Memory126
ラカの加勢により、2対2の戦いが始まるかのように思われたが……。
「あーやめだやめ。試合終了」
人間の男の宣言により、戦闘は強制的に終了させられた。
「はぁ!?」
「………何が狙いだ」
ラカも来夏も、男の発言を完全には信用せず、探りを入れる。が、本当に男はやる気がないようで、実際、男がやめだと言った途端に後方に控えていた吸血鬼の男も自身の魔力の解放をやめ、手を後ろに組んで佇んでいた。
「えーとな。まず俺ら7つの大罪は、ミリューっていう奴の部下的なもんなんだが」
「何でもかんでもは話さないんじゃなかったのか?」
「細かいことは気にすんな。ま、7つの大罪はほとんどがミリューに従順だ。『影』を含めた2者はミリューに心酔してるし、他3者はそもそもミリューに造られた存在だから当然ミリューに従うようになってる」
けどな、俺らは違うんだ。と、人間の男は後方に控えている吸血鬼の男を親指で指しながら言う。
「俺は元々こいつと組んでた。そこにミリューが割って入ってきて、協力しろって脅してきたんだ。だから従ってるってだけで、別に俺はミリューの従順な僕でも何でもないんだよ」
「じゃあ何で私を束達から引き離したんだよ」
「仕方ねぇだろ。アンプタは7つの大罪の中で一番危険って言っても良い。何たってあいつは問答無用で四肢を切断できるんだからな。いくら強かろうが、一度対象に設定されちまえば一瞬で殺される。お前ら魔法少女組の中で、櫻と来夏は格別クラスだって聞いた。流石に主戦力2人を失わせるわけにはいかないからな」
ミリューに対抗する魔法少女として、櫻や来夏を失いたくはない、というのが男の主張らしい。が…。
「悪いが、お前らの思惑には乗らない。戦闘をやめるって言うなら、私は今すぐ束達の元に戻ってそのアンプタって奴と戦う」
来夏は男の主張を容認しない。自分だけ生き残ったって仕方がないからだ。仲間が、友達が、ピンチに晒されている。それだけで、来夏にとっては死地に向かう十分な理由たり得るのだから。
「そうか、残念だ」
ただ、案外男は来夏を引き止めるそぶりも見せず。
そのまま来夏は、束達が元いた場所へと向かうのだった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「何者だ? あんた」
来夏の姉、去夏もまた、1人の女と接触していた。
「何者でも良いでしょ? どうせすぐ死ぬんだから」
女は周囲にバチバチと電撃を鳴らしながら去夏に近づく。
(魔族……か)
去夏は即座に戦闘体勢を整え、構えるが。
「遅いわ」
本当に瞬きをしている間に、目にも見えない速さで魔族の女は去夏に接近し、その掌は去夏の腹部に触れていた。
「雷撃」
去夏の全身を激痛が襲う。一時的なものではなく、魔族の女が触れている間、ずっと流れ続ける電撃が、去夏を苦しめ続ける。
「こ……………っのっっっ!」
何とか力を振り絞り、後方へと体を退避させる去夏だったが、今の一瞬で、かなりの体力を失ってしまった。
「もっと強いって聞いていたのだけれど、拍子抜けだったわ。もっと別のと戦った方が良かったかしら?」
そう言いながら、魔族の女は人差し指をくるくると回しながら、徐々に黒い塊を作っていく。
(あの雷撃の威力……魔族だから当然かもしれないが、普通の魔法少女よりも強力なものだったな……。いや、下手したら来夏よりも……)
「避けなきゃ死ぬわよ」
「ちっ………」
魔族の女は、自身の手で生成した闇の塊を去夏に向けて放つ。スピードはそこまで出ていない。が、威力はそれなりにあるものだというのは去夏の目から見ても明らかだった。そのため、去夏は素直に闇の塊を回避する、が。
「甘いわね」
隙をついて背後に回った魔族の女に。
「が………はっ………」
その腕で、腹部を貫かれた。
「強いらしいけど、腹に穴開けられちゃ生きてられないでしょ?」
