Memory105
「特別召喚・聖剣」
「特別召喚・血狂いの魔刃」
俺とアストリッドは、互いに武器を召喚し、対峙する。
武器を出した時点で、向こうも近接戦闘に持ち込む気満々なのだろう。
案の定、アストリッドは翼を空にはためかせ、上空から超特急で俺に向かいながらナイフを振り下ろしてきた。
「部分解放・動く水」
が、その攻撃は俺には通用しない。
『部分解放・動く水』。怪人強化剤を打つことによって新たに得た能力の一つで、体の一部分を液状化させることにより、斬撃による攻撃を無効化する能力だ。
これにより、俺はアストリッドからの攻撃を完全になかったことにすることができる。
「妙な力だ。魔法少女が持つにしては、歪なものだよ、それは」
アストリッドは不満そうにそう告げる。確かに、普通の魔法少女が扱う魔法ではないだろう。自身の体の形状を変化させる魔法など、身体に及ぼす害が大きすぎて扱えるわけがない。でも、だからこそ、身体構造が体に近い俺は、その魔法を扱うことができる。
「天罰」
「今度は不可視の攻撃か!」
俺の天罰を、アストリッドはいとも容易く避けてみせる。
が、避けられることなど初めから予測済み。俺はすぐにアストリッドに接近し、聖剣で彼女に切り掛かる。
「甘いよ」
だが、切り掛かる寸前、アストリッドは自身の体を複数の蝙蝠に変換することで、俺の斬撃を回避。そのまま、俺の背後へと回り、再び複数の蝙蝠がアストリッドの形へと戻っていく。
「っ。部分解放・空舞う蝶」
アストリッドが背後に回ったことを察知した俺は、すかさず空舞う蝶の力を使い、上空へと逃げ込む。
「雷撃!」
加えて、上空からアストリッドに向け、雷撃を加えておく。攻撃は最大の防御、とはよく言ったもので、上空へ飛んだ俺に向けて次の攻撃の準備をしていたアストリッドは、すぐに俺への攻撃をやめ、俺の雷撃の防御へとまわる。
そうして、アストリッドが俺の攻撃の対処に気を回しているうちに、俺はアストリッドの足元に、無属性魔法を展開する。
「この程度の雷撃で、私を止められるとでも……」
数秒後、アストリッドの足元から、複数の鎖が出現し、彼女の体を拘束していく。どうやらかかってくれたみたいだ。
「思ったより単純で助かったよ。アストリッド」
「縛られるのは趣味じゃないんだけどなぁ……」
怪人強化剤を5本刺しておいて正解だったな。
「殺すのかい?」
「まあ………生かしておく理由もないし」
別に俺はアストリッドのことを殺したいわけじゃない。ちょっと前までは憎んでいたが、正直今はどうでもいい。どうしてこんなにも彼女に対して無感情なのか。でも、そうだな。これ以上こいつを生かしておくわけにもいかない。
シロの洗脳の解き方もさっぱり分からんし、それに、いつまでも俺が生きているとは限らない。もし再びアストリッドが櫻達に牙を向いたとして、その時に俺がいなければ、アストリッドを倒せる確証はない。だからまあ、殺すしかないだろう。
「まあ、そう簡単に殺されるとは思わないことだっ!」
瞬間、俺の背後からものすごい速度で、アストリッドの血の刃が飛んでくる。おそらく、俺が最初にアストリッドの腕を切り落とした時に出血した血から作り出したものだろう。だが。
「ブラックホール」
俺にその攻撃は届かない。背後には常にブラックホールを展開できるような魔力構築をさせておいたから。アストリッドは諦めが悪く、しぶとい。それを分かっていたから、最大限の対策をとっておいた。懸念事項としては時間停止くらいだ。なぜそれを使ってこなかったのかについては、俺の知るところではないが、何かしら条件のようなものが必要だったのだろうか。
「ふせがれた、か……。でも、いいのかい? 私を殺しても、君には何の利益もないよ?」
「シロの洗脳を解けるし、邪魔者も消えるし、メリットしかないよ」
「残念だけど、私を殺したところでシロの洗脳が解けることはないよ。ま、別に私にしか解けないってわけじゃないけどね。それに、私が死ぬことで生じるデメリットも存在するんだ」
この期に及んで、こいつはまだ命乞いをやめるつもりはないらしい。吸血姫の癖に、プライドもクソもない。しかし、嘘をついているようには見えない。生き残りたいのなら、『私を殺せばシロの洗脳は解けなくなる』くらいは言ってのけてもいいはずだ。
……一応、聞いておいた方がいいかもしれない。アストリッドを殺すことのデメリットを。
「デメリットって?」
「物分かりがいいところ、好きだよ。そうだね、私を殺してしまうと、君達が組織に勝つのはより困難になるだろう」
「理由は? 焦らすな。殺すよ?」
「おぉ怖い。ま、簡単にいうと、ミリューって子、いるだろう? あいつが厄介なんだ」
「殺そうかな」
「急かすな急かすな。まあ、そうだな。結論から言おう。私を殺すとしよう。すると、ミリューが私の魂を拾って、組織の戦力に再利用してしまうんだ」
組織の戦力に再利用? アストリッドの魂を使って?
