Memory151
状況は変わっていない。魔法少女達は皆支配され、大規模侵攻も開始した。絶望的な状況。だが、白く美しく、それでいて、華やかで可憐な桃色の魔法少女は、絶望なんて、まるでどこにも存在しないとでも主張するかのように、明るく煌めいていた。
「ルールーも興味津々だったよ。キミのそれ。ルールーは結構プライド高いからさ、何でもわかってるフリする癖あるんだけど、そんなルールーでも正直に分からないって答えるくらいには、キミの存在は不可解なんだよ。百山櫻」
「私には、詳しいことはわからないけど……でも、私の力が、皆のために使えるなら……私はそれでいい」
「私達とは視点が違うよね。キミは状況を打開するのに必死で、自分の特殊性に目を向けられてない。そりゃ私達は好きなように生きてるからさ、好きなようにモルモットを観察して、好きなように自分の知的好奇心を満たすだけなんだけど」
『櫻』
「うん。わかってる。後ろ!!」
「………へぇ……」
ミルキーが行ったのは、“思考誘導”による話しながら背後に回ることによる不意打ち。“思考誘導”によって櫻にはミルキーの動向は認識されない。そのため、櫻の視点ではミルキーはその場で立ち止まって会話を続けているように見える。はずだった。
だが、櫻は気づいていた。ミルキーが背後に回っていたことも、自身に“思考誘導”の魔法がかけられ、認識をずらされていることも。
『心属性の魔法は、精神に干渉する以上、どうしても曖昧なものになる。だから、基本的には特定の範囲内に魔法を発動させる形になる。けど……』
「私やクロちゃんが真白ちゃんを庇った時、私達には“思考誘導”の魔法がかかってなかった」
「……なるほどなぁ」
「私は……私達は1人じゃない」
『2人で、戦ってるから』
つまり、ミルキーの扱う心属性の魔法は、一度に複数人を対象にしてかけることが不可能であるということ。効果があるのは、一つの範囲内につき1人だけ。つまり、魂融合によって、櫻とシロの2人の魂が内在している状態では、櫻かシロ、どちらか片方にしか魔法の効果は乗らない。仮に片方が“思考誘導”によって誤った認識をしていても、もう片方の“思考誘導”にかけられていない方が正しい情報を共有すればいい。
「でもさ、どっちが正しいかなんて分からないよねぇ!!」
ミルキーは再び、“思考誘導”をしかけながら攻撃を開始する。当然、片方には“思考誘導”の魔法がかかっていない。だが、櫻とシロ、どちらが“思考誘導”をかけられていないのか、本人達にはその自覚が得られない。先程はあからさまにミルキーが不意打ちを狙っていたため、おそらく櫻が“思考誘導”にかけられていたのだろうということはわかった。だが、今回は……。
「これは……」
櫻視点では右から、シロ視点では左から、ミルキーは攻撃を仕掛けに来ているように見える。
『櫻、今度は左から………』
「大外れぇ!!!!」
シロの言葉を受け、左からの衝撃に備えて武器を構える櫻だったが、今回“思考誘導”にかけられていたのは、櫻ではなく、シロの方だった。そのせいで、櫻はミルキーの攻撃をくらってしまう。
「いっ…!」
『櫻! ごめん……私が……』
「私が右にも注意を払っておくべきだったかも。………来るよ」
“思考誘導”にかけられているかもしれない。そう考えると、どうしても攻めに転ずることができず、櫻はミルキーに一方的に攻撃されることしかできない。
『今度は後ろ……けど……』
「私は前。どっちかは間違ってる。けど、どっちかは合ってるはずだから……どっちにも気を配らないと。タイミングだけ、お願い」
どちらが“思考誘導”にかかっているか分からない以上、どちらの情報も疎かにはできない。本来2人の魂が融合したことによって大幅強化されたはずが、“思考誘導”のせいで逆に不利に働いてしまっていた。
