Memory124
3対1といっても、主に来夏と戦闘しているのは、人間の男だけだった。『影』と吸血鬼の男は、基本的に人間の男のサポートに回っていたためだ。『影』は人間の男を、A座標からB座標へと移動させ、攻撃の回避や、逆に来夏へと接近し、不意打ちを仕掛けるためのサポートを行っている。吸血鬼の男は、自身の腕をナイフで刺し、自身の血を人間の男の武器へと変換することで、人間の男のサポートを行っていた。
人間の男は、吸血鬼の男から生成された血を、ナイフや投擲用の剣などに変換させ、それを用いて来夏と戦闘を繰り広げている。厄介なのは、その血の使い道は武器だけに限らないということ。大量の血を空中に自由に浮遊させ、周囲の視界を遮ることにより、強制的に死角を作り、視界外からの攻撃を可能にするほか、『影』の力によってワープする際にも、ワープしたということを悟らせないように周囲を血で覆うなど、その使い道は多岐にわたる。
来夏の方も、敵のやり口に翻弄され、攻めるに攻められない状況が続いていた。元々3対1だという不利な状況に加え、仮に攻めたところで、敵が血による陽動をメインに戦っているせいか、カウンターが飛んでくる可能性が極めて高い。
しかしかといって、攻めの手を緩める来夏ではない。
来夏の魔法の属性は、『雷』。雷属性の一般的な魔法少女は、主に後方支援として戦うことが多い。つまり、遠距離からの攻撃、それに関しては、前衛と比べてカウンターのリスクは低く、また、雷属性の戦い方として理にかなっているのだ。前線に出る来夏の戦い方が特殊なだけで、普通の雷属性使いの魔法少女は、体中に電撃を纏わせながら敵と相対するという器用なことはできない。せいぜい後方から電撃を浴びせるのが精一杯だ。
「雷撃!」
「血壁」
まあ結局遠距離から攻撃したところで、血の壁によって防御されてしまうのだが。
「もっと攻めてこいよ、ガキ相手にびびってんのか? おっさん」
故に来夏は、方針を変えることにした。自分から責めに行くわけでもなく、かといって遠距離から攻めるわけでもない。
つまり、相手からこちらに向かってくるよう誘導し、カウンターを狙う。そのために、まずは相手を挑発することから入る来夏だったが…。
「口の利き方がなっていないな。お兄さん、だろ?」
相手は大人。まるでガキの戯言だと一蹴するかのように、そう返すだけ。
(チッ…。一見実力は均衡してるように見える……が、あっちは体力が単純計算3倍みたいなもんだ。長期戦をすれば、いずれこっちがジリ貧になって負ける)
このまま現状維持というのは、流石に厳しいだろう。だからこそ来夏は、短期決戦へと持ち込むことにした。
(この一撃で、決める。別に3人同時に持っていく必要はないんだ。1人持って行って、崩しにいく)
「『雷槌』………」
来夏の手のひらに、電撃が集中する。
敵の三方は、来夏の急激な魔力量の変動に、警戒心を強める。
(ああそうだ。それでいい……)
やがて雷撃は、来夏の手のひらの中で一つの槌へと形取っていく……。
「させるか!」
しかし、来夏が何か行動を起こす前に、仕留めてしまおうと、『影』が1人来夏の背後へと回り、妨害しようとしてしまう。
そう、妨害しようとしてしまった。
「かかったな」
来夏は自身の腕でせっかく集中して完成させた槌を一瞬で放棄する。集めた電撃は霧散し、再び来夏の体中に収納されることとなる。
そして来夏は、一瞬で体を180度回転させ、『影』の体に触れる。
「雷撃」
バチバチッ!と『影』の体中に電撃が走る。電撃で痺れているせいか、悲鳴すらあげることができずに、『影』はそのまま地面へと倒れ伏す。
そう、来夏は最初から、『雷槌ミョルニル』を放つつもりなどなかった。来夏の狙いは、相手を焦らせ、カウンターを狙うこと。
「まずは1人。さて、お次はどいつだ」
『影』は倒した。これにより、相手のワープによる翻弄はなくなった。一番恐れていた闇討ちの可能性は、限りなく低くなった。
「で、結局あんたら何もんだ? 大方、組織の回し者か何かなんだろ? アルファ達のこと、裏切り者なんて言ってたわけだしな」
