Memory103
かれこれ10分ほどシロとやり合ってるわけだけど、シロの洗脳をどう解くか、その目処は立ってない。
アストリッドがこちらに介入してこない限りの話ではあるが、今の俺ならば、シロのことを倒すことはそう難しくない。
このまま戦い続けても消耗をし続けるだけだし、とりあえずシロの洗脳を解くのは後回しにして、今すぐシロを戦闘不能に追い込む方向で進めていくのがいいかもしれない。
「ホーリーライトスピア!!」
「アブソーブトルネード!!」
シロの攻撃は、俺の魔法で吸収することができる。
“アブソーブトルネード”は、俺が元々使っていた“ブラックホール”に、風属性の魔法を付随させて生み出した魔法だ。
従来の“ブラックホール”では、向かってくるものに対して吸収することしかできなかったが、“アブソーブトルネード”は、風で周囲に存在する魔力も巻き込みながら吸収する。空中に飽和している魔法を、自ら摂取しに行くことができるのだ。
まあといっても、“アブソーブトルネード”は“ブラックホール”の完全上位互換というわけでもない。“アブソーブトルネード”は、周囲の魔力を巻き込んでしまう。そのため、近くに仲間の魔法少女がいる場合、その子の魔力も一緒に吸い寄せてしまうのだ。
ただ、現状は一対一。櫻達とは距離をとって戦っているし、巻き込む心配はない。
「クロ、おとなしく投降して。洗脳って聞くと、悪いように聞こえるかもしれないけど。アストリッド様の側にいるのは、そんなに辛いことじゃないから」
「シロは麻薬を使って気持ちよくなることが幸せだと思う?」
「思わないけど。急に何の話?」
「私にとっちゃ、洗脳されて幸せになるってそれと同じことなんだよ」
「全然違うよ、クロ。そもそも、麻薬を使ったって幸せになれない。それに、クロは組織にいても、櫻達といても、絶対に幸せにはなれない。だから、アストリッド様に洗脳されるべき」
まあ、はっきり言って麻薬どうのこうのは適当だ。ただ、他人に洗脳されて、そいつのために働いて、幸せを覚えるなんて、そんなの間違ってる。
そんなものは、本物の幸せじゃない。俺は別に、本物の幸せを求めているわけじゃない。けど、シロには、本物の幸せを掴んで欲しい。仮初の幸せなんかで、満足しないで欲しい。だから……。
「ごめんシロ。一気に決着、つけさせてもらうね」
俺は5本目の注射器を取り出す。
アストリッドが控えているのだ。無駄遣いではない。今回の怪人強化剤の効果は永続なのだ。元より10本全て注射するつもりだった。だから、今5本目を刺したって、何の問題もない。
「クロ、わかった。一旦落ち着いて。それを捨てて。もう、無理にアストリッド様に洗脳させてもらえなんて言わないから。だから、もう打たないで。ただでさえ、4本も打ってるのに……」
シロは俺に5本目を使わせまいと、説得を試みようとしてくる。
でも、残念ながら俺はもう止まれない。
1本目を使った時点で悟ってた。これを使えばもう、後は朽ちていくだけなんだろうなって。長くて一ヶ月、一週間。いや、もしかしたら、今日にでも死ぬかもしれないって。
もう、死ぬ覚悟はできてる。だから。
「やめて!! クロ!!!!」
「部分解放・動く水」
シロは俺を止めようと、大量の光の槍をこちらに飛ばしてくるが、俺はそれを、部分解放によって自身の体を一時的に液状化することで、全て受け流す。
「ダメ!!!!」
俺は腕に、5本目の注射を刺す。
全身の血液がまるで焼けているように熱くなる。頭が痛い。ズキズキする。鼻から何か垂れてる。鼻血?
