六之皿 『ビーチパーティー②』
8月30日。評価とブックマーク登録が増えていました。
評価の数は僅かでも、大変な高評価を頂き、嬉しい限りです。
こちらは不定期投稿ですが、今後もお付き合い頂ければ幸いです。
R04/6/25 追記
こちらにも「いいね」を頂きました。
自分でも、かなり気に入っている作品なので嬉しいです。
本当に、有り難う御座いました。
六之皿 『ビーチパーティー②』
夜明け前に、眼が覚めた。
星野さんはベッド(俺の寝床はソファ)で熟睡中。
ビーチパーティーのメニュー編成は俺の役目。
捧げ物に相応しい料理=『当たり』を作れれば、
あの子を助けられる可能性が出てくるだろう。
何が『当たり』か判らないから、料理の種類は多い方が良い。
ただし、荷物持ちは事実上俺だけ。どんなに工夫しても、5品が限界。
この地方の行事料理を調べてみた感じでは、外せないのが2品。
豚骨ベースの汁物と、バラ肉の煮物。これは完成させてから持って行く。
残りは3品。猪を狩っていた時代から、多分この儀式は続いて来た。
なら当然、焼き物。昨夜星野さんが作ってくれたスペアリブのグリル焼き。
茹でこぼして、タレに浸けた状態で持って行って、海岸で焼き上げる。
これで、汁物・煮物・焼き物。あと2品。 定番は抑えたから、変化球?
外国産の豚肉が輸入される前、豚の価値は今よりずっと高かった。
全ての部位を余さず、大事に使い切る事を考えた筈。
現在だって、中国では『蹄と鳴き声以外は食べる』と言うらしいし。
だから4品目はサラダ。中華料理の『豚耳と胡瓜の和え物』をアレンジ。
これも完成させてから持って行く。
となると、残り一品は、『アレ』で決まりだ。
豚肉と同じように、現在よりずっと貴重だった、陸の食材を使う。
太古の時代から、『捧げ物』には欠かせない食材。
よし、これでメニューは完成。忘れないようにメモして、ゆっくり二度寝。
あとはスーパーの開店時間に間に合わせて、買い物をするだけ。
寮を出たのは5時半。昨日と同じ場所に車を駐めた。
土曜日だが、他に駐まっている車は無く、桟橋に釣り人の姿も見えない。
行方不明事件の続報が(公的には)無い訳だし、当然と言えば当然か。
只でさえ穴場っぽい静かな海岸が貸し切り状態。
何度かに分けて荷物を運び、黙々と準備を進める。
ルアーを見つけた場所、大きな岩を利用してタープを張った。
星野さんがテーブルと椅子を組み立てている間に、
アウトドアコンロとファイアグリル(どちらも星野さんの私物)の設置。
いよいよ、クーラーボックスから食材と調理済みの料理を取り出す。
テーブルと椅子のセッティング、料理の準備。全て調ったのは7時前。
大きな岩を背にした席を上座として、椅子を一脚。
テーブルを挟んで、はす向かいに2脚。
草むらから離れた方で火を使う事になるから、海側が俺の席だな。
海に沈んだ太陽の残照が、椅子三脚とテーブルを茜色に染めている。
良い、時間だ。
今夜のメニューは5品
『豚耳と胡瓜とキクラゲとリーフレタスのサラダ』。
材料はクーラーボックスで冷やしてある。後は盛り付けるだけ。
『キノコと根菜色々、豚骨スープ』。
これは寮の部屋で完成させてきたから、温め直せばOK。
『豚バラ肉と昆布の煮物』
これも完成済み、温め直すだけ。
『スペアリブの炭火焼き』。
茹でたスペアリブをタレに漬け込んで持ってきた。
これは炭火で焼いて、完成させる。
そして最後の一品。
準備してきたのは材料だけ。この場で調理する。
星野さんのアウトドアコンロ。ツーバーナーだから2品ずつ加熱できる。
サラダは加熱の必要が無い、まずはスープと煮物。
その間に炭火でスペアリブを焼く。うん、手順は完璧。
ファイヤースターターで火を熾して、炭火を育てる。
これは星野さんと俺の儀式。何も急ぐ必要は無い。
ただ、ゆっくりと。そして、しっかりと。
昼からタレに漬けて置いたバラ肉を串に刺し、焼いていく。
