Memory120
鬱陶しい。失敗作のくせに、ここまで私を翻弄するなんて。
死に損ないはもう動くことはないだろう。多分、こいつは死後、自身の肉体に魔力を付与することによって、自動で敵を撃退するようにしていたんだろうが、見たところ、彼女の死体にはもう魔力は残っていない。警戒の必要は0と見ていい。
しかしはっきり言って、ここまでしてやられるとは思ってなかった。絶対防御装甲の破壊に関しては、そこまで大きな問題ではない。あれは元々、朝霧去夏対策用に魔法少女から奪った力に過ぎなかったし、それが失われたところで、私自身のスペックは変わらない。多少去夏と戦うのが面倒にはなるが、まあ、去夏にはルサールカをぶつけとけばいいだろう。双方潰しあってくれれば、こちらとしても楽でいい。
ただ、問題なのは、ラカとかいう失敗作だ。絶対防御装甲が破られたからではない。ただ、漠然と、この失敗作は、何か大きな隠し事をしている気がしてならない。
死んだふりもそうだ。魂の存在を知覚できるはずの私が、失敗作の死に気づかなかったのは何故か?
はっきり言って、今でも分かっていない。
はっきり言って、櫻やアストリッドよりもやりにくい相手だ。私にとって、相手の情報を知れないというのは、不気味で仕方がない。
「意外だったよ。スペックで言えば、カナが1番高かったはずなんだけど、まさか君が私に楯突くなんてね」
「カナは鋭いけど純粋だ。いくらあんたが悪意を持って私達に牙を向こうとしていても、カナは相手の善性を信じてしまう。そういう意味では、あんたの悪意に気づける私の方が、カナよりも上だったのかも、なんてね」
弓を構え出したな……。遠距離戦に持ち込むつもりか。
確かに、今の私は絶対防御装甲を失っているし、近接戦よりも遠距離に持ち込みたい気持ちはわかる。けど、流石に私を舐めすぎだ。
世間を知らない小娘に、一度死を経験した私が劣るはずないのだから。
距離の詰め方なんて簡単だ。少し疲れてしまうのがネックだが、要は全速力で失敗作の懐に入り込めばいいだけのこと。
私は全速力で駆け、失敗作との距離を詰める。
向こうは矢を放つが、私のスピードに、奴の矢が追いつくはずもない。
「キャハハ! 死ねぇ!!!」
さよなら。
何を隠してたのかは知らない。けど、死んだら意味ないよね。
……………は?
「魂融合」
何で、私が……。
これは……血?
なん……で……。私の体に、血?
魂融合? 何のことだ? 何をした?
ありえない。私の体は、魂による防御と、魔法による防御の二重結界だ。絶対防御装甲の破壊に関しては、絶対防御装甲に魂や魔法による防御が施されていないからという理由で納得できる。
けど、私の体に傷をつけたのは………どうやった?
どうすれば、ここまでの魔力を、それもただの失敗作が持てる?
意味が、分からない。
だって、こいつは……。
「隠してて正解、かな?」
魂が……2つ?
「何で二つも魂を持ってるのかな…?」
「教えて欲しい? いいよ。冥土の土産にしな。…私さぁ、どうも前世の記憶ってものがあるみたいでね」
とりあえず、怪我を抑えつつ、失敗作との距離を取ろう。一旦こいつに情報を吐かせながら、私の体の治癒をしなければ。
「逃すわけないだろ」
クソっ、こいつ、私の肩を掴みやがった!
