Memory146
櫻の『桜銘斬』と、俺の『還元の大鎌』がぶつかり合う。あまり戦意を感じない太刀だ。櫻はただ、成り行きで戦っているだけなんだろう。
「どうしても………駄目なのかな。誰かを殺してしまったって事実は、消えないのかもしれないけど……でも、だからって、理想を追いかけちゃいけないわけじゃ、ないと思うから」
「今更理想を追いかけても、それは、今まで切り捨ててきた命を、無駄にすることと同義なんだよ。だから、止まれない。止まっちゃいけない」
会話を交わしながら、互いに攻撃の手は緩めない。にしても、流石に櫻は手強い。
さっきから周囲に無数の魔法の弾を出現させて、大鎌とあわせて攻撃しているのに、その魔法の弾の処理をしながら、俺の大鎌を『桜銘斬』で受け流している。なんなら、それに加えて定期的に不可視の攻撃である天罰を交えているのに、それも『桜銘斬』で俺の大鎌をいなすついでに対処している。
「そっか……。でも……」
「何を言っても、聞く気はないよ。今まで奪ってきた命を、無駄にするわけにはいかないから」
櫻は多分、俺にどう言葉をかければいいのか、分からないんだろう。でも、櫻は、俺を見捨てる気なんて、一切ないみたいだ。
でも……でもだ。今更、今更櫻の手なんて取れない。一度弾いたその手を、俺は……。
「なんやそれ……黙って聞いてれば……」
俺と櫻の会話を聞いて、櫻の後方にいた照虎が反応する。彼女は魔法少女としての力を失っている。だから、今まで俺と櫻の戦いを黙って見ているしかなかった。でも、今は……何か言いたげだ。
「今まで奪ってきた命が無駄になる? それはそうやろ。当たり前や。その選択をしてきたのは自分なんやから」
「照虎ちゃん?」
「私だって、友達の命を奪って今、ここに立ってる。私の場合、黒髪ちゃんと違って、自分のために、奪った命や。けど、結局私が奪った命に、意味はなかった。無駄やった」
「それは……」
「命を奪った。だから、それを無駄にしたらあかん。それは立派な考えや。でも、それで自分の首絞めて、やりたくもないことやって、また、そうやって無駄になるかもしれん命の奪い合いをするんか!」
違う………。これは必要なことなんだ。櫻達は、綺麗なやり方でもいい。でも、汚いやり方だって、必要になるんだ。だから、その汚れ役は、俺が……。
「奪ってきた命を、無駄にはできない……必要なことだから……誰かがやらないと、じゃないと……意味がない……だから……」
「照虎ちゃん! それ以上は…!」
「ごちゃごちゃうるさいねん。はっきり言うたる。黒髪ちゃん、いや、クロ。あんたが奪ってきた命は、全部無駄や!! 今までやってきたことも、全部、無駄でしかないんや!!!!」
「違う!! そんなことない!! 今まで、命を奪って、助かった命だってある!! 無駄じゃない!!」
もし、今まで奪ってきた命が無駄なんだとしたら、じゃあ、俺のやってきたことって、一体なんだったんだ?
俺の奪ってきた命に意味がないなんて、そんな風に否定されたら、俺は……俺は……。
「命を奪うことを正当化するな!!!! 間違っても、やっちゃいけないんや、そんなこと!!!!」
俺の大鎌が、櫻の『桜銘斬』によって弾かれる。
照虎の話で、動揺しているんだろう。
落ち着け……。俺は、必要なことをやってる。魔王だって、認めてくれた。肯定してくれた。俺は間違ってない。俺のやり方だって、一つの選択肢なんだ。だから……。
「もう一度言うで。命を奪うことは、何があっても正当化されたらあかん。許すべきじゃない。少なくとも、1人で勝手に判断していいようなことじゃない。櫻、ちょっとどいてや。それと、これ、借りるで」
「ちょ、ちょっと照虎ちゃん!?」
照虎は櫻の『桜銘斬』を手に取り、その持ち手を俺に向ける。
「もし、本当にそのやり方が間違ってない思うんやったら。もし、今まで奪ってきた命を無駄にしたくないって言うんやったら、今ここで私を殺せ。もし殺せないんやったら、そこまでってことや」
照虎を、殺す?
