Memory34
「家族旅行だ。行くぞ」
「はい?」
クロが例の三人組魔法少女にちょっかいをかけてから一週間ほどが経過した現在、唐突に幹部の男が、トランプでババ抜きをしていたクロとユカリの前に現れてそう言った。
ちなみに、クロが残り1枚、ユカリが残り2枚で、たった今丁度クロがババを抜こうとした時に幹部の男が声をかけてきたため、ユカリは少し不服そうだ。
隣には、学校襲撃の際にクロを助けようとしてくれた幹部の女、パリカーが立っている。
「これが設定資料だ。忠実に守れ」
そう言ってアスモデウスは『偽装家族設定資料』と書かれた書類を、クロとユカリに渡して読ませる。
「えーとつまり、偽装家族として海に旅行へってことですか?」
「そうだ。それと、設定資料に書いてあるように敬語はやめろ。いや、やめなさい。そして俺のことは…………いや、お父さんのことはお父さんと呼びなさい」
(??????????????????????????)
「やったー! よろしくねーおとうさーん」
アスモデウスの急な要求に、思わず頭に大量のはてなマークを浮かべるクロと、クロとは対照的に先ほどまでの不服そうな表情は何処へやら、直ぐにアスモデウスをお父さん呼びに変更し、適応しているユカリ。
そのすぐ傍で、どことなく引き攣った笑みを浮かべながら突っ立っている幹部の女、パリカー。
クロはこの混沌とした状況に混乱せざるを得なかった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
結局、クロ達偽装家族の一行は、海水浴へとやってきていた。
「俺……………お父さん達は、向こうで休憩している…………から、適当に遊んでいろ………いなさい」
「お父さん役をするならまずはその棒読みをなんとかしないといけないんじゃないかな?」
パリカーは母親役をさせられていくことに不満を感じていたからか、アスモデウスの棒読みをいじり出す。
不満を感じている割には、ニヤニヤと笑っていて楽しそうに思えるが。
「黙れ」
「ふーん。そんなこと言っちゃっていいのかなー? 仮にもボクは君の愛するお嫁さんなわけだけども」
「………………………どれだけ愛していても、時には夫婦喧嘩をするものだ」
棒読み演技を指摘されたことがよほど恥ずかしかったのか、いつのまにかアスモデウスは素の口調に戻る。
「子供の前で夫婦喧嘩を始めるとは随分と教育の悪い親だね」
「ユカリ、とりあえず行こっか」
「うん! 私クロールとかやってみたい!! 今まで泳いだことなかったから」
そして、そんなちょっとした言い争いを始め出した両親、もとい幹部の二人を放っておいて、クロとユカリは海辺へと向かう。
その道中で、様々な人たちが楽しそうに遊んでいる様子が見える。
「休暇とはいえ、これも立派な特訓だ! 砂浜で足腰を鍛えるんだ!!」
「せっかく張り切って水着まで着てきたのに、結局特訓だなんて………うぅ……」
「おい辰樹、お前の水着、サイズ合ってなくないか?」
「そうか?」
「て、おい馬鹿! ずれてるじゃねぇか!!」
「うおわぁー!! やばいやばいやばい!!!!」
「え!? え? ちょ、ちょっと何何!?」
その様子を遠目で見ながら、ふとクロは思う。
(あれってもしかして………)
「お姉ちゃん! 行こ!」
「あ、うん! 今行く!」
しかし、すぐにユカリに呼ばれ、クロの思考は遮られる。
そして、ユカリの元へ向かう道中で、またそれぞれ人々が遊んでいる様子をチラ見してみる。
「ほ、焔ちゃん………か、顔まで埋めちゃ、息できないよ……?」
「はふへへへひひ…………ふひ…………ひひへひへん………(助けて笑深李…………うち…………息できへん………)」
「大丈夫大丈夫、死にはしないよん」
向こう側には、砂で全身を埋めている少女一人と周りに二人。
(…………あれ、気のせいじゃないよね………いや、人違いの可能性も………)
「ちょっと真白! 不意打ちは卑怯じゃない!!」
「油断している、茜が悪い!」
「このー!」
視線を移すと、水を掛け合って遊んでいる少女が二人。
