Memory52
早朝。
先日、クロ救出作戦を考えた八重、来夏、ユカリの3名は、早速作戦に取り掛かるため、それぞれ目的地を示された地図を握りしめながら、自身が向かうべき場所へと足を進めていた。
そして現在、八重はその足を止められてしまっていた。
アストリッドの部下に止められたから?
否。そうではない。
彼女の眼前には、虹色の髪を持つ少女、虹山 照虎の姿があった。
そう、八重の足を止めたのは、彼女だ。
「照虎…? 貴方、まだこの辺りにいたのね。ごめんなさい。急いでいるから、話があるならまた今度に……」
「やっぱり、お前は私のことなんか眼中にないんやな」
「……照虎?」
「ああ……馬鹿らしい。何でお前を目標にしてたんやろな。分からん。もう、分からんわ。ああ、お前がこの先に進みたいっていうんなら、私はそれを全力で邪魔するわ。もし、ここを通りたいっていうんなら、私を倒していけ」
そう言って、照虎は懐から魔法のステッキを取り出す。
その色は、虹色に輝いており……。
ビュンっ!
照虎がステッキを取り出すのと同時に、強風が吹き荒れる。
彼女の魔法だ。
「やる気満々ってわけね……」
照虎の臨戦態勢に対抗するかのように、八重はステッキを照虎同様取り出す。
「炎壁」
八重がステッキを取り出したのを見て、照虎がそう唱える。
一瞬のうちにして、2人の周囲が炎に包まれ……。
逃げることも、進むことも。
全くできない。
「なるほど、こうやって私を閉じ込めて、嫌でも戦わせようって魂胆ね。それにしても、炎の魔法も使えたのね」
「これは保険みたいなもんや。逃げられたら困るしな。それに、火属性だけじゃないで」
照虎はそう言いながら、指をくるくると回す。
宙に水が浮かび、段々と剣のような形へと固定されていく。
「今度は水………。本来は雷属性使いじゃなかったかしら? この前も風魔法を使っていたし………本当、何をやったの?」
「私の大事なもの、全部捨てたんや。それで、手に入れた力や」
「大事なものを捨てた……? そこまでして……」
「ああ、そうや。お前を倒すために………、最強になるために! そうや! 私は……すべてこえるんや………ぜんぶ、ぜんぶちょうえつするんや」
照虎の息遣いが段々と荒くなっていく。
「ぜったい、にがさへん…………」
照虎の体中に、電撃がほとばしる。
「なんだか、よく分からないけど…。やるしかなさそうね」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「お兄ちゃん! 何で! どうしてクロちゃんのことを助けに行かないの!?」
「櫻。落ち着いてくれ。今アストリッドと戦うにしても、不安要素が多い。それに、クロという少女は別に助けなきゃいけない存在じゃない。死んでも仕方がない」
「ひどい………そんなのってないよ! 死んでも仕方がないとか、そんな筈ない!! 私は、絶対に諦めないから!」
「櫻。お前の考えは甘い。俺だって、今までに助けたかった人は何人もいる。けど、全員が全員助けられるわけじゃあないんだ。時には、諦めることも必要だ。余計な犠牲者を増やさないためにも」
「お兄ちゃんは何も分かってない………。クロちゃんは、本当は悪い子じゃないの……。一緒に、一緒に戦ったりもしたんだから!」
「言っても聞かないか………仕方がない」
ドスっ。
重苦しい音が、櫻の腹部から鳴る。
椿が、櫻の腹に殴りを入れたのだ。その結果、櫻はその場に倒れ込んでしまった。
「私はできればクロって子も助けに行きたいんだけど、やっぱ駄目か?」
椿が櫻を気絶させた直後、横合いから来夏の姉、去夏が椿に声をかける。
「駄目だ。俺達が動くのはまずい。アストリッドの警戒を高めることになるしな」
「私の妹は行かせたくせに、自分の妹には過保護なんだな」
「できれば来夏にも行かせたくはなかったさ。いくら去夏が修行してくれたとは言え、去夏の修行っていうのはただの基礎体力作りだ。もちろん、基礎体力ってのはかなり大事だけど、それは魔法少女として戦う上で大きく成長するための下準備に過ぎない。だから、アストリッドに対抗するためには、俺が櫻達に魔力の扱い方、そして、魔力の量の増やし方なんかを教える必要があるんだよ。今向かわせて無駄死にさせるわけには行かない」
「私にはそういうのよくわかんないな。で、どうする? 今から来夏達を止めに行った方がいいか?」
「いや…………。今更間に合わない。来夏達は諦めよう……と言いたいところだが、去夏はそういうわけには行かないんだろ?」
「そりゃそうだよ。来夏は大切な妹だからな」
「そうか。じゃあ、行くんだな」
「おう。ま、私は人類最強の女だ。そう簡単にやられはしないよ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
八重の作戦通り、彼女の母親が囚われている場所に来た来夏だったが、その場所には見知らぬ1人の少女がいた。
「誰だお前」
「はじめまして、だね。うん。誰、か。わかんないな。今、名前がないからさ」
そう話す少女は、灰色の髪を持ち合わせており、足には何も履いておらず、衣服も白いワンピースを一着着ているだけで、まるで孤児のような容姿をしている。
