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Memory140

「こ、こんなの……違う………私は………!!」


触手を扱う少女は、“恐怖”する。

彼女には、魂がない。だから、感情なんて擬似的なもので、形だけのもののはずだった。


だが、今少女が抱いているのは、確かな“恐怖”の感情だ。

偽物なんかじゃない、本物の“恐怖”。


感情は備わっていない、ただ肉体だけ用意した、ただの人形のはずだった。にも関わらず、少女には、あるはずもない“恐怖”が備わっていた。


「従わないなら…」

『まだやろうっていうなら』


「容赦しないから」

『叩きのめしてやるわ!』


「あっ……あぁ!」


自身の得意技である、触手が使えない。それだけで、少女は何をすればいいのかわからない。

戦えないわけではない。触手を扱う以外にも、少女に扱える魔法は存在している。だが、少女の自信の源は、触手だった。


「み、ミリュー様!」


少女は、自身が慕っている者に頼る。彼女なら、今の状況を打開できる策を用意しているんじゃないかと、期待を抱きながら。


「クソっ!! 巫山戯やがって!! 何の為に見逃しておいたと思ってるんだ!! こんなことなら殺しておくべきだった!! あークソがっ!!」


だが、少女が見たのは、いつも完璧で、頼りになる彼女(ミリュー)の姿ではなかった。

取り乱し、声を荒げ、子供のように癇癪を起こす、そんなちっぽけな、ただ1人の人間だった。


少女はその光景を見て、さらに取り乱す。


もしも、普段からミリューの人間らしいところを見ていれば、少女が取り乱すこともなかったかも知れない。だが、ミリューは少女が自身に疑問を抱かないよう、全て盲信的になるようにつくりあげてしまった。


だからこそ、少女が取る行動は、一つしかなかった。


「あ……うわぁぁぁっぁぁあっぁあぁああ!!」


何も考えずに、ただひたすらに逃げる。自信の生みの親であるミリューに、信じられない者でも見るかのような目で見られても、少女は構わずに逃げ出す。


初めての“恐怖”。

人間らしい感情の発露。


ある意味それは、少女の成長だったのかもしれない。喜ぶべきことだったのかもしれない。


だが、タイミングが悪かった。


「はぁ………はぁ………」


櫻は追ってこなかった。ミリューや『色欲』への対処を優先したのだろう。そもそも、櫻は敵であろうと命まで奪うつもりはなかった。恐怖して逃げたものを追い詰めるような趣味などなかったのだ。だが、少女が逃げた先には……。


「お前……」


仮面を被った少女と、1人の男がいた。


「は………あはは……」


少女の口から、乾いた笑いがこぼれる。


「そうだ。お前がいなければ、愛は………。愛を、殺させなんてしなかったのに!」


仮面の少女は大鎌をその手に持ち、触手の少女へと近付いていく。


「躊躇うなよ。奴らは人造人間とは違う。魂が備わっていない。だから、感情なんてものは存在しない構造になっている。要は機械と同じだ。人間とは違う」


男の方…魔王は、仮面の少女、クロへと告げる。

魔王の言っていることに、間違いはない。実際に、ミリューはアンプタや触手の少女は、感情を持たない人形としてつくりだしたのだ。機械みたいなものであるという表現も、間違いではない。だが……。


