Memory46
投稿忘れるところでした。間に合ってよかった。
「あれ……ここは……」
櫻は、白いベッドの上でゆっくりと瞼を開き、目を覚ます。
どうやらここは、病院だろうか?
確か、吸血鬼の魔族と戦って、見事に完敗したはずだ。
その時、茜が血の刃で串刺しにされている光景を目の当たりにした気がするが‥‥。
「っ! 茜ちゃんは!?」
櫻が現在いる部屋は、合計で六つのベッドが、左右に向かいになるように三つずつ置いてある。もし、茜達も生きていて、治療されているのなら、他のベッドにいるはずだ。
櫻のいるベッドの位置は、ちょうど扉から1番遠い場所のようだ。
カーテンで仕切られているため、櫻は、カーテンをそっと引く。
「すぅぅ………ざんねーん……ちのりでしたー…………むにゃむにゃ………」
案の定、櫻の隣のベッドでは、まだ眠っている赤髪の少女の姿があった。寝言を言いながら、だらしない顔をして寝ている。その様子を見る限り、体調はそこまで悪くなさそうだ。櫻の向かい側には、真白が眠っていた。
となると、向かい側の二つと、茜がいるベッドの奥にあるベッドに、ユカリ、クロ、辰樹の3人が寝ているのだろうか?
そう櫻は考える。
「失礼します」
ちょうど櫻が目を覚ましたタイミングで、ノックをしながら、櫻の兄である百山椿が部屋に入って来た。
隣には、辰樹の姿が見える。
どうやら辰樹は入院していないみたいだ。
「お兄ちゃん…………やっぱり、生きてたんだ……よかった……よかった!」
櫻は、ベッドから飛び降り、兄に抱きつく。
「櫻、目、覚ましたんだな…………よかった…………心配したんだからな………」
椿は櫻の体を抱きとめ、頭を撫でながら言う。横では、辰樹が気まづそうに突っ立っている。
しかし、櫻は、向かい側、真白の隣にある二つのベッドを見て、違和感を覚える。
向かい側のベッドには、吸血鬼の魔族と一緒に戦った時にいた、クロやユカリの姿がなかったのだ。
もしかしたら茜の隣のベッドで寝ているのかもしれないが、仮にそうだったとしても、ユカリかクロ、どちらか片方はいないことになる。
辰樹のように、怪我を負わなかったのだろうか?
もしかしたら、兄である椿が助けに来てくれたおかげで、無傷で済んだのかもしれない。それでも、なんとなく気になったので、櫻は兄に聞いてみることにした。
「ねえ、お兄ちゃん。クロちゃん達もいるの……?」
櫻の発言に、椿は少し答えにくそうな顔をする。クロ達の身に、何かあったのだろうか? 櫻は、段々と心配になってくる。
「クロについては…………八重という少女に預けた。んだが、おそらく、アストリッドに連れ去られてしまっただろう。紫髪の少女は、ここのベッドで寝ているはずだったんだが……いつのまにか消えていた。ただ、心配しないでほしい。後は全部俺に任せてくれ。アストリッドのことも、あの少女達のことも、全部なんとかする。櫻達は、ゆっくり休んでてくれ」
椿は、そう言った後、辰樹に櫻のことを任せ、病室から去ろうとする。
「待ってお兄ちゃん! 私も!」
「櫻、その体じゃ無理だ。クロのことは……俺だって気になるけど、椿さんは多分俺達なんかよりずっと強い。大丈夫だ、きっとなんとかしてくれるはずだ」
櫻は、自分も一緒にいかせてほしいと、兄に頼もうとするが、辰樹に止められてしまう。
確かに、椿に任せれば、全て解決するかもしれない。
ただ、櫻には。
クロを守りきれなかったという後悔と、兄である椿とせっかく再会したのに、また会えなくなってしまうんじゃないかと、そういう思いがあったから、ついていこうとしたのだが、流石に今の状態では足手まといになるだけだろう。
(悔しいな……私がもっと強ければ……結果は違ったのかな……)
櫻が思い浮かべるのは、鯨型の怪物を、クロと一緒に倒した時のことだ。
(あの時、クロちゃんと私は、友情魔法を使えた。友情魔法を使えたってことは、私達とクロちゃんは、時間をかければ、ちゃんと分かり合えるってことだよね……………)
