Memory101
マドシュターちゃんとシロの戦いは、はっきり言って何が怒っているのか全くわからなかった。2人とも、互いに時間停止の魔法で背後を取り合うということを延々と繰り返しているためだ。
気づけばマドシュターちゃんがシロの背後に。かと思えば、今度はシロがマドシュターちゃんの背後に、と言った具合で、イタチごっこになってしまっているのが現状だ。
俺の視点から見ると、2人が瞬間移動で背後を取り合っているようにしか思えなかった。アストリッドは特にシロに手を貸そうとする様子はない。シロがピンチに陥っていないからか、元々手を貸すつもりがないのかは分からないが、おそらく、シロが劣勢になれば彼女は手を貸すだろう。
「鬼龍術・捌きの王!!」
「ホーリーライトスピア!!」
時折技の攻防も行われるみたいだが、基本的に技の押し合いではシロの技はマドシュターちゃんの技にかき消され、結局シロが防御壁を展開することになるか、もしくはシロが時間停止の魔法で逃げることになるかのどちらかだ。
実力的に考えても、このまま戦闘を続けていけば、勝つのは間違いなくマドシュターちゃんだろう。
勝敗を握るのは、やはりアストリッドの存在だろうか。
彼女がいつ2人の戦闘に介入してくるのか、それによって、2人の勝負の結末が変わるのかもしれない。
となると、彼女が2人の勝負に手出しをする前に、茜が来夏や櫻を呼んでくれることを祈るか、もしくはマドシュターちゃんが2人同時に相手しても問題ないくらいの実力と魔力量を保持しているか、そのどちらかの条件が満たされていれば、アストリッド達を打ち破ることができそうだ。
いや、もしくは……。
俺はシロとマドシュターちゃんが戦っている様子を見る。
マドシュターちゃんの方は飄々としているが、シロの方は眉間に皺を寄せながら、心なしか汗を垂らして戦っているようにさえ思える。
つまり、だ。
シロは今、俺の方に意識を割くほどの余裕はない。
ということは、今なら、ホワイトホールへのアクセスが可能なんじゃないだろうか。
そうだ。俺がホワイトホールを使い、アストリッドの妨害をすれば、アストリッドが2人の戦闘に介入することが難しくなる。
といっても、ホワイトホールに入っているアストリッドの血の刃だけで戦うには限界があるし、あくまで少しの間足止めする程度にとどまる。だから、アストリッドが2人の戦闘に割って入ろうとしたときに、多少遅延するくらいにしかならないだろうが。まあ、それでもやる価値はあるだろう。
にしても。
アストリッドはいつシロの援護に入るつもりなんだろうか。
見た感じ、若干シロの方が押され気味になっている気がする。
というのも、シロの方がだんだんとマドシュターちゃんの背後を取れなくなってきているのだ。多分、時間停止に割く魔力が底を尽きてきているんだろう。そのせいで、時間停止を発動できる時間が短くなり、マドシュターちゃんの背後に回れるほどの時を止めることが難しくなったんじゃないだろうか。
反対に、マドシュターちゃんの方は気づいた時にはシロの背後に立ち、さらに攻撃を加えることまで行っている。
シロの方はその攻撃を避けたり、防御したりするのに精一杯になってしまっている、というのが今の戦況だろうか。
シロの顔を見ると、明らかに焦っていることがわかる。それに、今度は明確に汗を流していることが遠目でもわかった。
ここまできても、アストリッドが介入する気配は全くない。
はっきり言って、シロは弱いわけじゃない。いや、消極的な言い方だと、あまり強くないように聞こえるかもしれないから、あえて言わせてもらうが、はっきり言って、今のシロはかなり強い。
仮に来夏が今のシロを相手にすることになったとしても、かなり苦戦することになるんじゃないだろうか。
櫻が万全の状態だったとしても、簡単に勝てるような相手ではない。
そう。シロの実力は相当なものなのだ。
だから、シロが押されているということに、アストリッドは危機感を覚えているはず……。
そのはずなのに、アストリッドはシロに手を貸すわけでもなく、また、一切焦っているようにも見えない。
シロが倒されれば、次は自分の番だというのに。マドシュターちゃんの実力的に、アストリッド単体で彼女の相手をするのは無理があるということも承知のはずなのに。
何を根拠にそんな余裕を見せているんだ…?
