Memory102
まさか、こんなに簡単に斬れるとは思わなかった。
全身から力がみなぎっていく気がする。まあ、同時に体が壊されていっているような感覚もするんだけど。
今回使った怪人強化剤は、俺の体をより怪人寄りのものにして、『特別個体』と呼ばれる怪人の力を最大限まで引き出し、扱えるようにする代物らしい。元々の俺のポテンシャルもあってか、その力はとんでもなく発達することになるらしいが、まあ、とにかく強くなれたのなら別にそれでいい。
アストリッドは俺に斬られた腕の部分を凝視して固まっている。ショックで動けないのだろうか。てか、光のこと置いていってない? やっぱり、光のこと最初から仲間にするつもりなんてなかったんだね。多分、利用するだけ利用しようって考えてたんだろう。光を仲間にするかどうかの相談の時アストリッドがシロに耳打ちしてたのも、多分そういうことだろう。
「クロ……もしかして、使ったの? あれ……」
どうやらシロは、俺が使った怪人強化剤に心当たりがあるらしい。
俺は存在を全く知らなかったんだけど、シロは知ってたんだな。
「使ったとしたら、何?」
「あれは………人間が使っていいものじゃない………あんなもの使って、まともに生きていけるわけがない……。クロ、今すぐアストリッド様に眷属にしてもらって!!」
「シロ、もういいんだよ」
「クロ、ダメ。それを使ったら、もう人間としては生きてられない!! はやく眷属に!!」
「だから、違うんだよ。シロ」
俺とシロが考えている望みは、違うんだ。
確かに、シロからすれば、組織から解放されて、俺と2人で生きていくっていうのは、望んでいた展開なのかもしれない。でも別に、俺はそれを望んでいたわけじゃないんだ。
勿論、シロと一緒に過ごしたくないってわけじゃない。
ただ、俺はもう、別に長生きしていきたいなんて考えていない。それだけのことなんだ。
「クロは、何にも分かってないんだよ……今まで大丈夫だったからって今回もそうなるとは限らないのに……!! その怪人強化剤は……普通の怪人強化剤よりも何百倍も危険。だから!!」
多分、最初に俺が死を拒んだのは、雪のことがあったからかもしれない。正直、シロのため死ねるって思ってた。けど、多分、俺、心のどこかで、雪のことも気にしてたんだと思う。だから、死にたくないって思った。もう一度、雪に会いたいって、きっとそう思ったんだ。
でも、それはもう叶った。愛とも再会できたし、茜のおかげで、俺がいなくても、愛は何とか生きていけるような状態になった。
後は、シロのことだけ。
シロを、アストリッドの洗脳から解放する。
そうすればもう、俺は思い残すことはないんだと思う。だから……。
「命に変えても、シロのこと、助けてあげるから」
「そんなことしなくていい!! クロがアストリッド様の眷属になれば、全部済む話!!」
シロは物凄い勢いで、俺に光の剣を振りかざしてくる。
……結構勢い強いな。いくらアストリッドの腕を斬り落とせたとはいえ、それは事前に魔力を剣に込めて、準備して斬ったからであって、常にあの火力が出せるというわけではない。
だから、一旦シロから離れて、と。
「じゃ〜ん。これ、なんでしょー?」
「ま、待って、それ、は……」
俺は懐から、一本の注射器を取り出す。
アタッシュケースには、10本の怪人強化剤が入っていた。ロキが言うには、10本全てそれぞれが異なった効能を持っているらしい。つまりはだ。相手に敵いそうにないと思ったら、もう一本お注射すればいいわけだ。ドーピング様様だね。
「ふっふっふ。これでもっとつよくなれるぞー。ぷすっとな」
「ダメ……クロ、使っちゃ、ダメ……それ、以上は…」
あ〜力がみなぎるんじゃ〜。
いやぁーなんか、力が湧いてくるのっていい感覚ではあるんだけど、やっぱもう一本注射って体に悪い感じするね。実際なんとなくだけど体が破壊されているような錯覚を覚えるわけだし。
あれだ、夜中にインスタントラーメン食ってるみたいな。美味しいんだけど、体には悪いんだよなぁ、アレ。
「もう、ダメ。絶対にアストリッド様に頼んで、眷属にさせる!!!!!!」
シロは再び、切り掛かってくる。
うーん。多分このまま同じように剣で受け止めても、さっきと変わらない気がするんだよね。となると、俺の取るべき行動は………。
「部分解放・動く水」
俺はシロに斬りかかられるその瞬間に、体の一部を水状に変化させ、シロの攻撃を受け流すことに成功する。これは多分、さっき注射した怪人強化剤の効能だろう。