「司君、ホントに、ありがとう。こんな事に付き合ってくれて。」
「正直、こっちの方が気が楽かなって、そう思ったんです。」
「気が、楽?」
「小学生の女の子が行方不明。そこら中の海岸や山道に警察官。
翌日は、僕たちの事業所にも協力依頼が来ました。」
星野さんは椅子に座ったまま、黙ってスペアリブを焼いている。
「なのに突然、警察官の姿が消えて、その後の情報も一切無い。
その状況から考えると、その子は性犯罪の被害に遭ったのかもって。
それなら、その子が生きていても、そうで無くても、
家族は真相を伏せておきたいと思うでしょうから。」
「それで?」
「もし性犯罪なら、僕に出来る事は有りません。
でもその子が『捧げ物』に選ばれたのなら、僕にも出来る事が有る。
まあ、この程度の料理が役に立つかどうかは判らないですけど。」
「司君が、あの子に会った訳でも無いのに。
何で、そこまで、感情移入できるの?」
星野さんが望む事なら、それは俺の望みでもある。
本当は、そう言いたかった。でも、それを口に出す事は出来ない。
俺自身が、まだ、その理由を説明できないから。
「その子も、僕も、釣り人。仲間って事で。」
星野さんは微笑んで、立ち上がった。
「全部、焼けたよ。これでスペアリブ完成。盛り付け、始めて良い?」
「はい。」 テープルの上、3人分の料理を並べていく。
何故、俺はこの時点まで、気付かなかったんだろう。
勿論、タープを囲むように蚊取り線香を配置していた。
でも料理を温めて、スペアリブを焼いて、完成した料理を盛り付けて。
なのに、ハエが一匹も寄ってこない。夏の野外で、これは異常だ。
何かの気配が、俺たちをすっぽりと包み込んでいる。
それとなく、星野さんの顔色を窺う。話した方が良いのか、それとも。
しかし星野さんは淡々と準備を進めていく。
サラダ、スープ、煮物。
そして焼き上がったスペアリブ、ハンドタオルのおしぼりを添える。
お酒は例の銘酒だ。最西端の泡盛、3合瓶。
江戸切子のグラスに、小さめのかち割り氷を1個。これは上座だけ。
車の運転もあるから、星野さんと俺は麦茶。
「それで師匠、『秘密のメニュー』はどのタイミングで?」
「作りたてが絶対美味しいから、最後に、その場で作ります。」
「じゃ、お呼びしましょう。来て下さると良いけど。」
え? 『お呼びしましょう』って...
星野さんはポーチの中から小さな銀色のカップを取り出した。
アロマ、キャンドル?
大きな岩、高さ1m半ほどの所に大きな窪みがある。
そこにキャンドルを置いて、火を点けた。やがて、辺りに良い香りが漂う。
好みの香りだと言ったら、部屋で時々使うようになって、
アロマの名前も教えてもらったけど、忘れてしまった。
星野さんはテープルを回り込んで、自分の席近くに戻った。
一礼、目の高さで柏手を1つ。何か小声で呟いて、柏手をもう1つ。
そして一礼。俺もつられて、深く頭を下げた。
空気が、変わった。 風が、冷たい。
炭火は赤々と燃え、温かな料理も並べられているのに、少し寒い。
「良い、匂いだ。」
澄んだ、声。
何時の間にか、大きな岩の前に少女が立っていた。
薄青色の着物は、病衣?木綿の布地、ゆらゆらと炭火が映っている。
「ようこそ、お出で下さいました。有り難う御座います。どうぞお席へ。」
「うん。」 少女はふわりと椅子に腰掛けた。
星野さんの口調は真剣で丁寧。そして、微かな笑みを浮かべていた。
「お前が、今宵の亭主かな?」
「はい。星野とお呼び下さい。そしてこの者は。」
星野さんの右手が俺を指した。少女がこちらを見詰める。
「司とお呼び下さい。今宵の料理番で御座います。」
慌てて頭を下げる、最敬礼。
少女は穏やかな笑みを浮かべた。
しかし、その笑みの向こうに、何かとんでもない気配を感じる。
ああ、これは星野さんの『護り神様』に近い感覚。
と言う事は、この少女は...『海神様』の化身?