そういえば、俺の体がこうして今生きているのも、空っぽの人形だったクローン人間に、俺の魂が宿ったからだ。魂のないクローン人間は、生を得ることのないまま、組織に処理されていた。つまり、アストリッドの魂を、人工の魔法少女に埋め込んで、新たな戦力に再利用するということなのだろうか?
いや、それならば今ここでアストリッドを殺してしまっても、デメリットが生じるとは思えない。アストリッドの魂が宿った人工の魔法少女よりも、アストリッドそのものの方が脅威だからだ。つまり、俺の推測は間違いだろう。じゃあ、一体どうやって、アストリッドの魂を再利用するというのだろうか。
「詳しく説明して」
「ふむ。まだ解放してくれないのかい?」
「殺そうかな」
「そうかい。ま、そうだね。まず、肉体が死ぬと、魂はどうなると思う?」
普通なら天に登って輪廻転生、と答えるんだろうが、俺の場合は、クローンの肉体に新たに宿り直し、転生した。普通の人間ではなく、クローンに、だ。製造された肉体に、後から付随するようにして魂が宿った、と考えるのが妥当だろう。これは感覚的なものでしかないが、もし天国というものが存在するならば、これはないんじゃないかと俺は思う。もしあの世が存在するなら、魂は生命の誕生と共に生まれるんじゃないかと、個人的にそう考えている。
だから、この場合、俺の考えとしては………。
「空中に投げ出される、とか?」
「ありゃ、正解だ。ま、そうだね、肉体を失った魂は、空中を彷徨い続けることになる。もし器を見つけることができなければ、魂はそのまま消滅。もし器を見つけることができれば、第二の生を得ることができる。ミリューはね、その空中に浮遊している状態の魂を知覚して、入手することができるんだ」
「入手?」
「要は、自分の力に変換したりすることができる。つまり、今ここで私を殺せば、ミリューは私の魂を入手して超強化! 圧倒的な力を手に入れて、君達を蹂躙してくることになるわけさ」
「へぇ」
なるほど。ならまぁ、ここで急いでアストリッドを殺す理由もないだろう。戦力を一つにまとめるより、分散させて戦った方が楽そうでもあるわけだし。アストリッドを殺す前に、ミリューを潰す必要がある、というわけだ。正確に言えば、ミリューを元の状態に戻すことを優先する必要がある。
俺が組織に”調整“された時、ミリューもまた、組織の手によって何らかの”調整“か、洗脳の類を受けていたはずだ。
「どうだい? ここは私と協力して一緒に組織を……」
まぁ、だからといってアストリッドが危険なことには変わりはない。だから、しばらく動けない程度に痛めつけておこう。
「究極魔法・百花繚乱」
俺が唱えると、アストリッドを囲むように無数の剣が空中に出現する。
櫻の見よう見まねで発動させたため、これで正解なのかは分からない。だが、アストリッドを程々に痛めつけるには打ってつけだろう。
「クロ? 何の真似かな?」
「殺そうかな〜」
「クロ、一旦落ち着こう。私をここで殺してしまうと、後々厄介だよ? 君が思ってるより、ミリューやルサールカは面倒な相手なんだ。落ち着こう、一旦。ね?」
「そんじゃ、櫻達の様子見てくるから、ばいなら〜」
「クロ、それは良い判断とは言えないよ? もう少しゆっくり考えて……」
俺は一切振り向かずに、櫻達の元へ向かう。
その日、翔上市の街中で、成年の女性の悲鳴が響きわたったらしい。