「くそ………がっ!」
去夏は力を振り絞り、背後にいる魔族の女を全力で殴り飛ばす。
が、致命傷は与えられない。ただ一撃女に浴びせただけ。
「痛っ……! 野蛮ね。女らしさを微塵も感じられないわ」
「それで………結構………。私は……私だからな………」
(悪い……来夏……千夏………)
去夏の意識は、もう限界だった。
「もうお休みなさい? 残念。もう少し楽しめそうだったのに」
去夏が最後に聞いたのは、そう呟く魔族の女の声だった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「猿姉?」
束達の元へ向かう来夏だったが、ふと、嫌な胸騒ぎを感じ出す。
姉妹だから、去夏のピンチを感じ取ることができるのか、定かではないが、来夏はそれを感じ取ることができた。
だが………。
「今は束達の方だ。アンプタって奴が一番ヤバいっぽいしな。それに、猿姉なら大丈夫なはずだ」
来夏は去夏を、姉を、信用している。
だからこそ、ここで去夏よりも束達を優先してしまった。
本当に姉がピンチに陥っているにも関わらず。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「クソっ、僕は運動は嫌いなんだよ!!」
悪態をつきながらも、愛は必死で逃げる。後ろでは不気味な笑みを浮かべた少女が、背中から生えた触手をブンブンと振り回しながら愛に牙をむこうとしていた。いや、牙ではなく触手なのだが。
(僕に戦闘能力はない……から、櫻とか来夏あたりに合流して助けてもらうしかない。最低でも束くらいとは合流しておきたい……)
本当に、愛には一切の戦闘能力が備わっていないのだ。元々アストリッドに造られた体ではあるが、アストリッドはそこまで戦闘能力のある部下を求めていなかったようで、残念ながら愛には魔力はあるが、それを使うすべを持ち合わせていない。だから、今この状況でできることは、ただ逃げることだ。
だが。
「あぐっ…」
いつまでも逃げ続けられるわけではない。愛は前世の時点で体力がなく、あまり運動をしてこなかった。今世では肉体が変わっているので、体力に多少の変化はあるのじゃないかと、そう思うかもしれないが、前世で全く運動をしてこなかった人間が、肉体が変わったからといって、いきなり運動ができるようになるだろうか?
もし肉体が変わっただけで運動能力が飛躍的に向上するのであれば、この世界にスポーツ選手な存在は必要ないだろう。だって、もし肉体が変わっただけで運動能力も段違いになるというのなら、それが意味するのは努力よりも才能の方が大切だということになってしまうのだから。
運動がある程中できる人間は、それに伴う努力を行っているのだ。勿論、生まれつきある程度は差がついてはいる。全員が全員全く同じ土俵に立っているなんてことはあり得ない。だがそれでも、最初から信じられないほどに他者と体力に差が付きすぎているなんてことは考え難いのだ。最初から差がついていたとして、それは幼少期の積み重ねなども含めてその状況になっている可能性もある。
だから、結局今世でも愛の体力は少なかった。つまり、スタミナ切れにより、魔法少女に触手で捕えられてしまったのだ。
「い、一旦話し合わないかい? 僕達分かり合えると思うんだ」
「無能と話すことはない。有能な私の脳みそが、無能のお前に影響されるのは困る」
「ほ、ほら、触手ってエロくない? 僕触手プレイ結構好きなんだ! 僕と君、性癖結構合うと思うんだけどなぁ〜?」
「きも。低俗な人間は、考えてることも低俗なんだね。そんなに好きなら、お望み通り、貴方の大好きな触手で絞め殺してあげる」
愛の首が締め付けられる。
(やば……苦し………だれ……か……)
触手を扱う少女は、一切緩める気配がない。
(たす………け………)