Memory133
古鐘と去夏の体力は、徐々に削られていく。古鐘は『Magic Book』を消費し尽くしかけているし、去夏の方もスタミナは残っていない。
「もう終わり? ざんねん。遺言くらいは聞いてあげても良いわよ?」
完全に舐められている。『色欲』にとっては、古鐘も去夏も格下なのだ。取るに足らない相手なのだ。ある意味、だからこそ今古鐘達は生きながらえているのかもしれない。脅威に思われていないからこそ、『色欲』にとって古鐘達の相手はおもちゃで遊ぶようなものと何ら変わりはないものになる。『色欲』にとって、今すぐ処理する必要などなく、むしろ長く遊ぶために生かすようになるのだ。
「おい、何か手はないのか?」
「申し訳ないけど、私は全部『Magic Book』頼りな魔法少女でね。これがなくなると、もうできることはないんだ」
古鐘自身も、自分は長く魔法少女をやっているだけで、実力で言えば一般の魔法少女とそう大差ないと自身のことをそう評価している。古鐘は決して、櫻や来夏達のような、規格外の魔法少女などではないのだ。
「遺言は決まった? 私そんなに忍耐強くないから、できればはやめにしてほしいのだけど」
去夏と古鐘は身構える。普段の去夏なら、遺言を決めるのはお前のほうだ、とでも啖呵を切っていたのだろうが、それほどの余裕は彼女にはない。
勝ちへの道筋は全く見えていない。しかし、戦うしか道は残されていないのだ。
勝つためではなく、生き残るために。できるだけ長く耐久して、援軍を待つ。それが今の彼女らの戦う目的なのだろう。
「遺言を決めるのはお前のほうだ! そうだそうだ!」
「へぇ〜」
しかし、そんな3者の元に、1人の少女の、甲高い声が響く。
先程までは去夏と古鐘を見ていた『色欲』は今は興味深そうに少女の方を見つめている。
少女の名は……。
「正義の味方! 魔法少女マジカルドラゴンシュートスター見参!! お前を倒す者の名前だ! 覚えておけ! 覚えろ覚えろ!」
魔法少女、真野尾美鈴と魔族と人間のハーフ、龍宮メナがひとつになった姿、魔法少女マジカルドラゴンシュートスターだ。
「生憎だけど、私にはのこしておきたい言葉なんてないのよ」
言いながら、『色欲』は魔法少女マジカルドラゴンシュートスター、通称マドシュターに攻撃を加える。だが、当然のようにマドシュターは『色欲』の攻撃を交わし、いつの間にか『色欲』の背後にまで回っていた。
「鬼龍術・捌きの王!」
「っ! やるわね!」
そのままマドシュターは『色欲』に攻撃を加えるが、かろうじてマドシュターの存在を認知した『色欲』は高く飛び、少女の攻撃を回避する。
しかし、マドシュターの猛攻は止まらない。
『色欲』が飛び立つと同時、マドシュターもまた空中へと飛び、『色欲』の真上へと移動していたのだ。
「鬼龍術・龍の破壊撃!」
『色欲』は、空中にいるせいか、うまく身動きを取ることができず、マドシュターの攻撃をモロに食らう。
地面へと倒れ伏した『色欲』は、しかし、気怠げながらも、またその身を起き上がらせる。
「ふふふ………強いわね……あなた。いいわ、一切手は抜かない。私も本気で行くわ」
「へぇー。実は私も4割くらいしか本気を出してなかった。うん。4割4割」
「あら奇遇ね。私もさっきは4割くらいしか本気を出せていなかったの。正直、ノーマークの魔法少女だったから、油断しちゃったのよ」
互いに嘘はついていない。本当に4割の実力しか出せていなかったのだろう。
「あ、あれで4割かよ……」
「櫻が本気を出しても、あそこまで実力は出せないと思うんだけどね……。私達が真面目に戦おうとしていたのが馬鹿らしくなってくるよ」
去夏も古鐘も、両者の戦いについていくことはできない。
完全に、出来上がってしまっているのだ。あの2者の世界が。
マドシュターは既に、再び『色欲』の背後に周り、攻撃を仕掛ける。当然、『色欲』もそのことには気付いており、何とか対処する。
「でもやっぱりおかしいわ。私の背後に一瞬で回れるくらいのスピードがあるなら、とっくに私の首は飛んでるはず。でも、現に私は今この地に、この足で立っている。なぜかしらね。まさか、とは思うのだけど」
『色欲』が話している間にも、マドシュターは攻撃を仕掛けていく。
「無駄話より戦闘に集中! 集中集中」
「でもやっぱり、そうとしか考えられないのよ」
『色欲』は分析する。マドシュターの動向を、考えを、魔力の消費量を。
そして、ひとつ、またひとつ。マドシュターの特徴を掴んでいく。
