Memory98
かなりまずい状況だ。
辰樹は本気を出したアストリッドに手も足も出ず、壁に打ち付けられて伸びてしまっている。愛は光の相手をしており、茜はシロの相手をしていたのだが、シロのやつ、茜の相手をしながら愛にも妨害の攻撃を加えていた。
光だけの相手なら、愛でもできた。光の反射自体は強力だが、光自身そこまで実力のある魔法少女というわけではない。反射にさえ気をつければ、愛でも光を倒せはしたはずだ。が、シロの妨害が加わったせいで、愛は光の魔法への対処が万全にできず、敗北するに至ってしまったのだ。
そういうわけで、現状こっち側の戦力は茜ただ1人。対して向こうは3人と、絶望的な状況となってしまっている。
助けが来ることはないだろう。なぜなら、ロキ対策で、それぞれ戦闘する相手は決めてしまっているからだ。
こちらが追い詰められているという情報が渡れば、来夏や魔衣が来てくれるかもしれないが……。
現状、茜と俺、光は魔力の量でいえばまだ残っているので、来夏や魔衣もまだ大丈夫だと判断して助けに来ないだろう。光が裏切ったという情報だけでも伝わっていれば、助けが来たのかもしれないが。
一番まずいのは、俺が戦闘不能な状態で魔力が有り余ってしまっていることだろう。
俺は怪人強化剤を使えば、かなりの実力を発揮することができる。そのため、来夏や魔衣からすれば、俺は戦闘続行可能である。その時点で、こちらがピンチに陥っているという発想に至らないのだ。
「さて、邪魔者は消えた。茜、クロ。私の眷属になる気はあるかな? 悪い提案じゃないと思うが」
「クロ、良かったね。アストリッド様が眷属にしてくれるって」
アストリッドは勝利を確信したのか、余裕の笑みで俺と茜にそう提案してくる。シロは当然、アストリッド側で、俺達が眷属になることに対して肯定的だ。光は少し不服そうにしているような気がするが、多分シロを独占できない、とか、そんなことを考えているんだろう。元々アストリッドがいるから、独占自体はできないのだが。
「お断りよ。あんたの眷属になるくらいなら、死んだ方がマシよ」
「そういうことだから」
茜がアストリッドに対して強く反発しているため、俺も乗っておく。流石に戦闘不能な状態で生き生きと反論はできないため、気弱な拒否になってしまっているのが少し残念だ。
「分からず屋だね、君達は。まあいい。従わないのなら、無理矢理にでも従わせるまでだ」
アストリッドは左手に血で作った大鎌を、右手には炎の塊を出現させる。
「君達の得意分野で戦ってあげよう。まあ、クロは戦えないだろうけどね」
アストリッドは悠然とした様子で、ゆっくりこちらに歩いて近づいてくる。
「クロ、私が足止めする。そのうちに逃げて」
茜は小声で、俺にそう告げてくる。
負けを確信しているのだろう。実際そうだ。この状況で、勝てると思う方がおかしい。
「ごめん、茜。すぐに助けを呼ぶからっ」
俺は後ろを向いて全速力で駆け抜ける。腕が使えないせいで、上手く走ることができない。
少しでも早く逃げて、来夏なり、魔衣なりを連れてこなければ。じゃないと、茜が間に合わなくなる。
はやく……逃げて……。
「あぐっ………はうぁ……」
息が、できない……。
くるしい……はしれ…………ない……。
胸が………いた………い…………。
「クロっ!?」
「クロが悪いんだよ。アストリッド様から逃げようとするから。残念だけど、私の魔力とクロの魔力のパスは繋がってる。私はいつでも、クロの身体に干渉できるから」
俺は……走るのを…やめて、その場で…立ち止まる。そうすると、幾分か、胸の痛みは……マシになった。シロが……緩めてくれたのだろう。………だが、逃げようとすれば確実にさっきの痛みが来る。
「っ……分かったわ。私はあんたの眷属になってあげてもいい。けど、クロは逃がしてあげてっ」
「却下。君もクロも、両方とも逃がしてあげないよ。今日ここで勝負は決めるんだ」