「ふぅ……。見た感じ、そろそろ限界っぽそうだね。それじゃ、トドメと行きますかぁ!! トドメトドメ!!」
マドシュターちゃんは、王冥斬を持って、シロの方に突撃していく。
シロは光の防御壁を展開するが、それもマドシュターちゃんの鬼龍術によって破壊される。
多分もう、シロは時間停止を使えない。
ここまできても、アストリッドはシロの助けに入らない。
何を考えて……。
そうして、マドシュターちゃんはシロに向かって、大剣を振り上げ、その勢いのまま、振り下ろす。
瞬間、シロとマドシュターちゃんのいるところが、真っ白な光を発しだす。
一体何が……。
光がおさまった後、その場にいたのは、マドシュターちゃんによって斬られたシロの姿、ではなく……。
「あれ? とけちゃった……」 「とけたとけた……」
2人の少女の姿。
片方は確か、真野尾美鈴という、櫻が最近面倒を見ている魔法少女だったはず。もう片方は、魔族と人間のハーフの、龍宮メナ、だっただろうか。
彼女らが、シロの前に2人で座り込んでいた。シロの方はというと、無傷だ。そして、マドシュターちゃんの姿は、どこにも見当たらなかった。
「やっぱり、私の予想通りだ」
そうして、さっきまで見物を決め込んでいたアストリッドが、シロの側へとやってくる。
「おかしいと思ってたんだよ。魔法少女の力を持ちながら、魔族の魔法も扱えていた君のこと。何かあるんじゃないかと思ってね。シロとの戦闘を観察してもらっているうちに、君の……君達の魔力に乱れが生じていることに気がついた。そしたら案の定、こうなったわけだ。仕組みはよくわからないが、君たち2人の力を融合させ、1人の魔法少女として、新たに誕生し直していたわけだね。全く。こんなことができるなんて、君達には驚かされるよ」
魔法少女マジカルドラゴンシュートスターは、真野尾美鈴と龍宮メナが何らかの形で融合していた姿だったのか…‥。
そんなことができたなんて……。
いや、今はそれどころじゃない。
マドシュターちゃんの存在がない今、アストリッドとシロに対抗する手段はなくなってしまった。
まずい………なんとかしないと……。
多分、まだシロの意識は2人に割かれているはず……。いけるか……?
「ホワイトホール!!」
俺はホワイトホールを出現させ、アストリッドとシロの2人に向けて血の刃を放つ。
「2人ともはやく逃げ「悪あがきだね、クロ」」
俺は美鈴とメナの2人を逃がそうとするが、血の刃はシロの光の防御壁によって全て完璧にガードされ、俺自身もまた、シロから遠隔で身体に干渉されたことで、身動きが取れなくなってしまう。
負ける‥‥。シロもアストリッドに洗脳されたまま…。
このまま‥‥。終わって……。
「究極魔法・百花繚乱!!!!」
絶望に染まりかけていたその時、アストリッド達の上空から、1人の少女がやってくる。
……櫻だ。
櫻は『究極魔法』でアストリッド達を足止めしながら、美鈴とメナの2人を抱えてその場から離れていく。
茜が呼んできてくれたのだろうか?
いや、違いそうだ。茜は多分まだ辰樹達を運んでいる最中のはず……となると、この場にいるのは櫻だけか。
櫻は今、万全の状態ではない。前回とのアストリッドとの戦闘で負った怪我によって、本来の実力を出せないようになってしまっている。
万全の状態でもアストリッドに敵わなかったというのに、今の櫻にアストリッドとシロを同時に相手にしろというのは酷だ。
櫻が来たところで、絶望的な状況であることには変わらない。
どうすれば‥‥どうすればこの状況を………。
「お困りのようだね」
「……ロ……キ……」
突然声をかけられ戸惑ったが、声の主の正体はロキだった。いつのまに…‥いや、そんなことはどうでもいい。
この状況で、ロキもさらに敵になるのなら、もはや勝ち目はない……。どうする? なんとかしてこいつとアストリッドの協力関係を破棄させなければ‥。
「そう。俺はロキ。組織の幹部さ。実はルサールカから君にこれを渡すようにと頼まれてね。もっとも、これを使うかどうかは君の判断に委ねるそうだが」
……………?
