Memory150
「鬼龍術・龍力爆発!!」
マドシュターの勢いは止まらない。その猛攻は凄まじく、ミリューに反撃の隙を与えることさえ許さない。
現状、ミリューは自身の魂を操作する魔法によって去夏と来夏の2人と共にマドシュターと対峙しているが、それでも尚、マドシュターを止めることはできなかった。
去夏の攻撃は片手で弾き、来夏の雷属性の魔法は素の耐久力を持ってして耐え、空いている手でミリューを追い詰める。人質として一般人を使おうにも、その隙すら与えさせず、勝負は一方的だった。
「こーさん推奨! 降参! 降参!」
「クソガキが………舐めやがって」
あまりの余裕のなさからか、ミリューの口調も荒れてくる。控えには櫻がいる、そのことも、ミリューを苛立たせる要因の一つとして働いていた。
「他に割いている戦力をこっちに割いた方がいいのかもなぁ。はぁ……イライラする」
「いくら数が増えようと、私は負けないぞ! 負けない負けない!!」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
クロは3人組の魔法少女や千夏の相手を。櫻はミリューがどこからか仕入れてきた魔族、確かホークとかクロコだとか、そんな名前だった気がする。の相手をしていて、るなは魔衣の相手。私はフリーだ。
………正直、ミリューにいいようにされてる状況は、好ましくない。でも、やっぱりやる気にならない。
どうせ何とかなるだろうって気持ちもある。ミリューはどこか爪が甘い。確かに、やってることはアストリッド達よりも強力だけど、正直、アストリッドやルサールカの方がよっぽど脅威に感じてしまう。
いや、これは言い訳、かも。
私はどうにも、今この状況が気に食わないのだ。
私に何もかも隠しておいて、私にろくに向き合うこともせずに、のらりくらりと、いい加減に逃げてきた癖して、平気な顔して、私と接する、クロのことが。気に食わない。
どうせ、私のことなんてどうでもいいくせに。
どうせ、私と過ごした日々だって忘れてるんだろう。逃げ出した私に、そんなこと言う資格がないのも分かってる。けど、そう思ってしまうのは、仕方ない。だって、考えないようにしたって、どうしても頭に浮かんでしまうんだから。
「あれぇ? 戦わないの?」
ひどく甲高く、耳障りな声が聞こえてくる。こんな状況下で、私に話しかける余裕のある奴がいたのかと驚愕する。とにかく、私に声をかけてきた、おそらく女性であろうその者の方を見てみる。
「何?」
知らない顔。多分魔族。ミリューの差し金か、にしてはここで戦わないのはおかしい。組織の魔族か? いや、こんな顔知らない。私が去った後に組織に属した魔族なのかもしれないが……。
「いや、お友達皆戦ってるのに、キミは戦わないのかなぁって。ほら、クロも戦ってるよ? 一緒に戦おうよぉ。姉妹仲良く、だよ?」
「目的は何?」
「そんなに警戒しないでも、私は楽しいことが起きて欲しいなって思ってるだけ。まあでも、確かに性格は腐ってるし、人によってはクズって呼ぶかもしれないけど、その自覚はあるし、人間界に来てる魔族の中じゃ、私はまともな部類だと思うよぉ?」
「目的を聞いてる」
お前の性格なんて聞いてない。
「言ったよ。楽しいことが起きることを待ってるの。私はどこにも所属してないしね。ルールー……ルサールカとは個人的に交流あるけど、それだけだし。私自身は楽しいことが起きれば何でもいいからさ」
楽しいことが起きれば、何でもいいって思ってるタイプ。他者を踏みにじろうが、それが面白ければ、許容できる。そういうタイプ。
「敵ってことはわかった」
「おっ、あったりー! 私は今から楽しいことのために、キミと敵対するような行動を取る予定だよー」
「『絶対零度』」
私は、アストリッドに眷属にされて、そこで掴んだ。
自身の力の根源を、潜在能力を。
だから、簡単に捻り潰せる。
もう、疲れた。
心が凍てついてく。
理想を追いかける櫻も、私を無視して突っ走るクロも、くだらない。
もういいや。
「ちょっとちょっと、いきなり不意打ち? よくないよそういうの。めっ! だよ?」
「『絶対零度』から抜け出せたんだ」
実力は並の魔族以上。要警戒対象か。面倒臭い。
「せめて自己紹介くらいしようよー! 私はミルキー! 楽しいこと大好きな明るい魔族だよん」
「シロ。『絶対零度』」
とりあえず凍結させておく。容赦はしない。
「いやね。本当はこのタイミングで干渉するつもりじゃなかったんだよね。私もルールーも。でも、このタイミングでお祭りするべきだと思ったんだ」
…………避けられた? いや、私は確かに彼女に『絶対零度』を……。
「始まるよ。お祭りが」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
マドシュターの体を、鋭利な剣先が突き破る。
今までマドシュター優位に進んでいた戦闘は、背後からの不意打ちによって、終了した。
「さあ、愉しいこと、はじめましょう?」
潜んでいたのは、ルサールカ。彼女の頭上には、大量の怪人と思われる物体が浮遊している。
大規模侵攻の、幕開けである。
ミリューによって、大多数の魔法少女が支配され、動けるものもごく少数という絶望的な状況の中。
最悪のタイミングで、戦いの火蓋は切られることになる。
「ルサールカァァァァァァ!!」
