Memory130
アンプタを倒し、すぐに“ブラックホール”で光の元に戻る俺だったが……。
「逃げられたわ……。ま、私に恐れをなしたってところかしらね」
「そっか。助かった。ありがとう」
「…借りを返しただけよ」
どうやら触手を扱う魔法少女は俺がアンプタを殺した時点で逃げてしまっていたらしい。まあ、それだけ光の“反射”が厄介だということだろう。光の“反射”があれば、防御に関してはもはや心配の必要はないと言っても過言ではない。光がいる時点で、俺は攻めることだけを意識すればいいのだ。やりやすいことこの上ない。
「ところで、るなの勘違いだったら別にいいんだけどさ」
「? 何?」
「クロ、あんたやりたくないこと無理にやろうとしなくていいんじゃないの?」
「何を言って…」
別に俺はやりたくないことなんて一つもやってない。復讐は俺の目標の一つだった。アンプタを殺すことは、間違いなくさっきまでの俺が最もやりたかったことだ。
「自分を騙してるの? ま、勘違いかもしれないんだけど。クロ、あいつを殺す時に凄く苦しそうな顔してたから、もしかしたら本当は殺したくないのかなって思っただけよ」
自分を騙してる……か。そう、かもしれない。一回殺してしまったから、だから、この道以外ないと思った。だから、殺したくないって感情には蓋をしてきている節はある。
「そんな顔、してた…?」
「してたわよ。結構ガッツリ。ま、るなの情報によると、あいつらには感情なんてものないっぽいし、敵だしで、殺して気に病む要素なんてないって思うんだけどね」
「関係ない。もう、既に止められないところまで来てしまったんだ」
「嫌ならやめればいいのに。ブレーキが壊れたわけじゃないでしょ?」
でも、だからなんだ。俺はもうアクセルを踏んでしまった。確かに、ブレーキは壊れていない。止まろうと思えば止まれる。でも………。
「もう、ブレーキを踏む資格なんてないから」
一度殺しに手を染めてしまった俺には、止める資格なんてない。
「………そ。まあ、るなには関係ないわ。あんまりしろのこと悲しませないようにね。それじゃ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「見つけるのに苦労したぜ。なぁ? カナちゃんよ」
7つの大罪が1人。人間の男、鮫島刻は、吸血鬼の男と共に、人造の魔法少女であるカナの元へとやってきていた。彼らはカメラを取り出し、自分達がラカを殺した時の映像をカナに見せている。
「なに……これ……」
「んー? 悲しい事故だよ。ほんと、俺だってほんとは殺したくなかったんだ。でもさ、暴れるもんだからつい、ね?」
「ふざけるな……!」
彼らの狙いはただ一つ。カナを激昂させ、冷静さを失わせること。確実に勝つために。
ラカを殺した時もそうだ。来夏と2人で攻められては困る。だから一旦仲間のふりをし、ラカが孤立したところで彼女を殺害した。それが彼らのやり口。2人が出会った時から、そのやり方は変わらない。
(このガキの手口はわかってる。なんせ、あの人が作った存在なんだからな。短剣じゃリーチは短い。だから、俺が遠距離で血液を飛ばし続けりゃ、いつまでも向こうは距離を縮めることができない)
刻の想定通り、カナは刻達に距離を詰めることができていないようだ。冷静さを欠いているのもあってか、カナはただひたすら体力を消耗し続けるだけになってしまっている。
(ま、このまま適当にあしらってりゃ時期にスタミナ切れで倒れる。楽な仕事だな)
「このままじゃ勝てない…!」
冷静さを欠きつつも、カナは徐々に自信が不利な状況にありつつあることを悟る。
「こうなったら…!」
カナはポケットに手を突っ込み、一枚の紙切れを取り出す。
(なんだ?)
