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Memory51



「初めまして、クロ様、私の名はベアード。アストリッド様の側近で、雑務を担当させていただいております。今宵は貴方様の話し相手をさせていただこうと思いまして、参った次第であります」


「は、はじめまして」


クロは突然の来訪者に、戸惑いはするものの、怯えている様子も、嫌悪する様子も見せない。ベアードに対して、それほど悪感情を抱いていないということだろう。


そしてそれは、ベアードがアストリッドの側近だということが関係している。


そう、クロは、アストリッドに対する憎悪が、ほとんど消え去っている。むしろ、どちらかと言えば好ましいとまで思っているのだろう。


それは、クロの記憶喪失が進んだことも関係しているが、それだけではクロの中に根付いたアストリッドに対する悪感情は消えやしないだろう。


最も大きいのは、アストリッドが洗脳作用のある唾液をクロの喉元に噛み付いて流し込んでいることだろう。


この状況はベアードからすれば、かなり美味しい。


(今の彼女の状態なら、アストリッド様の印象を上げるようなことを刷り込むことも可能でしょうし、逆に八重の印象を下げることもできますね)


そう考えたベアードは、早速クロに話しかける。


「クロ様は、どこまで覚えていますか?」


「え? ど、どこまでって……」


「ご自身の記憶のことですよ。どの辺りの記憶まで保持している状態なのか、気になりまして」


「あー………。えーと。正直、今は何も思い出せないっていうか………覚えてるのは、私にはもう残された時間が少ないっていうことと、アストリッド様のことを悪く思ってた時期があるってこと。後、八重のこと、だけかな。何で今ここにいるのかとか、アストリッド様や八重が私にとってどういう存在だったのかとか、もう、思い出せない………」


「そうですか、私の口から、話せることは話しましょうか?」


「………いいんですか?」


「ええ。まあ、私とクロ様は初対面ですので、私の話すことは全て伝聞になりますが…。いかがなさいますか?」


クロは一瞬、考え込むそぶりを見せるが、すぐにベアードの方へ顔を向け、まっすぐな目で彼に伝える。


「教えて、ください。八重のことも、アストリッド様のことも、そして、私のことも」


ベアードは、口角を上げる。


理知的な普段の彼には似合わない、思わずニヤリといった効果音がつきそうな、そんな笑みを浮かべながら、まるで、イタズラが成功した無邪気な子供のような笑みを浮かべながら。


言葉を、紡ぎはじめた。




☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★




翔上病院で邂逅した八重、来夏、ユカリは、夜ということもあり、一旦は八重の住んでいるアパートで泊まることにした。


八重の家には八重の布団と、現在このアパートにはいない母親の布団、そして、来客用の予備の布団の三つがあったため、丁度3人寝泊まりすることができるのだ。


「クロとアストリッドのいる場所は、かなり距離が離れているの。それで、ユカリには私がアストリッドの足止めをしている間に、クロの元に。来夏には、悪いけれど、私の母親を助け出してもらう役目を担ってもらうわ」


「母親が人質にとられてるんだったか?」


「ええ、そうね。だから基本的にアストリッドは私が裏切ることはないって思ってるはず………」


「何だか妙な気がするけど。何でお姉ちゃんを別の場所に隔離してるのか。一緒のところにいればいいのに」


「おそらく、クロのことを隔離しているのは、誰とも会わせないため、交流させないためだと思うわ。アストリッドは、クロにストレスを与えることにこだわっているような感じがしたから」


「何でそんなことする必要があるの?」


「精神的に追い詰めた後に、優しくしてクロに刷り込みみたいなことをしたいのかも。飴と鞭をうまいこと使い分けて、クロを飼い慣らそうとしてる感じかなって」


「……気持ち悪いね、アストリッドって奴」


ユカリは心底嫌そうな表情をしながらこの場にいないアストリッドに悪態をつく。

クロのことを攫ったアストリッドに対して、敵意はマシマシなようだ。自身も一度殺されかけているからというのもあるだろうが。


「で、アストリッド側の戦力は? 場合によっちゃ櫻達にも手伝ってもらうことになると思うんだが」


「そこは心配しなくても大丈夫だと思うわ。一応側近にベアードって奴がいるけど、多分そいつもアストリッドと一緒にいるだろうし。他に警戒すべきような奴はいないわ。眷属にされてるのもただの一般人だから、大した力も持っていないし」


「ふーん。アストリッドってもしかして人望ないのかな? だからお姉ちゃんの事攫ったりするんだろうね。コミュ障って奴だ」


「そういや猿姉とかに頼めば楽なんじゃないのか?」


「いえ。櫻のお兄さんと来夏のお姉さんに連絡は取らない方がいいと思うわ。アストリッドの奴、どうやらあの2人の動向には気をつかってるみたいだから」


「ふわぁあああ……………。眠たくなってきちゃった」


「そうね。じゃあ、そろそろ寝ましょうか。作戦結構は明日。それまでにゆっくり休みましょう。それと、もし私が足止めに失敗するようなことがあったら、すぐに逃げて、櫻のお兄さんか、来夏のお姉さんに連絡を取ること。わかった?」


「りょーかい」


「おやすみ〜」


八重の言葉に、来夏は返事を返すも、ユカリは睡魔にやられたのか、そのまま返事をせずに眠りにつく。


「本当、マイペースな子ね」


「お前の妹、皆性格違うよな」





☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★





「じゃあ、アストリッド様は、私のことを、助けようとして……」


「そうです。おそらく、クロ様がアストリッド様に対してよくない感情を抱いていたのは、仲間と引き裂かれたと、そう勘違いしているからでしょうね」


ベアードの考えたシナリオは、こうだ。


元々、クロは悪の組織に所属していた。そのことは、偽りなくクロに伝えた。


ただ、少し脚色している。

クロは、その組織によって洗脳され、無理やり戦わされていた、ということにしたのだ。


そして、櫻達のことに関しても、アストリッドとしては仕方なかったことだということにした。


というのも、櫻達は政府に洗脳されており、政府の都合のいい駒として使い潰されていた。もう櫻達を解放することはできない。だからこそ、アストリッドが自身の手で引導を下そうと、そう判断した。


そして、クロは櫻達に悪の組織から助け出されたものの、それは政府がクロのことを駒として使うためで、クロはその時は櫻達のことが仲間だと認識していたが、本当は騙されていた。


と、いうシナリオにベアードが作り替えたのだ。

ちなみに、八重の印象を下げるために、彼女は自分の意志で、わるいわるーい政府と協力している。ということにしている。


まあ、こんなストーリーを作ったとしても、すぐに破綻してしまうだろう。


ただ、こんなものはクロがよりはやくアストリッドに心酔するようにするための一時的な嘘に過ぎない。


どうせアストリッドに心酔してしまえば、正義だとか悪だとか、そんなことはどうでも良くなる。


アストリッドが全てになり、アストリッドのために命を捧げるようになるのだから。


(とりあえず、話を盛るのはこれくらいにして。後は世間話でもして、時間を潰しましょうか。尤も、彼女は記憶喪失なので、世間話といっても、私が話すばかりになってしまいそうではありますが…………。まあ、それでも彼女からすれば、新鮮な情報を得られるわけですし。そこまで苦じゃないでしょう)


ベアードの目論見は、着実に進んでいた。

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