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四之皿 『カツオ②』

4話目も後半。

ようやくオカルト要素が入ってきます。

これで何とか『タイトルに偽りなし』ですね。


R04/6/25 追記

こちらにも「いいね」を頂きました。

次作の投稿に向けて、何よりの励みになります。

本当に、有り難う御座いました。

四之皿 『カツオ②』


窓から吹き込む、冷たい風。

正面からその風を受けている筈なのに、星野さんは額の汗を拭った。


「ふう。」 少し青ざめた横顔。

刺身。角の立った、鮮やかな切り口。皮のすぐ内側、血合いの紅色が美しい。

タタキの表面、火の通った部分もほとんど崩れていない。

きっと、タチウオとアカヤガラ以来、練習してたんだろう。

そうでなければ、どんなに切れる包丁もその切れ味を活かせない。


「お見事。何も、言う事はありません。」

「...ありがと。」

平皿を2つ。それぞれ薄切りのタマネギを敷き、刺身とタタキを盛り付ける。

その時、無機質な電子音が響いた。

「ご飯、炊けたね。」 「はい、いよいよ晩飯です。」

星野さんはオレの左肩に体を預けた。 「私、幸せ。」

「それは良かった。でも、食べるのはこれからですよ。」

「いぇ~い!」


「前に作ってくれたタチウオの潮汁とは全然違う。

タチウオはとても上品だったけど、カツオは何て言うか、強い。」

そしてもう一口。

「強くて、すごく美味しい。タチウオが大吟醸なら、カツオはバーボンって感じ。

あ、お酒はきっとあれが良い。ロックで。」

星野さんは荷物の中からそのお酒を取り出して、手際よく準備を進めた。

一升瓶?


「沖縄の泡盛。それも日本最西端の島の地酒。

泡盛は米焼酎の一種なのに、何故かウイスキーっぽい風味があって。

ロックで合わせても、カツオを生臭さく感じないと思う。」

「それ、プレミアついて手に入れるのが大変だって聞きましたけど。」

そう、時々ネットのフリマで出品される。オレですら知ってる銘柄だ。


「父が若い頃、大物釣りでその島に通ってたらしいの。30年位前。」

「島に通う内に、この泡盛が凄く気に入ったみたい。

それで『その頃は安かったから、釣行の度に買えるだけ買ってた。』って。

この島に赴任するって決まったとき、『箱』でくれたんだけど、

実家にはもっとたくさん残ってる筈よ。

私が生まれる前の事だけど、今度ちゃんとお礼を言わなきゃ。」


一升瓶から、美しいデキャンタへ。

微かに、ほんの微かに黄色みがかった液体が注がれていく。

相変わらず、見事な手際。星野さんがそう言うなら、間違いないだろう。

しかし、この泡盛の一升瓶が、箱で?

