Memory127
「やめておけ、『強欲』。余計な真似してみろ。ミリュー様が何言うかわからんぞ」
触手によって首を締め付けられ、意識を失いつつあった愛だったが、突如現れた1人の男によって、『強欲』と呼ばれた少女の触手の力が緩む。
「邪魔しないで『傲慢』。貴方は無能だから分からないだけ。有能な私には、ミリュー様が何をして欲しいのかがわかる」
しかし、『強欲』と呼ばれた少女は一歩も引く様子はない。一度決めたことは曲げないと、そう言いたげな様子だ。
「来夏というガキを逃した。おそらくアンプタのところに向かっただろう。そちらに加勢して欲しい。ここは俺達に任せておいてくれ」
そんな『強欲』の様子を見てか、『傲慢』の後ろに控えていた吸血鬼の男、『怠惰』がそう話す。
「なるほどね。手柄を横取りされるようで気に食わないけど、私は有能だし、今回は無能な貴方達に手柄を譲ってあげる」
そのまま『強欲』は愛の首を締め上げていた触手を引っ込め、その場から去っていった。
「危なかったな。俺が来なければ死んでたぜ」
「……さめ……じま……」
「どいつもこいつも、何で俺の名前を知ってやがるんだ? いつの間にか超有名人になっちまったみてえだな」
『傲慢』は愛に手を差し伸べる。そんな『傲慢』を見て、愛は困惑したような顔をしながら彼の手を取る。
「本当に、味方ってことでいいのかな?」
そんな2人の元に、物陰から1人の少女がやってくる。弓を扱う人造の魔法少女、ラカだ。
来夏がアンプタの元へ向かった後、ラカは『傲慢』の男の真意を探るため、彼の後をつけていたようだ。
「人気者すぎてストーカーまで出来るとはな。これがモテ期ってやつかい」
「言っとけよ。愛って言ったかな? 私の勘違いじゃなければ、多分貴方も私と同じで……その上、多分……」
「?」
「まあいいか。単刀直入に聞こう。愛、貴方は、前世の記憶があるね?」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「魔王……どういうつもりだ?」
「あのまま戦っていれば、お前は死んでいただろう。相打ちですらない。ただただ一方的に殺され、無駄死にしていた。だから止めた」
「やってみないと分からないだろ」
負けるかもしれないから、殺されるかもしれないから。そんなことで引き下がっていたら、今までの俺と同じだ。ただ怯えて、周りに任せて、無力なままで。そんなの、もう嫌だ。
それに、ユカリ達を殺したような奴を、いつまでも野放しにしたくはない。危険だというのもそうだが、何より、ユカリ達を殺しておいて今ものうのうと生きているのが気に食わない。早く始末しないと。
「大体、お前のことを完全に信用したわけじゃない。俺にとってお前は急に現れて、横から偉そうに話す奴って印象しかない」
「別に俺は、真実を述べているだけに過ぎない。俺はお前の敵ではない。ただ、あの状況でお前が奴に勝つことが不可能だと判断した。その情報に嘘偽りはない」
多分こいつには話が通じないんだろう。もういい。だったら。
「どけ。邪魔するなら容赦しない」
こいつを倒してでも、ユカリ達の仇を討つ。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「ぜ、前世の記憶、ど、どういうことなのかなぁ?」
「言葉の通りだよ。それに多分、貴方は前世で私と知り合いだった。多分ね」
「? さっきから何の話をしてるんだ? 前世の記憶?」
「だって、鮫島君の名前を知ってたんだから。だからきっと、多分同じだと思う。そうだね………私の前世の名前は、楽山カミラ。この名前に、聞き覚えない?」
愛は記憶を遡る。転生してから、楽山という名前を聞いた覚えはない。だが、どこか聞き覚えのある響きなのだ。
転生後に覚えがないのなら、それは……。
「僕達以外にもいたんだ………」
「僕“ 達”?」
「ああいや、こっちの話。まさか、同じ転生者に元クラスメイトがいるなんて思わなかったよ。僕は親元愛。同じクラスだったね、楽山さん」
