Memory153
ん……うわ、また気絶してた。これで何度目だろ
シロを庇って倒れて以降の記憶がない。結局あのあとどうなったんだろうか。
それに……。
「嫉妬しちゃうよ。お姉ちゃんは寂しいなぁ……」
「そんなことより、アストリッド。要件があるならはやめに済ましてほしいね」
この声……。魔衣さんと………アストリッド、か。アストリッドの名前を聞いて一瞬警戒したけど、どうやら今すぐ戦闘開始って雰囲気でもなさそうだ。
にしても、魔衣さんは正気に戻ってる。ってことは、魔法少女達の支配も解けたってことでいいんだろうか?
櫻がなんとかした、のか。やっぱり凄いな、あの子は。
にしても、魔衣さん、俺が起きたことに気づく気配が一向にないな。寝たふりして会話を盗み聞きしても、ワンチャンバレなさそう? いや、でも盗み聞きはよくないか? でもこの状況で起きるのもなぁ……。アストリッドと顔合わせはあんまりしたくない。正直嫌いだし。
櫻が望んでいないからしないけど、はっきり言って殺意自体はまだ残ってる。全く殺す気がないと言えば、嘘になる。まあでも。あくまで殺意が残ってるだけだ。本当に殺す気はない。
「姉さんとは呼んでくれないか。まあいいよ。なら、姉としてではなく、敵として、いや、元敵対者として接しようか。結論だけ述べると、私は魔界に帰ることにした。プライドもズタボロ。入念な準備は全て水の泡。これ以上ここに残っても旨みは少ないと身をもって教えられたからね」
アストリッドが魔界に帰るらしい。
普通に嬉しい。だって存在が鬱陶しかったんだもん。特に望んでもないのに眷属にさせようとしてくるところとかが無理だった。ストーカーに追われる人の気持ちがわかった気がする。
「それなら、人間界は私のものになるね」
「思ってもないことを言うもんじゃないんじゃないかな?」
「知っているだろう。私は、魔法少女達を利用するために、このポジションについたんだ。この人間界においてうまく立ち回るには、彼女達に取り入った方がやりやすいと思ったからね」
「……私に似て、プライドの高い子だね。だから、魔界でも私の下につくことを嫌ったんだろうけど。でも、やっぱりまだ甘いね。上に立つのには向いていないよ、君は」
魔衣さんとアストリッドって、どういう関係なんだろう。姉さんとは呼んでくれないかって発言からして……姉妹関係にあたるのか? そういえばだいぶ前にも、魔衣さんがアストリッドのことを姉さんと呼んでいた時期があった気がするけど……。
「王の器足り得ていなかったよ。君は。姉を退け、王位につくつもりだったのかもしれないけど、王は、国全体のことを考える。たかが一個体のことを気にかけるようじゃ、まだまだ甘いよ」
魔衣さんも吸血鬼、なんだろう。姉妹っていうんだから、きっとそうだ。だとすれば、王っていうのは、吸血鬼の王のこと、なんだろう。魔衣さんは、その座を狙っていた、って話か。
「才能のある子を育てて、手駒にすることがそんなに気に食わないかな?」
「そういうことを言ってるんじゃないさ。本当は気付いてるくせに」
「………」
「娘は大切にしなよ。私だって情がないわけじゃない。君の感情にも、理解は示せるさ」
アストリッドの足音が、遠ざかっていく音がする。
………帰った、のかな?
