Memory142
「”ウインドカッター“」
先陣を切ったのは束だ。風の斬撃を遠距離から繰り出し、俺がどう出るか伺っているのだろう。
「“ブラックホール”」
だが、俺に遠距離は通用しない。“ブラックホール”があれば、並大抵の魔法は飲み込むことができる。
「”ポイズンフォギー“」
周囲に毒の霧が出現する。少し吸っただけでも、多少の気怠さを感じる。毒といっても、無力化を図るための、麻酔のようなものなのかもしれない。その毒を放ったのは…。
「ユカリっ!」
ユカリも俺に敵対するつもりらしい。前までのユカリなら、絶対俺の味方をしていただろうが……。
「魔王ってやつは信用できないって聞いた。だから……そんな奴からお姉ちゃんを助ける!」
それだけの信頼関係を、束達と築くことができた、ということなのだろうか。元々ユカリは人懐っこい性格ではあるから、すぐに他人とは馴染めたのかもしれない。けど……。
「“アブソーブトルネード”」
俺は周囲にばら撒かれている毒の霧を全て回収する。ここで止まるわけには行かない。全て終わらせて、シロに全部話す。そのために。
「霧をはらったからって! “ポイズンボム”!」
名称通り、毒の爆弾みたいだ。当たればどうなるかわからない。が……。
「“ポイズンボム”! “ポイズンボム”! ”ポイズンボム“!」
ユカリはお構いなしに、“ポイズンボム”を連発してくる。
これじゃ避けるものも避けられない。こういう時は…。
「部分解放・動く水」
一時的に体を水に変化させ、ダメージを無効化する。部分解放は元々、体の一部分を怪人化させる魔法なのだが、現在の俺の体は完全に怪人そのものなので、どちらかというと別の怪人の力に一部分だけ一時的に切り替えるものという認識が正しいかもしれない。
「背中がガラ空きだよ! クロ!」
「“ホワイトホール”」
部分解放を解除したのを見て、好機だと思ったのか、背後から奇襲を仕掛けてきた魔衣さんに対して、先程回収した“ウインドカッター”をお見舞いする。
「順番に来ると思ったら大間違いです」
「同時に畳み掛けます」
「召喚…」
魔衣さんにウインドカッターが命中したと同時に、束、ベータ、アルファの3人が同時に攻撃を仕掛けてくる。
流石に同時攻撃を一つ一つ対処していくのは厳しい。
「”ウインドトルネード“」
「“ブリーズパレード”」
「『桜銘斬』!」
かといって、束とベータの魔法は風の属性だ。体の一部分を水にすると、水になった部分が風魔法で飛ばされる可能性が出てきてしまう。基本的に水になった部分が体から離れることはないが、今回は束とベータ、2人の風属性使いがいる。ケアしといた方がいいだろう。
「部分解放・空舞う蝶」
一時的に翼を生やし、上空へと舞う。飛びながら魔力を操作するのは難しいが、上空からの攻撃は、空を飛べない彼女達には有効だろう。
「部分解放・電気人形」
翼が消える。部分解放の同時併用は、あまりうまく行かないらしい。なら、このまま……。
「雷撃!」
落下しながら、束達に雷撃を浴びせる。
着地しつつ、次の攻撃に備えるため、あらかじめ『動く水』の状態になっておく。
さっき放った雷撃で、いくらかダメージは負っていると思いたいが………。
「ワタシの存在を忘れてもらっちゃ困るな」
俺の放った雷撃は、全てガンマの“ブラックホール”によって吸収されてしまっていた。
そうだった、こいつは俺と同じで、“ブラックホール”を扱うことができるんだった。
「お返しだ!」
ガンマは“ホワイトホール”から、さっき俺が放った雷撃を、送り返してくる。
『動く水』は電撃には弱い。
まずい……。いや……。
「部分解放・天使」
すぐに『動く水』から『天使』へと切り替え……。
「光の壁!」
防御壁を張る。雷撃は、全て光の壁に阻まれ、俺の体内に通ることはなかった。
「天罰」
「うわっ!」
とりあえず天罰で魔衣さんを軽く飛ばしておく。ただでさえ数的不利なのだ、少しでも同時に相手にする数は減らしておかないと。
「隙ありです」
「今なら決まります」
「「”ウインドバインド“」」
「これは……」
2年前に束が俺を拘束するために使った拘束技だ。だが、この技については対処法が決まっている。
「ルミナ」
「禁忌魔法・詠唱無効」
声が………出ない?
