Memory48
「大きな鯨の怪物、かー。昔はこんなの全然でてこなかったのになぁー。いつからこんなふうになっちゃたんだろ」
とある休日。尾蒼始守アパートの住民、黒沢雪は、自室に置かれたテレビを見ながら1人呟く。
最近は年下の女の子がこのアパートに越してきて、深い仲になるのかな、なんて漠然と考えていたら、ある日突然と姿を消されたことがあったので、少し寂しい気持ちでテレビを見ている。
「昔、か。そんなこと言われても、ちょっとわからないな。いつの間にか、こういう世界が当たり前だったから」
雪の隣で、1人の青年がそう言葉を発する。
青年の見た目は大体中学3年生から高校1年生くらいだろうか。身長が小さめなので、どちらともとれる。まあ実際は高校1年生なのだが。
高校デビューを果たそうと意気込んだものの、結果として微妙な感じになっている茶色に染められた髪に、カジュアルな服装を着ている。そんな彼の名は、参堅 守。
尾蒼始守アパートに住む住人の1人で、近くにある翔上高校に通う男子高校生だ。
彼が雪の部屋にいるのは、暇を持て余していた彼女にちょっと付き合え的なノリで呼び出されたからだ。
彼が雪の部屋に来たからと言って、別段何かが変わるというわけではない。本当に、ただダラダラとテレビの画面を眺めているだけだ。
年下の男の子を連れ込む年上の女性というと、少し危ない予感がするかもしれないが、しかし、2人の間にはそういった甘い雰囲気は感じられない。
ただそこには、特になんら変わりのない、普段通りの2人の男女がいるだけだ。
雪が守を呼んだのは、単純に寂しかったからだろう。
この間越してきたクロはもう出て行ってしまったし、蒼井一家も留守にしていた。
一応他にも住人はいるのだが、女性関係がよろしくない軽薄な軟派男に、人との馴れ合いを嫌ったデレが米一粒分すらないツンツン系女子高生に加え、無職が故に昼夜逆転し、現在も部屋で眠りこけている二十代前半の男と、部屋に呼べる相手が中々いなかったのだ。
「やっぱり守君、その茶髪全然似合ってないよ。変えた方がいいんじゃない?」
「やっぱりそうか………。いや、自分でもわかってたけど………」
黒染めするかぁ、とぼやきながらも、守は手元にあるリモコンでチャンネルを適当に変えていく。
本人としては面と向かって似合っていないと言われたのは多少ショックだったかもしれない。だが、お互いになんとなく会話の種が欲しくて言葉を交わしただけであり、特段真面目な会話をしようというわけではない。そのため、会話は結局特に着地点もなく、そのまま終わっていく。
「やっぱどこもあの例の鯨の怪物の話題ばっかりって感じだね」
髪の話題は終わり、目の前の画面に映る鯨の怪物への話題へとシフトチェンジする。
「あんなのが街にやってきたら、大変だろうな」
2人は特に大きなリアクションをとることなく、ただ自堕落に会話を進めていく。
2人からすれば、魔法少女達が決死の思いで鯨型の怪物と戦闘したことも、画面の中で起こっていることに過ぎないのだ。
「魔法少女、かー。偉いな。まだ子供なのに、あんな怪物と戦うなんて」
「俺はあんまり偉いって言いたくはないです。それってなんだか、子供が戦うことを認めてるような感じがして………」
「確かに……考え方によってはそうなるよね……でも私は、頑張った子にはちゃんと頑張ったねって、そう言える大人でありたいなって思うし………」
「でも、小学生や中学生を命のやり取りをする戦場に向かわせるっていうのは、俺はやっぱり認めたくない」
守は少し不服そうな顔をしながら話す。
彼からすれば、自分よりも年下の子供に戦わせている現状が気に食わないのだ。
というのも、彼には今中学2年生の妹がいる。
もし妹が魔法少女になって戦うことになったら、とそう考えると怖くて仕方がないのだ。
「でもそっか、歳的に考えてみれば、クロちゃんも魔法少女として戦う可能性があるんだよね………」
「? 誰のこと?」
「あれ? 守君は知らないんだっけ? ほら、この前このアパートに越してきた子。まあ、もう出ていっちゃったんだけど」
「あー。そういえば挨拶しにきてたような………」
守は自身の記憶を掘り返す。