茜はプライドを捨てて、俺だけでも助けようとするが、アストリッドは獰猛な獣の目をしながら、茜の要望を切り捨てた。狙った獲物は逃さない、そんな目だ。
絶望的な状況。
助けは来ない。逃がしてもくれない。
辰樹も愛も、完全に動く気配はない。そもそも、治療をしないといけないほど、2人とも消耗しきっている。
よく見ると、茜の足は震えている。普段は弱いところを一切見せようとしない茜が、だ。
アストリッドはそんな茜の様子を、ニヤニヤと気味の悪い笑みで見ながら、焦らすようにゆっくり歩いてくる。
「とーうっ!」
と、そんな状況下で、間延びした声と共に、上空から1人の少女が飛び降りてくる。
突然の来訪者に、俺も茜も、アストリッド達も、困惑しながらその少女の方へ視線を向ける。
「何者だ?」
アストリッドが問いかける。が、少女は突然準備体操を始め、アストリッドの言葉に答えるつもりはなさそうな様子だ。よく見ると、少女の頭には角のようなものが生えている。
「ん? 名前のことー?」
準備体操を終えたあたりで、少女はようやくアストリッドの問いかけに答える気になったのか、そう尋ねる。
「そうだ。名前を名乗ってくれるかな? お嬢さん」
「人に名前を聞くときはまず自分からー。自分から自分から」
「アストリッドだ。君は?」
アストリッドは警戒しながらも、できるだけ穏便に事を済ませようとしている。やっと俺と茜を手に入れられる場面になったのだ。慎重になるのは当然と言える。
対して、少女はアストリッドの名前を聞きうーんと唸りながら考え事をするかのように腕組みをして頭を悩ませている。
何か思い当たるものがあったのか、やがて思い出したとでも言わんばかりに手をポンと叩き……。
「特別召喚・龍方鳳凰砲」
無属性の魔法を扱い、空中から龍の頭が射出口についたバズーカを召喚させ………。
「くらえー! ドラゴンバズーカ!!!!」
アストリッドめがけて、バズーカをぶっ放した。
「バズーカバズーカ!!」
ドラゴンバズーカはそのままアストリッドの元に辿り着く………なんてことはなく、途中で軌道を変え、空の彼方へと吹っ飛んでいった。
その場には焦った様子の光がいた。おそらく、彼女が反射で上空へドラゴンバズーカを飛ばしたのだろう。
が、さっきのドラゴンバズーカ、相当な魔力量が篭っていた。俺や茜があれをくらえば、木っ端微塵になってしまっていただろう。正直、光があのドラゴンバズーカを俺達の方へ反射していれば、ゲームオーバーだった。他の方向へ飛んだとしても、一般人が巻き込まれていただろうし。多分、光も咄嗟のことで、適当な方向へ弾き飛ばすので精一杯だったのだろう。
「跳ね返された? 遠距離はダメかー。じゃあ、近距離だ。近距離近距離。召喚・王冥斬」
少女は、ドラゴンバズーカをしまい、また別の武器、王冥斬という名の大剣を召喚する。
読みが櫻の桜銘斬と一緒だったので、一瞬櫻のそれが出るのかと思ったが、蓋を開けてみれば別物だった。
どちらかというと、大剣桜木に近い見た目をしているような気がする。
と、そんな大剣を、少女は片手で持ち、素早く光の元へ駆けていく。
「まずはお前からだー!!」
「反射!」
「鬼龍術・捌きの王!」
光が咄嗟に反射のシールドを展開するが、謎の少女はそのシールドをギタギタに切り刻み、破壊する。
「なっ! んなアホな!!」
その様子を見て、すぐさまシロがホワイトホールから取り出した大量の血の刃を謎の少女目掛けて放ち、カバーに回る。が。
「鬼龍術・龍の破壊撃!!」
謎の少女の大剣から、龍の霧のようなものが出現し、空中に浮いている全ての血の刃を切り刻み、破壊していく。粉々になった真っ赤な結晶が、ヒラヒラと宙を舞う様子と、龍が踊り狂うように空中を跋扈する様子は、とても幻想的に見えた。
「あ、そういえばまだ名乗ってなかった!」
そして、少女はそう言いながら大剣を下ろし、高らかに宣言した。
「私は魔法少女マジカルドラゴンシュートスター!! 最強の魔法少女!! に、多分なる!! 多分多分!」