Memory110
「少しいいかな」
櫻達との作戦会議が終わった後、俺は負傷して奥の部屋で休息を取っていた双山魔衣さんに呼び止められていた。
「いきなりですまないんだけど、櫻達の魔法省の説得は、まず間違いなく失敗すると私は思ってる。魔法省で働いたことのある私が言うんだ。ほぼ確実だよ」
どうやら先程の作戦会議の内容を聞いていたらしい。というか、魔衣さんって魔法省で働いてたんだ。
「そうですか」
もし失敗するのであれば、茜と街を同時に救うのは非常に困難になるだろう。櫻や来夏の実力は確かだが、圧倒的な数には対抗できない。
「だから私は、櫻とは別の提案をしようと思っていてね」
「他に何かあるってことですか?」
求められる条件は、ミリューやルサールカの相手をこなして茜を助けつつ、街を守る。その方法だ。今のところ、あらゆる魔法少女の力を借りて街を守護してもらうというのが理想だ。それ以上の案など、少なくとも俺には思いつかない。それこそ、組織の人間を説得して、大規模破壊をやめてもらうとかだろうか。ミリューやルサールカの性格で、説得に応じてくれるとは到底思えない。
「あるよ。ただ、確実性は低いけどね」
魔衣さんは負傷した怪我の部分をさすりながら、ゆっくりと話していく。
「『原初』の魔法少女。彼女こそ、大規模破壊を止める鍵になり得る存在だと、私は考えている」
「『原初』の、魔法少女…?」
何だそれ、聞いたことがない。少なくとも、櫻や八重達はそんな魔法少女について言及していたことはなかった。
「その様子だと、『組織』の方じゃ話題になっていなかったのか。まあいい。元々私が魔法省へ潜っていたのも、彼女を見つけるためでね。結局、彼女の所在、容姿、ありとあらゆる痕跡を、私は1つも見つけることはできなかった」
「その『原初』の魔法少女って、一体……」
「その名の通り、はじまりの魔法少女だよ。といっても、誰も姿を見たことがないけどね。ただ、少なくとも彼女が、この世界に初めてやってきた魔族………魔王を倒したという事実だけは間違いない」
魔王……。そういえば、辰樹がそう呼ばれていたような気がするが、魔王はもう既に死んでいる。ということは、あれは勘違いだったのか。にしても、魔王を倒した魔法少女、か。しかし、その存在だけで大規模破壊の阻止と、ルサールカ達の相手の両立が可能なのだろうか。
「私は、その『原初』の魔法少女を見つけて、アストリッドを………姉を殺すつもりだったんだ」
「姉…?」
「あれ? 言ってなかったっけ。私とアストリッドは姉妹だよ。双子のね」
「うぇ!?」
「まぁ、そんなことはどうでもよくて」
どうでもよくはないが???
いや、まあ気になるっちゃ気になるんだけど、今はそんな話をしている場合じゃないんだろう。とりあえず、『原初』の魔法少女、とやらを探さないといけない。
「それで、その『原初』の魔法少女っていうのはどこに?」
「さっきも言ったように、私は彼女の所在から容姿まで、その全てが分からないんだ。勿論、ここにいるかもしれないっていうある程度の検討はつけてあるけどね」
じゃあ、やっぱり『原初』の魔法少女を探すのは現実的ではないんじゃないだろうか。それをするくらいなら、櫻の言う魔法省への交渉の方がよっぽど現実的に思える。勿論、魔衣さんの言うある程度の検討がどこまでのものか、にもよるだろうが。
「私に求めてることは?」
わざわざ櫻達を除いて俺だけを呼んだということは、俺にしか頼めない何かがある、ということなんだろう。もし俺にしか頼めないわけじゃないのであれば、櫻を呼ばないのは反対されるからだろうと分かるが、束や八重などは呼んでも問題はないはずだ。
「私はね、『原初』の魔法少女は魔法省が隠し持ってると思ってるんだ」
「? でも魔法省で働いてたことがあるんだったら、そんなのすぐわかるんじゃ…」
