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Memory165

俺達の、私達の一撃で、怪人は消滅した。

と同時に、あまりの威力からか、櫻との融合が強制的に解除される。


俺は自分の体へと戻っていく瞬間、茜達の魂が地上へと向かっていく姿を見た。


「み、皆!」


おそらく、全員強制的に元の体に戻されたのだろう。そのため、元々地上に体を置いている茜、束、八重の3人は、今この場にはいない。


現状組織のアジトにいるのは、来夏、俺、シロ、櫻だけだった。


「来夏、クロ、櫻。上を見て。どんどんこのアジトが変な穴に吸い込まれて行ってる……。このままだと、私達も……」


シロの言った通り、上を見るとアジトの真上に、大きな穴が空いていた。

穴の向こうには、禍々しい色の空が広がっている。

これは……異世界への入り口…?

まさか、開いてしまったというのだろうか。


「そんな……」


『あーあー。もしもし、ひと足先に戦線離脱したミリューです。報告なんですけど、その時空の穴、なんでかはわかんないですが、一時的なものっぽいです。放っといても時期におさまりますんで、対処しようとか考えないこと。吸血姫が言ってたんで間違ってても責任は全部そいつってことで。とにかく、皆さん早く離脱してください。このままだと飲み込まれますよー』


つまり、異世界への入り口については気にしなくてもいいってことだろうか。

……とにかく、一刻も早くアジトから脱出しなくては。


「そういえば、来夏ちゃんを運んできたのって…?」


「ああ、ホークって魔族に運んでもらったんだが……。私を運んだ後、すぐに地上に戻ってもらった。というのも、こんな高高度をずっと飛び続けるのは厳しいらしくて、そもそも、せいぜい地上から数十メートル上を飛ぶための翼に過ぎないらしいからな……」


今からホークに頼んでアジトに来てもらっていては、間に合うかどうかわからない。つまり、今この場にいる4人で、どうにか脱出する手筈を整えなくてはならない。


そういえば、なんだかさっきから体が怠いな……。さっき櫻達と融合して、大量に魔力を消費してしまったのだろうか?

けどあれは、皆から均等に魔力を分け合って使った大技で、ここまで体が怠くなるほど魔力を消費した覚えはないんだけど……。


もしかして、あの異世界への入り口が原因なんだろうか?


「ねえ、皆、さっきから体調がすぐれないんだけど、これってもしかして……」


「え? 大丈夫…?」


「いや、全然動けはするんだけど、櫻達は大丈夫かなって」


もし異世界への入り口が原因なんだとしたら、櫻達の体調にも悪影響が出ているはず。そう思って、櫻達の体調について問うが……。


「別になんともないな……。それに、今体調不良でも、結局ここから脱出しなきゃ命はないんだ。クロには悪いが、脱出まで辛抱してくれ」


「私も別になんとも。とりあえず、多分この場で空を飛べるのは、私とクロだけだと思う。けど、クロの体調が悪いのなら、別に私1人でも……」


皆、なんともないのか……?

じゃあこれは、単純に俺の体調が悪いだけで……。


なら、別にいい。それに、シロが言った通り、今この場で飛べるのは俺とシロだけだ。なら、俺が体調が悪いからなんて理由で、休んでいるわけにはいかない。


シロは私1人でも、なんて言っているが、多分、俺と来夏、櫻の3人を同時に運ぶつもりだったんだろう。けど、1人で3人も運ぶなんて無理だ。ただでさえ空を飛ぶということに魔力を消費しなければならないのに、3人分の体重が加わってしまっては、おそらく待っているのは墜落死。


「大丈夫だよ、シロ。ちょっと戦いで疲れただけだから。分担しよう。私は櫻を運ぶから、シロは来夏を」


「本当に大丈夫?」


「大丈夫だよ、地上に戻ったら、ちゃんと休憩する」


「わかった。でも、気をつけて」


俺の言葉を聞いて、少し心配しつつも、シロは来夏を運んで、吸血鬼の眷属としての翼で、地上へと降りていった。




★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆





「どうやら、私の自慢の怪人はやられてしまったようね」


「無線でも連絡があった。どうやら私達の勝ちみたいだな! どうだルサールカ! 降参するなら見逃してやらないこともないぞ!」


マドシュターは高らかに宣言する。だが、ルサールカからは、焦りも、不安も、何も感じられない。先程と打って変わらぬ様子で、その場に立っていた。


「余裕の笑みを崩さないとは。それは、魔族達を味方につけているからかな? でも残念ながら、君の味方はもういないよ、ルサールカ。君が魔族達を好き勝手に扱うために用意した人質は、あらかじめ私が渡しておいた私の血液で保護しておいた。唯一君の味方をしていた魔族も捉えておいた。大人しく負けを認めなよ」


「ルールーごめーん! 負けちゃった〜!」


アストリッドがルサールカの仲間、ミルキーを捉え、勝利宣言を行うが、ルサールカは一切の動揺を見せない。


「別に構わないわ。元々大規模侵攻なんて、達成できれば面白そうくらいのものでしかないもの。それに、私はアジトにいる怪人を倒させないために、朝霧来夏を足止めしていたわけじゃないもの。私はまだ、負けていないわ」