「分かってる。それに、こいつは生かしておいたら、面倒なことになる。櫻じゃきっと、殺すことを躊躇う。大丈夫、ちゃんとやれるから」


「ま、待って!」


今の少女は、感情を備え付けてしまっていた。

ある意味で、バグとも、奇跡とも言えるその症状は、少女にとっては、残酷なものだったのかもしれない。


「待たない。お前は生かしておくわけにはいかない」


「わ、私は今触手が使えない! 殺す意味なんてない! だ、大体! 私は別に、殺してなんてない! 関係ないから!!!」


少女は必死に命乞いをする。死にたくないから。生きたいと、そんな感情を持ってしまったから。


「関係ない……? よくそんな口が聞けるな…!」


しかし、少女の抗弁は、クロの琴線に触れてしまったらしい。


「そ、そうだ! し、信用できないっていうなら、“誓約”魔法で取り付ければいいの! もう逆らわないって約束するから! 何でも言うこと聞くから!」


「……また同じ手を使う気? こっちだって学習してるんだよ。同じ手には乗らない。何でも思い通りになると思うなよ」


刻が結んだ“誓約”魔法は、既に刻が死んだことによって、その効力を失っている。そのため、仮に刻の“誓約”の範囲に触手の少女が含まれていたとしても、クロは触手の少女を殺すことができる。


「遺言くらいは聞いてやる。最後に、何か言い残すことはあるか?」


クロの大鎌が、少女の首元へと向けられる。

少女は腰が抜けて、その場から動くことができなくなっていた。


「あ、いや………ゆるして………お願い……だから……」


必死に懇願する。生きたいから。死にたくないから。

涙を流しながら、必死に。


「っ……」


そんな少女の表情を見て、クロの手が怯む。


「ね、ねぇ……い、生きたいの! 死にたくないの! だからお願い! お願いだから!!」


「ま、また騙そうと……」


「信じられないなら“誓約”魔法でも何でも結ぶから! だからお願い!!」


クロの大鎌を持つ手が、下がる。

クロは、触手の少女を、殺せないと。“誓約”魔法を結ぶのなら、見逃してもいいかと、そう思いかけるが……。


「怯むなよ。“誓約”魔法にも穴はある。大体、それは泣き真似か? 感情なんてないんだろう? 違うか?」


「そうだ。こいつらには、感情なんてないんだ。迷ったら、駄目だよな……」


魔王の言葉を受けて、クロは再び、大鎌を握り直す。


「愛の時みたいに、もう後悔はしたくない。だから………お前を殺す」


「い、いや……しにたくな」


その言葉が、少女が最後にこぼした“感情”だった。






☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★






「気分、悪いな……」


感情はない。そんなこと分かってても、あんな風に演技されたら、やっぱり気分は悪くなる。

人形を壊しただけ、機械を壊しただけ。それは分かってる。それでもあれは………。


「まるで本当に、感情を持ってるみたいだった」


まさか、本当に感情を備えてたり……。いや、ないよな。魔王が言ってるんだ。間違いはないはず。


「それで、もう行くのか?」


「うん。いつ大規模侵攻が訪れるかもわからないし、行動を起こすのは早い方がいい。それに、魔法省の大臣を脅すなんてやり方、櫻達なら絶対に止めてくる」


「そうか。気をつけて行け、と言いたいところだが………」


「?」


「隠れてないで出てきたらどうだ?」


他に誰かいたのか?

確かに、触手のあいつだけこの場に来るとは思えない。来るとしたら、複数で、仲間を連れてやってきそうなものだ。


俺は、魔王の視線が向いている場所へ目を向ける。

そこには……。


「やぁ、クロ。それに魔王」


「吸血姫、か」


「クロ、何をしに行くのかは知らない。けど、それをするなら、私を倒してからにして」


「シロ……」


アストリッドと、アストリッドに洗脳された、シロだった。


「別に私はどっちでもいいんだけどね。ただ、どちらが王の器に相応しいか、確かめてみるのも楽しそうだとは思わないかい?」


「つまり、この俺とやり合おうというわけだな?」


「そうなるね。ごめんねクロ。今回君が相手するのは、残念ながら私じゃなくて、シロの方だ。姉妹で仲良く戦いたまえ」


アストリッド……どこまでもしぶといやつだ。大体、拘束はどうしたんだか。

まあ、今はそんなことどうでもいい。


「シロ…」


「クロ、容赦はしないから」


向き合う時が来たんだろう。

光にも言われたんだ。


「分かった。全力でやり合おう」


正面からぶつかる。今やれるのは、きっと、それくらいしかない。

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