アストリッドと協力していたんじゃなかったのか?
それとも、俺が裏切ったことがまだ伝わっていない?
「不思議そうな顔をしてるね、何か質問でも?」
「アストリッドとの協力関係はどうなってるの?」
俺の質問に、ロキは少し迷うような素振りを見せた後、応える。
「俺もよくわかんないだよ。ルサールカも考えることはさ。君の“調整”が解けたっていうのに、再調整することなく、君にこれを渡せって言われたしさぁ」
そう言ってロキは、一つのアタッシュケースを俺に差し出してくる。
「これは……」
「開けてみ」
「いや、手が……」
「あーそか。悪いね」
ロキはアタッシュケースの中身を開ける。
中に入っていたのは、10本の注射器だった。
「……怪人強化剤?」
「正解。でもただの怪人強化剤じゃないぜ。普通のそれと違って、一度打てば効果は永続。ま、アストリッドが使ったやつと似たようなもんだ。ただし、これを使って体がどうなっても、俺は知らないからな」
「これを使えば、アストリッド達に勝てる?」
「それはルサールカしか分からないことだ。俺は渡せとしか言われてないからな」
俺はアタッシュケースの中に入った、10本の注射器を見つめる。
このままいけば、櫻もアストリッドにやられ、そのまま美鈴、メナが続けてやられ、最後に俺は、アストリッドに洗脳され、眷属にされてしまうだろう。
そうなった場合、アストリッドを倒すのはさらに困難になるし、茜達の状況はより絶望的なものへと変化するだろう。
はっきり言って、俺の両腕は使えない。こんな状態で、いくら自分を強化しようが、アストリッドに勝てるようなビジョンは見えない。だが……やるしかない。
「わかった。これ、使う。だから、一本刺して」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
私は、美鈴ちゃんとメナちゃんを抱えて、できるだけ遠くの方へ逃げていく。
クロちゃんのことは、正直助ける余裕がなかった。
でも、メナちゃんだけは……。
「やあ櫻、マラソンご苦労様」
……逃げきれなかった。
私が全力で息を切らしながら駆け抜けたというのに、アストリッドは息一つ切らさず、突如として私の進行方向へと現れた。瞬間移動の類?
でも、今はそんなこと気にしてられない。
メナちゃん達を守らないと!
「召喚! おうめ「させないよ」あがっ……」
私は『桜銘斬』だし、アストリッドに対抗しようとするも、召喚する前にお腹を殴られてしまう。
痛い‥‥。でも、メナちゃん達を守らないと……。
「櫻、諦めた方がいいんじゃないかな。そうやって無駄な足掻きをするよりも、アストリッド様に謝罪して、眷属にしてもらえるように懇願した方が建設的だと思う」
「シロちゃん………」
後ろで美鈴ちゃんが不安そうな目で私のことを見ている。
……情けない……。せっかく、せっかく迷いを捨てれたのに……。このままじゃ、私は何にも……。
「特別召喚・血狂いの魔刃」
アストリッドは、私にナイフを向けてくる。
「ごめんね櫻。別に君のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でもね、私は君を眷属にするつもりはないんだ。だから、死んでくれ」
そしてそのまま、アストリッドは私に向けてナイフを振り下ろして……。
ドサリと、鈍い音をして、アストリッドの腕は地面へと落下した。
「は?」
アストリッドの腕は、綺麗に切り落とされていて、断面もくっきり綺麗に見える。
誰かが、斬った。アストリッドの腕を。
「な……んで……クロが、その剣を……」
シロちゃんが動揺したような口調で、そう言う。私も、シロちゃんが見ている方向を見てみる。
「ちょっと特殊な怪人強化剤使ったからさ。まさか腕まで治るとは思わなかったけど」
そこには、処刑人の剣のようなものを持った、クロちゃんがいた。