シロの光の剣は、そのまま俺の体をすり抜けた。
俺の体は無傷で、シロの方は俺の力を見て驚いた表情を見せている。
案外楽しいな、これ。
俺は後方へ飛び退き、もう一本注射器を取り出す。
アストリッドも控えてるんだ。何本でも打っておくに越したことはない。
「クロ!! ダメ!! もう打たないで!! ダメ!!!!」
シロの悲痛な叫びが聞こえる。
でも、ダメだ。
アストリッドに洗脳されて、櫻達との縁も切って、さらに、仲良くしていた光のことを道具のようにしか見ないようになってまで、一緒に生きていこうなんて。
シロには悪いけど、俺なしでも生きていってもらわなくちゃならない。
どうせ怪人強化剤を使わなくたって、俺は長生きできないんだ。使ったところで、死期がちょっと早まるだけだしさ。
大丈夫だよ、シロ。
お前には、櫻達がいる。前だってそうだったじゃないか。俺なしで、櫻達と一緒に楽しくやれてた。だから、大丈夫。
俺が命をかけて、シロが櫻達の元に戻れるようにするから。
「クロ!! 使わないで!! 使うな! 使うな!! やめろやめろやめろ!!!! 使うなぁあぁあああぁぁあぁああ!!!!!!!」
シロは、叫びながら俺に剣を向けてくる。俺はそんなシロの剣を後方へ飛び退くことで避ける。
そうして俺は、3本目の注射を腕に刺す。3本目ともなると、ちょっと慣れてきたかもしれない。
「雷撃!!」
そして、3本目の注射器の効能によって、どうやら俺は雷属性の魔法を扱えるようになったらしい。
バチバチと音を鳴らしながら、俺の放った電撃はシロの元へ向かっていく。
「っ!」
シロは雷撃を、アストリッドに眷属にされたことによって生えた羽を使って空中へと飛ぶことで回避する。
空中に行かれたんじゃ攻撃のしようがないな。
「そうだ、クロ。私とクロのパスは繋がってる。だから、私がクロの魔力に干渉して、クロの動きを止めれれば‥‥。もう無理はさせない」
そう言ってシロが俺の魔力に干渉しようとしてくるが、無駄だ。
今の俺の魔力は、純粋な俺のものだけで成り立っているわけじゃない。
あの怪人強化剤を摂取したことで、俺の魔力は怪人の魔力と混じり、別の性質へと変化した。だからもう、ホワイトホールをシロに使われる心配もしなくていいし、変に干渉されて、呼吸困難に陥ることもない。
「な、んで………」
案の定、シロは俺の魔力に干渉することができていないみたいだ。
シロが動揺している間に、俺はもう一本注射器を出して自身の腕に突き刺す。
「あっ……や……めて……やめて……」
シロが絶望した顔でこちらを見てくるが、構わない。
少しの罪悪感はあるが、シロを取り戻すためにも、アストリッドを倒すためにも、これは必要なことなんだ。
「部分解放・空舞う蝶」
4本目の効能は、風属性の魔法らしい。そして、部分解放を行うことで、俺の背中には妖精の羽が生え、空を飛ぶことが可能になる。これで、空中へと逃げ込んだシロと対等に戦闘ができる。
「ああ……あああああ!!!!!!」
シロは狂ったように頭を掻きむしりながら、俺に向かって魔力で生成した光の玉を雑に放ってくる。
その様子は、まるで自暴自棄になっているかのようだった。
「こんなんじゃ当たるものもまともに当たらないよ、シロ。模擬戦でもやったよね? シロが教えてくれたんだよ。適当に撃つなってさ」
「クロ、なんで、なんで、いつも、私を……どうして、なんでなんでなんで!!」
「ごめん、シロ。今まで心配かけてきて。でも、受け入れてもらわないと困るんだ。いつか別れは来る。絶対に。だからさ、アストリッドなんかに依存せずに、櫻達と一緒に生きていって欲しい。まあ、私の死がちょっとシロの傷になってしまわないかって部分は心配ではあるんだけど」
「うるさい…………うるさいうるさいうるさい!! クロは何にも分かってない!!!! 私が、どんな思いで!! どんな気持ちだったかなんて!! 何にも!! 何にも!! 人の気持ちなんて考えたこともないくせに!! 私がなんでアストリッド様にたよったのかもよく分かってないくせに!! クロは私のことを分かってくれてない!! 私のこと、なんっにも!! 嫌い、嫌い嫌い嫌い!! クロなんて………大っ嫌い!!」
「そっか。それなら良かった。嫌われてるなら、安心して逝けるからさ」
俺は、剣を握り、シロと相対する。
絶対に、アストリッドの洗脳を解いてみせる。
今まで色々とごめんね、シロ。
でももう、シロを振り回すのは、これが最後だから。
だから、最後にちょっとだけ、私に付き合ってよ、シロ。