Memory161
朝霧来夏は、周囲の魔族達を『雷槌・ミョルニル』によって一掃し、他の仲間の場所の援護へと向かうため、無線で連絡をとっていた。魔法少女マドシュターや櫻達のところで複数のルサールカの報告を受けたところ、彼女のところにも、それがやってきた。
「貴方にはそれなりの精鋭をぶつけたつもりだったのだけれど、無意味だったみたいね」
「ここにも来んのかよ。一匹見たら複数いるとは思えってやつか? 私は虫は嫌いじゃないがあの例の虫だけは苦手なんだよ。勘弁してくれ」
「あら、それってゴキ…」
「黙れ。名前聞くだけでもゾワゾワするんだよ」
来夏は会話を交わしつつも、ルサールカに対する警戒は解いていない。が、来夏は先ほど大技を放ったばかりで、かなりの魔力を消費している。長期戦に持ち込むのは得策ではないだろう。
「ていうか、そもそも何で複数存在してるんだよ」
「簡単よ。分身したの、残念ながら私以外の組織の幹部は全員裏切るなり討伐されるなりして全滅してしまったもの。だから、その穴埋めを私が代わりに行うことにしたのよ。まあ、本体は今頃組織のアジトで櫻と戦っているんじゃないかしら」
「そうかよ」
「もうやるの? もう少しお話ししてからでもよかったのだけれど」
「うるせぇよ。こっちもはやめに決着つけたいんだ………『着火』」
瞬間、来夏の体が赤色を帯び出す。先程とは雰囲気が異なるのは、誰が見ても明白だった。
「へぇ………」
ルサールカも興味深そうに彼女の様子を見る。
「擬似的だが、一時的に炎を扱えるようになるんだ。悪いが、お前の出番は一瞬で終わりになる」
「いいわ。望むところよ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
ルサールカは、拳を大きく振り上げ、天井を破壊する。
「戦闘をするなら、上の階層がおすすめなの。どうかしら?」
俺は困惑しつつも櫻の方を見る。櫻もまたルサールカの突然の提案に困惑していたが、彼女の提案自体には乗るつもりみたいだった。
「……決まりみたいね。それじゃあ、上の階層で戦いましょうか」
ルサールカが上の階層へと飛ぶ。俺と櫻も、彼女に続くように上の階層へと移動する。
「4の階層。それがここの名前よ」
ルサールカがそう呼んだこの場所は、広大だった。ただ一つ、巨大な空間が広がっていて、先程の『3の階層』や他の『1の階層』『2の階層』と比べても異質だった。本当に、ただ広大な部屋で戦闘をするためだけに用意された場所のようだった。
「さあ、はじめましょうか!」
先に仕掛けたのはルサールカだった。俺と櫻は、それぞれ左右に分かれて彼女の攻撃を避ける。
「風……」
『薙!』
櫻と束が攻撃を繰り出すが、ルサールカはそれを避ける。そのまま風薙は俺の方へとやってくる。
「“ブラックホール”」
とりあえず“ブラックホール”で回収しておく。この使い方をする以上、“ブラックホール”を移動手段として使うのは一旦諦めた方がいいかもしれない。
「飛ぶよ、束ちゃん!」
『わかってます櫻さん!』
櫻は空高く飛翔する。が、
「逃がさないわよ」
ルサールカもまた、背中から翼を生やし、櫻に追従するように空を飛び出す。
「羽あるんだ……」
俺は呑気にもそう溢してしまう。そんな場合じゃないよな。とりあえず、俺も続かないと。
「部分解放・空舞う蝶」
俺は急いで櫻の元に駆けつけようとする、が、それよりはやく、ルサールカの手が変形し、鷹の爪のような形へと変形し、櫻に向かってそれが振るわれる。
「魂融合」
空中での回避は困難だったのか、櫻は自身の眼前に氷の障壁を生成し、ルサールカの攻撃を防ぐ。
どうやら、一瞬のうちに束との融合を解除し、八重との融合に切り替えたらしい。櫻の髪色で、束の特徴である緑色になっていた部分が、八重の特徴である青色の髪へと変色していることからも、明らかだろう。
が、束との融合を解除したことで、飛行能力を失った櫻はそのまま落下してしまう。それに対して、ルサールカが今にも追い討ちを仕掛けようとしているところだった。
「させるか!!」