「魔法省、ちょっと特別な倉庫を持っていてね。地下に広がる、とても大きな施設なんだけど、最奥の部屋には誰も入れてくれはしないんだ。勿論私は何度もその部屋に入ろうとしたし、必要であれば暴れてでもその部屋の奥を暴いてやろうと思っていたさ。まあ、当時はドラゴや椿がいたから、下手な行動はできなかったんだけど」
「そこが怪しいと?」
「まあね。街中探してもそれらしい魔法少女の姿はなかったし、索敵範囲を日本に限定した場合で考えるなら、『原初』の魔法少女が滞在できる場所はあそこが最適だと私は思ってるからね」
しかし、それだけだと俺じゃないといけない理由がわからない。魔衣さんが俺だけにこのことを頼むのには、何か理由があるはずだ。俺はじっと彼女の目を見つめ、真意を探る。
「疑ってる?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「いいよ別に。本当は心のどこかで疑っているんじゃないかな? 特に、私がアストリッドとの関係を明かした後からは露骨にね」
正直、疑っていないと言えば嘘になる。俺は彼女のことをよく知っているわけじゃない。ある情報としては、櫻達魔法少女のバックアップと、シロの保護者をしてくれていたってことくらいで、彼女自身の目的は何も知らない。
「正直、疑ってます」
「いいよ。分かってたからね。なら、この際明かしてしまおうか。私の目的。そうだね、はっきり言って、私が魔法少女達を道具として見て、利用しているだけにすぎないのは否定できない」
「………」
まあ、そんな気はしていた。魔法少女に協力してはいるものの、あくまで“魔法少女”としてしか見ておらず、櫻や八重を1人の人として見ているような雰囲気は感じられなかった。
「さっきも言ったけど、私の目的は、姉であるアストリッドを殺し、吸血姫の座を手に入れること。ただそれだけだ。まあ、姉さんはそれを絶対に許してくれないし、私じゃ姉さんに敵わない。だから、魔法少女って存在に目をつけたんだ」
おそらく、目をつけたのは魔法少女そのものではなく、『原初』の魔法少女の存在だろう。魔王を倒したともなれば、吸血姫にも匹敵する存在なのではと考えるのも自然だ。
「まあ、結局ダラダラと人間のサポートをするだけになってしまったんだけどね。ちなみに双山魔衣は偽名だよ。マイは本名だけどね」
何となく、彼女の目的は理解した。
普段は表舞台に出てこなかった彼女が、アストリッドに櫻達が追い詰められた時に身を張って出てきたという点で、彼女の目的が打倒アストリッドだからという説明をしてみても特に問題はない。
「ああ、それと。姉さんの目的も、私は知っている。というか、理解している」
「アストリッドの目的?」
「知りたい?」
「まあ、一応」
一応アストリッドの力は封じてあるが、彼女のことだ。いつまた暴れ出すかもわからない。そのため、今の内に彼女の目的を知っておくのも悪くはないだろう。
「私のせいだよ。簡単に言うとね。姉さんは、私を求めてるんだ」
「?」
「姉さんはね、私が姉さんの下について、支えてくれることを求めてる。けれど、私はそれをしなかった。だから、姉さんはその代わりを求めてるんだ。どうせ、満たされないのに」
「ほ、ほえ〜………」
反応に困る動機だった……。というか、魔衣さんが反抗しなければアストリッドもここまで暴走しなかったのでは? 諸悪の根源は目の前にいたのか……。
「ま、これくらいでいいだろう。今は関係ない話だしね」
「まあ、目的については納得できました。それで、私は何を?」
「言った通り、魔法省の持つ地下倉庫の最奥を調べてきて欲しい。ただ、妨害は入るだろうね。仮に櫻達にそれをやらせれば、間違いなく反逆とみなされるだろう。けど、一応君は“悪の組織所属の魔法少女”という扱いで魔法省に処理されている。だから安心するといい。これ以上魔法省からの評価が下がることはないからね」
ああ、自由に動けるからってことか。
「ただ、クロ、一部君の力は封印させてもらう」
「え?」
「万が一、怪人化して暴走されては手がつけられないからね」
「なるほど……」
「話は以上だ。頼んだよ、クロ」