「ふふ。略式だが、真心の籠もった勧請の手順。
浜辺に設えた仮屋の宴席も趣き深い。気に入った。」
「では早速、お酒と料理の説明を料理番から。」
「頼む。」 少女の、期待に満ちた表情。
星野さん...これ、今後の進行一切を俺に任せるって事だよね。
緊張で膝がガクガク震えるが、何とか踏ん張る。
「まずはお酒を。」 泡盛を開封、切子のグラスに注ぐ。
「最上の古酒を氷仕立てで、どうぞ。」
小学生くらいの少女に酒を注ぐのは倫理上どうかという気もするが、
『海神様』なら、俺よりずっとずっと年上だろう。多分。
少女はグラスを取り、香りを楽しんでいるようだ。
「確かに、良い酒だ。」 一気に飲み干す。
「もう一杯貰おう。それと。」 少女は星野さんを見詰めた。
「亭主が立っていては落ち着かぬ、座れ。」 「はい。」
「亭主が飲まぬ作法は無い。司、だったな、星野にも酒を。」
星野さんが小さく頷いたのを確認して、紙コップにオンザロックを作る。
プレッシャーがヤバくて、胃が痛い。
「料理は4品。」 料理を示しながら、順に説明していく。
「豚耳・胡瓜・キクラゲ・青菜のなます(サラダ)。
豚骨で出汁を取った根菜の汁物。豚バラ肉と昆布の煮物。
そして豚肉の炭火焼きです。お好きな順番でお召し上がり下さい。」
少女が最初に箸を付けたのは汁物、次になます。
「あっさりしているが滋味深い出汁。
なますは初めて食べる味付けだが、こちらも美味しい。」
「有り難う御座います。」
「なるほど。先の2品とは一転、この煮物は馴染みの味。
若いが、司の腕は確かだな。これも美味しいぞ。」
「炭火焼きは、どうか手掴みでお召し上がり下さい。お手拭きはそちらに。」
「手掴み...懐かしい。最後に猪を食べたのは、いつだったか。」
少女は炭火焼きを豪快に食べていく。1個、2個、3個。
「これは極上。素晴らしい。さて。」
少女は星野さんに、次に俺に視線を向けた。
「これで一通り、料理に箸を付けた。
これからは星野も、司も、吾と共に食べてくれるのであろうな?」
「はい。是非、御相伴を。」 「では、宴を始めよう。」
口調は拙かったが、飲みながら食べながら、少女はこの島の歴史を語った。
現在の定説に沿った話もあれば、定説とは全く違った話も有る。
それはとても興味深く、俺はその話を聞き漏らすまいと必死になった。しかし。
テーブルの下。思い切り、足を踏まれた。星野さんだ、マズい。
話を聞くのに夢中になって...もう8時過ぎてる。
深呼吸。それから席を立ち、一礼。
「宴も酣ですが、そろそろ5品目の用意をしても宜しいでしょうか?」
「おお、それは楽しみだ。是非、頼む。」
クーラーボックスから、具材を入れたビニールパックを取り出す。
フライパンに多めの胡麻油を敷いて、炭火で熱する。
「胡麻の油、か。何とも香ばしい。」 少女はじっと俺の手元を見詰めている。
重圧と緊張が戻ってくる、しかし、腹を括るしかない。
フライパンを十分に熱した所で具材を順番に投入。
玉ねぎのみじん切り、少し時間を置いてニンニクのみじん切り。
玉ねぎとニンニクに火が通ったら、小さめに切った豚肉。
「良い香りだ。これは、腹が減る。」
炒め上がったら、全て具材をフライパンから別の皿に移す。
フライパンに胡麻油を少し追加、十分に再加熱。
卵を3個割り入れ、ざっと混ぜる。
卵が半熟状になったら、いよいよ『取って置き』を投入。
「ほう。米を炒めるとは...雑炊とも違うようだが。」
「炒飯です、中国から伝来した料理と聞きました。」
鉄のフライパンで強火、炒飯はこれで決まり。
昼前に炊いて冷ましておいた御飯、卵と馴染ませるように炒める。
パラパラに炒め上がったら、別皿の具材をフライパンに戻す。
塩・胡椒・醤油を少量、ざっくり混ぜて更に炒める。
汁気が飛んだらフライパンを火から外し、薬味の刻みネギを投入。
全体を軽く混ぜて完成。深めの皿に盛り付ける。
「どうぞ、5品目です。この匙でどうぞ。」
一口目はそろそろと、二口目からは凄い勢い。
皿はあっという間に空っぽ。
「これは、褒美を奮発せねばならん。共に食べながら、その話をしよう。」
「共に食べながら」と言ったが、
少女が口を開いたのは2度目のお代わりを完食してからだった。
「さて、今宵の宴。亭主の、星野の望みは何か? 申してみよ。」
和やかな雰囲気は一転、辺りの空気が張り詰める。
しかし、星野さんは顔色1つ変えず、オンザロックを飲み干した。何杯目?
