表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/172

Memory136

来夏は倒れ込んでいる愛の遺体を見て、最悪の状況に陥っていることを察する。愛は殺害され、クロは怪人強化剤(ファントムグレーダー)によって怪人化してしまっている。来夏が姉である去夏に聞いた話では、以前にも、クロが理性を失い、怪人として暴力を振るったことがあったらしい。


しかし、その時は怪人強化剤(ファントムグレーダー)の摂取本数が少なかったからこそ理性を取り戻せたわけであって、今回に関しては以前の怪人強化剤(ファントムグレーダー)を含めて計10本も摂取してしまっている。


以前は、身体的に言えば、人間と怪人の狭間にある状態と言えた。だが、10本も摂取してしまえば、クロの体はもう、人間のものとは呼べなくなってしまった。肉体的にそうであるならば、精神も例外ではないだろう。


クロが理性を取り戻す確率は、限りなく0に近い。


だが、来夏は以前姉から、クロが理性を取り戻した時の話を聞いている。少なくても、可能性があるならば、来夏にその方法を取らない理由などなかった。


「やるだけやるか」


来夏はとりあえず、自身の周囲に電撃を放ち、クロに近づけさせないようにする。遠距離での攻撃は、黒い弾しかない。かつてはアストリッドの血の刃を“ブラックホール”によってストックし、それらを“ホワイトホール”を介して放つことで遠距離攻撃を行っていたことはあったが、その血の刃のストックが尽きていることは、来夏も知っている。


つまり、来夏が取るべき手段は。


(近距離戦に持ち込ませず、クロのスタミナ切れを狙う……。理性を取り戻させるのは、その後でいい)


近距離に持ち込まれれば、来夏とて本気でクロを殺しに行かなければ、逆にやられてしまう可能性がある。しかし、遠距離であれば、持久戦も可能だろうと、そう判断した来夏は、とにかくクロを自身の周囲に近づけさせないことに注力した。


来夏の予想通り、近距離攻撃が通用しないことを察したのか、クロが黒い弾を放つ。だが、来夏はそれを軽くいなす。


「今までどれだけ見てきたと思ってるんだ。最初の頃とは違うからな」


手口は知り尽くしてる。直接戦闘を見てはいなくとも、クロの性格は、今まで関わってきて十分知ってるし、戦い方の癖も、直接戦闘を見たり、櫻達から聞いたりして、ある程度は理解している。


怪人となったといっても、その基礎を作っているのはクロなのだ。クロが取りえない手段を、今目の前の“怪物”が取ることは、ほとんどありえないと言っていいだろう。


それに、別に来夏はクロとの相性が悪いというわけでもない。クロは怪人強化剤(ファントムグレーダー)によって自身を強化して以降、よく攻撃を回避せずに、自身の体を一部水に変えて、攻撃を受け流すという手段をとっていたが、それは来夏には通用しない。来夏は雷属性の魔法少女だ。

水は電気を通すとはよく言ったもので、純粋な水には電気は通りにくいらしいが、幸いクロのそれは電気を通すタイプの水であるらしく、仮に体の一部を水に変化させたところで、クロの体には来夏の攻撃は通ってしまうのだ。


それを相手も理解しているのか、していないのか、向こうは『動く水(スライム)』による回避という手段を取ることはない。


だからこそ、来夏は油断していた。


突然、来夏の体に衝撃が走る。

腹部を見ると、彼女の体を十字に斬ったような傷が、確認された。


(不可視の…‥攻撃…?)


天罰(クロスエンド)。クロが怪人強化剤(ファントムグレーダー)を摂取したことによって、使うことが可能となった、不可視の攻撃。当たるまで、攻撃されたことを認識できず、気がつけば自身が傷つけられている。そんな技だ。


来夏はその技の存在を認知していなかった。実際、クロが櫻や来夏達の前で、天罰(クロスエンド)を披露したことはなかった。


「クソっ。理解してる()()()になってただけだったのか! 私は!」


来夏は自身に悪態をつきながらも、後方へ下がり、体勢を整えようとする。


(不可視の攻撃があることはわかった。だが、一度わかれば、あとは攻撃のタイミングをつかむだけ。不可視の攻撃にさえ気をつければ……あとは距離を取り続けるだけで……)