魔王の力を手に入れた少年、辰樹はルサールカの登場を受け、一目散に彼女へと攻撃を仕掛ける。だが、大量の怪人達が、彼の歩みを止めてしまう。
「戦闘は好みじゃないのよ。でも、私は愉しみたいの。どこまでも、いつまでも。だから、精々足掻いて頂戴。惨めに、惨たらしく。それでいて、美しく」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「魔法少女マジカルドラゴンシュートスターは戦闘不能に陥った。絶望的な状況だねぇ……。でも、なんかキミ、物足りないなぁ」
「…………最悪の状況だとは思ってる。けど、私がやることは変わらない」
「やっぱり、楽しむならこうか」
禍々しく、歪んだ黒色を纏った槍を持って、私に向ける、ミルキーという魔族。
魔封じの槍。全ての防御魔法を無効化する性質を持ってる。つまり、槍を用いた攻撃は、全て回避必須の攻撃になる。
魔封じの性質上、体にくらえばそれだけで魔力を持つものには有毒。
「キミの命を奪おう。その方が楽しい」
ミルキーが武器を振るう。軌道は読みやすい。素人、というよりも、ただ純粋に、自身が思うがままに武器を振り翳しているだけのように見える。
………幼稚だ。だから、読みやすい。
これなら、避けるのはさほど難しくない。
「“視線誘導”」
「っ」
私の視線が、戦闘において全く必要のない位置へと、まるでそこに導かれるように、逸れる。
「『絶対零度』!!」
「“思考誘導”」
違和感……。さっきから、『絶対零度』を打っていて、確かに当てたはずなのに、ミルキーには傷ひとつついていなかった。その原因は……。
「『心』属性の、魔法……」
再びミルキーが武器を振るう。“視線誘導”に気をつけないと。見ずに攻撃の軌道を読め。相手の攻撃は幼稚。大丈夫。避けるのが容易なことには変わりない。だから……。
「シロ!!!!」
私の体が、突然何者かによって突き飛ばされる。突然のことだったので、私は思わずバランスを崩し、受け身も取れずに地面へと転んでしまう。
一体何事なんだと、私の体を突き飛ばしたのは誰だと、顔を上げる。
「あ……え……?」
私の目の前には、ミルキーの槍に腹部を貫かれたクロの姿があった。
「せっかく“思考誘導”してたのに。防がれちゃった。クロにこれは勿体無いよなぁ。でもいっか。これはこれで楽しそうだし」
私は、知らないうちに“思考誘導”されてたんだ。もし、クロが私を突き飛ばさなかったら、私は今頃……。
「なんで……クロ……」
支配された魔法少女達との戦いが終わったわけでもない。わざわざ、彼女達を振り切ってまで、私のところに、来て……。何で、何で……。
「シロは………大事な………世界で一番大切な……妹、だから……」
「あ……ああ!!!」
私は、なんて勘違いをしてたんだろう。
私のことがどうでもいいから、向き合ってこなかったんじゃない。
私のことが大事だから、だから、中途半端な気持ちで、生半可な気持ちで、向き合いたくなかっただけだったんだ。私と、どう接すればいいか、きっととても悩んだんだろう。悩んだ末に、結論を出せなくて、でも、だからって、いい加減な回答で済ませたくなくて、結果的に、後回しになってしまっていただけなのだろう。
「ごめん……シロ。色々あって……。正直、シロのこと、ちゃんと、考えられて……なかった」
私のこと、どうでもよかったなんて、そんなわけない。だったら何で、私を見捨てて組織から逃げ出さなかった。
私のことがどうでもよかったなら、とっくの昔に、私は、組織に買い潰されて終わってたのに。
「クロ……ごめん……なさい…‥。私は……」
「感動のところ悪いけど、ここまで来たら殺し切るしかないよねぇ!?」
させない。させてたまるか。私が、私が!!
「“思考誘導”」
でも、ダメだ。私は、さっきと同じ。
この『心』属性の魔法に対抗できない。
私が、守らないと駄目なのに。
「大丈夫。させないから」
「あ………」
ミルキーの攻撃は、櫻が、防いでくれた。
私じゃ、何も……。
「真白ちゃん。ごめん。力を貸してくれる? 私1人じゃ、この状況、打開できそうにないから」
………まだ、隠し事、聞けてない。
今ここで、クロに死なれたら、困る。だから……。
「何、すればいい?」
「一緒に、戦って欲しい」
櫻は、私の手に触れる。
この状況で、手を…?
「真白ちゃんの魂、借りるね。魂融合」
私の体が、光に包まれる。眩しい。
私も、クロも、きっと、あんまり精神が強くないんだと思う。
いや、違う。
良くも悪くも、普通の人間なんだ。
組織の人間だとか、魔法少女だとか、そんなの、ない。
どうしても、空回りしちゃう。
どうしようもなく、何もかも投げ捨てたくなる。
知った気になってた。全部。でも、知らないことばかり。自分のことさえ、理解できてない。だから。
「真白ちゃん。行くよ」
『これ、どういうやつ?』
「魂の融合、みたいなんだけど……こう、一緒に戦おう! って感じ!」
『櫻、説明になってない』
時間がかかってもいい。いつか全て話してくれるようになるまで。
自分への理解だって、ままならないんだから。
「と、とにかく行くよ! 真白ちゃん!」
『2人なら、“誘導”もどうにかなると思う。さっきみたいには行かない』
戦う理由はできた。もう、迷わないとは言わない。
でも、絶望するのはもうやめよう。私はもう、子供じゃいられない。