それだけじゃない。星野さんの話通りなら、少なくとも30年物の古酒。


「じゃ、お酒はそれでお願いします。

次の料理はタタキと刺身。タタキは炙る前に塩を振ってあるのでそのまま。

刺身は小皿のポン酢で食べると美味しいです。」

「先にポン酢をかけないの?」 「それでも良いけど、見てて下さいよ。」

小皿に刺身を2切れ取り分け、それぞれにポン酢と醤油を数滴ずつ。


わずか数十秒後。

「ポン酢だけ、身の表面が白く...そうか、酢締め!」

「そう。時間が経つほど白く濁って、

染み出た血も凝固します。もちろん味も変わる。

見た目が良くないし、何より鮮度の良いカツオが勿体ない。

カツオは切った直後から...いや、兎に角、食べましょう!」

「お~!」


「確かに、同じカツオ...私、この手で切ったんだから。」

「はい。」

「それでも、信じられない。タタキはお肉みたいに歯ごたえがあって、

刺身はトロリと柔らかい。それにどっちも、ご飯に凄く合う。」

「ここで、潮汁の味変します。もし良ければ、星野さんもどうぞ。

刻んだネギを浮かべて、ほんの少しだけ唐辛子を振りかけるのが好きなので。」


「あ、私、こっちが好きかも。食材は増えたのに、スッキリしてる。

それに泡盛のロックも絶妙。料理の味を邪魔しないし、良く合う。」

「確かに合いますけど、これ、飲み過ぎがヤバそうですね。」

「え~、飲み過ぎたら何がヤバいの?私たち、ルームシェアしてるんだから。

料理食べ終わったら、後は寝るだけ。しかも明日は祝日。無問題、無問題。」


静かな、暖かい時間が過ぎてゆく。

自分のためだけで無く、好きな人のために料理を作る。

そして、その料理を一緒に食べる。今、これ以上の幸せを想像できない。

「じゃあ、今夜のメインディッシュです。これもご飯に合いますよ。」

刻んだネギを、カツオの柔らか角煮にたっぷりと振りかけた。


確かに、泡盛のロックはカツオの旨味を引き立てて、

しかも生臭さを微塵も感じさせない。うん、完璧に近い相性。最高、だ。


「これは、困っちゃうな~。」 「え、何が?」

「だってこれ、絶対太る。さっきから刺身とタタキでご飯食べてるのに。

この柔らか角煮なら、もっともっとご飯食べられる。どうしよう。」

「星野さんは元が細いから、少しくらい太っても大丈夫ですよ。」


ガタン!! 突然の、大きな音。 ちょっとビビる。


星野さんが立ち上がっていた。 表情が、少し怖い。

「ホント?」 「あの、何が?」

「少し太っても大丈夫って、今。」

「はい。そしたらもっとスタイルが良くなって...少し太るだけ、なら。」

「責任、取ってくれる?」 「責任?」

「私が太って、それで嫁の貰い手がなくなったら、司君が貰ってくれる?」

「...だから、太るのは少し、少しだけですよ。

それならきっと、いくらでもお嫁の貰い手が。」


いや、『彼女』に、オレ以外に嫁の貰い手が現れると請け合っていいものか。

それで言えば、星野さんは今の時点で、

オレ以外の嫁の貰い手を想定しているのか。

どんな言葉を継げばいいのか分からない。目を伏せてグラスに手を伸ばした。


「責任は取れるのか?取れないのか?」


!? 次の瞬間、目の前に星野さんの顔があった。

オレの右隣に立ち、テーブルに右手をついてオレの顔を覗き込んでいる。

さっきまでテーブルを隔てて...一瞬で、何故?

「もう一度聞く。責任を取れるのか?取れないのか?」

何か、おかしい。この物言いは、オレが知っている星野さんと、違う。


「一体、誰なんです?あなたは、僕が知っている星野さんじゃ無い。」


目の前で、星野さんの表情が変化していく...面変わり?まるで、別人。

「吾が名は、『みさき』。この者の血に、縁あるもの。」

「みさき?」 「そうだ。」


声が、そして何より気配が違う。

まるで、その声は頭の中に直接響くような、部屋の中を一杯に満たすような。


「吾は古の契約に従い、この者を護っている。」

星野さんがオレを担ごうとしている。そんな事も考えた。だが、違う。

今、目にしているのは、オレの常識や日常とかけ離れた、とんでもないモノ。

背筋が冷えていく。 守護霊、いや守護神か...ここは一応。


「護り神様、みたいな?」

「最低限の礼儀はわきまえているようだな。

そう、護り神。吾のような有りようを、人はそう呼び習わしてきた。」

「何故、今、私の前に護り神様がおられるのか理解出来ません。」

この場合の敬語はこれでいいのか、そもそも敬語になっているのか。


「明々白々。責任を取る覚悟が無いのなら、『排除』せねばならぬ。」

「排除...オレを、星野さんから引き離すという事ですか?」

「引き離すのではない、『無かった事にする』。あの3人のように。」

あの3人 ...何の、事だ?