「『ルミナス』。拘束魔法を解除する、光属性と闇属性の複合魔法、ですよね。2年前はその魔法にしてやられましたが、流石に対処法くらい用意してありますよ。『ルミナス』の欠点は、口で直接詠唱しなければ発動しない点です。そこさえわかれば、あとは簡単。口をひらけないようにしてしまえば、クロさんは『ルミナス』を使えません」
「お姉ちゃん捕まっちゃったね。もう逃げられないよ」
なるほど……。無理矢理拘束を解こうにも、束とベータ、2人の“ウインドバインド”が重複しているせいか、拘束力は波の“ウインドバインド”の倍以上だ。
「捕獲完了⭐︎ってわけだな。んで、ワタシはクロに聞きたいことがあるんだ」
「口を開かせたら、『ルミナス』で脱出される可能性があります。なので、質問は今はやめておいてもらえると……」
「もし『ルミナス』を唱えそうになったら、すぐにまた魔法を唱えてくれ。一瞬で終わらせるからさ」
「どうしてもというなら………。はぁ…禁忌魔法はタダじゃないんですよ……」
どうやら、一時的に話せるようにはしてくれるらしい。
と言っても、すぐに『ルミナス』は唱えないようにしておこう。せっかくのチャンスだ、タイミングは伺った方がいい。
「クロ、あんたの目的を聞かせてくれ。今から何をしようとしてるのか、直近の目標でいい」
何かを探ろうとしてるのか? いや、どちらにせよ、俺のやることは魔法省の大臣を脅して他の魔法少女との協力を取り付けさせることだ。目的を伝えたところで、せいぜい櫻達が魔法省の大臣のガードを強めるくらいしか変化はないだろう。どのみち、魔王とつるんでるってだけで櫻達は俺を止めようとしてくる。なら、目的を伝えておいた方がいいのかもしれない。
「大規模侵攻を止めるために、魔法省の大臣に、他の魔法少女との約束を取り付けさせる。………どんな手段を使ってでも」
「……なるほどな」
「もう、いいですか? いいですね。口を封じておきます。許してくださいね。クロさんは意外とズル賢いんですよ。放っておくとすぐに『ルミナス』を唱えられてしまいます」
気づくと俺は、口を開くことができなくなっていた。タイミングを見計らおうと思っていたのに、せっかくのチャンス、逃しちゃった。
「ワタシはさ、ぶっちゃけ、何が正しいのかとか、そんなのわからないんだ。でもさ……自分の中で、これだけは違うって、そういうやつはいくつか存在してるんだ。で、そういうのに当てはまったら、ワタシは絶対にその方法は取らないようにしてるんだけど」
「ガンマさん、何が言いたいんですか?」
「いや、結局ワタシってさ、クロと朝霧来夏が親みたいなもんなわけ。そうなると、どうしても共感できる部分とか、多くなってくるわけなんだよ」
「まずいで! ガンマのやつ、裏切るつもりや!」
「そのとーり! ワタシはぶっちゃっけ、クロのやり方が悪いだなんて微塵も思わない! ということで、今から裏切りまーす! 『ルミナス』!」
ガンマが『ルミナス』を唱えることで、俺の拘束魔法は解かれる。
「足止めはワタシがしておく。ここは任せとけってやつだ」
俺はガンマの言葉に、こくりと頷く。
一応、“ホワイトホール”で今の戦いで吸収していたユカリの“ポイズンフォギー”を束達に向けて放ってから、“ブラックホール”内に潜り込み、移動を開始することにした。
「ん“ん”っ! あれ? 声出るようになってるな」
ガンマが魔法を解除しておいてくれたんだろうか?
「まあ、いいか」
クロとガンマには血の繋がりはありません。