「『Magic Book』350ページ 属性・光 “遠停の壁”」
カナが取り出したのは、古鐘から渡された、『Magic Book』の一部。あらゆる属性の魔法を、古鐘の経験、体験を元に再現することのできる魔術本だ。ただし、一つの魔法につき、使えるのは一度のみである。
今回カナが再現したのは、“遠停の壁”。並程度の威力の遠距離攻撃を、完全無効化するという、防御特化の魔法だ。元々光属性自体が受け身な魔法であることもあるが、やはり一度だけしか使えないという性質上、古鐘の『Magic Book』に載っている魔法は高度なものが多いらしい。
結果、刻が飛ばした血液の攻撃は、全て“遠停の壁”によって無効化される。それによって、カナと刻を阻むものは何も無くなった。
「かんじのよみかた、あってたみたい。こがねにきいておいてよかった」
「こりゃ楽な仕事じゃなさそうだな……」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
古鐘と去夏は『色欲』アスモデウスと戦闘を繰り広げる。
去夏は古鐘が来るまでは腹に大穴を開けられ、瀕死であったが、古鐘の『Magic Book』により、今は万全の状態にまで至っている。
しかし、もう一度腹に大穴を開けられてしまえば、同じ手は通用しないだろう。何せ『Magic Book』の魔法は、一度しか発動することができないのだから。
かといって、古鐘に単身で『色欲』アスモデウスを相手する力はない。そのため、基本的に去夏が前に出て戦闘を行い、必要に応じて古鐘が裏からサポートする。という形で戦闘しているのが現状だ。だが……。
(もう既に70ページも『Magic Book』を消費している……にも関わらず、向こうは一切疲弊している様子はなし……。これは中々にこたえるね……勝てる気が全くしないよ)
『色欲』アスモデウスは強すぎた。特殊な能力があるだとか、そんな話ではない。ただ、単純にスペックが違いすぎたという、ただそれだけの話だ。
(でも、大体あの『色欲』の特徴は掴めてきた)
しかし、古鐘だってただいたずらに『Magic Book』を消費していたわけではない。彼女なりに『色欲』を分析し、どうすれば倒せるか、考えていたのだ。
(あの強さ、いくらなんでもおかしいと思ったんだ。まさか“誓約魔法”で強化しているとはね。大方、女には強く、男には弱い、なんて条件であそこまでの身体スペックを引き出してるんだろう。だったら、こちらに男がいればいいだけの話)
「状況はどうなってる?」
「遅いよ椿君。待ちくたびれた」
そう、だからこそ古鐘は、男を呼ぶことにした。彼女の知り合いである、百山櫻の兄、百山椿と…。
「しばらく体を動かしておらんかったからな。久しぶりの共闘だ、椿よ」
その戦友、ドラゴを呼んでおいた。
戦闘力として申し分なし。それに、『色欲』は男に対して弱体化する。
「去夏! いったん下がれ! 後は俺たちに任せろ」
「っりょーかい!」
去夏は椿の声を聞いてすぐ、裏へ下がる。入れ違いで椿とドラゴが『色欲』との戦闘を開始する。
「……思ったとおりだ。男との戦闘はやはりパワーダウンするらしいね」
古鐘は思惑通りに進んだことに、少し安心する。だが……。
「貴方、いい体ね……」
「なに…?」
『色欲』が椿の体に触れる。
「壊すのが勿体無いわ。でも、仕方ないわよね。私はか弱い乙女だもの。『魔壊』」
「がっ………あっ………」
椿の中の魔術回路が、崩れていく。もう二度と、魔法を扱えない体へと、変化していく。
「ざんねん。これで貴方は、もう戦えない」
「貴様! 椿に何をした!」
「貴方も、お友達と同じがいいのかしら?」
流れるように、今度は、ドラゴの体に、『色欲』の手が触れる。
「『魔壊』」
瞬間、ドラゴの体に衝撃が走り、椿と共に、その場に倒れ込んでしまった。
「”誓約魔法“で男に対して弱くなってしまっている、って点に注目したのは良かったと思うわ。でもね、欠点を補う術を用意してないわけないじゃない」
女に対しては、”誓約魔法“によって強化された肉体で。男に対しては、男に対してしか効かない、その者の魔力を完全に破壊し、二度と戦闘できない状態に陥らせることのできる『魔壊』を。それぞれ使い分けて戦闘する。それが『色欲』だ。
「恐ろしいのは、これがラスボスじゃないってことかな……。はぁ……悪い夢であってほしいね……ほんと」




