Memory145
結局、魔法省の大臣への脅迫は失敗した。櫻達が俺のやり方に賛成しないっていうのは、はじめからわかってたことだけど、ここまで簡単に止められるとは思ってなかった。せっかくガンマも協力してくれてたのに、これじゃ俺には何も……。
「そう焦るな。別に必ず今回成し遂げなければならなかったというわけでもないんだからな」
「……そうかな………。って、そういえばアストリッドは?」
「軽く捻っておいたぞ。まあ、奴はもとより本気で俺とやり合うつもりでもなかったようだがな」
「……どちらが王の器にふさわしいか試すみたいなこと言ってた気がするけど……」
「それは建前みたいなものなんだろう。どうやら本当に、お前達姉妹の関係修復のために動いただけみたいだぞ」
「んなバカな……」
あの胡散臭さの塊のアストリッドが、俺とシロのために動いた? 意味がわからない。あいつは性格も悪いし、自分本位で身勝手な魔族なはずだ。そんな風に誰かのために動くような奴だとは到底思えない。
「さて、無駄話はここまでにしておくとして、どうする?」
どうする……か。
確かに、いつまでも逃避しちゃいられないよな。
今、俺達の元には、櫻がやってきている。厳密には、まだ来ていないのだが、魔王が言うには、後もう少しでここにやってくるらしい。俺と魔王を追って、倒しに来たのか、俺を説得しに来たのか、目的はわからないが、俺としては櫻と争うつもりはない。別に櫻のやり方を否定するつもりなんてないし、俺だって、櫻みたいなやり方が一番ベストだろうとは思ってるからだ。
「櫻が来てからじゃないと、なんとも言えないかな」
「そうか。もう直ぐ着くようだぞ」
魔王が言って数秒も立たないうちに、俺達の目の前に、上空から桃色の髪を持った少女が降ってくる。
「クロちゃん、話がしたいの」
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「そっか……。そういうことだったんだね」
櫻に諸々の経緯を説明した。魔王と行動している理由も、俺が殺した命のことも、全部。
「そうだよ。だから、櫻達と争うつもりは一切なくて、むしろ……」
「でも……だけど私は、そのやり方には賛同できない。クロちゃんを否定したいわけじゃないの。だから……」
櫻は俺に手を差し伸べる。
「一緒に、考えよう? 私だって、全部完璧にできるわけじゃない。でも、一緒に悩んで、考えることはできる。皆で悩んで、出した結論なら、どんな結末になっても、私は……」
俺は、思わず櫻の手を取りそうになる。
でも……駄目だ。一度血で染まったこの手じゃ……。命を摘み取ったこの手じゃ……櫻の手を取ることはできない。
奪った命に報いるためにも……ここで止まっちゃいけないんだ。だから……。
「ごめん、櫻の提案は、受け入れられな……」
櫻の提案を断ろうとした瞬間、俺の直ぐ横を風の矢が通り過ぎる。
突然のことでうまく反応できず、少し頬にかすってしまう。
「束ちゃん!?」
「最初から騙し討ちのつもりだったのか? 趣味が悪いな。クロ、数は櫻含めて6だ」
「待って! 私そんなつもりじゃ……」
「櫻さん、クロさんはこうでもしないと止まりません。武器を構えてください」
どうやら、束達も櫻の後を追ってついてきていたらしい。
櫻が俺と争うつもりがなかったのは、櫻の反応からして本当だろう。だけど、束達からすれば、やっぱりこうなってしまうのは仕方ないよな。
とりあえず、俺も武器を構えることにしよう。
敵は来夏、茜、束、櫻の4人だ。ちなみに残りの2人は八重と照虎で、彼女らには戦闘能力はない。
「来夏、茜、束の3人は俺が相手しよう。櫻に他の魔法少女を近づけるのは、危険だ。奴はどうやら、他の魔法少女の魂と融合して、規格外の力を手に入れることができるようだからな」
「魔王でも厳しいか?」
「あれをされたら俺でも勝てん。だからこそのこの分担だ。いいな?」
「わかった」
俺と魔王は二手に分かれる。
俺の相手は、櫻だけだ。
「櫻、ごめん。争うつもりはなかったんだけど」
「……本当に、私達、わかり合えないのかな」
「………」
俺だって、櫻の手を取れるなら、そうしたい。でも、無理なものは無理なんだ。
もう俺には、そうする権利がないんだから。
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「こんなか弱い少女を拘束するなんて、酷い大人もいたもんだね」
「黙ってくれないかな? 良い加減相手をするのにも疲れてきたんだけど」
「良いじゃん。暇なんだもん。『色欲』はずっと寝ちゃってるしさぁ」
ほんと、拘束するだけしといて放置って、どうかしてるよ。別に私には放置プレイの趣味はないし。
そういやアストリッドはこの拘束自力で解いたんだっけ? どうやったんだろう?