「魔法少女か? やるってんなら受けてたつが………」
「まあ待ってよ。確かに僕はアストリッドって吸血鬼に生み出された人工魔法少女なんだけど。正直君と戦う理由はないんだよね」
「また人工…………。ったく、魔族ってのは人間のこと実験動物か何かだと思ってるんじゃねえか……」
「まあ、でも、僕のアイデンティティが全くないってわけではないよ。正確に言えば、僕は名前を持っているしね。ただ、今の姿でそれを名乗る気がないってだけ」
「………何言ってるんだ?」
「知らなくてもいいよ。後、多分だけど、クロって子、いるでしょ? あの子なら、僕の名前、聞いたことがあるはずなんだよ。まあ、記憶喪失らしいから、今は覚えていないかもしれないけどね」
「ってことは、クロの知り合いか?」
「まあ、多分ね。うん。正直、確信してるわけじゃないんだけどさ」
「………? 本当に掴みどころのない奴だな……」
「八重って子の母親を助けにきたんでしょ? 好きにすればいいよ。ただ、クロを救出しにいくっていうなら、一つ忠告しておかないといけないことがある」
「忠告?」
「うん。アストリッドの側近のベアードって奴がいるんだけど。そいつ、今クロのところにいるみたい。だから、気をつけてね」
「そうか、忠告ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、僕はこれで」
そのまま、灰色の髪を持つ少女はこの場から立ち去ろうとする。
「待てよ」
「……何かな?」
「お前、もしアストリッドってやつに従う気がないっていうならさ………私達と一緒に来ないか?」
「?」
「別にクロを一緒に救出しろ、とまでは言わないけど、ただ、生活する場所とか、色々必要だろ? だから……」
「必要ないよ」
来夏の誘いに、灰色の少女はぶっきらぼうに断る。
「本当に大丈夫なのか? 遠慮しなくても…」
「生活する場所なんて必要ないから。本当に心配しなくて大丈夫だよ」
頑なに、来夏の提案を拒否する灰色の少女。そんな少女を見て、来夏は提案を受け入れたくても、それができない状況にあるのだろうかと推察する。
「アストリッドに脅されてるのか?」
「いいや? 別に。ただ、僕には必要ないってだけ」
しかし、少女はそんなこと思いつきもしなかったとでも言いたげな口調で、本当に自分の意志で、来夏の提案を跳ね除けていることがわかる。だから来夏もこれ以上はしつこくしないでおくことにした。
「ああそうだ。本当は渡さない方がいいかもしれないけど、一応これ、渡しておくね」
そして、少女は突然思い出したかのように来夏にある一つの注射器を渡した。中には透明の液体が入っており、特におかしな点は見当たらない。
ただ、来夏は少女のことをよく知らない。
そのため、この注射器は適切に処理しておかなければならないかもしれない。
「何だこれ?」
それはそれとして。
どっちにしろ使う気はないが、それでもこの注射器の中身が何か気になった来夏は、少女に尋ねる。
「それ、怪人強化剤って言うらしくて。まあ、使えばめちゃくちゃ強くなるよって代物だよ。ただ、本来は怪人に使うものだからさ。魔法少女が一度使えば、良くても戦えないようになるし、最悪死ぬ。だから、基本的に使う機会は訪れないとは思うけど、念のため、ね」
「何でお前がそんなもん持ってるんだよ」
「アストリッドに貰った。元々僕は八重の母親がここから逃げないように監視役として置かれてたから。だから、もし僕が敵わないような奴がここに来たら、これを使って戦えってね。言われたんだよ。私のために死んでくれってさ」
「それじゃまるで……」
「使い捨てのコマだね。まあ、残念ながら僕はアストリッドに使い潰される気なんてサラサラないんだけどね。それに、クロのことを弄んでいるのを見ていると、何だかイラついてさ。せめてもの反抗をしたいって思ってさ」
少女の表情からは、特に辛いだとか、悲しいだとか、そんな感情を感じ取ることはできない。
ただ、どちらかというと、クロをいいように扱っているアストリッドに対する怒りの方が感じられる気がした。
「クロの知り合いって言ってたが……その口ぶりからするに、知り合いで止まりそうな関係じゃなさそうだが………」
「うん。そうだね。知り合いよりはもう少し深い仲かもしれない。ああ、そうだ。君はクロを助けるために、まず八重の母親を助けにここにきたんだったね。邪魔してすまない。僕のことは気にするな。アテはある。じゃあね。健闘を祈る」
そう言って少女は、まるで霧のようにこの場から消え去っていく。
「そういや名前、聞いてなかったな。いやまあ、名前あるのかないのか、よく分からない言い方してたけど。………まあ、いいか」
灰色の少女のことは気になる。
だが、今優先すべきは八重の母親と、クロだ。
少女のことは後で調べておこう。
そう考えながら、来夏は行動を開始した。
「まあ、君達じゃあクロを助けるのは難しそうだし、僕は君達に協力しないけどね」
そう言って少し離れた場所から来夏のことを冷めた目で見つめながら呟く灰色の少女の呟きは、誰にも聞かれることなく空気の中に溶け込んだ。