ミルキーには一切目もくれない。元より期待などしていなかったのだろう。


「ふふっ、最期のループだもの。全力で楽しまなきゃ損じゃない」


「君は……。何を企んで……」


「シナリオ通りに進んでいるわ。百山櫻にとって最大の敵は、あんなチャチなモノではないのよ。彼女はきっと、殺せない。でも、殺さないと“アレ”は止まらない。殺したくない、でも、殺さなければ周りが死ぬ……。仲間が殺されて初めてそれを自覚して、彼女は、自分の手で、仲間を殺すことになるのよ」


ルサールカの計画は、初めから順調に進んでいた。

既に、彼女の創り上げたシナリオは覆せない。


「やっと見れるわ。あの少女の輝きを、最大限引き出した上での、絶望が」





★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆






「クロちゃん、本当に大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ。少なくとも、櫻を運んで地上に降りるくらいは、なんてことない。部分解放(リリース)……」


俺が飛ぶためには、『部分解放(リリース)空舞う蝶(シルフィード)』を行う必要がある。だから俺は、羽を手に入れるため、部分解放(リリース)を行おうとした。


けど、気付いてしまった。この感覚、さっきまでの体調不良と、似ている。

俺はもう、部分解放(リリース)をしてはいけなかった。それを行えば、怪人化してしまうから。


いや、もっと正確にいえば。


()()()()()()

進んでいたのだ。怪人化は着実に。


遅かれ早かれ、俺が怪人化してしまう未来は避けられなかった。


そういう、運命だったのだ。


空舞う蝶(シルフィード)


