Memory157
すみません遅れました
……目を覚ます。
檻……それに、魔封じの魔法がかけられてる。
とりあえず、作戦は成功、ってところだろうか。
ミリュー、正確には、深丸麗華こと偽ミリューから得た情報だったが、どうやらそれは正確だったみたいだ。
俺と櫻を衝突させる。そのために、俺に怪人強化剤を打ち込み、精神を含めて、俺を完全な怪人へと昇華させる。
……悪趣味な考えだ。けど、残念ながら俺はもう組織に好きなように扱われるつもりはない。
ラスボスだと? 笑わせないで欲しい。そんなものになるつもりはない。
なんで俺が人間として意識を保ったままでいられているのかだが、簡単に言えば、櫻のおかげだ。
前回、俺と櫻の魂は融合した。その際、櫻は自身の魂の2割を失った。
何故か。
どうやら、俺の魂は若干欠損していたらしく、その欠損部分を補おうとして、櫻の魂から奪い取ったらしい。
最低だと思う。けど、そのおかげで、俺は完全な怪人へと変貌せずに済んだ。そして、ルサールカが俺をアジトへと連れてきたことで、アジトの居場所も割れた。
元々、空中に浮かんでいて、さらにはステルス機能も付いているこのアジトを普通に探すのは困難だと思っていた。だからこそ、俺が囮になって、アジトの場所を割るという作戦が練られたのだ。
俺が櫻の魂を奪ったんだから、それくらいのことはさせて欲しいって、責任を取らせて欲しいって懇願したのだ。カナやユカリ、それに八重あたりにも反対されたが、押し切って良かったと思う。
といっても、櫻と俺をぶつけるつもりなら、ルサールカも最初から櫻はアジトへと来れるように手配するつもりだったのかもしれないが、おそらく櫻だけで、他の皆はアジトの存在すら気づけないだろう。
空中に浮いているアジトには、皆足を運ぶことはできないが、それでも場所を把握しておけば、ある程度の援護は可能かもしれない。だから、この情報は無駄にはならないと思う。それに、結果的に俺も櫻と一緒に戦えるわけだし。
ともかく、檻に入れられて、魔法も封じられてるんじゃ、今ここで俺にできることはない。今はゆっくり、櫻の救援を待って……。
「まさか、貴女も組織から不要と判断されたのですか? 残念ですね、私の研究成果は、どうも評価されないらしい」
「お前……は……」
「お忘れですか? Dr.白川ですよ」
こいつは……シロを実験体にして、俺を造り出した……研究者。
そして同時に。
八重とシロの、父親でもある男だ。
特別良い印象はない。けど、こいつの存在は少々厄介かもしれない。
もしルサールカと共謀でもされていたら面倒だ。が、しかし今俺にできることはない。
「そんなに怯えなくても、今すぐどうこうするつもりはありませんよ。それに、こういう時のことを考えて、備えておきましたからね」
「……?」
「実はこの檻の中には、こっそり作っておいた隠し通路がありましてね。そこから出られるようになっているんですよ」
……罠かもしれない。乗るべきではないだろう。だが……。
「2人は………八重と千鶴は、元気にしていますか」
Dr.白川は不意に問う。研究者としてではなく、1人の父親として。
普通の父親のように、娘を心配するかのような、そんな目だ。
愛情が、なかったわけではないのだろう。
ただ、愛し方が、歪だっただけなのかもしれない。
「……2人とも、生きてるよ」
元気かどうか、か。2人には心配をかけまくっているし、魔法少女として戦闘したりして、負傷することもあるだろう。
元気とは、言い難い。でも……。
「そんなに心配しなくても、八重もシロも、良い友達がたくさんいるから。だから、心配しなくても大丈夫だよ」
「………そうですか」
……仕方がない。
信用してやろうじゃないか。
組織としてのDr.白川は信用できないが、こいつの父親としての面は、信じてやっても良い。
