Memory32
アスモデウスによるクロ奪還作戦から二週間後。
無事にクロを取り返すことに成功したアスモデウスは、組織の運営を以前と同じように、否、それ以上にこなしていた。
「どうしてそんなに張り切っているんだい? 君は元々毎日のノルマを決めて、ノルマの達成はもちろん、それ以上何かをしたりすることはないタイプだったろうに」
アスモデウスの同僚、パリカーが聞く。
「はやく仕事を終わらせたいんだ。クロのことも気になるしな」
「はぁ。親バカってやつ?」
「かもな」
いよいよクロに対する感情を包み隠さなくなってきたアスモデウスに、パリカーは少し困惑しながらも、立ち直った友人に安堵する。
(まぁ、今まで趣味の一つもなかったんだし、これくらいのが丁度いいかもね)
パリカーは一人そう思う。
「趣味ならある」
「ナチュラルに心読んでくるのやめてくれないかな!?」
本当にパリカーは声に出したりはしていないのだが、長年の付き合いのせいか、しばしば考えていることを当てられることがある。
顔に出たりする方でもないのだが、本当に不思議なものだ。
「でも別に、君がたくさん働くのが、クロのためになるとはボクは思わないんだけど」
「クロを海に連れていってやりたい」
「は?」
「クロは生まれてから、今まで遊んだことがなかっただろう。聞けば、あのくらいの年頃はまだまだ遊びたい年頃らしい。ということで、海に連れて行きたいと思った次第だ」
「へー。そう。じゃあがんばってね」
パリカーはさも興味はないと言った様子で話を切り上げようとする。正直親バカの相手をするのは疲れるからだ。
「何を言っているんだパリカー。俺はお前にも来てもらうつもりだぞ」
「は?」
「仮に俺が一人でクロを海に連れていったとしよう。周りになんと思われると思う? 母親のいない子だと、少しかわいそうな目で見られるかもしれないだろう」
「母親がいないからかわいそうだとか、それは偏見でしょ。家族の幸せの形は人それぞれなんじゃないかな」
「それもそうだが、中には母親がいないことで、クロのことを悪く思う奴も出てくるかもしれない」
パリカーは段々と嫌な予感がしてくる。
これはまずい、このままでは良くない気がする、と、パリカーの中の危険信号が反応している。
「考えすぎじゃないかなー」
このままアスモデウスに話の主導権を握らせてはいけない。
なんとか考え方を改めさせるんだ、と、そう考えるパリカーだったが、アスモデウスの考えをどうすれば変えさせれるのか、パリカーにはわからなかった。
「ということで、パリカー、お前にはクロの母親役をやってもらおう」
「なんでそうなるのかなぁ………」
パリカーの受難は、もう少し続きそうであった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「なんか、最近退屈だな……」
クロはぼんやりと、そう思う。
学校には行けなくなったし、アパートにも戻れない。
再び組織の中で寂しく生活する日々に戻ったのだ。
最近は他の連中との戦闘が激化していたり、Dr.白川は何やら部屋にこもって何かの研究をしているため、怪人も造っていないようだし、そのせいで櫻達との戦闘もない。なんなら、櫻達も何やら忙しそうだ。
一応、たまに怪人を造ることもあるようだが、かなり弱めの個体を申し訳程度に造るだけなので、櫻達以外の魔法少女が対処することが多いというのが実際には起こっているのだが、そんな事情はクロは知らない。
リリス陣営は相変わらず『ノースミソロジー連合』とやり合っているようだし、クロの出る幕はない。
最初こそ来夏にちょっかいをかけたりと、実はちょっぴり悪役を楽しんでいた部分もあったのだが、今ではそれすらできない。
一応ユカリはいるものの、クロは組織での日々が退屈だと感じていた。
「私といるの、そんなにつまらない?」
ユカリが悲しそうな顔をしながら、そう尋ねてくる。
クロとしてはユカリといるのは楽しい、というよりも、最近はユカリのことは本当の妹のようにも思えてきている。
「全然、ユカリのことは大好きだし、ユカリといてつまらないわけじゃないよ」
だから素直にそう答える。
少し小恥ずかしいが、クロの精神は一応大人なはずなのだ。
羞恥心から自分の気持ちを伝えないだなんて次元はもう既に卒業した、はずだ。多分。
「ただ、毎日同じだと、何か新しい刺激が欲しいなぁって思っただけ」
クロのその発言に、ユカリはうーんと唸りながら、手を顎に当てて考え込む。
「ちょっとちょっかいかけてみる?」
「誰に?」