耳が痛い。視界がぼやけてる。胸が痛い。苦しい。
痛い辛い辛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
……苦しい。
あれ、俺……。
そうだ、俺は……。
シロを、助けるんだ。
「っ! はぁ………!! はぁ…………!!」
………危うく、怪人強化剤の力に呑み込まれるところだった。俺の体で受け入れられるのは、5本が限界だったみたいだ。
もしあのまま呑まれてしまっていれば、多分俺は今頃、正真正銘の怪人と化していただろう。
普通の人間なら、死んで終わりだろうが、俺の場合、ある程度怪人強化剤に耐性がついてしまっている。それは、身体構造が怪人と魔法少女、どちらの特徴も兼ね備えているためだ。
だからこそ、怪人強化剤を使用すれば当然、俺の体のバランスは崩れ、怪人側へと近づくことになってしまう。
どうせ死ぬからと、何本も刺すのもよくないかもしれない。もし、ただ死ぬのではなく、理性を失い怪人と化してしまえば、周りに迷惑をかけてしまうことになるだろうから。
「クロ、今からでも、遅くない。違う。今ここで動かないと、間に合わない。だから……」
「天罰」
5本目の注射器は、どうやら光属性の魔法のものだったらしい。元々俺には光属性の力が備わっていたので、今回5本目を打ったことで、さらに強化されることになった。
結果、俺は一撃でシロを戦闘不能にした。シロの体が、地面へと落ちていく。
俺はシロの落下するであろう場所に事前に行き、シロの体を受け止める。
「シロ、心配かけてごめん。でも、もう少しだから」
シロのこと、どうするか。魔衣さんのところに届けるには時間がかかりすぎるし、仕方ない。一旦ここに放置しておこう。幸い、俺の光属性の魔法は強化されている。シロの周囲に強力な結界を張って、誰にも手出しできないようにしておけばいい。それに、シロは別に怪我を負っているわけじゃない。俺はあくまでシロを気絶させただけなわけで、なるべく怪我を負わせないように攻撃していた。だから、ここで放置していても大丈夫だろう。
そうして俺はそのまま、櫻達がいる場所へ向かう。
俺がここに来た時は、アストリッドは放心していたようだったが、今もそうであるとは限らない。
シロとの戦いに、少々時間をかけ過ぎた。茜が来夏を呼んでくれる読みで、シロの洗脳が解けないか、探りながら戦ってしまったのだが、それは判断ミスだったかもしれない。
「やぁ、クロ。遅かったね」
俺が櫻達の元に戻った時、そこには血まみれになりながら美鈴とメナを守る櫻と、俺が斬った腕すら再生し、完全に無傷で櫻を蹂躙しているアストリッドの姿が、そこにはあった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
辰樹と愛のことをつれ、魔衣の元に向かった茜だったが、そこに広がっていたのは、地面に倒れ伏した魔衣と、それを踏みつける組織の幹部、ミリュー。そして、そんなミリューに、『魔銃』を突き付ける、八重と照虎という光景だった。
よく見ると、前回のアストリッドとの戦闘で負傷し、安静にしていたはずの束達も地面に無造作に投げつけられてしまっている。死んでしまったものはいないだろうが、それでも、このまま放置しておけば、命に関わることは明白だった。
「まだいたんだ、戦える奴。全部やって、後は魔銃突きつけてくる雑魚だけだと思ってたのに」
「2人とも、辰樹と愛を。こいつの相手は、私がする!!」
茜は八重と照虎を後ろに下げ、ミリューに対峙する。
ここで茜が負けてしまえば、負傷者の回復が行えない。そうなると、辰樹も愛も、ここで力尽きてしまうだろう。
(負けるわけにはいかない……!)
「へぇそっか。イフリート、だっけ? そいつと契約してるんだ。ふーん。まだ戦意を持ってるのは、そいつがいるから? そっかそっか。なら、面白いこと考えちゃったや」
ミリューは、手で丸を作りながら茜の方を見つめ、ぶつぶつと独り言を繰り返す。
「何よ、ビビってるわけ? そっちがこないならこっちから……」
「魂様変化」
瞬間、茜の中にいた、イフリートの霊圧が、消える。
「あんた、何して………」
「何って? じゃーん!! えぬてぃーあーるせいこー! イフリートとの契約は、私のものになりましたー!!」
「う、嘘でしょ? い、イフリート! 返事をして! イフリート!!」
ミリューが行ったのは、茜とイフリートとの間で交わされた契約を捻じ曲げ、初めからミリューとイフリートの間で行われた契約へと書き換えることだった。
ミリューの背後に存在するイフリートの意識は、ない。ミリューの手によって、個ではなく、ただの道具として、その存在を改変されてしまったのだ。
「来夏と去夏の相手はルサールカがやってるし、櫻とかいう魔法少女も、アストリッドには勝てない。チェックメイトだね。お疲れ様」
ミリューは、茜に対して、一方的に勝利宣言をする。
状況は、絶望的。誰もがもう、この状況では戦うことを諦めるだろう。だが……。
(勝てなくてもいい。きっと、来夏も櫻も、勝って来てくれるはずだから)
茜は、仲間を信じている。
(だから、私が時間稼ぎをしないと。ここで私が耐えなきゃ、全滅する!)
だから、茜は諦めない。
確かな戦意を持って、ミリューに対峙する。
「勝手に勝負決めないでくれる? 勝負はこれからよ!!」