Memory162
地上にいるルサールカをどうにかするなんてのは、アジトにいる俺達には不可能だ。確かに、わざわざアジトの方に分身を置いて、何故本体が地上に降りて行ったのかは気になりはする。が、こちらの戦力は、数でいうなら地上の方が多い。それに、来夏達なら、ルサールカの相手くらい可能だろう。という事で、俺と櫻はシロと合流して、当初の予定通り、このままアジト内を突き進むことになった。
「………びっくりするくらい、誰もいないね」
「前にアジトにいた時は、沢山いた気がするけど……」
といっても、今俺達がいる階層は『5の階層』であって、俺もシロもはじめて訪れた場所だ。そのため、もしかしたらこの誰もいない状態、が通常なのかもしれない。
まあどちらにせよ、気味が悪いことに変わりはないが。
「一応ある程度探りは入れておいたけど、この階層でそれらしい、敵とかはいなかった。だから多分このまま次の階層に進んでも問題はない……と思う」
偽ルサールカとの戦闘後、俺達と合流を果たしたシロが言う。
「確かに、周囲には魂の気配がないから、少なくとも魔族や人はいないだろうけど……」
「ここまで誰もいないとなると、逆に不安だね…………」
今のところ、アジトにいたのは、Dr.白川とルサールカのみ。他の魔族や人の存在は、これっぽっちもいなかった。
「とりあえず、『6の階層』に行こう。もしかしたら、そこに戦力を集中させているのかも」
「私が探知できる限りじゃ、上の階層にも魂の気配は感じられないけど………でも、もしかしたら、怪人はいるかもしれないもんね」
櫻が言うには、怪人には魂が存在しないらしい。そのため、仮に怪人が潜んでいたとしても、魂の有無での探知はできないそうだ。とはいっても、怪人はある程度経験を積んだ人間や上位の魔族よりも技術的な側面で劣ることが多いため、感覚で存在を捉えることが容易だったりするらしい。まあ、俺は潜んでいる怪人を知覚するなんてできはしないが、少なくとも櫻にはできるんだろう。
とにかく、俺達は『6の階層』へと急ぐ。勿論、周囲への警戒は怠らない。だが、やっぱり……。
「本当に、誰もいないね……」
『6の階層』も、先程の『5の階層』同様、どう考えても誰の気配も感じないのだ。人も、魔族も、怪人も、そのどれもが見当たらない。アジトに攻め込むぞと息巻いたはいいものの、肝心の敵地は空っぽで拍子抜けといった感じだ。
まさか、組織は既にこのアジトを捨てることにしたのだろうか?
これだけの規模のアジトを捨てるのはかなり冒険しているように思えるが…。
もしくは、地上に全勢力を割いたのか。
『ここに来て組織が尻尾を巻いて逃げたのだとすれば、拍子抜けですね…』
『私達の力にびびって逃げたのね!』
『それはないと思うわ。警戒は怠らないようにしないと』
言葉を交わしながら、十分に警戒して先へと進んでいく。
特に気配を感じ取ることもできないまま、ひたすらに歩き続けていたその時。
唐突に、“ソレ”はやってきた。
“ソレ”は、この空間全体を支配していた。
“ソレ“は、階層をぶち破り、その存在を主張していた。
「あれ、は……」
恐ろしく巨大な“ソレ”は。
今まで戦ってきたものとは比べ物にならない、正真正銘の、最強の怪人だった。
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「なんで本体が私のところに来てるんだ。偽物の性能が本体と変わらねぇなら、わざわざご本人様が表に出てくる必要はないはずだ。けど、事実本体であるはずのお前は前線に出てきている……。分身じゃ私の相手ができない………つまり、分身の性能は本体より劣るんじゃないか?」
来夏は勝手な憶測を語る。が、ルサールカはその憶測に対して、つまらなさそうに返事をする。
「分身じゃ貴女に勝てないだなんて心外だわ。けれどまあ、貴女の対処を本体である私がした方がいいと感じたから表に出てきたってところは正解かしら」