「それじゃあ、使わせてもらうよ。この通路」
「……ルサールカには、私から上手いこと言っておきましょう。心配しなくとも、私は研究者です。有用な人材を、みすみす廃棄するような組織じゃないでしょう」
返事はしない。別に、こいつと深い交流があったわけでもない。
ただ……。
「産んでくれて、ありがとう」
それだけは、言っておこう。
どんなに苦しくても、シロや櫻達と出会えたのは、この人が俺を造ってくれたおかげなんだろうから。
恨みがないといえば、嘘になる。けれど同時に、俺は前世で得られなかったものを得られた。
だから、今日のこの一言だけだ。それ以上の言葉は、渡さない。
俺は振り返らずに、隠し通路を通る。
Dr.白川の顔は伺えないが、なんとなく、笑っているような気がした。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「余計なことをしてくれたみたいね」
ルサールカは、クロを閉じ込めていた檻の様子を見にきていた。だが、そこにクロの姿は見当たらなかった。
「さあ、運動でもしに行ったんじゃないでしょうか」
「そうみたいね。なら、もうこんな檻、必要ないかしら」
ルサールカはそう言って、檻を破壊する。
「私はどうするんです?」
「それは私が決めることではないわ」
「私の好きにして良いって言っちゃったもんね〜」
ルサールカの後ろから、ミルキーという名の魔族が、気持ちの悪い笑みを浮かべながらやってくる。
「そうですか。中々に楽しかったですよ。ここでの研究は」
「ねぇルールー。好きにバラシちゃって良いんだよね?」
「ええ。いいわよ。私には関係ないもの」
(ここまで、ですか)
Dr.白川は、1人死を悟る。
(倫理を外れた研究者がこうなってしまうのは、当然の末路でしょう。しかし、これでいい。私は、私が成したいように、あるがままに振る舞っただけなのですから)
Dr.白川に、後悔はない。クローンを作り出したことも、娘を実験体にしたことも、間違っているだなんて、一つも思っていないからだ。
(有意義な研究でした)
ミルキーが、Dr.白川に、死を提供する。
その日。
1人の研究者が、散った。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「……よし、奴らのアジトの場所は分かった」
双山魔衣は、一同にそう告げる。どうやらクロは無事、アジトに移動することができたらしい。
「ああ。こっちの問題も、千夏のおかげで、なんとかなりそうだ」
「そっか、無事に上手くいったんだね」
「まあな。あんだけ悩んでたのに、千夏の存在1人で解決できるとは思わなかった。ま、結局魔法少女だって1人の人間だ。好きな人のために動きたくなるもんなんだろうな」
「後は誰が行くか。アストリッドに眷属にされたことのある私は、吸血鬼化して飛ぶことができる。けど、私以外でアジトまで行けるのは……誰もいない」
問題は、空中にあるアジトに如何にして侵入するのか。
空中にも浮遊型の怪人はいるし、空を飛べて、それらの怪人を掻い潜れるだけの実力があるものが行くべきだろう。
「その点に関しては、私と融合した櫻さんが行けます。私の属性は風。私自身、風で多少浮くことはできますし、櫻さんと融合すれば、アジトまで空を飛んで行くくらい、困難ではないはずです」
そこで声を上げたのは、束だ。元々、櫻は魂が欠損しており、誰かと融合する必要もあった。それに、相手の本拠地なのだ。最高戦力を送れるのならば、送っておくべきだろう。
「それじゃ、私と束ちゃんが融合して、真白ちゃんと一緒に、アジトに行くって感じでいいかな?」
戦力は少ないが、行けるものがいないのだから仕方がない。
話はまとまった、かのように思えたが。
「櫻、ちょっと待った、よ。櫻との融合、私もさせてもらうわ!」