『来た!』
櫻はシロの合図を受け、後ろからの攻撃に備える。が、衝撃は来ない。
「なら、前!!」
急いで振り向き、反撃を試みるが。
「“視線誘導”」
「なっ……」
視線を逸らされる。視覚によって攻撃の軌道を捉えることを拒否されてしまう。
「っ…!」
結局、“視線誘導”を受けたことによって、櫻は反撃を諦め、すぐに攻撃の回避へと行動を変更した。
『厄介すぎる……』
「攻められない…!」
「よかったよかった。そうだね。認めよう。キミ達は2人で戦っている。だから、こちらも、2人分に見合うだけの戦闘をしたいと思ってるよ」
再びミルキーは攻撃に転じる。休む暇を与える気はないのだろう。
ミルキーとの戦闘に関しては、融合したのは間違いだったと言えるかもしれない。。戦闘能力で言えば段違いのものを手にしてはいるが、もし融合していなければ、動ける人数は2人。仮に片方が“思考誘導”にかかっていたとしても、もう片方が動いてミルキーに攻撃を仕掛けることができるためだ。
といっても、“思考誘導”によって同士討ちを狙えないこともないので、一長一短なのかもしれないが。
「また前から……」
『上!』
前なのか、上なのか。
どう頑張ろうと、櫻達には、正解はわからない。わかるのは、全て終わってからだ。
「正解は、上でしたぁ!!!!」
櫻は後方へと大きく回避し、ダメージを受けることはなかった。だが、櫻側も有効打はない。耐久戦に持ち込もうにも、支配された人々や、怪人達のことも考慮すれば、いつまでもミルキーを相手し続けるのも難しいだろう。
「このままじゃ……」
『櫻、変わって』
「…? それってどういう………」
『私と櫻の主導権を入れ替える。櫻の変わりに、私が戦う』
「そんなこと、できるの?」
『できる。……たぶん』
「わかった。やってみる」
「魂変化!!」
櫻とシロの主導権が、入れ替わる。
『で、できた!』
「ここからは、私の番」
「本当に入れ替わったの?」
「お前には関係ない」
ミルキーはその光景を、興味深そうに観察する。彼女にとって、櫻は観察対象であり、自身の楽しみ、娯楽なのだ。
「やっぱり、百山櫻とシロの相性は最高、か」
「……何?」
「いや? こっちの話。ま、別に話してもいいんだけどね。キミらについて」
「興味な……」
『私達のこと………?』
シロはミルキーの言葉を一蹴しようとするが、それと対称的に、櫻はミルキーの発言に興味を示す。
「そう。組織がなぜ、シロ、白川千鶴という人間を攫ったのか」
「白川千鶴?」
「キミの本当の名だよ。キミと蒼井八重に血縁関係があるのは知ってるでしょ?」
『八重ちゃんが言うには、そうらしいけど……』
「まあ、元々キミは攫われてきた人間なんだよ。でも、何故キミだったのか。結論から言うと、ルールーがキミを選んだから、なんだけどね」
「話が長い」
「ごめんごめん。誰かと言葉を交わすのって、意外と楽しいものだから。ま、言っちゃうとさ、ルールーは最初から目つけてたらしいの。百山櫻って子に。んで、その百山櫻と最も相性の良い人間を探して見つかったのが、シロ、キミだったってわけだ」
「櫻に目をつけてたなら、櫻を攫うはず。適当なこと言って、私達に負けるのがそんなに怖い?」
『真白ちゃん、結構強気なんだね』
「私もそう言ったんだけど、ルールーが言うにはそれだと百山櫻の可能性を潰しちゃうんだと。よくわからないよね。ま、雑談に興じるのはこのくらいにしようか」
「…つまらない話だった」
『……私がそんなに目をつけられてたってことにびっくりしたけど……でも、やることは変わらないから』
「2人とも、座学より実技の方がお好みみたいだね」
ミルキーとシロ達は、再び武器を構える。
第二回戦が、始まった。
ということで、櫻と一番相性がいいのはシロです。ちなみに一番相性が悪いのはクロです。