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Memory139

「また……か………」


目を覚ますと、辰樹の姿を借りた魔王の姿があった。前にもこんな展開があったな、なんて、既視感を覚えながらも、俺はゆっくりと体を起こす。


「戻って来れたのは奇跡みたいなものだ。今のお前は、身体だけで言えば完全に怪人のそれと同等のものとなっている。次に怪人化すれば、お前の人間としての理性が戻ることは二度とないだろう」


怪人強化剤(ファントムグレーダー)を刺した時点で、そうなる覚悟はしてた。けど、結局俺は何も成し遂げられていない。シロのことも放ったらかしだし、大規模侵攻を食い止める方法も考えついていない。いや、これに関しては、魔衣さんから聞いた、『原初』の魔法少女って奴を見つけさえすれば、どうにかなるのかもしれないが。とにかく、注射を刺した時の俺は、頭に血が上っていて、自分のやるべきことをちゃんと認識することができていなかったんだ。


今度からは、もっと慎重にならないと。


「一回、冷静になって、櫻達と、合流しようと思ってる」


「ほう?」


「単独で行動しても、結局、俺1人の力じゃ、全部こなすのは無理だった。だから……」


「櫻達の前で、殺しが行えるのか?」


「それ……は……」


「お前が誰かを殺そうとすれば、櫻達は確実にお前を止めてくるだろう。単独で行動していた方が、動きやすいと俺は思うが」


確かに、元々は、櫻達に誰かを殺すことなんてできないと思ったから、だから俺が代わりに敵の息の根を止めてやろうと、そう思ったのがはじまりだった。


でも、それでも俺はやっぱり……。


「今更、元に戻ろうと思うのか? 言っておくが、お前が奪った命は戻って来ない。お前が櫻達と合流すれば、その時点でお前の奪った命は、無駄に失われたことになる。それに、合流するメリットがない。今のお前は、完全に怪人化したことで、食事も睡眠も、全て必要ない。少し前から、味覚に違和感を感じなかったか? それは、怪人化が進んでいる兆候だ。今何か口にしてみろ、きっと、なんの味も感じないはずだ」


奪った命が、無駄になる…。

俺のやってきたことが、俺が殺した命が、無駄に。


もしも、櫻が、敵を殺さずに、全ての問題を解決できるような案を、出すことができたら。

そんなことになれば、俺はそれに、耐えられるのだろうか。


「櫻達と合流して、一緒に動けば、何か見えるかもしれない。大規模侵攻だって、『原初』の魔法少女っていうのさえ見つければ、どうにだってできる。だから……」


でも……嫌だ。もう、これ以上、誰も殺したくはない。

どうしようもなく、殺意が溢れることはある。けど、結局、殺したって、何かが帰ってくるわけじゃない。


愛も言ってたんだ。少しは櫻を頼れって。だから、俺は……。


「『原初』の魔法少女? なんだそれは」


「えーと、便宜上そう読んでるだけで、別に正式名称ってわけじゃないんだけど………。そういえば、この世界に初めてやってきた魔族……魔王を倒したのも、『原初』の魔法少女だって、魔衣さんが………」


「ハッハッハッハ! なんだその大ボラは。『原初』の魔法少女? くだらんな。そんなもの存在するわけがないだろうに。だいたい、俺を殺したのはお前だろう。まあ、やはり覚えてはいなかったか」


「………どういう……ことだ…」


『原初』の魔法少女は存在しない? 魔衣さんは、絶対に存在していると確信しているような言い方をしていた。それに、俺が魔王を殺した? 一体、何の話をして。


「本当に、ただの偶然だ。俺がこの世界にやってきた時、この世界にもたらされた魔力は、一時的に1人の人間に集約された。それが前世のお前、黒沢始だっただけという話だ。そうだな、『原初』の魔法少女とは、おそらくその時のお前のことを指していたんだろうな。尤も、俺は確かにお前に殺されたが、同時に俺はお前を殺したからな。その時に、お前に集約した魔力は全てこの世界へとばら撒かれた。だから、『原初』の魔法少女なんてものは、存在し得ない」


じゃあ、大規模侵攻を止める術は……存在しない?