「なるほどな。通りで2人とも俺の名前を知ってたわけだ」
つまり、愛とラカもとい楽山カミラ、そして『傲慢』の男、鮫島刻は全員元クラスメイトだということだ。死んで転生した愛とラカは、死ぬことなく生きていた鮫島の姿をお互いが認識していたことによって、互いが転生者であること、そして、元クラスメイトであるということに気づけたというわけだ。
「親元って確か、あのシスコンと仲良かった奴だよな」
「そうだね。シスコンの腰巾着だ」
「2人とも僕のことそんな風に思ってたんだ…」
「よし。元クラスメイトの仲だ。2人とも、ミリューがいる場所まで案内してやる。俺達3人で、ミリューの寝首をかいてやろう。幸い、あいつは俺のことを信用し切ってる。それに、いざとなれば俺の後ろにいるこいつが何とかしてくれる」
そう言いながら、鮫島は自身の後ろにいる吸血鬼の男を指差す。
「いいね。私は賛成」
鮫島の提案に、ラカは乗り気だが……。
「僕は遠慮しておくよ。探してる人がいるからね」
愛は鮫島の提案を跳ね除ける。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「んじゃ、黒沢にもよろしく言っといて〜」
ラカは手を振りながら、この場を去っていく愛を見送る。ちなみに、愛は黒沢ことクロのことも2人に伝えておいた。
完全に愛の姿が見えなくなった後、ラカは振り返り、鮫島に話しかける。
「で、私はこれから何をしたら………いい……」
「馬鹿だなぁほんと」
「あ………れ………」
振り返った時には、既にラカの腹部には赤黒いナイフが突き刺さっていた。
「元クラスメイトってだけで信用するなんてな。ま、おかげで楽に殺せて助かったんだけどな」
「ふざ……け……」
「俺はあの人についてくって決めてたんだ。残念だったな。俺もあの人の従順な部下だったわけだ。ところで……」
鮫島はラカの首根っこを掴み持ち上げる。
もう片方の手で、彼女の腹部にあるナイフを掴みながら、彼は問う。
「カナって魔法少女、生きてるんだってな。どこにいるか聞かせてくれないか?」
「言うわけ……」
「言ったら生かしてやってもいいぜ? ほら、答えろよ」
「だま………れ……」
ラカは最後の力を振り絞り、鮫島に向けて魔力を放とうとする。が。
「あ、悪い」
ゴキッと。鈍い音が響き、そのままラカの腕は力を失い、真下へ垂れる。
「ま、しかたねえよな。殺されそうになったんだし」
「刻。こいつは仮死状態で死を誤魔化すことができるらしい。念の為、絶対に復活できないようにしておいた方がいい」
「だな」
吸血鬼の男の助言を受け、鮫島はラカの腹部に刺さっていたナイフを掴み取り、何度も何度も、念入りにラカの体を刻み込む。
「ちゃんと撮れてるか?」
「ああ。バッチリだ」
言いながら、吸血鬼の男は手に持っていたカメラを持っていたカバンに仕舞い込む。
「黒沢と、カナ、だっけか? とりあえず次の標的は決まったな。この映像も、いい土産になりそうだぜ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「これで分かっただろう。今のお前では俺には勝てん。大人しくしていろ」
敵わない。流石は魔王を名乗るだけはある。こっちの魔法、一切効いてないというわけではないが、一つ一つ確実に対処してくる。実力自体は拮抗してるように思える。けど、長くやればやるほどこちらの魔力は消費してしまうし、段々向こうが有利になっていくだろう。
なら……。
「“ブラックホール”」
逃げる。
別にわざわざ魔王を倒していく必要はない。ただ邪魔になるだけで。最悪、魔王と追いかけっこでもしながらユカリ達の仇を討つ方向でやってもいい。
そう思った俺は、ブラックホールを展開し、なるべく長距離をワープする。
多分魔王もすぐ俺に追いついてくるだろう。でも問題ない。あいつは俺が勝てないと思ってるから止めてきただけだ。なら、魔王が来る前に俺があの魔法少女に勝てばいい。
「絶対に殺してやる」