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俺は…本当は何がしたかったんだろう。
どんな人間になりたかったんだろう。
あの時の俺は、何でこの仕事に就くことを選んだんだろう…。
「ーーーーー。」
「ーーーってんだ!早くーーー。」
「聞いてんのか!!何やってんだ!早くあそこに掛けんだよ!!」
ハッとした。
そうだ、ここは火災現場。一刻の猶予も許さぬ災害現場なのだ。
ふとした瞬間の自失に自責の念を感じながら、言われた場所に高圧放水を向ける。
「馬鹿野郎!現場でボーッとしてんじゃねえ!」
先輩に怒号を飛ばされながら、いつもと代わり映えのしない消火活動を行う。そう、それが俺の日常なのだ。
「おい、お前現場で気ぃ抜くってのはどういうことだ?なめてんのか?」
一回りも年の離れた先輩、伊勢島に帰署後の車庫で詰められる。無理もない。火災現場で目の前の現実と全く関係のないことに思考を奪われ、立ち尽くしてしまったのだ。
「すみませんでした。以後気を付けます。」
これ以上に返す言葉が無い。更に詰められることが無ければ良いのに、と考えながら伊勢島の目を見る。
「ったく、頭が真っ白になっちまうようなルーキーでもねえだろうが。少し頭ぁ冷やしとけよ。」
伊勢島はそう言って車庫から出ていった。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、火災現場で頭を埋め尽くしていたことが再び過る。
俺、東亮一郎は入職8年目の消防吏員。この8年はずっと警防隊として、消火を中心とした現場活動を行ってきた。だが、最近はどこか以前のような意欲が湧かないのだ。
俺は…本当は何がしたかったんだろう。
どんな人間になりたかったんだろう。
あの時の俺は、何でこの仕事に就くことを選んだんだろう…。
この言葉がずっと脳内でリピートされる。
消防吏員を拝命してしばらくの新人時代は、どんな現場でも鼻息荒く、やれることはないかと駆けずり回っていた。
最早それも昔のこと…とばかりに、今ではルーチンワーク化した現場活動を淡々とこなすだけの毎日である。
消防吏員になって何がしたかったのか?
どんな消防吏員になりたかったのか?
何で消防吏員になったのか?
霞のかかった新人時代の志に思いを馳せ、重たい足取りで車庫を後にした。