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車庫を出た後に通路を経て待機室へ向かう。待機室では上司や先輩達が話す声で賑やかな空間になっているようだ。少し気まずさを感じながらドアを開ける。
「おう遅かったなあ!伊勢島に怒られて泣いちまってたんじゃないだろうなあ」
真っ先に話しかけてきたのは先程の現場で隊長として指揮を執った前川係長だ。気さくな人柄で接しやすい上司だが、今に至ってはそっとしておいて欲しいものだ。
「いえ、そんなことはーーー」
「そいつはそんなタマじゃねえですよ。今日のことくらいで泣くようヤツなら、あの時とっくに潰れてますよ。」
伊勢島先輩が割って入る。車庫での出来事とは打って変わった柔和な表情で話している。このさっぱりとした人間性こそが伊勢島先輩なのだ。
「あの時…?っていうのは、例のアレか?」
怪訝そうな前川係長が聞き返す。
「そうっすよ。ま、なんでもいいですよ。係長、ジュースご馳走さまです。」
少しわざとらしく伊勢島先輩が話を反らす。
「おいおい!まだ何もアクション起こして無いじゃないか。厳しいなあ伊勢島は。まあ、いいか。火災お疲れさん!みんな飲んでくれ!」
前川係長が財布からお金を抜き取り、新人職員に渡す。俄に待機室が活気づいた。
「係長ありがとうございます!」
お金を受け取った新人職員、曽根が溌剌とした声を出す。この曽根は今年度入職したばかりで、長期に渡る新人教育を修了して帰って来てから、初めての火災を経験したところであった。
「いや~やっぱり疲れたときは係長のジュースですよねえ」
続いて声を発したのが救急救命士の資格を持つ、藤倉先輩だ。掴み所の無い性格と、何も考えてないようで実はかなりの切れ者と言う頭脳で、ことある毎に後輩を翻弄してくる悩みの種だ。
「さぁて、甘~いコーヒーでも飲んで、さっさと報告書終わらせるか!曽根!やり方教えるからちょっと来い。」
伊勢島先輩が言う。曽根はまだ事務処理なども経験が少ないため、指導しながら覚えさせなければならない。しかし、これは本来であれば俺の役割なのだが…。伊勢島先輩は気を使ってくれたのだろうか。
既に時間は21時を回っている。要領良く終わらせなければ仮眠時間を削ってしまうため、気は抜けない。
係長からの御芳志により、勤務員5名が庁舎内の自動販売機前に集結する。俺が勤務する分署では、本日ではこの5人で災害対応を行っている。休暇者があと2人おり、合計7人で組織されているのが、我らが善道消防本部光明消防署南分署第2係である。
思い思いのジュースを自動販売機から取り出し、係長にお礼の言葉を述べながら、それぞれの任務に就く。そんな中で俺は、伊勢島先輩が言う「あの時」のことを思い出し、屋外に出て夜空を見上げながら、ブラックコーヒーを呷った。