「男の人の分析をする方が、きっと楽しいとは思うわ。けど、あなたみたいな規格外は、ひょっとしたら男の人よりも分析のしがいがあるのかもしれないわね」
「私は難しいことは嫌いかな。嫌い嫌い」
「そう。貴方が扱っている魔法は、時間停止。当然、条件付きではあるのだろうけれど、やっぱり規格外ね。それに、時間停止の魔法はあくまでおまけ。本質は、その莫大な魔力量と、規格外の強さってところかしら。一言にまとめると魔法の脳筋ね。やっぱり分析は意味なかったかもしれないわ」
「無駄話は終了? 今度こそ本気出すよ! 本気本気!」
「ええ、そうね。結局は、何も考えずに、ただ思うがままに振る舞うのがきっと楽しいのよ! だって私は、欲望の塊なのだから!」
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見つけた。7つの大罪。櫻達の脅威になるかもしれない存在。今さっき、カナに危害を加えていた存在。そして、元、俺のクラスメイト。鮫島刻。
その手には、おそらく人質として利用しようとしているのだろう、眠っている雪がいた。
…こうなる可能性は、考えなかったわけじゃない。まさか、雪を人質にとってくるとは思わなかったが。
「よう黒沢。わざわざ戻ってきたのか。女になって、とうとう男に興味でも出たのか?」
「そっちこそ、良い歳して恋人の1人もいないみたいだな。だからか、そうやって、か弱い女性を盾にして粋がることしかできないんだ。さっさと雪を放せ、この性犯罪者」
俺の言葉に少し苛ついたのか、鮫島は懐からナイフを取り出し、眠っている雪の首元に押しつける。
「口の利き方に気をつけろよ。言っておくが、俺は本気だ。お前、高校の頃の同級生が今何してるか知ってるか?」
「……知らない。知る暇もなかった。それがどうしたって?」
「ほとんど死んでるんだよ。何でだと思う? 答えは簡単さ、だってほとんど、俺が殺しちまったんだからなぁ!! …だからよ。俺は今、ここでこいつを殺してもちーっとも心は痛むことはないんだ。わかるだろ? 俺の言いたいこと」
こいつは、本気だ。とことん狂ってる。人を殺すことを、なんとも思っていない。元々、そんなやつだったのか、それとも、人を殺してから、ああなってしまったのか。
俺も、同じなんだろうか。人を殺して、あんな風に……。
…いや、違う。
こんな、人を殺すことを、むしろ楽しんでやるような奴とは、違う。確かに俺の罪は、許されるものなんかじゃない。でも、それでも、俺は、あそこまで、堕ちるつもりはない。
ひとまず、雪が優先だ。俺はあいつとは違う。だから、人質だって見捨てない。それ以前に、大切な妹を見捨てる兄がいてたまるかって話だ。
「……わかった。要求は?」
「“誓約魔法”で、今後俺達にお前が危害を加えないことを約束してもらう。より正確に言えば、“黒沢始”と、“クロ”が俺達に危害を加えることを、だ。逆に俺達は、今後“黒沢雪”に一切危害を加えないことを約束する。何なら、その範囲にお前を入れてやっても良い。お互いに不干渉と行こうじゃないか。お前だって嫌だろ? 元同級生を殺すのはさ」
何でわざわざ、“黒沢始”とクロを分けたのか…。いや、まあ、向こうからしたら、俺が二つ魂を持っている可能性も、二つ人格を持っている可能性も捨てきれなかったのかもしれない。とすると、“誓約魔法”は魂や人格によって判断されるんだろうか。まあ、そんなことはどうでも良い。
とにかく、向こうは俺から危害が加えられないことを条件として、雪に危害を加えないことを約束しにきたらしい。穴はないだろう。対象には、櫻達が入っていない。雪に危害を加えられなくても、はっきり言って彼らにとっては何も痛くない。せいぜい俺への脅し道具になるくらいだ。だからだろう。俺という存在を、自分達の戦闘から排除する。それが目的なのだ。今回の取引は。
つまり、この“誓約”に応じれば、俺は櫻達の代わりに、7つの大罪を排除することができなくなる。
もうこれ以上、殺すことは、なくなる。
そうだ。これは、仕方がない。だって、雪が人質に取られてしまっているのだ。取引に応じなければ、雪が危ない。だから、仕方がないのだ。
「一応、破った時のペナルティを聞いとく」
「俺達が破った場合、俺と後ろにいる吸血鬼の男が死ぬ。逆にそっちが“誓約”を破った場合、お前の命はなくなるし、この“誓約”は破棄される」
「わかった。“誓約魔法”を交わそう」
「話が早くて助かるよ。元同級生同士、殺し合いは避けたいもんな」
俺は、“誓約”に応じることにした。
きっと、これで良い。