(いや、流石に、こんな偶然ないでしょ。たまたま………)
「リリスさん、これが海水浴って奴っすか! いやぁー擬態魔法があってよかったっす。私の姿じゃ人に騒がれちゃうんで」
「クロコ。目的を忘れないでね。きっと奴らは、ここのどこかに潜伏してる。それを探し出すのよ」
「ま、どこにいるかなんてわかんないし、見つかるまでは普通に遊んでていいよね! 束ちゃん、あーそーぼー」
「散麗、騒ぐのはいいですが、目的はわかっていますよね」
砂浜で遊んでいる人々を見ながら、ユカリの元へ辿りついた後、クロは思わず叫んでしまった。
「いくらなんでもエンカウント率高すぎだろぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
「ど、どうしたのお姉ちゃん!?」
何か問題が起きる気しかしない、そう思いながら、クロ達の楽しい海水浴は始まった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
〜クロ達が海へ行く二週間前〜
「なぁ。何やってるんだ?」
「晴れてユカリがforce level4に到達しましたからねぇ。まさかここまで成長するとは思いませんでしたから。データをとって、今後に活かそうかと思いまして」
Dr.白川は、個人所有の研究室で、データの整理をしていた。
彼は基本的に自身の研究室に他人を入れることはない。今まで研究室に立ち入らせたことがあるのは、家族以外に誰一人としていない。のだが、彼は何の気まぐれか、地属性使いの魔法少女、朝霧千夏を研究室に招いていた。
「このデータは……………千鶴?」
「ああ……………娘です」
Dr.白川の発言に、千夏は思わず顔を顰める。
「自分の娘を実験体にしたのか…?」
「はい。私の家族に、人類の進歩の第一人者になって欲しかったんですよ」
「何が第一人者よ。貴方はただのマッドサイエンティスト。家族のことなんて考えてないくせに」
千夏とDr.白川が話していると、突然第三者の少女の声がこの研究室に響く。
先程も述べたが、Dr.白川は家族以外にこの研究室をバラしたことはない。
厳密に言えば、家族以外でも千夏はこの研究室の居場所を知っていることにはなるが、彼女は今さっきDr.白川と話していたばかりだ。
では、たった今この場に現れたのは誰なのか?
決まっている。Dr.白川の家族だ。
「久しぶりですねぇ。何年会っていなかったやら………」
「さぁね。貴方との生活は最悪だったから、思い出したくもないわ」
「ひどいことを言いますねぇ。愛する娘に言われると、結構心にくるんですが」
「嘘ばっかり。愛してなんかいないくせに」
研究室が、とてつもない冷気によって覆われていく。
「まさか………魔法少女か!」
千夏がすぐに臨戦態勢をとるが、時既に遅し。
千夏の足は既に、地面と同時に凍らされてしまっていた。
無理に動かそうとすれば、足が千切れるかもしれないし、ここから魔法を放とうにも、寒さによってろくに体を動かすことができない。
「大きくなりましたねぇ、八重」
「……………実験内容を、全て渡しなさい」
「おい、何なんだお前」
「………来夏、ではないわね。妹さんかしら?」
「ちっ。姉貴の知り合いか」
千夏は思わず舌打ちをする。嫌っている姉と似ていることを、間接的に思い知らされたからだ。
そんな千夏の様子を知ってか知らずか、八重は千夏との会話をやめ、再びDr.白川と相対する。
「私には、知る権利がある。貴方の研究内容を」
「バックアップはとってあるので、自由に貰っても構いませんよ。こっちには知られて困る情報は置いていないので」
そう言いながら、Dr.白川はデータの入ったチップを八重に渡す。
「……………………………………」
八重は無言でDr.白川は奪い取るかのようにチップを受け取る。
「私の与えたその力、有効活用してくれてるようで安心しました」
Dr.白川は最後に八重にそのような言葉を残す。
その言葉に、八重は無表情で研究室から出ていった。
研究室から、冷気が引いていく。
冷たい親子の再会は、最後まで冷たい空間に包まれていた。




