Memory141
「シロは洗脳されて、おかしくなってる。自覚はないかもしれないけど、今のシロは、普通じゃない」
「具体的にどこがおかしいのか言ってもらわないと、説得力がないよ、クロ。それに、前は動揺して負けちゃったけど、私とクロの魔力のパスは繋がってる。クロは私に勝てない」
そういえば、シロはいつでも俺の魔力に干渉できたんだっけ。
「………なんで……」
「?」
「なんで……クロの魔力に干渉できないの……?」
「ほぇ?」
よく分からないが、今のシロは俺の魔力に干渉できないのか? だとしたら、俺がシロに負ける事はなさそうだ。シロの洗脳をどうするか。はっきりとした解答は出てない。このままだと、また先送りになりそうだ。とにかく今は、シロに向き合うしかない。
「もしかして、全部使ったの…?」
「……何を?」
「怪人強化剤。あれは、本来人間に使うことが想定されたモノじゃない。クロが使ったのは、そんな怪人強化剤の中でも特に危険な、絶対に使っちゃ駄目なモノだから」
「そうしないと、どうしようもない場面があったからさ。使わざるを得なかったんだよ」
俺は一応、元々から怪人としての性質を持ち合わせていたから、純粋な人間かと問われると微妙なところはあるが……。まあ、だからこそ10本全て打ち込んでも平気でいられるんだろう。いや、いつかは理性を失う可能性はあるんだろうけど。
「なら尚更、クロはアストリッドの眷属になるべき。もうクロの体は完全に怪人のものになってる。その証拠に、私とクロの魔力のパスは完全に断たれてる。いつ理性を失ったっておかしくない。でも、眷属になれば、その症状を抑えることができる。今のクロじゃ、未来はないから」
シロの懸念はもっともなんだろう。魔王自身も、俺の理性が失われるのも時間の問題だと言っていた。けど、残念ながら、その問題については解決済みだ。わざわざアストリッドの眷属になんかならなくても、俺は生きていける。
「魔王に魔族にしてもらう約束を取り付けてもらった。だから、シロの心配するようなことは起こらないよ」
「魔族に……? そんなこと、できるの…?」
「よく分からないけど、できるらしいよ」
「……信用できない。大体、なんでそんなに魔王と仲良くしてるの? あいつは……辰樹の体を乗っ取ってる。そんな奴のこと、信用できるわけがない」
「辰樹の体はちゃんと返すって言ってた。多分魔王は、嘘はつかないタイプだ。だから、約束は絶対守る。大体、アストリッドの方が信用できない」
アストリッドは、シロのことを洗脳して、今もこうやってシロのことを手駒として使っているんだから。
「………確かにアストリッドは、信用できるような奴じゃないかも。でも、今こうして私がクロと対峙してるのは、私の意志だよ。アストリッドは、そんな私に付き合ってくれただけ」
「? どういう……」
「クロ。私はもう、洗脳なんてとっくに解けてる。いや、アストリッドが私の洗脳を解いたんだよ。無理矢理従わせるのは趣味じゃない、とか言ってたけど、アストリッドは、私に、姉妹同士仲良くした方がいいなんて、そんなことを言いながら、ここに連れてきてくれた。少なくとも今のアストリッドは、そこまで信用できない奴じゃないと思う」
……シロの言葉に、嘘はなさそうだ。俺を説得するために、シロの洗脳の仕方を変えたのかとも思ったが、今のシロに、洗脳されてそうな違和感は感じない。本当に、アストリッドは洗脳を解いたのかもしれない。
「少なくとも、魔王なんかよりもよっぽど信用できると思う。あいつはどこか、胡散臭い」
確かに、多少の胡散臭さはあるかもしれないが、関わってくると、なんとなくその傾向も掴めてくる。
嘘だけは絶対つかない。騙すというよりかは、必要な情報を開示しないで相手に勘違いをさせるように仕向けたり、そういう姑息さはあるかもしれないが。
でも、少なくとも、多分あいつは俺に惚れてる。そこに嘘はないように感じる。
だから、魔族化も嘘ではないだろう。もし、俺を騙そうというなら、もう人間界に戻れないかもしれないなんてことをわざわざ言う必要はないからだ。
少なくともあいつは、俺に嫌われるような事はしない。だから、信用できるやつではないのかもしれないが、少なくとも、俺に対する裏切り行為は絶対にしないだろう。それに……。
「仮にアストリッドが信用に足る奴だったとしても、正直、個人的にアストリッドのことは気に食わない。だから、シロには申し訳ないけど、そんな奴に頼るつもりはない」
「そっか。思ったよりクロって、頑固なんだね。だったら………力ずくででも、従わせるから」
シロは話終わると同時に、俺に向かって魔法を放ってくる。
……本気みたいだ。でも、シロの洗脳が解けてるのなら、俺にシロと戦う理由はない。まずは“ブラックホール”を使って、シロのことをまいて……。
「いつも、そうだ! クロは私のこと、いつも放ったらかしにする!!」
「シロっ!」
「いつもそう。私が最初に見捨てたから? だから私のこと、嫌いになったの?」
「違う……。シロのことは、大切に思ってる! 大事な、大事な妹だよ」
「ユカリといる時の方が、よっぽど楽しそうだった。ユカリがいたから、私はもういらなかったんでしょ? 私といる時は、楽しそうにしてても、どこか楽しみきれてないクロしかいなかった。本当は、私のこと、そんなに好きじゃないんだ!!」