「喉が渇いたーこのままだと死んじゃう」
「………」
「まいさん、わたしがみはっておくから、のみもの、とってきていいよ」
「そうかい。ありがとうカナ」
本当、カナの姿を見た時はびっくりしたよね。ちゃんと殺し切ったと思ったのに、生きてたし。変なところで詰めが甘いんだよなぁ私って。
「言いたいことがあるならはっきり言えば?」
この子からすれば、私は憎くて憎くてしょうがないんじゃないかな。なんせナヤやラカ、タマのことを殺したのは私なんだからさ。
「ラカたちのことは……しょうじき、ゆるせない。いまでも、おまえのことをころしたくなってくるくらいには、わたしはおまえのこと、きらい」
「そりゃどーも」
「でも、わたしたちをうみだしてくれたことには………かんしゃしてる。だから……ありがとう」
……そういうのじゃないでしょ。
本当にわかってないな。実験動物だから、脳味噌も足りてないのか。
本当、何にも理解できない子供なんだね。
そっかぁ。
「そっかそっか。正直に言うと、嬉しいよ」
「……なにが?」
「私も親だ。子の活躍はやっぱり嬉しく感じるものだよ。これが愛って奴なのかな」
「……いみわからない」
「ああ、そうだよ。親のピンチに駆けつけてくれる子が、私は大好きだ」
「……? いや………まさかっ!」
私の足元から、予想通り、1人の少年が姿を現す。
「すみませんミリュー様、お待たせしました」
「よくやった。『影』」
本当に、優秀な子がいてくれると、嬉しいよ。
「あら? もう来たのぉ? もうちょっと眠っていたかったわ」
「本来なら私が寝て『色欲』に起きていてもらいたかったんだけどね…。まあいいや。じゃあ行くよ、『影』」
「わかりました、ミリュー様」
『影』は、私と『色欲』の体を、影に収納する。
「まて!!!」
「焦らないでよ。近いうちに、ちゃんと殺しに行くからさ。ま、それまでまっててよ。じゃあね」
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「お墓参り、ねぇ」
ルサールカは、人気の少ない、とある墓地へとやってきていた。墓地自体に用があったわけではなく、彼女の知り合いが、墓地にいるとの情報が手に入ったからだ。
「久しぶりね。元気にしてたかしら?」
「………ルールーか。言っておくが、俺は何も協力できないぞ」
答えるのは、魔族の男。特に組織と関わることもなく、ただ人間の女性と恋に落ち、健やかに過ごしていただけの男だ。
ただ、目の前の墓から察するに、彼のパートナーはもうこの世には存在しないのだろう。
「まだ何も言ってないのだけれど?」
「大体わかるよ。お前とミルキーのやろうとすることは、大抵碌でもないことだ。巻き込まれるのはごめんだね」
「そう? 結構乗ってくれる子も多かったわよ?」
「巧みな話術で騙したりでもしたのか? よく分からんが、俺は巻き込まれる気はないからな。それはそれとして……お前、何企んでるんだ?」
「さあね? まあ、協力してくれないって言うなら、貴方にもう用はないわ。せいぜい人としての生を楽しむことね」
「相手はもう、いないけどな」
「どうでもいいわ………だってこれから、とても楽しいことが待っているんだもの」
大規模侵攻に参加するのは、怪人だけではない。
ルサールカは、魔族もまた、大規模侵攻の計画に、組み込んでいた。