかし、警戒していたベアードが発したのは、今までの物腰丁寧なイメージが崩れ去るかのような、そんな奇妙な叫び声だ。
なぜ急にそんな奇声を発したのか。
答えは簡単。
ベアードの股間に、愛が蹴りを入れたのだ。
「そ、そんなに、こか、んが……すき……ですか……っ……」
まるで俺達が変態みたいな言い分じゃないか。違います。正当防衛です。うん。多分ね…。
じゃあ、せっかくだし。追撃といこう。
「さて、ベアードさん。貴方が股間の痛みに耐えているうちに、こちらは貴方の周りに光の槍を展開させていただきました。降参するなら、今のうちですよ」
俺が言った通り、ベアードの周りには光の槍が大量に配置されている。
何か動きを見せれば、すぐにでも串刺しにできるように。
「『ホーリーライトスピア』でしたか…? しかし、その魔法はそこまで威力の高いものでは………っ!?」
ベアードは、どうせ大したことがないだろうと、光の槍に込められた魔力を観察してみる。
そして、ベアードの考えとは裏腹に、光の槍には………。
(なっ、これほどの魔力………。へ、下手したらアストリッド様でさえ………。お、恐ろしい、これが怪人強化剤の力だとでも言うのか……いや……魔法少女が怪人強化剤を使ったところで、ここまでの威力の魔法が出せるものか………?)
そう、クロの展開した光の槍に込められた魔力の量は、異常なほどのものだった。
ベアードは、アストリッドのことを絶対に最強だと、彼女を負かせる存在などいないと、そう確信していた。しかし、そんな、アストリッドに忠誠を誓い、心酔している彼でさえ……。
認めてしまう。
肯定してしまう。
理解してしまう。
その光の槍に込められた、異様な魔力量を。
アストリッドさえ、相手にできる、いや、上回るかもしれない。そんな魔力の量を。
この状況では、降参するのが普通だろう。だって、抵抗の意志を見せてしまえば、その場でアストリッドさえ殺せるかもしれない大量の光の槍をその身に刺されるのだから。
ベアードはピンチである。この状況、普通はひっくり返すことなんてできない。
そう、普通ならば。
(しかし、相手が悪かったですね。いくら包囲しようと、私には効きませんよ)
ベアードは、表情では悔しそうに、まるで打つ手がもうありませんとでも言いたげにしている。
しかし、その一方で。
心の中でほくそ笑む。
(時間よ、とまれ)
瞬間。
世界が。
灰色に変わる。
(ククッ。厳密には時間停止ではないのですが、しかし、似たようなものです。時間がとまった中では、光の槍に込められた魔力も無意味……。私も時間を止めている間は貴方達に干渉できませんが……。しかし、このまま魔力を消費させ続ければ、いずれクロ様も魔力枯渇で倒れることでしょう。私の勝ちは揺るぎません)
ベアードは笑う。
そして、世界に色が戻る。
次の瞬間、ベアードは……。
クロに抱きつき、身動きを取れないように拘束していた。