「なんだ、やっぱり分身じゃ力足らずだったのかよ」
「そうね……。別に分身でも貴女の相手ができないことはないでしょうけど、ただ、1番優先すべきなのは貴女だったから、かしらね」
戦力的に言えば、来夏よりも櫻やマドシュターの方が強力であるはずなのに、あくまでもルサールカが最優先としているのは来夏だったらしい。
確かに魔法少女としての来夏の実力は、櫻やマドシュターを除けば、他の追随を許さないほどの上澄みではある。が、しかし、わざわざ本体を来夏に差し向けるかと言われれば、それには疑問が残る話だった。
ただ、元々クロを怪人化させて櫻とぶつける予定であったのならば、櫻に本体自らが赴かないというのも納得ではある。が、当初と異なり、クロが怪人化することはなかったはずである。
「ますます分からないな……。そんなに私が重要だとは思えないんだけどな」
「そうね。実力的に考えれば、本当は貴女に分身の相手をさせて、あの合体した魔法少女の相手をしたいところだったのだけれどね」
いくら話しても、ルサールカは確信的なことを話そうとはしない。とにかく、分かっているのは、何故かルサールカは来夏を重視しているということ。ただそれだけだった。
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ミルキーの対処はアストリッドと光に任せ、カナは1人、因縁の敵と対峙していた。
敵は既に理性を失いかけており、左腕は人間の物ではなくなっていた。これから徐々に、体も変化していくのだろう。人間出会った時よりも、左腕が怪人化した後の方が、敵の実力は上がっていた。つまり、このまま長引かせて、敵の完全な怪人化を許せば、今よりも勝てる可能性は低くなってしまうだろう。
(たんきけっせんでいかないと……)
カナは形見の武器を取り出す。もうラカもナヤも、タマもいない。けど、彼女らが残したものは、ここにある。
弓、大斧、槍……。全ての武器を用いて、全力で敵を討つ。
「みんな………わたしにちからをかして」
敵が向かってくる。
もう冷静さは欠いていない。“皆“はいなくとも、”皆“が“残したもの”はここにあるから。
まず、弓で敵の動きを制限する。
(ラカ、いつもじゆうで、かってなことばかりするから、しょうじき、うえからおこられないかって、いつもヒヤヒヤだった。けど、そんなじゆうなラカがいるから、つらいことがあっても、たのしいきもちですごせた)
敵の怪人化した腕がやってくる、が、カナはそれをナヤの槍で阻止する。
(ナヤとのおにごっこ、たのしかった。けど、ナヤはあしがはやいから、いつもわたしがまけてたな……。よる、いつもいっしょにふとんでねてくれて…。さびしいおもいをせずにすんだ)
槍で敵を捕獲する。大きな隙ができた。カナはそれを見逃さない。すかさず槍から手を離し、大斧を構え、敵に向かって大きく振りかぶる。
(タマはかくれんぼがすきだった。けど、ときおりねずみをひろってきてたべてるのにはびっくりした。ゴキブリたいじとかしてて、タマといると退屈しなかった)
最後に、カナは双剣へと切り替える。仇は目の前にいる。けれど彼女は勤めて冷静に、その双剣を振るう。
(みんなだいすき。みんなとのおもいでは、ぜったいにわすれない。だから……)
「ここで、おわらせる!!」
双剣を振るう。仇を、今、この手で……!
しかし……。
「ア”ア”ア”ア“ア“ア”ア“ア”ア”!!!!」
敵の怪人化が進む。腕だけにとどまらず、体にまで変化が及び出す。
(これは……まずい!)
ナヤの槍では拘束しきれない。このままでは、やられてしまう。
敵の腕が振るわれる。カナに向かって、無慈悲に、容赦なく……。
が、しかし、いつまで経っても、カナにその腕が振るわれることはなかった。
「悪いけど、戦犯扱いはごめんなんだよね!!」
敵の腕を止めたのは、ミリュー。誰よりも魂の状態に詳しい、彼女によるものだった。
(いまだ!)