来夏は、深くクロと関わることを、心のどこかで避けていた。櫻は、誰にでも深く立ち入る。茜は、表裏がなく、櫻同様、誰とでも仲良くできた。だから、2人ともクロとは仲良くしていたのだろう。人には冷たい八重だって、血の繋がりを感じているからか、クロには甘い。束も、クロが組織から離反してからは、積極的に話しかけるようになったし、はたからみても友人と言える関係にはなっていただろう。


来夏は、櫻のような理想主義者じゃない。勿論、櫻のことは大好きだし、信頼もしている。だが、万が一櫻が失敗したら? そういう時、誰がカバーするんだ? そうやって、いつも考えていた。だからだろう。もしも、櫻がクロを救い出すことに、失敗してしまったら?


そんな可能性を、頭のどこかで、考えていた。


結局のところ、来夏が自分で言ったように、来夏は、クロのことを理解した()()()になっていただけだったのかもしれない。


だから、知らなかった。予想も、できなかった。


(なんだ、これ……)


来夏の周囲にあった電撃が、失われていく。いや、厳密に言えば、電撃を構成するために必要な魔力が、失われていく。


“ブラックホール”に、そんな性能はない。あれは、相手からの攻撃を吸収するだけの代物だったはずだ。だが、来夏は知らなかった。


それは、味方がいる場所では使えない代物だった。使えば、味方も巻き込んでしまうから。


“アブソーブトルネード”は、クロが元々使っていた“ブラックホール”に、風属性の魔法を付随させて生み出した魔法だ。“アブソーブトルネード”は、風で周囲に存在する魔力も巻き込みながら吸収する。空中に飽和している魔法を、自ら摂取しに行くことができる。


だから、来夏が近距離戦に持ち込まれないようにと、そう思ってはっていた電撃の、使用用途としてはバリアとも呼べるそれは、いとも容易く、全てクロの魔力へと変換されてしまう。


恐ろしいのは、これによって、持久戦を行うという戦も絶望的になってしまったことだ。来夏の魔力を、能動的に吸収することができるのならば、先にスタミナ切れするのは来夏の方だ。

 

「ああクソっ! 何で、何でもっと知ろうとしなかった! 私はっ……!」


こうなってしまっては、もはや来夏がクロのスタミナ切れを狙うことは不可能。遠距離戦の継続も難しい。つまり、来夏に残された選択肢は………。


(クロを殺すしか……ない)


やらなければ、自分がやられる。それに、クロが理性を取り戻す保証なんて、どこにもないのだ。だから……。


「………わかってる。櫻達には、できないよな、こんなこと。だから、ここに来たのが、私でよかった」


来夏は、戦闘体勢に入る。今度は、止めるためではなく、殺すために。

クロが攻撃を仕掛けてくる。今度は、大鎌を持っての突撃。つまり、近距離戦だ。


だが、来夏は引かない。クロが向かってくるのと同時、来夏もその身体に雷撃を纏いながら、クロの方へ突撃する。すれ違いざま、寸前でクロの攻撃を避け、虚空を切るクロに対して、来夏は雷撃を浴びせる。


クロならば、今の攻撃は通用しなかっただろう。結局、目の前の“怪物”は、もうただの怪人でしかないんだと、来夏は自分にそう言い聞かせる。


「どうせなら、一思いにやってやるよ」


来夏はその手に、電撃を集中させる。勿論、その間にも“怪物”の猛攻はやまない。だから来夏は、手の中に電撃を集めつつ、“怪物”の攻撃をいなしていた。


至難の業だ。そう何度もできることではない。


しかし、来夏はそれでも、手の中に電撃を集め込む。


「よしっ、イケる!」


やがて、電撃は一つの大きな塊となり、完成する。


来夏の、必殺技。これが決まれば、確実に、“怪物”を葬り去ることができる。

“怪物”は、何かを察したのか、焦った様子で来夏に迫りくる。だが、逆にその行動によって、来夏は確実に、必殺である『雷槌・ミョルニル』を“怪物”におみまいすることができるようになった。