力が強すぎる……。これが魂二つ分の力か。
「タマとナヤのこと殺しておいて、平然と生きていられると思うなカスが」
「分かった。こうさんこうさん。大人しくするから、からくりを聞かせてよ」
しかし、こいつの話には興味がある。
前世持ち……つまり、黒沢君と同じってことかな。
じゃあ、こいつももしかしたら……。
しかし、だとしても、魂を2つ分所持しているというのは、意味がわからない。
私は魂がストックできるというこの体の特性のおかげで、複数の魂所持を可能にしているからわかる。
でも、こいつの体はそうじゃない。前世持ちだからという理由で説明しようにも、黒沢君は魂の在り方こそ他とは若干異なるものの、魂自体はそれひとつのみしか存在していない。
「やっぱりムカつく。今ここで殺しておかないと」
「へー。じゃあ、押しちゃおうかな、このボタン」
「何…?」
私は懐から、一つのスイッチを取り出す。
特に押せば何か起こるというわけではない。けど、そんなこと、こいつにはわからない。
「カナちゃんの体の中にある爆弾を、起爆させるボタンだよ。当然だよね? 君達は私が作り出してあげたんだ。だから、君達の体には、爆弾が埋め込まれている」
「…‥ハッタリだ。もし仮に爆弾が埋め込まれているなら、私のことをいつでも爆殺できたはず……なのにそれをしなかったのは……。そもそも、私はお前が私達の製作者だなんて聞いたことも……」
ああ、そうだよ。ハッタリさ。でもね……。
「完全には否定しきれない、でしょ? それに、私が製作者なのは間違いないよ。君達を魔法省に提供して、魔法省内部の情報を探ろうと思って君達を造ったんだ。その証拠に、私は魔法省が保管している情報を、ほぼ全て網羅している」
人造魔法少女なんて、そう簡単に造れるような代物じゃない。組織だって、何万という失敗を重ねて、クロやユカリを生み出したのだから。
でも、私は少し違う。
私は、魂の存在を知覚することができる。だから、組織の奴らよりも、私の方が効率良く、人造の魔法少女を生み出すことができるのだ。カナ達を“失敗作”だとして切り捨てることができるのも、私にとっては不必要かつ、組織ほど人造魔法少女に価値を感じていないからこそできることだ。
組織は人造魔法少女を捨て駒として扱いはするが、やはりどこかでその希少性を認めてはいるわけ。だから、クロを洗脳して無理やり従わせたり、なんて手段に走ったりしたわけだ。勿論、必要になればクロを切り捨てれるだろうけども。
「話の続き、してもらおうかな?」
「わかった……。私は……前世の記憶があったんだ」
魂を二つ同時に所持……。おそらく、急激な魔力の増強はそれによるものだろう。
「前世じゃ、弓道部だった。弓が上手いのは、多分その影響」
そして、私がこいつの死んだふりに気付かなかったのも、こいつによる偽装工作。
魂が二つ存在している性質を利用して、私に魂を認識させないように、2つの魂の知覚されにくい部分を合わせ、私の目を欺いたのだろう。
同じ容量で、私と戦っている時も、魂を一つに見せかけていたんだ。
「別に、特段話すこともないんだけど、ただ、死ぬときは、わけわかんなかったな」
そして、私の体を傷付けるほどの魔力………。
魂を二つ分所持しているだけじゃ、魔力総量は変わらない。じゃあ、何故?
