Memory106
「先輩は、私とメナちゃんで見ます。大丈夫です。もう救急車は呼んでおきました」
「呼んだ呼んだ」
「わかった」
櫻のことは、美鈴とメナが見ておいてくれるらしい。なら、俺は茜の元へ向かうことにしよう。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「やぁやぁ朝霧去夏さん。ごきげんよう。来てくれてありがとう」
「随分と派手に暴れてくれたみたいじゃないか」
ルサールカのやつ、ちゃんとこっちに寄越してくれたみたい。よかったよかった。まだ全然満足できてなかったからさ。
さて、全力で折りに行きますか。
「早速ですが、戦闘に入りたいと思います。オーケー?」
「私はいつでも構わないぞ」
「そうですか、ではでは」
朝霧去夏は、魔法少女ではない。純粋な身体能力のみで、怪人や魔族と対等に渡り合うことのできる実力を身につけた、いわば化け物だ。まあ、妹の来夏や千夏が魔法少女なんだし、多分去夏の謎の強さには、魔力が一口絡んでるような気がするんだけどねぇ。
ま、でも、去夏の対策方法は簡単だ。要は物理攻撃さえ封じればいいわけ。だったら。
「特別召喚・絶対防御装甲」
私は全身に、魔法で作り出した鎧を身に纏う。朝霧去夏の攻撃を真正面から受け止めるなんて、馬鹿のすること。
朝霧去夏と戦うときは、その攻撃の全てを避けるか、その攻撃が通らない強力な防御方法を編み出すか、そのどちらかしかない。ルサールカは前者の方をとったみたいだが、私は走り回るのは好きじゃない。だって、変に動き回って体力消耗しちゃったら、高みの見物なんてできっこないもん。だから、後者の防御を取る方を選んだ。
「妙な鎧だ。が、私の前では、無意味だ!」
さて、このまま普通に戦闘するのも悪くないが、その前にちょっとだけ試しておきたいことがある。
「心壊」
心壊。心属性の魔法。使った相手の心を強制的に破壊する魔法、なんだけど…。
「くらえ! 私の攻撃!!」
全然効いてないみたいだね、うん。やっぱり、心壊は精神力の強い相手には効果がないみたいだ。ま、私としても魔法で簡単に壊れてもらっちゃ面白くない。
「召喚・風弓」
私は風弓を召喚し、朝霧去夏に遠距離攻撃を仕掛ける。が、そのどれもが去夏の拳で撃墜され、すぐに去夏は私の近くまでやってきた。
私の体が、思い切り後方へと飛んでいく。
殴られたのだ。彼女に。朝霧去夏に。
痛みは、ない。鎧のおかげだろう。朝霧去夏の拳は、私の身体へ全くダメージを与えなかったみたいだ。
まあ、身体能力面で勝つつもりなど、毛頭ない。
私がやりたいのは、そっちじゃない。
「ところで朝霧さん。疑問に思いませんか?」
「何がだ」
「私、さっきから複数の属性の魔法を使ってるじゃないですかぁ? なんでだと思いますぅ?」
さて、今回の玩具はどこまで耐えてくれる? どこまで私を、満たしてくれる?
「私って、死んだ人の魂を食らうことで〜その人の力、奪うことができるんですよ。複数の属性の魔法が扱えるのはぁ、そのためです。具体的に言うと、さっきの心壊は身護 散麗って子の魂を喰って奪った力ね。まあ、使い勝手悪いし、ゴミだったけどね。食べた意味なかった。あ、あとあと、私、魔法省に潜入したことがあってねぇ。そのとき、うっかり3人くらい魔法少女ちゃんぶっ殺しちゃって〜、まあでも殺したもんは仕方ないし〜しーっかり3人分喰っておいたよ。ちなみにさっきから使ってる無属性魔法はその3人の子の中の1人が持ってた能力だね。いやーめちゃくちゃ貴重な人材だったらしいね、その子。まあ、私が食べちゃったんだけどさ」
「お前……」
あーあ。敬語で話そうと思ってたのに。話しているうちに興奮してしまって、あらら〜。
ま、いっか。これで去夏は今、私のことを殺したくてたまらなくなってるはずだから。
いいね〜剥き出しの闘志、そして殺意。
そうじゃなくちゃ潰しがいがない。
案の定、去夏は私に向かって怒りを露わにしながら拳を振るってくる。
でも残念。鎧を纏った私に、物理攻撃は通用しない。
「バぁーか」
そんじゃ、もう少し遊ばせてもらうとしますか。
精々楽しませてくださいよ?