1人削り、少し余裕のできた来夏は、相手に会話を投げかけてみる。敵は何人いるのか、何が目的なのか、それを探るために。
「ああ。そういう認識か。ま、そこら辺は適当にそう認識しておいてくれ。肩書きで言うなら、7つの大罪ってやつになるらしいぜ。ちなみに俺は『傲慢』。後ろのは『怠惰』。そこで伸びてるガキは『嫉妬』だそうだ」
1人戦力が削られたというにも関わらず、男は特に焦る様子もなく、落ち着いた様子で来夏の問いに答える。その様子に少し不信感を抱きながらも、来夏は会話を続ける。
「気になることは色々あるが、そもそも何であんたはそいつらと手を組んでるんだ? というか、ただの人間の男なのに何で戦えてるのか……」
「何から何まで答えるとでも思ってるのか? ま、別に答えたところでこっちに不利益はないから構わないんだけどな。そうだな……俺が戦闘できている理由に関しては、後ろにいる吸血鬼と契約を交わしたからだ」
人間の男が言うには、契約を交わせば、自身の血を飲ませることなどを条件として、契約した吸血鬼の血液を自在に操ることができるようになるらしい。同時に、契約した吸血鬼との間でパスが繋がり、魔力も一部共有。さらには身体能力の向上なども起こり得るらしい。ただし、“誓約魔法”による契約であるため、破ればペナルティがある。例えば男の場合、吸血鬼に血を飲ませなければ死ぬ、というペナルティが課されるのだ。
「そこまでして、何が目的なんだよ」
「おっと、突っ込みすぎだぜ。何でもかんでも答えると思うなって言ったよな」
「ま、別に私には関係ない。敵ならぶっ飛ばす。ただそれだけだ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
なんてことはない。ただふと少し、気になっただけなのだ。皆、何を話しているのか。今後の方針は、どうなっていくのか。俺はもう彼女らと共に行く気はない。けれど、別に敵対するつもりもないわけだから、少し作戦を覗き見しようと思っただけなのだ。なのに……。
なんなんだ、この光景は。
濃すぎて、もはや黒色なんじゃないかと思うほど、真っ赤な血液によって染め上げられた地面。
当然、血液がそこにあるということは、それを流した者もその場にいるということ。
異様な光景だった。
俺の知っている彼女達が。
八重が、照虎が、束が、魔衣さんが……。
櫻が助け出した、3人の人造魔法少女に加え、ユカリまでもが。
その全員が、四肢をもがれた状態で地面に横たわっていたのだ。
どう考えても、死んでいる。生きていられるわけがない。魔族であるからか、かろうじて魔衣さんだけ息があるように感じられるが、このままじゃ助からないことは明白だ。
「お前が、やったのか?」
俺は、俺の目の前にいる、1人の魔法少女に話しかける。
「そうだよ。忠告を聞かずに、裏切り者を庇おうとしていたから。馬鹿だったから、殺した。別に、こいつらは殺しても困らないから」
魔法少女の姿をしているから、もしかしたら、違うのかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが、それは一瞬で破壊される。
こいつは……。
こいつが……、ユカリ達を……。
殺しただけじゃない。ユカリ達を馬鹿だと…、下に見て、蔑む始末。
こんなこと、許していいのか?
いいわけないだろうが!!!!!!
俺が、間違ってた。
命を奪ってはいけない。それは確かにそうかもしれない。
けど、それは甘えだ。
取りこぼしてからでは遅いのだ。何もかも、手遅れになってからでは、何も生まれないのだ。
だから、また失った。同じ過ちを、二度繰り返した。
許せない。こいつのことも、それを引き起こしてしまった自分自身も!!
この世界には、救いようのない悪がいる!!話の通じない奴もいる!!
俺は、それを見誤った。何もかも、遅い。遅かったんだ……。
俺が、殺さないと。
こいつの息の根は、俺が止めないと。
「お前は……俺が殺す。楽に死ねると思うな」
「馬鹿ばっかり」
このゴミは、俺が始末する。