「何で、そんなこと……い、意味がない……そんなことしても……意味なんて」
「意味ならあるやろ。今までやってきたことを無駄にせんために、今ここで私を殺せって、そう言うてるんや」
そんなの……。
「あ……」
無理、だ……。俺には……。
「……殺せないやろ。なら、クロのやってきたことは、全部無駄やったってことや。命を奪うことを、正当化できるような真っ当な理由なんて存在しない」
じゃあ、俺は、身勝手に、他者の命を弄んだだけだって、そういうのか?
だとしたら、だとしたら俺は……俺は……。
死んで、償わないと。
「クロ! 駄目!!」
『桜銘斬』を自分の首元に向けた途端に、照虎の後ろにいた八重が物凄いスピードで駆けつけてきて、俺は取り押さえられた。
はなしてほしいのに。もう、俺には……。命くらいしか……。
「………自分が死んで、償おうと思ったんやろ。私も、そう思ったことはあった。けど、それじゃ、自分の命を無駄にしてるだけや。結局、他人の命を奪うことと、やってることは変わらん。それに、クロが死んだら、悲しんでくれる家族がおるやろ。だから、自分の命を軽視したら、駄目や」
「じゃあ、どうすれば……どうすればいいんだ! 今までやってきたことが無駄だったって、今更、今更そんなこと言われても、どうにも!!!」
「私にも、わからん。でも、償うしかない。死ぬことでじゃなく。生きて、償うしか、ない」
「そん、なの……」
「でも、私らには仲間がおる。一緒に悩んで、一緒に考えてくれる、仲間が。だから……わからないなりに、皆で考えて、支え合って。足りなくても、無駄にしてしまった命に釣り合う対価が用意できなくても、私達は償いを、やる」
「……でも、それでも! そんなに世界は甘くない! 償ったところで、また、どうしようもなくなって、それで……!」
「だから、一緒に考えるんだよ、クロちゃん。何も考えずに生きられるなんて、そんな簡単なら、皆悩んだりしない。だから、私達は、悩み続けるしか、ないんだよ。でも、皆、いるから。一緒に、悩んで、考えて……。答えが出せなくても、きっと、1人で何も考えずにいるよりも、皆で一緒に考える方が、いいと思うから」
「もし、1人で背負うのが辛いなら、私達も背負う。正直言ってな、私も自分1人じゃ背負いきれんのや。でも、皆、一緒に、自分ごとのように考えてくれる。ええやつばっかや。だから、いい加減戻ってき。皆別に、黒髪ちゃんのこと、嫌ってないからな」
「……本当に……」
手を、とっても、いいのかな。
今更、こんな、血に塗れた手で。
こんなにも、罪を重ねてきたくせして、今更……。
「まわりくどいことを言うのは、もうやめるね。私はね、クロちゃんと一緒に、戦いたい。隣に並んで、皆と一緒に、戦いたい。私の、仲間に………友達になって欲しいの。その……私の方はもう、友達だと思ってるんだけど……その、改めて」
そう言いながら、櫻は俺に手を差し伸べてくれる。
櫻は、こう言ってくれてる。
だったらもう……。
手をとっても、いいのかな。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
結局俺は、櫻の手を取ることにした。魔王と束達は今も戦っているみたいなので、櫻と照虎はそれを止めに行くことにしたみたいだ。今は八重と2人きりの状況だ。
「照虎はああ言っていたけど、あれは照虎なりにクロのこと……どうにかしようとして言ってただけだと思うわ。だから、もし辛いのなら、無理に背負おうとしなくてなんていいの。それに、正直私は、クロが奪った命に対して、何も感じていないもの」
「……そう言ってくれるのは、ありがたいけど。でも、ちゃんと背負おうと思う。じゃないと、櫻達に顔向けできる気が、しないから」
俺は、俺の汚い部分とちゃんと向き合わないといけない。じゃないと、櫻の仲間に、隣に並び立てるような存在には、なれないと思うから。
でも、そっか。俺の身体、魔族にならないと、もうもたないんだよな。
もし魔族になれば、俺は、櫻達とはいられない。だから、隣で並べるのは、期限付きになる。
