Memory11
「はぁ……はぁ……なん…で……使え……ない…!」
「うーむ。何か条件でもあるんですかねぇ」
「魔法少女達と戦った時は使えたんだよね?」
「……うん。最初は……一か八かだったんだけど、はぁ……2回目に使った時は自分で使おうと思って使った……から、今回も……行けると思ったんだけど……」
クロは現在、ユカリと模擬戦をしていた。
なぜか紫色の毒々しい髪を持ち、眼鏡をかけた研究者らしき人が見学と言ってクロとユカリの模擬戦を見ているが、問題はないだろう。
そしてクロは今、束や茜に使った光属性の魔法を使おうとしていたのだが、上手く使うことができない。先程からはぁはぁと息切れしているのも、無理して光属性の魔法を使おうとしたせいで体に多大な負担がかかったためだ。
「考えてもわからないことは仕方がありませんからねぇ。まあいいでしょう。元々不可能なことだったわけですし。私は帰らせてもらいます。お邪魔してすみませんねぇ」
そう言って研究者らしき人はクロ達の元から去っていった。
結局あの人はなんだったんだ…………。
害はないから別に構わないのだが、居られると少しやりづらい。
「んー。確かに光属性の魔法を扱えたらお姉ちゃんはすごく強くなれるとは思うけど、別にそれにこだわる必要はないんじゃない?」
「そう言われても……他にいい案は思いつかないし……」
「お姉ちゃんってさ、体力がないから遠距離攻撃だとか、相手の魔力を奪う“ブラックホール”を使ったりしてるんでしょ?」
「まあ……そうかも」
「つまり体力があればもっと他の攻撃手段も考えれるってことだよね?」
「そうかな?」
「だったら、体力をつければいいんだよ!」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
結局ユカリの勢いに負けて体力作りをすることになってしまったクロだが、早くも根を上げていた。
「ねぇ………はぁ………ユカリ………そろそろ…はぁ……休憩しない?」
「えー、もう? 走り出してまだ10分も経ってないよ?」
「でも………もう……はぁ………動けない……」
「うーん。本当はもっと走らせたかったんだけどね〜」
クロとユカリは現在組織の敷地内でジョギングをしていた。
クロは魔法の訓練こそしていたが、それ以外で動くことが基本なかったため、ちょっとしたジョギングでも既に息切れしてしまっている。
「これじゃ体力がつくのはだいぶ先になりそうだね〜」
しばらく走っていて疲れたため、2人は一旦休息を取ることにした。
クロが椅子に腰掛けて呼吸を整えていると、ユカリが少し席から離れる。
しばらくして戻ってきたユカリの手には、水の入ったペットボトルが握られていた。
「はい、お姉ちゃん」
「ありがとう、ユカリ」
喉が渇いていたからか、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、クロは物凄い勢いで水を飲み続ける。
「お姉ちゃん、そんなに一気に飲んだらむせちゃうよ?」
ユカリが心配そうな表情でクロを見ている。
「んっ! 大丈夫……ちょっと危なかったけど」
「そう? なら良かった!」
(やっぱりユカリって、根は良い子なんだな)
ユカリはまだ幼い子供だから善悪の区別がついていない。見た目こそ14歳だが、精神年齢的にはもっと低いのだから尚更だ。
そのせいで、組織の言うことを鵜呑みにしてしまうのだろう。
できれば彼女を組織から救ってあげたい。
できれば今のうちに色々なことを教えてあげたいのだが。
「そういえばユカリって、私がいない時何してるの?」
ふと、クロは疑問に思ったことを質問してみる。
「普段は魔法の訓練とか〜、勉強! たまに組織の人とお話したりもするよ。お姉ちゃんがいない時も楽しいけど、私はお姉ちゃんがいる時が一番楽しい!」
「そっか」
思わず胸が暖かくなる。
(やっぱりこの子は、こんな組織にいていい子じゃない)
ユカリの発言からして、おそらくユカリは組織よりもクロに懐いている。
おそらく、クロが言ったことは疑うことなく素直に信じてくれるだろう。
このままユカリとの仲を深めた後、組織に対して疑問を持たせれば、優しい彼女のことだ、きっと組織なんかから抜け出して、まともな日常を歩んでいけるだろう。
もちろん、何の後ろ盾もない状態ではいけないだろうから、そこら辺はクロがなんとかするべきなのだが。やはりシロと一緒に双山家で過ごしてもらうのが一番丸いのだろうか。
そんな風に考え込むクロだったが、ユカリの一言によって、その計画は崩れ去る。
「でも私とお姉ちゃん、しばらく会えなくなっちゃうんだよね……」
そう言ってユカリは悲しそうな顔をしている。
「え……? どういうこと…‥?」
「あれ? お姉ちゃん聞いてなかったの?」
「うん………。聞いてない……」
ユカリがキョトンとした顔をしているが、聞いていないものは聞いていない。
おそらく、幹部の男がユカリにしか話してないのだろう。意図的になのか、単純に伝え忘れていたのか定かではないが。
「お姉ちゃんはしばらく組織が借りたアパートで生活してもらうことになるんだって。組織と連絡を取るのは禁止で、私とも会っちゃいけないって」
(何で今更別居……? 俺がユカリに余計なことを吹き込むのを防ぐためか…? 連絡まで取らせないなんて…)
「それって、いつからの話?」
「明日からだよ」
「明日!?」
体力作りなんて呑気にしている暇ないじゃないか。
このままじゃユカリは組織の思想に染まってしまう。
しかし、今更クロに出来ることなど何もない。
(どうしよう………)
「あっ、私そろそろ訓練の時間だ! もうお別れかぁ〜。一応明日も会えるけど…寂しいなぁ……仕方ないかぁ。しばらく会えなくなるけど、またね、お姉ちゃん」
そう言ってユカリはこの場を去ろうとする。
どうすればいい……このままユカリを行かせていいのか。
「ユカリ! 待って!」
「何? どうかした?」
何か言わないと……この機を逃したらもう会えないかもしれない。
ユカリが組織に染まらないために、何か……何か……
「あー! ごめんお姉ちゃん! 私急がなきゃ!」
今度こそ、ユカリはこの場を去ってしまった。時折寂しそうにこちらを振り返っていたような気がしたが、クロは何も言葉をかけることが出来なかった。追うにも、先程まで体力作りとしてジョギングをしていたのだ。今のクロの体力ではユカリを追うことができなかった。
(あぁ……行っちゃった……)
何か声を掛ければ良かったのに
(何も……出来なかった………)
救えたかもしれないのに
(結局……救えないのか………?)