名乗りを上げたのは、赤髪をツインテールにした少女、津井羽 茜だ。
「茜さん、子供の遠足じゃないんですよ。幼稚園生じゃないんですから、空気は読んでください」
「そうね。その年になってまだツインテールなんて……。そろそろ髪型も変えた方がいいんじゃないかしら?」
「茜、今回の戦いは遊びじゃないんだ。冗談は戦いが終わってからにしてくれ」
束、八重、来夏と続き、茜を適当にあしらうが、茜としては真面目な提案をしたつもりなので、不服そうな顔をしている。
「そんなんじゃないわよ! というか、髪型は関係ないでしょ!?」
「いや、髪型はそろそろ変えた方がいいと思います。まあ、似合ってないわけじゃないですけど、でも流石に……」
「そ、そんな微妙な反応しなくてもいいじゃない……。ま、ともかく、私の魂も櫻と一緒に連れてって欲しいの。私の体については、安心していいわ。なんたって、私の中には、組織の元幹部、イフリートが留守番してくれてるんだから!」
『ちょっと肩身が狭い思いだ』
どうやら、茜が肉体から離れている間、代わりにイフリートが茜の身体を管理してくれることになっているらしい。
「それに、櫻の魂が削れてるなら、その埋め合わせはちょっとでも多い方がいいでしょ?」
「確かに……一理あるかも」
茜はそれらしいことを言って、櫻を納得させる。といっても、実際は茜が櫻達と一緒に融合して戦いたい、と思って提案しているだけで、特に深い考えはないのだが。
「それなら………私の魂も連れていって欲しいわ」
「八重ちゃんの?」
「ええ」
茜に感化されたのか、八重も茜に便乗して、櫻との融合を希望する。
「私は、力を失ってから、ずっと無力だったわ。妹にばかり戦わせて………私は、指を咥えて見ているだけ。だから、もし私の魂も使えるなら、使って欲しいの。私も、最後くらい、役に立ちたいわ」
八重の思いは、家族を守ること。シロも、クロも、ユカリも。皆八重にとっては大切な家族なのだ。だからこそ、妹達にばかり戦わせている自分に、情けなさを感じてすらいた。
「うん。わかった。ミリューちゃんに聞いて、行けそうだったら、八重ちゃんも一緒に戦おう」
魂融合は、絆ある者同士でしか成立しない。八重は、力を失ってからは戦闘要員ではなくなったため、魂融合を試すこともなかった。だが、櫻と八重の間には、確かな絆がある。魂融合は、可能であると見て良いだろう。
「……相性がいいのは私だから」
「何張り合ってんだ」
皆が融合しようとする様子を見て、嫉妬したのか真白はそんな呟きをする。来夏も思わず突っ込んでしまった。
「もし、アジトで必要になったら、私とも融合していいから」
「うん。もし必要になったら言うね」
「ところで、来夏はどうするわけ?」
茜は、この場で櫻と融合できる者の内の1人である、来夏に問いかける。この場にいる櫻と融合可能な魔法少女の中で、櫻との同行を希望していないのは来夏のみだった。
「私は地上で戦う。猿姉や千夏もいるしな。ま、皆のことは信頼してる。必ず勝ってこい。こっちはこっちで、上手くやる」
☆★
「こちら地点A。ガンマ隊、始動するぜ!」
「櫻が期待してる。私達も頑張るぞ」
「勝手にガンマがリーダーに添えられてるのは気になりますが、まあいいでしょう」
☆★
「えー地点なんとか。準備完了!」
「焔ちゃん、地点Bだよ、地点B」
「あはは、うちらの焔は、今日も平常運転だなぁ」
☆★
「魂融合!!」
『複数人だと、少し変な感じですね……』
『私は初めてだから、よくわからないわ』
『ちょっと、同時に喋ってると何言ってるかわかんないわよ?』
「………大変そう……」
「皆、準備はいい?」
『できてます』
『いつでもいいわ』
『バッチリよ!』
「ん、私も、いつでもいける」
「よーし。それじゃ、行くよ。皆!!」
櫻は空を舞う。
全てに、決着をつけるために。