当然、そんなことはさせない。俺が櫻とルサールカの間に入って、ルサールカの追い討ちを食い止める。櫻の方は大丈夫だろう。さっきと同じ容量で、再び束と融合し直して空中に戻ってくるはずだ。
「ふふ、戦闘も案外悪くないものね」
ルサールカは、一時離脱した櫻の代わりに、その爪を俺へと振るいだした。
「風薙!」
俺は正面から向かってきたルサールカに対して先程“ブラックホール”に吸収しておいた風薙を、“ホワイトホール”から取り出し、ルサールカに直撃させる。
「っ!」
ルサールカの動きが怯む。瞬間。
「凍れ! 桜!」
『氷!』
「斬!」
櫻がルサールカに奥義をお見舞いする。どうやら櫻は、八重との融合を維持したまま、氷属性の魔法によって氷の道を作成することでここまで登ってきたみたいだ。
「なっ、ここまで登ってきたの!?」
ルサールカは驚愕する。それもそうだろう。地面から今のこの空中までは、20mも離れているのだから。飛行能力なしに、ここまで登ってこれるのは異常だと思うのも無理はない。
ルサールカの全身が凍っていき、凍ったそばから、手先から順にボロボロと崩れていく。
「ちょ、櫻、これは流石にやりすぎじゃ…」
「大丈夫だよ」
ルサールカの体が、どんどん崩れていく。どう考えても、これで生き延びられるわけがない。俺は別に、ルサールカが死んでも構わない。けど、櫻はきっと、殺したいとは考えてないはずだ。だが、予想に反して櫻は冷静だった。ルサールカの体が完全に崩れ去っても尚、彼女の顔は冷静さを保ったままだった。
「櫻、どうして…」
「やっぱり……」
八重と融合しているからか、いつもより冷静で、大人びたような声で櫻は話す。
「ここにいたルサールカは偽物だよ。多分、魔法か何かで作ったんだと思う。最初から魂がなかったから、どこかおかしいとは思ってたんだけど」
ルサールカの偽物……。つまり、ルサールカの本体、本物は、まだ生きているということだろうか。
だとしたら……。
「まだこのアジトに、ルサールカが潜んでる?」
「ううん。それはない。だって、どこにも魂の気配が感じられないから。私が今観測できてるのは、クロちゃんとシロちゃんの魂と、今私の中にいる皆の魂だけだから」
魂融合の影響か、どうやら櫻はある程度魂の知覚ができるようになったらしい。俺も魂に関してはなんとなくでしかわからないのでなんとも言えないが、櫻がそういうのならば間違い無いだろう。
「じゃあ、本物のルサールカは……」
「うん。多分今、地上のどこかにいると思う」
★☆ ★☆ ★☆ ★☆ ★☆
「前から目的の見えない奴だった。結局お前、何がしたいんだよ!!」
来夏は、ルサールカに向かって雷撃を繰り出す。魔力の消費をできる限り抑えながらの攻撃なので、魔力量は控えめ、それゆえに、ルサールカにまともなダメージを通すことはできていなかった。
「目的、ねぇ。皆が皆、そんな大層なものを持って行動していると思っているのかしら」
「じゃあ、お前は、大した目的も大義もないくせに、クロを苦しめ続けたっていうのかよ。なんの目的もなく、今ここで倒れてる魔族たちは、お前に人質を取られたっていうのかよ!!」
来夏の怒りは止まることを知らない。頭では、冷静に立ち振る舞った方がいいことくらいわかっている。それでも、怒れずにはいられなかった。
「大体、偽物の私に何を言おうと意味がないわ。いくら偽者に呼びかけても、その声は本物のルサールカには届かないもの」
「うるせえよ……」
「先に雑談を始めたのはそちらでしょう?」
「そういうことじゃない。いつまでしらばっくれてるつもりなんだ」
「なんのことかしら?」
来夏は魔法で牽制しつつも、ルサールカとの会話を継続する。
「お前が本体だろ。偽物のふりしてるんじゃねえよって言ってんだ」
「へえ……」
ルサールカの口角が、ニヤリとでもいうかのように、上がった。
・『トルネードブロッサム』
束と櫻が融合した姿。強力な風属性の魔法を扱うことができ、天空の支配者となることができる。魔法の射程距離は櫻が他のどの魔法少女と融合した場合よりも長い。
・『ネロフリーズブロッサム』
櫻と八重が融合した姿。水属性の魔法と氷属性の魔法を併用して扱うことができる。奥義の『桜氷斬』は斬るものすべてを氷結させて崩壊へと導く。