そもそも、俺がカナ達の元に向かったのだって、無駄だったんじゃないか? むしろ、俺の余計な介入で………。


『原初』の魔法少女なんてものに縋って、きっと俺は、希望を、幻想を抱いていただけなんだろう。現実は、もっと残酷なんだ。散々みてきただろ。そんなの。照虎も、束も、友人の魔法少女を、過去に失っている。俺だって、結局愛を救うことができなかった。


俺が魔王を殺した、か。何もわからない。本当に、記憶にないし、衝撃の事実で、正直受け止めきれていない。


でも、それが現実なんだろう。結局、櫻みたいに、綺麗事ばかりで生きていけるほど、この世の中は、甘くなんてないのかもしれない。


「前世の記憶、そんな特別なものがあるのは、お前が俺に殺された際に、持っていた魔力を使った名残だ。その影響で、お前の身近にいた人間も、その名残に巻き込まれる形で転生することになったわけだな。まあ、多少転生する期間に誤差は生じていたようだが」


つまり、愛が転生していたのはそういうことなのだろう。でもそれって、俺が死んだ時に愛も死んだってことなんじゃないか? じゃないと、巻き込まれようがないはずだ。じゃあ、もしかして……。


「前世で愛のことを殺したのも、魔王か?」


「あまり恨むなよ。死に際で力の制御ができなかったからな。周囲にいた人間は諸共殺し尽くしたと記憶している」


「……」


「……とにかく、櫻達と合流するのは諦めろ。気持ちはわかるが、もうお前は櫻達と一緒に戦うことはできない」


希望なんて、ないのかもしれない。そうわかっていても、そこにある光に、縋りたくなってしまうのは、罪なのだろうか。


「そんなの、やってみないと」


「お前の体は、いつ怪人化してもおかしくはない。いや、体そのものは完全に怪人化している。後は理性の問題だ。今まではなんだかんだで理性を取り戻してきていたようだが、次に怪人化すれば、もう100%戻ってくることはできない。もし、櫻達と一緒に動いていて、怪人化してしまったらどうするつもりだ? お前が弱いなら、まだいいかもしれないが、実力だけは一丁前についているせいで、一度怪人化してしまえば、対処するのには苦労するだろうな」


……やっぱりもう、遅いのか。当然、かもしれない。今まで好き勝手やっておいて、今更、だもんな。


「………怪人化って、何か条件はある?」


「特に思い当たるものはないが、今のお前の状態が奇跡みたいなものだ。猶予はあまりないだろう。ただ、俺ならお前を助けることができる」


「具体的に、どうやって?」


「お前の体を魔族のものにする。そうすれば、怪人化の心配はなくなるはずだ。尤も、その儀式を行うには少々しがらみが多くてな。他種族を迎え入れるとなれば、当然その者に対してかかる制約は多くなる。例えば、人間界にいることができなくなる、とかな。まあ、定められたルールみたいなもので、正式な手続きを踏めば、絶対に不可能だというわけではないがな」


今思えば、何でこいつはここまで俺にお節介を焼いてくるんだろうか。仮にも俺が魔王を殺した相手だというなら、好意的に見るなんてできないはずなのに。でも、今の俺には、魔王くらいしか頼れる奴がいない。何で俺に手を貸してくれるのかはわからない。けど、今はそれに縋るしかないのかもしれない。


「魔族になるのは、今でもできるのか?」


「できるが、今はやるべきことがあるだろう? 安心しろ。怪人化しそうになった時は、俺が無理にでも魔族にしてやる。そうなった場合は、人間界に置いておくわけにはいかないからな。俺の婚約相手として、共に魔界に来てもらうことにはなる」


今やるべきこと……か。

シロの洗脳を解くこと、ミリュー達の企みをどうにかして阻止すること。そして、大規模侵攻を食い止めること。


「時間はあんまりない………よな……。どうせもう、十分俺の手は汚れてるんだ。だったら……」


素顔を隠すために、死神の仮面を、身につける。俺が今からやろうとしていることは、褒められたことじゃない。


今から、魔法省の大臣を脅しに行く。

拷問してでも、他の地域の魔法少女達との協力を、取り付けさせる。


俺にできるのは、こういう意地汚いやり方だけ。

櫻は、理想的な世界を夢見てるのかもしれない。綺麗なやり方で、成し遂げようとするのかもしれない。


でも、それで何とかなるような、そんな甘い世界じゃないんだ。


だから、俺が、俺が……。



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