Memory54
クロは、アストリッドのところへ向かう途中。
灰色の髪を持った、孤児のような少女に話しかけられ、足を止められていた。
「前世…………。わ、分からない、です。でも、もしかしたら、あるのかな、くらいは思ってます」
「はぁ。やっぱり、前世のことすら頭にないんだ。これは重症だね。どうしたものか…………仕方ない」
灰色の髪の少女は、やれやれとでも言いたげに、気怠そうにする。
「話は、終わり、ですか? なら、そろそろ私はアストリッド様のところに…………」
「百山 櫻」
「え?」
「蒼井 八重、深緑 束、朝霧 来夏」
「あ、あの………」
「 福怒氏 焔、 魏阿流 美希、佐藤 笑深李、ユカリ」
「もしもーし?」
「虹山 照虎、蒼井 冬子、広島 辰樹、伊井 朝太 、黒沢 雪………。今言った名前の中で、一つでも心当たりのあるものがあったら、言ってほしい」
「あ、えと、蒼井八重、くらいです。他は、正直………」
「なるほど。現状だと、覚えているのは八重だけ、か」
「そう、ですね…。あの、今言った名前って、皆私の知り合いか何かで」
「親元 愛。僕の名前。心当たり、ないかな?」
少しだけ期待したかのような目で、灰色の髪の少女はクロに尋ねる。
「めぐみ?」
「うん。愛と書いて、めぐみって読む。知らない?」
「全然、わからない、です」
「はぁ…………」
色々名前をあげても、心当たりのある名前が中々出ないクロ。そして、灰色の少女もとい愛は、自身の名前もクロに教えた。
それでもなお、心当たりがないと訴えるクロに対して、愛は苛立ちを募らせる。
「わからないわからないじゃなくて。もっと思い出す努力とかできない? こっちは、本気で心配してやってるってのに………」
しかし、そんなこと言われても、クロにとって心当たりのないものは心当たりがないのだ。どうしようもない。
しかし、愛にとってはそうではないらしい。
怒りゲージがMAXにまで到達した彼女は、とうとう枷を外す。
「いい加減にしろこのクソシスコン野郎!!!! いっつもいっつも妹のこと気にかけてたくせに! ちょっと体弄られただけで妹のこと忘れるのかよ!!! あーあ!! せっかく親友の僕がこんなにも心配してやってるってのにさぁ!! 本当仕方ないやつだよな! 親友の僕がいなきゃなーんにもできない! 妹を守ることしかできないもんな!…………でもさ、妹を守ってる時のお前は、守ろうとしてる時のお前は、誰よりもかっこよかったよ。だから、妹のことを忘れたなんて言うな。思い出せ。じゃないと、かっこ悪いぞ、親友」
「しん………ゆう……?」
「そうだよ。君の親友だった男さ。今じゃこんなちんまい少女の体だけどさ」
「め……ぐみ……?」
「うん。僕は愛だ。君の親友の、ね」
「う……あ…………」
クロの中にあった、モヤモヤとした霧のようなものが、少しずつ晴れていく。
『全く、親友の僕がいないと何にもできないな、君は』
『普段はダサいけどさ、妹守ろうとしてる時の君は、かっこいいよ』
「…………そっか、俺、ずっと寝てたんだ………」
クロの意識が、覚醒する。
次の瞬間には、何も知らない哀れな少女の姿なんてものはどこにもなく。
自分という存在を確立させた、1人の人間が、その場には立っていた。
それから時がしばらく経ち………。
「その様子だと、もしかして、思い出した?」
「全部じゃないけど、まあ、前世の部分はほとんど。ただ、魔法少女になってからの記憶は、ぶっちゃけほとんどないかな。シロって子がいたんだけど、その子のことは覚えてる。最初生まれた時、双子だったみたいでさ、クロとシロって名付けられたんだよ。犬かなって思っちゃったね」
クロは、完全に前世の記憶を思い出した。ただ、その代わりといってはなんだが、今世の記憶をほとんど覚えていないようだ。
正確には、組織によって自身の脳を弄られる前までの記憶しかない。
シロのことを覚えているのも、そのためだ。
「とりあえず、僕が知っていることだけ教えておくよ。あーあと、さっき僕が君に思い出させるために行った名前、あれ全部君の知り合いだから。あの子達のことを思い出す努力もしてあげてほしい」