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
俺が現場に辿り着いた時には、もう既に遅かったらしい。
そこには、ミリューの手によって崩壊寸前の状況が広がっていた。
魔衣さんもやられ、休養をとっていた束達にまで被害が出てしまっている。
今ミリューとは来夏の姉の去夏が戦っているみたいだが、1番気になったのは……。
先程から地面に座り込んでいる、茜の姿だ。
どうしてあんな場所で座り込んでしまっているのか。茜は強い子だ。彼女に限って、戦意を喪失してしまっただとか、そんなことはないだろう。だからこそ気になった。なんであんな風に。
俺はそっと茜に近づく。八重が何か言いたそうに俺に手を伸ばした気がしたが、今の俺は茜のことが気になって仕方なかった。茜の肩に触れる。反応なし。本当にどうしたんだろうか。何が茜をそうさせて………。
ばたりと、茜の体が地面へ倒れ込む。
「え……」
茜の顔には、まるで生気が宿っていない。体は微動だにせず、眠っているというわけでもない。
外傷は………一応目立ったものは見当たらない。けど、確かに茜の意識はなくて。
「違う違う違う………私のせいやない私のせいやない私のせいやない……」
そこには、壊れたように私のせいじゃないとブツブツ呟く照虎の姿があって……。
「クロ、ごめんね。もう終わりなの。これ以上、何をやっても……」
何もかもを諦めた目をした、八重の姿があって……。
そっか、茜はもう…。
どうしよう、何も頭が回らない。
照虎も八重も、きっと同じ気持ちなんだろうな。
茜は、知らず知らずのうちに皆の心の支えになっていたんだ。
前までは櫻がその役割を担っていたって思っていたけど、実際は茜の存在がかなり大きかったのかもしれない。
皆のムードメーカー。弄られキャラ。そんな茜の、死。
受け入れられるはずがない。
ああ、そうだ。これはきっと悪い夢だ。ほら、頬をつねってみよう、痛みなんて感じない。あれ? 本当に痛みを感じない。あ、やっぱり夢だったんだ。あはは。茜は生きてる。生きてるんだ。だって、これは夢なんだから。痛みは感じなかった。だから夢に決まってる。
「いきてる………あかねは、いきてる……あはは………」
そうだ。全部悪い夢だ。だから、大丈夫。目を覚ませば、全部元通り。何もかも、うん。だから大丈夫。大丈夫だから。
「ありゃ、壊れかけちゃってるね。アレ。っと、ごめんねぇ朝霧さん。ちょっとだけたーんま」
ミリューが去夏との戦闘を切り上げて、こっちに向かってきているが、気にする必要はない。どうせこれは夢だ。あかねがしんだのもぜんぶわるいゆめ。だからだいじょうぶ。なにももんだいない。
「クロちゃーん。これ、見える?」
ミリューはおれに、さきのとがったぼうをみせてくる。ああ、ちゅうしゃきか。
「ふぁんとむぐれだ?」
「せいかーい。今からクロちゃんにこれ刺すけど、いいよね?」
いいんじゃないかな。どうせゆめなんだし。
それに、ふぁんとむぐれーだーをつかったら、つよくなれるし。なにももんだいない。
「いいよ」
「許可いただきましたぁ! では、遠慮なく」
ミリューにちゅうしゃきをさされる。
あれ、なんだかいしきが。
ああ、そっか。いまからわるいゆめがさめるんだ。
おきたらきっと、あかねがいきてて、しろのせんのうもとけてて。
ああ、よかったって。そうやって………。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「んーま。このくらいでいっかぁ。じゃ、まったねー」
ミリューはクロに怪人強化剤を刺して、あっさりとこの場を去る。
注射器を刺されたクロの方は、呆然として動かない。
「クロ……?」
大丈夫、なんだろうか。
もう、いいかな。
何でこんなに頑張って戦ってたのだろう。今まで。
もう、何もかもどうでもいいじゃないか。クロを連れて、ひっそり暮らそう。そうしよう。もう、他に構う必要はない。
多くを求めすぎても、駄目だから。だったら、クロだけでも……。
私はそう思い、クロに近づこうとするが……。
「…………」
様子が、おかしい。
この雰囲気、まるで………。
「っ!? 照虎! 避けて!」
私は照虎と一緒に、横側へと大きく避ける。
攻撃だ。それも、クロからの。
「クロ、どういうこと?」
私はクロに問いかける。が、返事の代わりに返ってきたのは、黒い弾による攻撃。
まさか………。
「クヒッ…」
クロが顔を上げる。
クロの放つ魔力は、魔法少女のそれではなく。
まるで怪人が扱うものと全く違わないものへと、変化してしまっていた。