「そんなことない! ユカリもシロも、大切な…」
シロはものすごい勢いで攻撃を続けてくる。怪人強化剤を全て使った俺の方が、シロよりも強い、そのはずなのに、俺はシロに押されてしまっていた。
「ねぇクロ。知ってる? 本当は私の方が姉なんだよ? それなのに、クロは私のこと、頼りにはしてくれない。私を、一緒に戦う仲間だって、思ってくれたこと、一度もない」
前世の年齢を含めれば、俺の方が年上だ。だから、どうしても、シロのことを妹として、守らなきゃいけない子として見ている節はあった。
俺は…シロのことを一度でも、本当の意味で頼りにしたことは、あったんだろうか。
「クロは、組織にいた時から、ずっと、何かを私に隠してた。組織にいたときは、そこまで露骨に隠してる雰囲気はなかったけど、でも、昔から、ずっとクロは、私に何かを隠してる」
「それは………そうかもしれない。けど、それは組織にいたからで! もし、もし全部終わったら、ちゃんと話そうとは思ってた! だから……!」
「雪って人は何? 私よりもクロのこと、理解してそうだった。今だってそう。クロは私よりも、魔王なんかを取った。それに……本当に私と向き合うつもりなら………その仮面は何?」
俺の大鎌が、シロの武器によって、後方に大きく飛ばされる。
「私と向き合うつもりなんか、最初からないくせに」
シロの言う通りだ。
俺は、最初から、シロと向き合うつもりなんて、全くなかった。光に言われて、シロのことも気にかけてやらないとな、なんて、やっとそう思えるくらいの、薄情な奴なんだ。
その証拠に、今もまだ、俺は仮面をつけ続けている。魔法省を襲う上で、素性を隠すために被っている仮面を、だ。
それはつまり、シロと向き合うこの瞬間に、あまり時間をかけるつもりがないという気持ちの表れでもある。
前世のことも、ずっと隠してきた。俺は結局、シロにずっと、寂しい思いをさせてきてしまっていたのかもしれない。
これじゃ、シロのお兄ちゃんも、お姉ちゃんも、名乗れない。家族失格だ。
「ごめん、シロ」
今の中途半端な状態で、シロと向き合っても、きっと分かり合えない。だから……。
「“ブラックホール”」
全部終わったら、ちゃんと、包み隠さず全て話そう。
俺のこと、全部。
だから、今は。
「待って! クロ!!」
ごめん、シロ。
全部終わらせたら、ちゃんとシロに向き合うから。
だから、あともう少しだけ、寂しい思いをさせることになると思う。
俺は“ブラックホール”の中を通って、なるべくシロから距離を取ろうとして……。
「捕獲完了⭐︎」
何者かに、捕まった。
ここは“ブラックホール”の中だ。俺以外にこの場所に干渉できる存在なんて……。
「さてさて、一体どんな素敵な計画を立てて実行しようとしてたのか、ワタシらが問いただそうじゃないか。“ホワイトホール”っと」
ガンマ……だったか。
魔法省によってつくられた、人造魔法少女の1人、だったはずだ。
アンプタによって四肢を切断されて、死亡してしまっていたはず……。何で生きて……。
「何だか久しぶりですね、クロさん」
“ホワイトホール”を抜けた先には……。
「八重、照虎……」
ユカリに、櫻が助け出したアルファやベータもいる。
「クロ、君のことは、魔王から聞いておいた。私の感想でしかないけど、多分、君は魔王に騙されてる。だから、私達が止めに来たんだ」
「魔衣、さん……」
てっきり皆あの時、死んだ者だと思っていたのに。
全員、この場所で、地に足をつけて、生きている。
幻覚なのか、いや、そうじゃない。
ユカリも、八重も、皆。
生きてた……。そのことが、嬉しい。衝撃で少し、頭は混乱しているが、それでも、彼女達が生きていることが、嬉しかった。
「あーと。その、死体は私の死体人形による偽装工作です。魔衣さんのだけ用意してなかったんですが……」
「私は魔王とクロがあの場にやってきていた時に、魔王に治療してもらっていてね。クロは気絶させられていて気づかなかっただろうけど、まあ、そこからしばらく私と魔王は連絡をとっていたんだけど……正直彼は胡散臭い。助けてくれたことに感謝はしても、かといってクロのことを利用させるわけにも行かないからね。止めさせてもらうことにした」
皆、魔王のことを信用していないみたいだ。無理もない。実際魔王は、初対面じゃ何を考えているかよく分からない奴だ。多分あいつ鈍感なところあるだろうし。
申し訳ないけど、魔衣さん達とは対立することになる。魔王に対する解像度は、俺の方が高い。俺が騙されて利用されている線はない。それに、魔衣さんの情報は正確なわけじゃない。実際、『原初』の魔法少女についても、魔衣さんはその詳細を知らなかったわけだし。
俺が何を言っても、魔王の口車に乗せられている、の一点張りだろう。俺は俺の意思で、今この場に立っているんだけど。
どちらにせよ、彼女達とは対立せざるを得ないみたいだ。数にして8対1。八重や照虎が戦えないことを考えても6対1か。
厳しい、が、勝てないとは言わない。
昔、櫻達と出会いたての頃に、いきなり包囲された時のことを思い出すな。
ある意味で、あの時のリベンジマッチとも言えるかもしれない。
「悪いけど、止められるつもりはないから」