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
真白は放課後、八重のいる空き教室にやって来ていた。
他の生徒の姿は見当たらず、八重は1人で教室を掃除している。
掃除の時間は終わっているし、八重は別に美化委員に所属しているわけでもない。
八重は元々少し綺麗好きなところがある。
普段八重達魔法少女は、空き教室を使って話し合いをすることもあるのだが、その時に八重が空き教室が汚いことに気づき、それ以降自主的に掃除をしているのだ。
ちなみにこのことは先生も知っているため、八重が櫻達と一緒に空き教室に行く場面を見られても、友達と一緒に掃除をしに行っているとしか思われないのだ。
「八重、少しいい?」
「真白、どうしたの?」
「クロのことなんだけど…」
真白の顔は少し暗い。目元にはクマができている。
「この前、私が無理矢理クロを捕まえようとしたのは……間違いだったと思う。その、止めてくれてありがとう」
「まあ、話し合いがしたいって言っておいてああいう風に騙すのはよくないと思ったし、捕まえてもあの子のためにはならないだろうから」
「そう……だね……。そのことに関しては……私が悪かったと思う。けど……」
そう言って真白は一呼吸置いて再び言葉を紡ぎ出す。
「私は……クロと………一緒にいたい…‥大事な家族だから……でも……どうすればいいのか……わからない」
真白の顔は今にも泣きそうになっている。
一般的にも整っているとも言える彼女の顔は、お世辞にも綺麗だとは言えないくらいに表情が歪んでいた。
「それは……」
「……最初から組織なんて裏切らなければよかった………そしたらクロと一緒にいられた……街を破壊しなきゃいけないし、人も殺さなきゃいけないかもしれない……それでも…!」
「真白!」
そこまで言わせるわけにはいかない。そう思った八重は反射的に真白の名前を叫ぶ。
「落ち着いて。そんなこと考えても仕方がないわ。クロのことについては、櫻達とも相談するから。真白はゆっくり休んだ方がいいわ。貴方今、寝不足で目元にクマができてるし、私のお母さんが過労で倒れた時と同じ顔をしてるわ」
「でも……クロは今も組織でひどい扱いを受けてるかもしれないのに……私は1人呑気に寝てろっていうの…?」
「真白、貴方が倒れたら、皆心配する。多分、クロも貴方のことを心配すると思う。それに、寝不足の頭じゃいくら考えてもいい案は思い浮かばないわ。まずはゆっくり休んだ方がいいわ」
真白に休むように促すが、中々納得してくれなさそうだ。
普段の八重なら、ここで諦めるのだが、
(やっぱり放っておけないわね……)
「……私のお母さんの話をしましょうか。私が母子家庭だってことは真白も知ってるわよね?」
「うん」
「私のお母さん、女手1つで育てなきゃいけないからって、私のためにバイトいくつも掛け持ちして、結局働きすぎで倒れちゃったの」
「うん」
真白は静かに耳を傾けてくれているようだ。
「結局お母さんが倒れている間、頼れる親戚もいないし、私がバイト掛け持ちして頑張らなきゃいけなくなったの。お母さんは私のためにって働いてくれてたけど、働きすぎで倒れちゃって、結果的にその皺寄せが私に来ちゃったわけ」
だからね、とそう言って八重は言葉を続ける。
「大切な人のために無理をしてしまいたくなるかもしれないけど、そういう行動って結局その大切な人に迷惑をかけてしまうこともあるのよ。私のお母さんの場合は……仕方なかったというか…‥私もあまり手伝えなかったのが原因かもしれないけど……」
「…………」
「だから、真白にはちゃんと休んでほしいの」
八重がそう告げると、真白はしばらく考え込む。
相変わらず表情は暗いままだったが、納得してくれたのか、真白はコクリっと頷いてくれた。
「ありがとう。八重。クロのことが心配で……眠れるかわからないけど……とりあえず体を横にするだけでも……休めるから……頑張る」
「そう。なら良かった」
そうして真白は空き教室から去っていく。
(やっぱり………)
教室を去っていく真白の後ろ姿を見ながら、八重は思った。
(真白もクロも……なんだか放っておけないのよね……)