これを外せば、二度も同じことをできる保証はない。だから、確実に成功できる盤面で、“怪物”にくらわせる必要がある。だから、来夏は待つ。待って待って、そして……。


(今だっ)


確実に、当てれるタイミングを、見つけた。

あとは、予定通り、『雷槌・ミョルニル』を“怪物”にお見舞いするだけだ。


「雷槌・ミョルニル!!!!」


来夏は、『雷槌・ミョルニル』を放つ。当てれば、確実に“怪物”はその生命活動を停止するだろう。

だが……。


「?」


“怪物”は、無傷だった。


“怪物”の耐久が、来夏の想定を上回っていた。






というわけではない。


「クソっ……」


来夏は、『雷槌・ミョルニル』を外した。

確実に当てられる盤面だった。だが、当てられなかった。いや、()()()()()()


(クソっ! クソっ! わかってる……もう、戻らないことくらいわかってるんだ!!)


結局、来夏は最後まで、“怪物”を“怪物”として見れなかった。

倒すべき敵として、見なすことができなかった。


ただ、それだけの話だ。


“怪物”が、来夏に攻撃を加える。来夏は、大技を放った影響で、回避行動を取ることができず、“怪物”の攻撃をモロにくらってしまう。


最初の天罰(クロスエンド)に、大技を放ったことによる大量の魔力放出、加えて、今の一撃。

これら一連の結果によって、来夏は既に、戦闘不能に追い込まれていた。


“怪物”が、大鎌を持ちながら、ゆっくり、来夏の方へ近づいてくる。


………殺すために。ゆっくり、ゆっくりと、確実に、来夏の死期は迫っていた。


(もっと私が早く来てれば……クソ……。結局私は、愛もクロも……自分すら救えずに、終わるのか……)


後悔しても、もう既に時は過ぎてしまっている。もう、取り返すことはできない。

やがて、“怪物”は来夏の目の前で止まり、大鎌を、ゆっくり、しかし確実に獲物を仕留めるために、振り下ろす。


「私もここで終わり……か……」


来夏は静かに目を閉じる。自身の死に、納得はしていない。だが、こうなってしまった以上、受け入れるほかないのだ。そこにあるのはただ、自分は負けたという、結果だけなのだから。


「……?」


だが、不思議と来夏は痛みを感じることはなかった。大鎌で切り裂かれれば、少なくとも死ぬ寸前に痛みは感じるはずだろうに。


来夏は、おそるおそる目を開ける。

すると……。


「クロ……なのか?」


“怪物”の振り下ろした大鎌は、来夏の体を切り裂く寸前で、止まっていた。

“怪物”は、何かに抗うかのように、自身の体を、無理矢理止めている。


「クロ! 私が分かるか!!」


来夏は、少しの望みにかけ、“怪物”に訴えかける。


“怪物”は、少しずつ、来夏に向けている大鎌を、引っこめていく。


(いける……! このまま訴えかければ、きっと……!)


だが……。


「ほう。危ない状況だな。助けてやろう」


来夏の訴えかけは、突如現れた1人の男によって、中断される。


「辰樹……じゃないんだったな……」


来夏は現れた男を、ギロリと睨みつける。


「そう睨むな。助けに来てやったんだぞ。お前を襲っている“怪物”からな」


そういって、魔王は、“怪物”を取り押さえる。


「助ける? 本当にそうかよ。お前、今わざと割り込んだな?」


「どうだか。それに、先程のお前は、少ない可能性にかけていただけだろう。俺が助けてやることで、確実にお前の命は助かったのだから、俺に文句を言われる筋合いはない」


「お前………クロをどうするつもりだ」


「………安心しろ。このまま理性を失わせたままにはせん。人の心配より、自分の心配をしておくんだな」


そう言って、魔王はこの場から立ち去ってしまった。






「はぁ………」


来夏は、肩の力が抜けたのか、地面へ倒れ込み、ため息をつく。


「殺せなかった……な………」


結局のところ、来夏も櫻達と変わらなかったのだ。接し方が異なっていただけで、結局来夏も、残忍にはなりきれなかった。


「櫻、私は、どうすればよかったんだ…」


少女のつぶやきは、虚空へとかき消えた。

少女の問いに答えるものは、今この場には、誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