確かに、クロと名乗る中学生くらいの少女が、このアパートに越してきたことがあった気がする。
あれくらいの年齢の子が怪人と戦うことになると考えると、やはり守としては許容できないところはある。
「魔法少女だったりして」
「でも急に引っ越したんならありえる気もします。この前越してきたばかりなのに、すぐに出ていくのって普通じゃないですよ」
「それもそっか。あ、そういえば同じ時期に八重ちゃんの姿も見かけなくなったから、もしかして…………」
「2人とも魔法少女だったってことですか? まあ確かに、蒼井さんとこの娘さんって優等生の割には寄り道してきたりすること多いですよね。どこで道草食ってるんだろうって思ってたけど、そうか、魔法少女だったっていうなら納得かも」
人によっては、周りの人に魔法少女だということを開示する者もいるのだが、基本的に魔法少女であることは家族以外には明かさない方が良いとされている。
もしも敵に身元がバレてしまったら、その魔法少女の身が危ないからだ。
実際には魔法少女を殺すためにわざわざ身元を調べたりだとか、そういうことをするような輩というのは基本的にはいないのだが、2人がそれを知る筈もない。
「もしかしたら、あの鯨型の怪物を倒したのも、クロちゃん達だったりするのかもね」
「あれだけでかいと、多分1人で討伐ってわけにはいかないでしょうから、ありえないことはないと思いますけど………。まあでも、まだその子が魔法少女だって決まったわけじゃないし、確率は低いと思いますけどね」
2人は再びテレビへと視線を戻す。
報道番組はすでに終わり、なんてことのない、昼の散歩番組が始まっていた。
「もっとたくさんお喋りとかしたかったんだけどなぁ…………」
「どんな性格の子だったんですか? そのクロって子」
「うーん…。私もそんなに深い関わりがあったわけじゃないんだけど………まあなんだか、ちょっと大人びた雰囲気は感じたかも。でも、同時に幼さも持ち合わせてるような気がして……やっぱりまだ子供なんだなって感じさせられるような子だったかな」
「なるほど、ちょっと背伸びしてる感じですか?」
「ううん、大人ってほどじゃないけど、中学生にしては少し成熟し過ぎてるような、でもかと言って、背伸びをしてるって感じは全然しないの。もしかしたら、周りよりもちょっぴり精神的な成長が早かったのかもね」
雪は、クロのことを思い出そうとしているのか、目を瞑ってうーむと頭を捻りながら話す。
「でもそうだな、なんかちょっと、お兄ちゃんと似てるところはあったかも」
「死んだお兄さんと?」
「うん。私がなんで生きてるんだろうって言ったときに、物凄く怒ってたんだけど、その時の表情が、お兄ちゃんそっくりだった気がするの」
「ふーん。案外お兄さんの生まれ変わりだったりして」
「ふふっ。それはありえないよ。だって、お兄ちゃんが死んじゃったのは10年前のことだもん。時期的に噛み合わないよ」
「それもそうか。というか、勝手に誰かさんの生まれ変わり扱いするだなんて結構失礼なことしちゃいましたね、すみません」
守は少し気まずそうにしながら、頭をポリポリとかいている。
失敗して変な色になってしまった茶髪が、頭をかく手に合わせてふさふさと揺れている。
「はあ……。やっぱりダメだな、私まだお兄ちゃんのこと引きずってるみたい。いい加減、前に進まないと行けないのに」
「ゆっくりでいいんじゃないですか? 身内の不幸にすぐに立ち直れって言われても、人間である以上、それは難しいと思いますし…。っと、俺はそろそろバイトの時間なんで、これで失礼します。わざわざ呼んでもらってありがとうございました」
「あ、うん。わかった。私としても寂しくて話し相手が欲しかっただけだし、全然。いつでも来ていいからね」
「はい。それじゃ、俺はこれで」
荷物をまとめ、守は部屋から出ていく。
何度も言うが、雪と守は別に恋仲というわけでも、お互いに気になる異性だというわけでもない。本当にただちょっと歳の離れただけの友人なのだ。
「はぁ。私だって、お兄ちゃんの生まれ変わりがいるなら、嬉しいけどさ……」
雪はそう呟きながら、テレビの画面に映る、特に何の変哲のない、散歩番組を眺める。
「会いたいよ………お兄ちゃん」