と、そんな風に考え込んでいたら、どうやら魔王と束達の戦闘を終えることに成功したらしく、既に櫻達は魔王達と共にこの場に戻ってきていた。
「クロ、少しいいか」
魔王からの呼び出しだ。
最初は何だこいつ、って、そう思ってたけど、魔王は俺のために、色々やってくれていた。
……ちゃんと、話さないとな。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「そうか。結局、櫻と動くことにしたんだな」
「助言も色々してくれてたのに、裏切る形になって、その……ごめん」
「構わん。櫻に負けた気がして不愉快ではある。計画も思い通りにいかなかったしな。しかしそれはそれとして、仕方なかったと割り切っている。しかし、櫻の影響力は偉大だな。俺はそれとなくお前が俺に依存するよう、櫻達から離れるように誘導していたつもりだったんだが」
「……そんなことしてたのか。やっぱりお前、本当に俺のこと、好きなんだ」
独占欲ってやつなんだろう。前世の俺を知っているのに、俺のことを好きって言ってるわけだし、相当入れ込まれていたのかもしれない。
「……それと、話しておくことがある」
「何? ああ、別に、櫻達と一緒に動くつもりではあるけど、魔王と縁を切るつもりはないから、そこのところは心配しなくても……」
「残念ながら俺はもう、長くない」
……は?
「どういう……こと…?」
「最初から、俺はこの辰樹という小僧の体に魂だけ入れることで擬似的にいきながらえていただけだからな。当然元々は死んだ身だ。時期がくれば、自然とその形に戻るのは当然と言えるだろう。それに、言っただろう? 小僧の体はちゃんと返すとな」
「……じゃあ、魔族化の約束は、何だったんだよ。最初から、約束を守るつもりはなかったってことか?」
「違う。魔族化の約束自体は守るつもりだった。ただ言っておくと、魔族化がお前の望むものではなかったかもしれないとは言っておくぞ。なんせ俺の言う魔族化というのは、別で用意した魔族の体に、お前の魂を移動させるもので、その場合、素体となる魔族の魂には死んでもらう予定だったからな」
つまり、魔族の誰かの体を、俺が奪うってことか……。それなら確かに、俺は魔族化を拒んでいたかもしれない。じゃあ、最初から、俺には……。
「悪いな。お前には告げるつもりはなかった。やり方を告げれば、拒否することは分かっていたからな。だが、どうやら、思ったよりその時は早かったらしい。魔族化のための時間を確保する余裕は、ないみたいだ」
「本当に、死ぬの……? そんなの、勝手だ……。何で、何で今言うんだよ!!」
「悪かったな……。吸血姫との戦闘や、さっきの魔法少女の戦いで思ったより魔力を使ってしまったからな。まあぶっちゃけると一番魔力を消費したのは目覚めた最初の頃、人間界が気になって魔法を使って色々な場所を見て回っていたからなんだが……それはいい。まあ、俺に頼るのは、もうやめろ。それに、櫻はきっとお前を見捨てることはない。だから、お前の体のことも、全て櫻に任せることにした」
「ま、待って、まだ、まだ必要なんだ、だから……」
魔王は、ズタボロだった俺の心を、いつの間にか癒してくれていた。俺が迷っているところに、一つの選択肢を示してくれた。結局それは、照虎によって否定されてしまったけど、でも、その時の俺には、確かに救いだったんだ。だから、まだ、いなくならないで欲しい。だってまだ、何にも返せてない。
「じゃあな」
魔王の……辰樹の体から、魔力が抜けていくのが見える。
…………魔王が、辰樹の体から消えているんだ。待って欲しい、もっと、いて欲しい。そう訴えたい。けど、それじゃ、俺は、何も返せない。だから……。
「魔王……」
「どうした? 手短に頼むぞ。もう消滅寸前だからな」
「ありがとうっ……お前のおかげで、ここまで来れた。本当に、感謝してる!」
だからせめて、精一杯の感謝を、返そう。それくらいしか、俺には返せるものがないから。
「そうか」
魔王はそうやって最後に、穏やかな表情でそう告げた。