ミリューによって出来た隙を、カナは見逃さない。
もう一度、双剣を強く手に握る。
「さようなら、もうわたしたちは、あなたのどうぐじゃない!」
カナはその手で確かに、家族の仇を討ち取った。
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大きく、巨大な化物。その頭には、七色に光る球体のようなものが、円状になるようにくるくると回転していた。
頭の球体は、それぞれ赤、緑、黄、青、白、黒、そして、無色透明の7種類と、多種多様である。
瞳孔は大きく見開き、体中のあちこちに、左手、右腕、右足、左太腿、耳、目、口や鼻など、人の身体の一部と思われるものが散りばめられていた。
その身体の特徴は、どれも遜色がなく、同一人物のものが複数あるように見受けられた。
その身体的特徴は、心無しか、クロの物と一致していた。
「そうか、これは、今まで犠牲になった実験体の……」
全て死体人形として処理されたのかと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。実験体として処理されてしまった人工の魔法少女は、組織のアジトで、別の実験体を作るための素材へとリサイクルされていたらしい。
『…悪趣味ね…』
茜がポツリと呟く。櫻も束も、八重もシロも、その全員が、口を開くことすらできなかった。
「魂融合。茜ちゃん、お願い」
櫻が融合相手に選んだのは、茜のようだ。確かに、今この状況で、話す余裕があったのは茜だけだった。櫻の判断は正しいのだろう。
「シロ! 私が裏に回る! シロは櫻の援護に!」
最大火力を叩き込むなら、櫻の攻撃が1番だ。つまり、櫻の動きを通すために、2人で全力でサポートに回るのが吉だ。
「友情魔法!!」
『炎舞!』
「一掃!!」
とにかく俺は全力で櫻を援護する。これだけの威力の魔法だ。どれだけタフでも、多少はダメージを………。
『ピンピンしてますね…。櫻さん、次は私が』
「分かった! 魂融合」
「行くよ! 風!」
『薙!』
櫻は束と融合し直し、もう一度敵に向かって攻撃を加える、が、びくりともしなかった。
「……あれ、もしかして……」
しかし、どうやら、シロが何かに気付いたようだ。流石にこのままノーダメ状態が続くのは堪えるため、早々にシロが何かに気付いたのはありがたかったかもしれない。
「シロ、どうしたの?」
「櫻が攻撃した時、あいつの頭の上にある球体のうち、緑のやつと、透明のやつが光った気がした。けど、すぐに消えたから、気のせいだったかも……」
それは、どういうことだろう……?
あの頭の上にある球体の属性の魔法は、無効化されてしまうとか……?
いや、だとすれば、奴に通用する属性は、『心』属性とか、『地』属性だけになってしまう。となると、今この場でその属性の攻撃ができるものは、いないんじゃ…。
「そっか。ありがとう真白ちゃん。ごめん皆…ちょっと無茶しちゃうかも『魂融合』!!」
『えっ! ちょっと櫻! それは…』
『しょ、正気ですか!?』
『とんでもないことになりそうね…』
俺とシロは、側から見ていることしかできない。だから、何が起こっているのかは分からなかった。が、すぐに理解する。
「もしかして………全員同時に!?」
櫻は、束と茜、そして八重、その3人ともと融合することにしたらしい。そんな芸当が可能なのか、とも思ったが、やはり櫻に常識は通用しない。
「行くよ皆! せーの!!」
四つの属性攻撃を同時に行う。先程と同様に、奴には何ら効かないかと、そう思われたが……。
「ちょっとだけ、怯んだ…?」
奴の動きは、ほんの少しだけだが怯みはした。と同時に、頭の上の球体は、同時に4つが光ったのを確認した。つまり……。
「あそこの7つの属性で同時攻撃すれば、あいつを倒せる…?」
「うん。そうだと思う!」
水、風、無、炎は光った。
「次は、全員同時に行こう!」
「分かった。私もクロも、櫻に合わせてみる」
もう一度、櫻の合図で奴に攻撃を加えて見ることにする。
「せーの!!」
全員での同時攻撃。しかし、わずかにタイミングがずれたのか、最初に4つの球体が光って、遅れて白、黒の順に球体が光るといった具合だった。4つの球体が光終わった後に残りの二つが時間差で光ったため、今回の攻撃は失敗だったのだろう。だが、これで残り光っていないのは、黄色だけとなった。
「同時攻撃するのは、難しそう……。だったら、真白ちゃんとクロちゃんにも、私と融合してもらう必要があるかも!」
『そうね。そっちの方が確実だわ』
「分かった」
光っていない唯一の色である黄色は、おそらく雷属性と対応しているのだろう。
大丈夫だ。怪人化の影響で、俺なら雷属性もカバーできる。よし、そうとくれば……。
「部分解放・電気………」
と、瞬間、俺の身体に異常が走る……。
本能が言っている。これ以上はダメだと…。
「まさか……」
俺はもう、部分解放ができない…?
いや、できることにはできるのだろう。だが、これ以上使えば、間違いなく、俺は正真正銘怪人化する。
魔王も言っていた。次に怪人化すれば、もう元には戻れない、と。
つまり、俺は雷属性をカバーできない。
そして、俺以外に雷属性を扱える者は、ここにはいない。
「ごめん、櫻、シロ。雷属性のカバーは、できそうにない……」
「そんな……。じゃあ……」
仮に他の魔法少女を呼ぶにしても、生半可な実力の子じゃすぐにやられてしまうだろう。それに、タイミングを合わせようと思えば、やはり櫻と融合できる者である方が確実性が高い。
つまり…。
「今、ここに必要なのは……来夏だ」
目の前の敵を倒すために必要な最後のピース。それは、俺がこの世界で初めて敵対して戦った雷属性の魔法少女、朝霧来夏だった。