Memory50
ギリギリ間に合ったー!
「………ベアード、念の為、お前はクロのところで待機」
アストリッドは、自身が作り出した部屋の玉座のような場所で優雅に座りながら、右隣で待機していた執事姿の吸血鬼、ベアードに命令を下す。
「承知しました。しかしアストリッド様、急にどうされましたので?」
「私はクロについて色々調べておいたんだけど、どうも色々こねくり回されてるみたいでさ。そのせいで余命も残りわずかだし、体の構造で言えば、どっちかっていうと怪人に近い体質なわけなの」
アストリッドはどこから取り出したのか、大量の紙が束ねられた資料を取り出し、それをパラパラ捲りながら話を進める。
「そうなんですか」
「うん。で、まあ私としてはクロのことは吸血鬼にするつもりだから、その辺の心配はないわけなんだけど……。ただ、あまりクロに精神的ストレスを与えすぎると、よくないことが起きる気がするのよね」
吸血鬼になれば、人間よりも長い寿命を得ることができる。また、本来人間の体では耐えきれないような負荷もある程度耐えれるようになる。そのため、クロがもし吸血鬼になった場合、余命の問題やその他諸々の問題は全て解決可能なのだ。
ただし、吸血鬼になる前については、その保証はない。アストリッドが心配しているのは、そこだろう。
「よくないこと、とは?」
「んー、例えば怪人化、とかかな。まあ、もちろんある程度は精神的ストレスを与えた方がいいのはいいんだよ。その分クロの記憶喪失も進むし」
アストリッドが言うには、クロの記憶喪失には、クロへの精神的ダメージが関わっているらしい。つまり、アストリッドの理論でいけば、クロが精神的に追い込まれれば追い込まれるほど、クロの記憶はどんどん欠如していくらしい。
ただし、追い詰めすぎると怪人化してしまう可能性があるらしく、中々扱いが難いようだ。
「それと私がクロの元へ行くことに何の関係が?」
「クロの監視、かな。あまりにストレスを与えすぎて怪人化しても困るし、かといって八重と一緒にいさせてクロの精神が安定したら困る。だから、貴方にクロの話し相手になってもらってある程度ストレスを感じないように調整したいってところ」
「初対面の者と話すのは、余計に辛いのでは?」
「今のクロからすれば、八重や私以外は皆初対面みたいなものだよ。それに、人っていうのは孤独に耐えられない生き物だからさ」
「なるほど。理解しました。それでは、行って参ります」
そう言って、ベアードはアストリッドのいる部屋から退出する。早速クロの元へ行っているのだろう。アストリッドとしては、別にそこまで急いで行かなくてもよかったのだが、彼としては、与えられた任務は即座に対応したいのかもしれない。
「ベアードは相変わらずだなぁ。本当、仕事に生きてるって感じがする。それもいいんだけど、やっぱりバンやイザベルみたいな盛り上げ役は欲しいんだよねぇ………」
ベアードは趣味というものを持っておらず、行動するのは基本的にアストリッドに命令された時か、決まった仕事をこなす時のみだ。さっきのアストリッドとの会話でも、ベアードは質問こそしているものの、それは好奇心などからではなく、アストリッドの命令を完璧にこなすために、彼女の意図の確認をしていたに過ぎない。
アストリッドとしては、無駄なことをせずにやるべきことをきちんとこなそうとする彼の姿勢は好ましいとは思うものの、やはりお気楽に言葉を交わしてくれる存在というのは欲しいものだ。
「クロって案外本来の性格だとお喋りさんな気もするのよね。案外、あの子が私の話し相手になってくれたりして。だったらいいな」
確かに、アストリッドは歪んでいて、多分、自分の満足のためなら、どこまでも暴走し続けるだろう。
ただ、そう話すアストリッドの表情には、とても王の威厳なんてものは感じられなくて。
そこには、ただただ寂しそうに笑う少女の姿があっただけだった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
翔上市内中央にある翔上病院。
その霊安室前で、2人の少女が邂逅を果たしていた。
片方は癖っ毛の緑髪に、喪服のような黒いドレスを身に纏った少女で、名は束。
もう片方は赤色の髪をツインテールにした少女、津井羽 茜だ。
「束……」
「ああ、茜さんですか…………。どうします? 戦いますか? 私と」
束の顔はどこかやつれているようにも見え、喪服姿も相まって、葬式に参列していそうな見た目になっている。
「その言い方だと、まるで戦いたくないみたいに聞こえるけど?」
「……そう……ですね………本当に、何をやっているのか……」
今の束には、どこか迷いがあるように見える。
本当にリリスの元にいるままで良いのか、櫻達の元に合流した方がいいのではないか、そんな葛藤が、彼女の中で渦巻いているように思えるのだ。
「ねえ束。どうして私達のことを裏切ったの? やっぱりあの、散麗って子がいるから?」
今なら対話ができる。
そう考えた茜は、束に話しかける。
「アレは散麗ではないですよ。散麗の体を使っただけの、限りなく散麗に近い何か、です。ただ、アレに私が固執していたことは確かですけどね……」
「束、もう一度私達と一緒に…」
「それはできないですよ。今更、どの面下げて櫻さん達に会えって言うんですか。私にはもう………」
「じゃあもういい! 勝手にしなさいよ! このちんちくりん! 本当はこんな風に言ってやりたいくらいよ。でもね。やっぱり私だって、前みたいに戻れたらいいなって思ってるところはあるの。大丈夫よ。だって、真白だって元は悪の組織の魔法少女だったのよ? それに、櫻達はクロのことだって、受け入れるつもりでいる。今更束戻ってきたからって、櫻達は全然気にはしないと思うし、むしろ嬉しいと思う。だから……」
「………………」
束は茜の言葉に対して、反応することはなく、下を見て茜に表情を見せなくなってしまった。
流石に今すぐに櫻達の元へ合流するのは厳しいのかもしれない。
茜はそう思いながらも、希望を捨てきれずに束に話しかけ続ける。
「束……?」
「ふふっ………あはは………そう、ですよね………」
束は顔を上げる。
そしてしっかりと、茜の方を見据えて、まっすぐに彼女の目を見ながら、話す。
その表情はどこか、憑き物が落ちたような、何か吹っ切れたかのように見える。
先程のやつれた表情は、まるでどこか遠くへと過ぎ去ってしまったかのようだった。
「今まで、何で悩んでたんだか………。そうですよ、散麗がいなくたって、私には櫻さん達がいる。こんなにも、心配してくれる仲間が…‥友達がいる。はぁ………本当、何もかも馬鹿馬鹿しくなってきました。茜さん、行きましょう」
「束、本当に……?」
「吹っ切れたんですよ。もう美玲様……いえ、リリスの元へは行きません。どうでもいいですあんな奴。散麗の遺体を好き勝手に使った挙げ句、見捨てるような奴なんて。はぁ、そうですよ。くだらない」
束はまるでリリスを馬鹿にするかのような口調で話す。
本当に、リリスのことなどどうでもいい、むしろムカつく奴だ、とでも言いたげな様子で。
「束………本当なのね? 本当の本当に………」
「茜さんはメンヘラなんですか? しつこい女は嫌われますよ?」
「なっ! 人様がこんなに心配してやってるっていうのに! 何なのこの後輩は! 本当生意気ね!」
「心配しなくても、私はもう櫻さん達を裏切るつもりはありませんよ。それと、茜さん」
「何?」
束は、後ろを振り向き、茜から表情が窺えないようにする。
そして、少し声量を落としながら、ボソリと呟いた。
「………ありがとう」
束は基本敬語です。基本的に彼女の敬語が崩れることはありません。基本的には。