けど、あと少しだけ、猶予があった。


もっと早くにそのことに気づいていれば、シロと向き合って、今までのこと、全部話せたんだろうなと思うと、自分の鈍感さに苛立ってしまう。

でも、それはもう過ぎた話だ。

残された時間は、櫻を地上まで安全に運ぶために使おう。

……時間があれば、櫻にシロに伝えたいことを話しておくのもいいかもしれない。


彼女になら、前世のことも、何もかも話していいかもと、そう思えたから。


俺はできるだけ、誰もいない、皆のいる場所とは少し離れた場所に着地できるように飛行する。

櫻がそんな俺の様子を心配するように見るが、今は気にしない。


「櫻……。少しだけ、話しておきたいことがあるんだけど」


「…? それって、皆には言えない話なの?」


どうやら俺が、意図的に皆のいる場所を避けていた理由を、なんとなく察したらしい。


やがて地上に着く…。時間がない。はやくしないと、俺は怪人化して、櫻達に襲いかかってしまうかもしれない。


「櫻、時間がない。だから、なるべく簡潔に話す」


俺は、全部話すことにした。


まず、もう既に俺の体は手遅れで、怪人化待ったなしの状態であるということ。


俺の、前世の、クロではなかった時のこと、ついでに、愛や雪のことも少し話しておく。


最後に、シロにこのことを、伝えてほしいこと。

シロに、一言、ごめんって、そう伝えてほしいこと。


「そ…………っか……。そうだったんだ……」


櫻は俺の話を、じっと黙って聞き続けてくれていた。

前世の話をした時、少し驚いたような顔をしていたが、別にそれで俺を嫌悪したりだとか、そんな仕草は一切とらなかった。やっぱり、彼女に話して正解だったかもしれない。


「ごめん、櫻。もう時間がない。それに、あまり、見たくないかもしれないから、向こう、向いていてほしいかも」


俺は大鎌を取り出し、自身の首にそれを当てる。


このまま放っておけば、俺は怪人化して、櫻達を襲ってしまうだろう。

もうこれは、覆しようがない結果なのだ。


だから、自ら命を断つしかない。


やっと、皆と一緒になれたと思ったのに。

ようやく、シロと向き合えると思ったのに。


でも、これも罰なのかもしれない。

今まで散々好き勝手暴れてしまった、俺に対する、罰。


ああ、でも……死にたくない……。

ここまで来ても俺は、死ぬのが怖い……。


手が震える……。自分じゃ、自分の命を刈り取ることすら、できそうにない。


「クロちゃん……」


そんな俺を、櫻は悲しそうな瞳で見つめる。

……優しい彼女に、こんな姿を見せてしまったことに、罪悪感を覚えてしまう。でも。俺の手では、到底自分自身の命を喪失させることはできそうにもなかった。


「どうしても、無理なの……?」


「ごめん……。魔王にも、もう無理って。それに、自分でも分かるんだ。今までのとは違うって。今度は正真正銘、元には戻れない。もう、どうにもならないんだって」


ああ、既に右手は、もう人であった頃のものとは違うものに変質してしまっていた。


はやく、しないと……。


「多分、このままじゃ、皆を襲っちゃう……。ただでさえ強化されてるのに、怪人化しちゃったら……きっと、櫻でも敵わなくなる………。だから……、今の、うちに……」


櫻は、どんな時でも諦めない。だから、俺が自分で自分の命を断たないと、櫻はきっと、俺を生かす方法を探してしまう。

だから、だから自分で……。


「大丈夫だよ、クロちゃん。そんなに怯えないで」


櫻は、そう言って、俺に向かって、できる限り悲しそうにならないよう、精一杯取り繕った笑みを向けてくる。


「大丈夫、だよ。クロちゃんは、何もしなくていいから」


櫻の手には、既に『桜銘斬』が握られていた。



……ああ、そうか。


櫻なら、俺のことを見捨てたくなんてないんだろう。

最後まで、俺を助ける方法を探し続けたかったことだろう。


けど、俺は、俺自身を終わらせることができなかった。


櫻は、自分の手で俺を殺すなんてこと、したくはなかっただろう。

けど……、俺が自分で死ぬことを渋ってしまったから。


だから、櫻は、やりたくもないことを、やるしかなくなったんだ。


きっとこのまま、俺が自分自身を殺せず、そのまま怪人化してしまっては、俺は後悔することになるだろう。

そのことも見越した上で、櫻は、俺を斬り殺す判断をするに至ったんだろう。


「ごめんね……。こんな、頼りない私で……。もっと、別の方法、探せたらよかったんだけど……。私には、クロちゃんを殺さずにいられる方法が、思いつかなくて……」


櫻の目から、涙が溢れ出ていく。


……俺の、せいで…。

俺がもっと、自分で自分を殺す覚悟を決められていたら。


彼女はこんなに、苦しまずに済んだのかもしれないのに。


「痛く、しないから。さよならは、言わないよ。だから……」


櫻は、俺の体に、空いているもう片方の手で触れる。


「私達のこと、ずっと見守ってね……」


意識が、落ちていく……。

麻酔……? それに似たような魔法でも、かけられたのだろう。


俺が少しでも、痛みを感じないように。

俺が死の間際に、苦しまなくて済むように。


最後まで、櫻は心優しい少女だったんだ。


……なのに、こんな時まで……。


俺は、死にたくないなんて、考えてしまうのか……。


………これが、結末か。

正真正銘、俺の最後の時だ。


愛は向こうで、待っていてくれるのかな?


あいつのことだ。俺のこと追い返しておいて、俺が来ることを待ち望んでいるに違いない。


ああ、そうだな。向こうに愛がいるって考えたら、少しは気が楽になった。


だから、もう、死ぬのが怖いなんて、言ってられない。

思わずには、いられないけど、でも……。



もう、休んでも、いいんだな…。




★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆




私は、走る。

なんとなく、嫌な予感がした。


クロが櫻を連れて、地上に着地していったのを見た時から。


どうしてクロは、誰もいない場所に着地したんだろうか。

どうしてクロは、あんなにも浮かない顔をしていたんだろうか。


私は、不安で仕方がなかった。アジトにいる時も、体調不良を訴えていたし、何かあったのではないかと、そう思って気が気じゃなかった。


やがて私は、櫻とクロが着地した地点へと辿り着く。


きっと、クロは大丈夫なはずだ。

このまま、私達は、誰もかけることがないまま、この戦いを終えることができるんだと、そう言い聞かせながら、私は、見てしまった。


櫻が………、私の大切な友達が。


クロを……、私の大切な家族を……。


その手で……刺し殺しているところを…。


私は急いで駆けつける。何かの間違いだと、そう否定したかった。でも近づけば近づくほど、鮮明に見える。

クロの、血が……。


「ま、しろちゃん……」


櫻が、驚いたような顔で、私のことを見る。

その顔は、少し疲れているような表情をしているように見えた。


けど、私は櫻のことを無視する。今は彼女に構っている場合じゃない。

私の家族は、私の大事な……。


「ク………ロ………」


信じたくない。こんなの……。


「なん、で……約束、したのに……」


私はクロを抱き寄せる。体温は感じない。ただ、赤く染まっている部分だけは、少し熱く感じた。


「い、やだ…………いやだ…………いやだ……!!」


クロの目を見る。虚だ。その目には何も写していない。

クロの鼓動を確認する。何も聞こえない。もうその心臓は活動を停止している。

クロの魂を感じようとする。ダメだ、何も感じない。もう、何も…‥。


何にも、残ってない……。

私の大切な大切な家族は……クロは……もう………この世のどこにも……。


「ああ………!!」


「あ“ぁ”ぁ“あ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ぁ“あ“あ”あ“あ”あ“!!!!!」


私は、ただひたすら泣き叫ぶ。

この現実を受け入れたくなくて、信じたくなくて、ただ、ひたすらに……。


私は、叫ぶ。

今頃、来夏達は皆勝利に喜びあっているところなんだろう。

けど、私にはもう、喜ぶことなんてできそうにもない。


私はもう……。


割と好き勝手やらせていただきました本作ですが、もうすぐ終了となります。

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