櫻は、クロと共に力を合わせて戦う未来を思い描く。
(束ちゃんも、きっと何か事情があるかもしれないし………大丈夫、また、もう一度、クロちゃんも入れて、皆で一緒にいられるようになるよね)
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「なぁ、あんた、クロを助ける気なんかねぇだろ?」
「………何の話だ」
椿は、櫻達のいる病室から出た後、黄色い髪をもった、少しやんちゃそうな少女に話しかけられた。少女の名は朝霧来夏。雷属性の使い手の魔法少女だ。
「別にしらばっくれなくてもいいよ。私は櫻にちくったりしないからな」
「お見通し、か。勘が鋭いんだな。ああ、その通りだよ。俺にとって一番大事なのは櫻だ。もちろん、基本的には一般人も、他の魔法少女も、俺は助けるつもりでいる。けど、あの魔法少女は、クロって子は、街を壊したり、櫻達を襲ったりしたらしいじゃないか。俺には、あの子を助ける理由が見つけられない。今回櫻が死にかけたのだって、元はアストリッドがクロを狙ったせいだ。クロ自身に非はなくても、俺は正直、あの子に対していいイメージは抱いていない」
椿は、つい言葉数が多くなってしまう。椿が今言っていた通り、彼にとって一番大切なのは、妹である櫻だ。彼にとって、櫻は生きる意味であり、希望であり、理由でもある。そんな櫻と敵対し、挙句の果てに命まで危険に晒した存在。本人に悪気がなかったとしても、そんな存在に対して良いイメージを抱くことはできない。
椿の中では、クロという存在がいることによって、櫻達が危険なことに巻き込まれていくのではないかと、そういう不安があるのだ。
「クロはあんたが思っているほど、悪い人間じゃないと思うぞ。あの子自身は何も悪くない。悪いのは環境だよ。あんな組織に身を置くしかなくて、しかも、他の悪い連中に狙われる始末だ。普通の人間は、クロみたいな状況に陥ったら、どうすれば良いのかなんて分からない」
来夏としては、クロの余命のことも八重から聞いている。組織に脳を弄られたりしていたことも知っている。だからこそ、もうこれ以上、クロから幸せを取り除かせないでほしいと、そう願っている。
「だから、あんたがいかなくても、私は助けに行く。大体、クロが攫われたっていうのも、いつまでも負けっぱなしって感じでムカつくしな」
来夏の手は、震えている。
いつも強気な来夏だが、怖いのだ。魔族と戦うことが。
クロと出会うまでは、自信に満ち溢れていた。だが、これまで悉く敗北して来たこと、そして、救急車で運ばれていく、櫻達の姿を見た時に、思ったのだ。
戦いは、遊びではないことを。
下手をすれば、死んでしまうこともあることを。
それでも、来夏は進み続ける。
自分自身のプライドのため。
一度自分を打ち負かした存在を、助けに行くために。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「どうかな? そろそろ、私の下で働く気になってくれたかな………」
「そんな、わけ………」
(何で……こんなにも憎いのに………こんなにも殺したいのに………何で………)
「ふふっ。ねぇクロ、君は気づいていないかもしれないけどね、最初の頃、君の目は、私に対する憎悪と殺意で満たされていた。でも、今はどうだと思う?」
クロは、自身の中で、アストリッドに対して、憎しみと、殺意と同時に、アストリッドのことを好ましく思う感情があることに困惑する。
「私に………何をした?」
「ん? 考えてみなよ。毎日君の首を噛んでるでしょ? そこにしか原因はないと思うよ。まあ、安心してよ。そのうち、私のことを憎むことも、恨むこともできなくなるからさ」
アストリッドはケラケラと笑いながらクロの元から去っていく。
クロは、唇を噛み締める。
クロにできることは、そのくらいだった。