うん。多分帰ったな。
それじゃ、まさに今起きました、って感じで、ゆっくり目を開けて……。
「ああ、それと、クロに伝言だ。君のことを手に入れられなかったのは残念だった。一つ言っておく。組織の言いなりになんかなるな。君が組織に負けるような奴なら、吸血姫たる私の権威は失墜してしまうからね。それじゃ」
………言われなくても、組織に負けるつもりは毛頭ない。
まあ、吸血姫の権威が失墜しようが俺が知ったことではないというかむしろ失墜してくれって感じではあるけど。
ま、2度と帰ってくるな。これ以上盤面を引っ掻き回すのはやめてくれ。
心の中でしか言えないところに、俺の負け犬根性が現れてしまっているような気がするけど、本人はいい感じにお別れしたそうだし、変に波風立てる必要もないだろう。
「クロ、私とアストリッドの話、聞いていただろう?」
……そしてどうやら魔衣さんには俺が盗み聞きしていたことがバレていたらしい。
「さあ………。夢の中で、手駒に感情移入してしまうような魔族の話は聞いた覚えがあるけど」
「………やっぱり聞かれていたか。私としても、間抜けだとは思うよ。最初は、演技だったんだよ。教師をやっていた頃は、結構大人な女性を演じていたんだ。真白と接する時も、なるべく母性を感じられるように、優しく、大人の女性らしく接してた」
……確かに、教師の時はもっと大人っぽかった気がする。
「そのせいかな。真白のことを、本当の娘のように想い始めたのは」
どこか、胡散臭さを感じることはあった。その部分は、魔法少女を手駒にしてやろうとか、そういう感情の部分なんだろう。でも、胡散臭さの中に、どこか暖かさを感じることも、確かにあった。
魔法少女を手駒にしてやろうとかは、いつの間にか建前になったんだろう。無理に建前にしているのが、胡散臭く感じた要因かもしれない。
「真白だけじゃない。櫻達のことも、なんだろうな、娘の友達、って感覚なのかな。とにかく、放って置けなくなった」
「シロのこと、本当に大切な娘だって、そう思ってたんですね」
「そうかもね……。これから、君達は組織と全面対決をすることになるだろう。アジトを潰さない限り、大規模侵攻は止まらず、怪人も供給され続けるからね。正真正銘、最後の戦いになる。だから、いつ命を落としたっておかしくない……。だから、一つ、頼みたいことがある」
「シロなら、絶対に死なせませんよ。大事な、妹だから」
「守り抜いて、くれる?」
「シロを守れなかったら、死んでも死に切れない気しかしないので。それに、シロには伝えなきゃいけないことがある。だから、死なれるのは困ります」
「そっか。櫻にも同じことを頼んだんだけどね……。ったく、いつの間に、どうして、こんな親バカになってしまったのやら………」
とにかく、全面対決をするなら、櫻達と情報交換をしておかないと。そもそも、他の魔法少女達との協力の件もどうなったのかって話だし……。
「それじゃ、お先に」
魔衣さんを置いて、俺は櫻達と合流しにいく。
「どうか生き抜いて。私の娘達。なんて、らしくないかな」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
櫻達と情報交換を行ってきた。手札は、揃ってる。組織との全面対決作戦決行は、もうすぐ実行開始らしい。でも、その前に。
決着をつけないといけないことがある。
「………不良品に、元凶。それに百山櫻か。舐められたもんだね。3人だけで、私の相手をしようなんてさ」
「来夏ちゃん達は、やらないといけないことがあるから」
「おまえのあいてなんて、わたしたちでじゅうぶん」
相対するのは、ミリュー。
どうもこいつは、ルサールカら組織とは少し目的が異なるらしく、表面上協力関係のようで、実際は対立関係にあるらしい。ルサールカら組織とぶつけさせるのも悪くないが、ミリューの存在は厄介だ。ルサールカと組んでいないのなら、別で撃破しておいた方が、のちの不安要素になり得ないだろうと、そう判断して、個別で呼び出した。
ミリューの相手をするのは、俺と、カナと、櫻。
来夏や束らは、別の用事で今はいない。
合計4人で相手する。
そう、ミリューに因縁のある、合計4人で。
「まあ、いいさ。やっぱり因縁のある相手には、有象無象とまとめて相手するより、一人一人丁寧に始末しないとね」
最終決戦前日。
ミリューとの戦闘が、始まろうとしていた。
クロが起きる前の会話
「アストリッド……! 何でここに…まさか、クロが狙いじゃ……」
「もう興味ないよ。手駒にできそうもないし。怪人化進みすぎて、眷属化も無理ぽだし。その感じじゃ、もう長くないだろうし。手に入れたところで、すぐに失うだけだからね。用事は別にある」
「やっぱり、長くはない、か……」
「むしろよく持った方だと思うけどね。ま、これでも私はクロのことが好きといえば好きだからね。死ぬにしても、組織を壊滅させてからにして欲しいものだよ」
「どうにかして、生かす方法は……」
「ないね。もしかして、死んでほしくないのかな?」
「…………」
「やっぱり結構入れ込んでるんだ。嫉妬しちゃうよ。お姉ちゃんは寂しいなぁ……」