「うん。わかった。善処する。その前にとりあえず、状況、教えて欲しい」
「了解」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
アストリッドの側近の吸血鬼、ベアードは、クロを助けにきた魔法少女、ユカリと対峙していた。
いや、対峙、そう呼べるほどのものではないのかもしれない。
「あ“あ”!!」
紫色の髪を持つ少女は、体中にあざを作りながらも、ベアードに何度も立ち向かう。
対して、ベアードには傷どころか、服の汚れすら見られない。
表情も飄々としたもので、ユカリの攻撃など、意識する必要すらないとでもいいたげだ。
「やはり人間では我々吸血鬼の体に傷をつける事はできないようですね。悲しいことです。元は私も人間でしたので」
ベアードはそう言いながら、ボロボロになったユカリを放置し、この場から去ろうとする。
そんなベアードを見て、ユカリはベアードをこの場にとどめるため、ベアードの右足を掴む。
「いかせ………ない……」
「私は無駄に命を奪おうとはおもっていません。どうせ貴方は私には勝てません。諦めるのが身のためかと」
「あぐっ」
ベアードは、もう既に満身創痍であるユカリをさらに蹴り付け、抵抗ができないように弱らせる。
「では、失礼します」
ベアードはいつの間にかユカリのいる場所から消え去っており、ユカリはそのことを視認できなかったどころか、気配が消えたことを察知することすら遅れてしまった。
それだけで、ベアードとユカリの中にある絶対的な差を、思い知らされることになる。
(いやだ…………お姉ちゃんは……わた………しが…………)
ユカリは意識を手放していく。
体がもう限界を迎えていたのだ。
死にはしないだろうが、ユカリが眠りこけている間にも、時間は経過してしまう。
急がなければ、大事な家族を助けることができない。
(うごけ……………)
急がないと。
(うご………け……)
しかし、もうユカリの瞼は、完全に閉じられており。
(うご………………)
そのまま、しばしの眠りにつくこととなった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「なーるほど。つまり、俺をめぐって色々あったんだね」
部分的に記憶を取り戻したクロは、愛から、今までに起こった出来事を、いくつか教えてもらい、情報の整理を行なっていた。
「まあ、僕のは、アストリッドの集めた資料とか、そこから得た情報だから。完璧にそうだとは言えないんだけどね」
「とりあえず、アストリッドを倒して、そっから、かな。残りの寿命、は、まあ、どうしようもないのかな…………」
クロは少し残念そうな表情をしながら、自身の境遇を嘆く。
しかし、後ろ向きに考えても仕方がない。とりあえず、今はアストリッドをどうにかすることを考えよう。
そう考えたからか、クロは暗い考えを奥底にしまう。
「これは……予想外ですね」
そんな二人の元に、アストリッドの側近・ベアードがやってくる。
ベアードとしては、クロは既にアストリッドの元に辿り着いており、アストリッドの忠実な部下として吸血鬼として覚醒しているものだと考えていたのだが。
(実験体の人工魔法少女………どうやら彼女が、余計なことをしたようですね……仕方ない)
「誰……?」
「ベアード。アストリッドの側近。敵だね。かなり強いから、これを使うことをオススメするよ」
そう言って愛は、怪人強化剤をクロに渡す。
「そんなものまで…………。全く、余計なことをしてくれましたね」
「さて、それじゃ、初陣と行きますか」
ベアードは愛の存在を煩わしく思う。一方で、クロは怪人強化剤を使い、戦闘準備に取り掛かる。
「僕も手伝うよ」
「おーけー」
「愚かな………。私に勝てるなど、そう思っているのも今のうちです。すぐに後悔することになりますよ。私に歯向かったことを………」
クロちゃんがTS俺っ娘になっちゃった!!