クロの問いに、ユカリはニコっと笑顔を見せながらこう告げる。
「魔法少女に!」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「ていや! えへへ〜。また私の勝ち〜」
「うちも結構頑張ったんだけどなぁ」
「わ、わたしもいちおう、え、援護くらいは………」
三人の魔法少女は怪人討伐へと赴いていた。
一人は勝ち気な少女で、燃えるような赤髪が特徴的だ。闘争心の溢れる目からは、少女の中にある自信と強さが見受けられる。
一人は褐色の金髪で、少しギャルっぽい雰囲気を感じる少女だ。魔法少女としての衣装も、通常なら膝には届くくらいのスカート丈なのだが、彼女のスカート丈は短く、ミニスカになっている。
そしてもう一人は青色の髪をおさげにした、少し気弱そうな少女で、目が悪いのか、眼鏡をかけている。
三人の傍らには、先程まで戦っていたカエル型の怪人が倒れ伏している。
少女達は戦闘を終えた達成感からか、各々清々しい顔をしながら、談笑している。
しかし、彼女達の楽しげな雰囲気は次の瞬間に失われることになる。
突然の威圧感。
今までの怪人との戦いでは感じたことのないほどの強者の予感。
少女達の表情は険しくなり、三人とも同じ方向を見つめている。
視線の先には、魔法少女らしき真っ黒な少女で、手には鎌を持っており、顔には髑髏の仮面が付けられている。
姿だけ見れば、そういうお年頃のちょっと痛い子に見えなくもないが、その少女からはそんな様子は感じられない。
「魔法………少女……?」
青髪でおさげの少女が呟く。
その言葉に答えるかのように、髑髏の仮面をつけた少女は言葉を発する。
「死神だ」
髑髏の仮面をつけた少女がそう発した瞬間、辺り一面が霧で覆われる。
「ちょ、これ、敵ってやつじゃない!?」
「私に任せて!」
赤髪の少女が体に炎を纏いながら、髑髏の仮面の少女に接近する。
火花を散らしながら、髑髏の仮面の少女に攻撃を加えようとするが、
「………え……?」
髑髏の仮面の少女に見つめられた瞬間、体中から全ての炎が消え去っていく。
厳密に言えば、魔力が抜け去っていったのだ。
今まで、魔力切れになったことのない赤髪の少女は未知の現象に困惑する。
「あれ……? なん……で……?」
「焔!!」
ギャルっぽい金髪の少女が、赤髪の少女、焔の元へと駆けつけるが、それと同時に髑髏の仮面をつけた少女もギャルっぽい少女の眼前に移動する。
「この……!」
ギャルっぽい少女は髑髏の仮面をつけた少女をどかそうと、魔法を使おうとするが、髑髏の仮面をつけた少女は特にそれを気にする様子もなく、淡々と自身の持っている大鎌を振り下ろす。
(あっ、うち、これ死んだかも)
自身の死を悟るギャルっぽい少女。
大鎌による攻撃を受けた次の瞬間には全身から力が抜けて、地面にへなへなと座り込んでいた。
「あっ………」
おさげの少女は、恐怖で動けない。
だが、彼女だって勇気を持った魔法少女だ。
こんなところで挫けたりするようなほど弱くはない。
「わ、わたしの………わたしの友達に! 手を出さないで!」
しかし、勇気を振り絞り、魔法を行使しようとするも、不発。
髑髏の仮面をつけた少女が近づいてくる。
何も語らず、悠然としてこちらに歩いてくる恐怖の髑髏仮面に、おさげの少女は正気を保てない。
「あっ………あぁ…………」
おさげの少女は腰が抜けて立てなくなってしまう。
髑髏の仮面をつけた少女が大鎌を振り上げる。
(あぁ………ころされちゃう………)
少女は目を瞑り、迫り来る死に恐怖しながら、その時を待つ。
だが、一向に大鎌が振り下ろされる気配はない。
(あれ……?)
不思議に思ったおさげの少女は、少し薄目を開けてみる。
すると、目の前から髑髏仮面の少女が消え去っていることに気づいた。
(助かった…?)
周りを見てみると、先程までは霧で包まれていたはずなのに、今では霧はすっかり晴れ、視界は良好。まるで最初から何もなかったんじゃないかと錯覚させられるほどに、平和ないつもの街並みがあった。
さっきのは夢だったのではないかと、一瞬そんな考えがおさげの少女の中によぎったが、そんなことはない。
実際におさげの少女の眼前には、地面に倒れ伏している友人の赤髪の少女、焔の姿と、その焔のすぐ隣で地面に座り込んでいる友人、美希の姿があったからだ。
「あの魔法少女………一体……」
おさげの少女はつぶやくが、誰もその問いに答えるものはいない。
怪人としか戦ってこなかった彼女達に現れた、新たなる壁。
この壁を越えることは、彼女達にできるのだろうか。