「もし、私の願いが叶いますならば。」
「うん。」 突き刺すような視線が、星野さんを捉える。
「『海神様』が形代とした、その少女を両親の元にお返し下さい。
人身御供の代わりに『神様の魚』を釣ろうと努めた、心正しき少女を。」
「誤解が、有るようだ。」 「誤解、とは?」
少女もグラスの酒を飲み干した。慌てて酒を注ぐ。
「吾がこの島の海を統べて、早、数万年。
景色は変わり、やがて人も移り住み、島はとても賑やかになった。
そして、人の中には、ごく稀に、吾と心を交わせる者がいた。
それらの者は時折、楽しい宴を催してくれたものだ。
そう、今宵のように、な...しかし。」
少女の表情は厳しく、激しい怒りを堪えているように見えた。
「しかし只の一度も、吾から宴を望んだ事などない。
増して『人身御供』などと。星野、無礼が、過ぎるぞ。」
星野さんは立ち上がり、深く深く頭を下げた。
「無礼は承知。ただ、そのお言葉を聞きたい一心で御座いました。
どうか、どうか御許し下さい。」
「今、何と?」
「私は遠い地の生まれ、そして『海神の巫女』の末裔。
私を護る眷属の働きにより、『海神様』の御業は存じております。
事も有ろうに、『海神様』の祠の御前で、その少女を穢そうなどと。
邪な者共の始末は『海神様』にお任せいたします。ただ。
ただ、どうか、その少女は両親の元へ。何卒。」
星野さんは、もう一度、深く頭を下げた。
今、さりげなく『海神の巫女の末裔』って。
初耳だけど、これまでの出来事が色々と腑に落ちる。
それに、『海神様の祠』?
もしかして、星野さんがアロマキャンドルを置いた大きな岩の窪みは。
「心正しき、年端もいかぬ女子を追い回し、穢そうとした男が2人。
女子はそこまで逃げてきて転び、倒木に頭を打った。
口惜しい。百余年ぶりに、吾と心を交わす巫女になれたものを。」
「そして、何より。」
少女はもう一度、グラスの酒を飲み干した。
「巫を騙り、人共を謀って、男共の罪を吾に被せた鬼畜が1人。
絶対に許せぬ。この女子の魂を然るべき場所に送った後、
罪人共とその係累を纏めて滅ぼし、穢れた魂を全て、焼き尽くすつもりでいた。」
少女の髪は逆立ち、その体は青白い炎に包まれている。
まさか『係累を纏めて滅ぼす』なんて...
でも今、この少女は『海神様』の形代。大袈裟では無いのかも。
「しかし、気が変わった。」
穏やかな笑顔。少女の体を包んでいた炎は、もう見えない。
「今宵の宴は良し、酒と料理は尚良し。よって、亭主に褒美を取らす。
女子は両親の元に返そう。ただし、引き換えに罪人の、3つの命を絶つ。
どうだ、それでも未だ、異存が有るか?」
「いいえ。全て、全て『海神様』にお任せいたします。」
「ならば落着。司、チャーハンのお代わりと酒を頼む。
星野、座れ。念の為に言って置くが、『豊漁』など、もたらす気は無いぞ。」
「はい。それも『海神様』の御心のままに。」
結局、宴は深夜まで続いた。
翌日は日曜日。当然、星野さんは酷い二日酔いで使い物にならない。
俺は少女から聞いた島の歴史と神話を、ワープロで文書に起こすのに夢中。
月曜日の朝礼、○山さんの表情は複雑だった。
「先週話した女の子だが、無事見つかったと警察から連絡が有った。
海辺の崖の途中に引っかかっているのを発見されたらしいな。
崖から落ちた時に頭を打って、仮死状態になってたのが幸いしたって話だ。」
先週から職場に満ちていた重い雰囲気が、少しだけ軽くなった。
成る程、そういう『筋書き』で、始末が付いたのか。
「ただし。」 ○山さんの厳しい声、皆がざわめく。
「今朝、★泊の港で遺体が上がったという連絡も有った。しかも、3人。」
一層、ざわめきが大きくなる。
「サメに襲われたらしくて、遺体は酷い状況だったそうだ。」
しん、と皆が黙る。まあ、無理もない。
3人。『海神様』の言った通りだな。しかし、サメか。同情はしないけど。
「それで、だ。 水野、それと星野。」
へ? 何で、俺と星野さんが名指し??
「お前達、最近始終一緒に釣りしてるらしいな。
良いか、女の子は見つかったが、暫く釣りは自粛しろ。狭い島だから、
お前達がホイホイ釣りに行ったら悪い噂が立って、ウチの評判に関わる。
それにサメ、人食いザメだぞ。夜釣りなんて以ての外。命、惜しいよな?」
「はい、気を付けます。」 「気を付けるんじゃ無い。自粛、だ。自粛。」
「はい、自粛します。」
星野さんは俯いたまま、笑いを堪えているように見えた。
六之皿 『ビーチパーティー②』了/『ビーチパーティー』完
本日投稿予定は1回、任務完了。
何とか作業は終了したものの、朝から右肘が凄く痛くて大変です。
まさか、今作の『祟り』ではないと思いますが。
内容に不具合が有れば、おいおい訂正していきます。