Memory118
クロvsカナの戦いは、カナの方が優勢な状態で進んでいった。
というのも、カナの方は、クロのことを仲間の仇だと考えているため、全力で、しかも殺しにいくつもりで攻めることができているのだが、クロの方はそうではない。
クロにとって、カナは敵ではない。敵ではないどころか、味方とさえ認識しているのだ。それに、クロにとっては、カナは救うべき対象でもある。だからこそ、クロはカナに対して、本気で対峙することができない。
「待って、カナ! 何か勘違いして」
「またわたしをだまそうとしてる! もうだまされない! ぜったいにころす!」
カナに話が通じることはない。カナの目に見えているのは、仲間の仇を討つこと。ただそれだけ。だから、クロがいくらカナに語りかけようと、その言葉はカナに届くことはない。どころか、カナからすれば、再び自分を騙そうとしているのだとしか認識することができないのだ。
クロの体に、次々に傷がついていく。
最初は、擦り傷程度のものだけだったが、戦闘が長引くにつれ、クロの傷は深くなっていく。
途中でカナの説得を諦め、一旦無力化してから話を進めようとすれば、ここまで傷つくことはなかっただろう。しかし、クロにとって、カナはまだ幼い少女。できれば手荒な真似はしたくなかった。
だが、その判断によって、クロはどんどん追い詰められていくこととなる。
クロが本気を出そうとするその頃には、すでにクロの体は限界を迎えており。
「トドメ!!」
クロの体は、カナの持つ双剣によって貫かれてしまい……。
(あ……これ………し……)
そのままクロの意識は、記憶の奥深くへと落ちていった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「や……った……?」
カナがクロの腹に刺した双剣によって、クロは腹部から血液を垂れ流しながら、地面に倒れ伏す。
「はは………わたし………ひと………ころして………」
仇を討ったのに、手応えはなく。ただ、人を殺したのだという、その事実が、自身に重くのしかかる。
「やくそく………まもってよ……」
クロの物言わぬ姿を見て、カナはポツリとそう呟く。
その言葉に込められた意味は、約束を守ってくれていれば、殺さずに済んだのに、というものも、含んでいたのかもしれない。実際には、クロは約束を破ってはいないのだが、そんなこと、カナが知る余地はない。
「お疲れ様ー。よく頑張ったね」
そして、そんなカナの元へやってくる人影が、1つ。
拍手をしながら、カナの元へやってきたのは、紫色の髪をツインテールにし、邪悪な笑みをその顔に貼り付けた少女、ミリューだ。
「だ、れ……?」
「んー? 私? 私はねー。一応ミリューと名乗っておこうかな。あ、そうそう。仲間の仇討ち、できたね。おめでとう!」
ミリューはパチパチと、胡散臭い笑みを浮かべながら、カナに向けて拍手を送る。
「でもざんねーん。君の本当の仇は、クロじゃありませーん」
そう言いながらミリューは、自身の体を霧で覆い、その姿を変容させる。
「ま……って、どういう……」
クロの姿になったミリューは、霧を何度も出し、クロの姿からミリューの姿へ。そしてまた、ミリューの姿からクロの姿へ、と、何度も何度も変身を繰り返し、カナに見せつける。
「君の本当の仇は私だよ。クロは約束を守ってたんだよ。君を助けるためにさ。でも遅かったね。クロは君が殺しちゃったんだ。その手でさ」
ミリューはクロが死んでいるとは思っていない。生きているのは知っている。だが、ここでは殺しておいた方が、カナにとっての精神的ダメージは大きいだろうと、そう判断した。
「そ、んな…………わたし………そんなつもりじゃ…………うそ…………」
カナは絶望し、震えている。
その様子を見て、ミリューは楽しくて仕方がない。
「ごめん……なさい………わたしの………せいで………わたしの………かんちがいで………」
カナはうわ言のようにぶつぶつと言葉を紡ぐ。
「んー。一旦気絶させとくか。壊さずにおいといた方がまだ楽しめそうだし」
そう言い、ミリューはカナの意識を失わせる。
「素材がいいし、もっと面白い使い方できそうなんだけどなー」
この場は自分が支配した。もう誰にも邪魔はさせない。と、全知全能に浸っているミリュー。
だからこそ、彼女は気まぐれに、自身の行動を決定する。
「やっぱ殺すか。おいといても意味ないや」
言いながら、ミリューはカナに向けて、槍を向ける。
それはかつての仲間、ナヤが使っていた槍であり……。
「じゃあね。中々に滑稽で面白かったよ」
そして、ミリューはその槍を持って、カナを突き刺す………。
ことはなく……。
「は?」
ミリューの腕から、槍が飛んでいく。
(はじかれた?)