「でも、生まれ変わって、カナ達と出会って、それで……」
いや、そうか。
私の認識が間違っていた。
知覚できにくい部分を合わせたところで、死んだ状態の魂に見せかけるなんてこと、不可能だ。
なら多分、本当に仮死状態にすることで、魂の知覚を不可能にした。けど、それは二つのうち、一つの魂が生きている状態だからこそできるものであって、仮にそれをしたとしても、もう一つの魂は生きているわけだから、結局は知覚できてしまう。
けど、多分彼女は、二つの魂を、それぞれ切り替えているのだ。
そうか、こいつは、自分の体内に常に魂を二つ置いているわけじゃない。
「でも、そんな日々は、突然壊されたんだ……。あんたによってさ!!」
私の手に持っているボタンが、失敗作の持つ短剣によって弾かれる。まあ、最初からそれを狙っていたんだろう。分かってはいたよ。でも、無駄さ。君のからくりは、理解した。
それに、君のおかげで、私はもうワンステップ。上へ行ける。
「お前なんか……死ね!」
「魂融合」
ありがとう。これでもう、恐れるものはない。
「あがっ……」
でも、残念だけど見逃すわけにはいかないね。
黒沢君みたいに、対応が可能ならば残して私の来世のための観察対象としてもいいんだけど、君は少々読めないから。生きてられちゃ困るんだよ。
「魂の融合、か。面白い技だ。これによって、一時的に魔力総量と身体能力を飛躍的に向上させることができる。魂を複数持つものにしかできない芸当だね。でも、だからやっぱり私にもできるんだ。元の身体能力は、私の方が上。だから必然的に、同じ技を使えば、私の方が勝つ。結果的に、君は敵に塩を送ったんだ。お疲れ様、そしてありがとう」
私は、失敗作を、倒れて気絶している失敗作の方へ投げ捨てる。ああ、なんて優しいんだろうな、私って。これは慈悲だ。寂しくないように一緒に殺してあげる。
さて、このくらいの出力なら、クロは巻き込まれないかな。
アレは未来への保険として、置いておく価値は一応あるからね。
「でも、面白いなぁ。君、前世の人格と、ラカっていう今世の人格と、二つあるんでしょ? まあ、人格自体は限りなく交わってるのかもしれないけれどさ。基本人の体って一つの魂しか持てない、だから君は一つ体内に所持して、もう一つを外に出す形で二つの魂の所持を可能にしていたんだね。そして必要な時は二つの魂を融合させ、一つにすることによって、身体能力と魔力の底上げをはかった。という感じかな」
私は魔力を極限まで圧縮させた、魔力の塊を作り出し、2人に向けて放つため、照準を定める。
「魂は別にして、人格はある程度混ぜ、その上で記憶は完全共有。か、中々面白いことをするね。二重人格、というわけではないだろうし、少し難解な状態というわけかな? ふむ。前世の人格の魂を入れている時は、どちらかというと弓道に打ち込み気味な自分になって、今世の人格を入れている時は、カナ達との時間が好きな自分になる。とか、そんな感じかな? 大方、人格そのものの変更というよりかは、多少の趣味嗜好の改変が行われると考えた方がいいか。いや、中々に面白い体質だね。できれば私の実験体として残しておきたかったんだけど。ま、仕方ないかー。残念。じゃあね」
ちょっと勿体無いけれど、仕方ない。私は圧縮させた魔力を、2人に向けて放つ。
「カナ!!!!」
ラカはカナを庇うようにして前に出る。
でも、意味ないから。
「うん。思った通り」
次の瞬間には、その場には2人の姿なんてどこにもない。
「あちゃー。火力高すぎたかな? 遺体すら残らないなんて。人2人消滅させちゃうほどの火力かぁ。とんでもないや」
始末完了。さて、思わぬ形で手に入れたこの力だけど、今の私なら、もしかしたら……。
へへへ……。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「間に合ってよかったよ。何分、私は盲目なものでね。少し手間取ってしまった。申し訳ない」
そう語りかけるのは、少し大人びていて、紅葉色の髪を持った、盲目の少女だ。手には、如何にも魔術!といった感じの魔法陣が表紙になっている、少し古びた本が握られている。
「もしかして………助けてくれたの?」
そう語りかけるのは、ラカと呼ばれる、人造の魔法少女だ。彼女は、盲目の少女によって、ミリューが魔力を放つ寸前に、カナと共に救出されていたのだ。
「うん。助けたよ。正直、ギリギリだったけれどもね」
「あ、ありがとう……。でも、貴方は一体……」
「そうか、自己紹介が遅れたね。申し訳ない。こんないかにも不審なやつ、信用できないのも無理はないか」
盲目の少女は、少し申し訳なさそうにしながら、ラカに話しかける。
「私の名は古鐘。うん、そうだね……。簡単に私の自己紹介をするとすれば………限りなく最古に近い魔法少女、なんてのが適切かな?」
古鐘という少女は、ラカを安心させるためか、穏やかな笑みを浮かべながら、そう告げた。
ラカに関しては、なんか魂2つ持ってて、前世の記憶がある、という認識でおけです。長々と書いてますけど、結局言いたいことってそれだけなので。