「それは先日」


「やめて!!」 これは、星野さんの声。

細い体が、力無く床に頽れた。


お湯にハチミツを溶き、レモンを搾る。最後にあの泡盛を少し。

グラスを持って行くと、星野さんはベッドで上体を起こしていた。

「どうぞ。」 「ありがと。」

ベッドの傍、床に座る。 沈黙。 でも今はこれで良い。ゆっくり、待とう。

どれ位経ったろう。星野さんは静かに、口を開いた。


「私、酷いことしたの。」


既視感。

『酷いこと』。それは金曜の夜、星野さんの冷えきった体。甦る、激情。

「失礼な、男たちの事ですか?」 頷いた星野さんの目に、涙。

「何度も行ってる釣り場だから、油断して。観光客を予測できなかったの。」


なるほど、酔っ払って良い気分になった観光客が『海を見に行こう』と。

そいつらは波止で釣りをしていた星野さんに遭遇。

一人で釣りをしている女の子は興味を引く。しかも美人。

数の強みで強引に声をかけたら『護り神様』が御降臨、という訳だ。


「多分、私の腕を掴んだ人は大怪我。意識が無かったと思う。」


酔っていたにしろ、男3人がかりで女の子一人に。 完全な自業自得。

ただ問題は、この件が今後どうなるか。

おとなしく引き下がってくれれば良いが、騒ぎ立てられると面倒な事になる。

意識不明の大怪我なら、既に警察が動いていても不思議じゃない。


「それに、3人とも...私に関わる記憶を削られた。」

記憶を削る? ああ、成る程。『無かった事にする』というのは。

しかし、以前星野さんが言った『彼女としての覚悟』と、

『護り神様』との整合性は?


もし、星野さんに手を出していたら、オレも排除されていたのか?

星野さんはそれが分かってて、あんなにも無防備でオレに。


...いや、それは違う。

オレに恨みが有るのでもなければ、わざわざそんな事を。

星野さんがオレの料理を褒めてくれた笑顔には、一欠片の邪気もなかった。

それに、護り神様は『責任を取れるか?』と聞いたのだ。という事は。


「素朴な疑問なんですが。」 「何?」 怪訝そうな表情。

「『護る』のは事が起きてからで、予知して防ぐという訳じゃないんですね?」

星野さんは驚いたようにオレを見つめた。そして俯く。少し、自虐的な微笑み。

「それも出来る筈。でもそれだと、多分半日も持たない。凄く、疲れるから。」

『護り』の力は、星野さんの生命力を媒にして発動する、という事か。

それを四六時中となったら、すぐに生命力の限界。本末転倒。


道理だ。思わず、笑いが込み上げる。不謹慎な気もするが、止められない。

「何で、笑うの?」

「いや、さっき『護り神様』が現れた理由が分かったので。」

「理由?」 「はい。」 「どういう、事?」


「護り神様に、『責任を取れるか?』と聞かれました。

オレに、邪な気持ちがあったからですね。」

「邪な気持ち?」

星野さんは首を傾げた。オレを見つめる澄んだ瞳。

「はい。正直、今夜は流れで、そういう事になるかも知れないと期待してて。

そうなったらオレは、オレなんかが責任を取れる筈ないのに。」


「『司君の彼女になる』『この部屋で一緒に暮らす』全部私から言い出した事よ。

その結果どうなっても、司君が責任をとる必要なんてない。

もし、もし何時か、司君に捨てられても私は」


思わず、人差し指で星野さんの唇をそっと押さえる。

オレの昏い想いが、この人にも影響してしまった。


「護り神様は問答無用でオレを排除せず、『責任を取れるか?』と聞いたんです。

つまり、責任を取れるなら、オレと星野さんが...

それって、護り神様がある程度オレの事を認めてくれてるって事でしょ?」


「司君は『アレ』が、怖くないの?」

怖い? ...いや、護り神様を『アレ』扱いで良いのか。

それより、問題はその力、だ。


「オレが何より怖いのは、星野さんを忘れる事です。

その、オレは星野さんが好きだし。

だから責任を取る覚悟が出来るまで、我慢しないと。」

「責任を取る必要は無いって言ったでしょ?」 不満そうな表情。

「半端な気持ちでそんな事したら、護り神様が即オレを『排除』決定です。」

「じゃ、せめてこっち来て。我慢してくれるなら、何も問題ない。」

「はい。」 ベッドの傍に座り、星野さんの手をしっかりと握る。

ベッドに運んだ時とは違い、その体は温もりを取り戻していた。


『観光客が大怪我、酔って堤防から転落。』


翌朝、職場の給湯室の新聞を読んでいて、その見出しが目に入った。

○×の護岸、間違いない。だが事件性は疑われてないし、目撃者もいない。

星野さんが言った通り、男たちは記憶を削られている。つまり、自業自得だ。


なら、それで良い。記事の内容まで読む気にはならなかった。


四之皿 『カツオ②』了/『カツオ』完

本日投稿予定は2回、任務完了。


気が付いたら何故か毎週一回、木曜日投稿に。

ただ、あくまで不定期投稿なので、次回投稿時期は未定です。

拙い作品ですが、今後もお楽しみ頂ければ幸いです。

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