「好き勝手してくれてさぁ。本当ムカつく」
そう言って奥から現れたのは……。
「なんで生きてるの?」
「私達のこと、実験動物かなんかだと思ってるんだろうけどさ。知ってる? 動物って、死んだふりするんだよ。自分の身を守るために、さ」
弓を構え、ミリューの持っていた槍をその矢で弾き飛ばした、自由人な少女。
「2人目の首を取った後に確認しておくべきだったか」
「なんなら私の首も取っておけばよかったかもね。そんなことされちゃ流石に死んだふりも意味ないからさ」
カナと同じく、人工的に生み出された魔法少女。
その1人である、ラカと呼ばれる少女が、この場に立っていた。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「影さん。計画は順調でしょうか?」
魔法省大臣。その大臣の秘書である男は今、影と呼ばれる、ミリューと行動を共にしている少年と話を交わしていた。
「順調なんじゃないですかね。魔法省の情報も抜き終わりましたし、無能な大臣はそのことに気づいてすらいないようですから。ぼくとしては、もう少しあの無能な大臣の無様な姿を拝みたいんですが」
「大規模破壊。その時に、ルサールカと魔法少女を潰し合わせる……でしたか。上手くいけば、ミリュー様が天下を……」
「まあ、どちらかに戦力が傾くようでしたら、その時はアルファが調整してくれることでしょう。ベータやガンマはミリュー様の指示に従いにくいようですが、アルファはたっぷり調教してありますからね」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「貴方が、アルファ……」
櫻はベータの紹介により、人造魔法少女の1人である、アルファと出会っていた。
本来、アルファは魔法省大臣、正井羽留利のボディガードとしての役割をになっているらしいが、ベータがその役を変わることで、櫻との邂逅を果たすことができたのだ。
「私に何か用か? 申し訳ないが、私は君達に協力できない」
一見、見た目は綺麗に整っているように見えるが、アルファの目は淀んでいる。その髪は、確かに手入れされていて、綺麗な紅色をしているように見える。だが、どこかくすんでいるような、そんな印象を、櫻は受けた。
まるで、何もかも諦めてしまったかのようだ。
「貴方を、助けに来たの。このまま、魔法省にいいように使われたままでいいの?」
櫻は問いかける。魔法省の本性は、今までの情報で大体分かった。魔法省そのものとの協力は不可能だ。そして、アルファ達の扱いも、まるで道具のようであるということは、ガンマやベータの話から推測した。
だから、助けなければいけない。
そう櫻は思ったのだ。
「魔法省に………か。別に構わない。どうせすぐ終わる。それに、私にそれ以外の存在価値などない」
だが、櫻の言葉は、アルファには1ミリも届きはしない。
アルファにとって、もはや希望などとうの昔に捨ててしまっているのだから。
「そんな悲しいこと………言わないで。きっと、貴方にだって…」
「言いたいことはそれだけか? 悪いが、ここに来た時点でお前は私の敵だ。死んでもらう」
そう言いながら、アルファは戦闘体制へと入る。
「「召喚・『桜銘斬』!」」
2人の声が重なる。
「なっ、なんでそれを……」
「どうせ、誰も私に敵わない。私に勝てないなら、ミリュー様にも勝てない。私を助けたいなら、まず私より強いことを証明してみろ」
そう言うアルファは、全てを諦めているようで、しかし、心のどこかで助けを望んでいる。そんな風に、櫻には聞こえた。だからこそ……。
「うん。絶対勝って。貴方を助けてみせるから!!」
櫻は真っ直ぐに、アルファの目を見てそう告げた。