十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑥』
ようやく完結です。
此処までお付き合い頂いた皆様に心からの感謝を!
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑥』
料理と神器が巫女の前に運ばれていく。
山の民が設えたのは、猪と鹿の肉を柱にした山の幸。
鹿肉は味噌和え。猪肉は塩焼き。
山菜と供に並ぶ様は『豪華』の一言。
あれに比べれば、我等の料理は少し地味かも知れぬ。
湯通しした海藻に盛り付けた貝類と小魚の刺身。
目玉はカワショウブの塩焼きと煮付け。
ただ、此方も『味』なら負けない。
あの童子。スナゴが作った心尽くしの料理。
料理の手際も試食した味も、間違い無く釣司より上。
山神の巫女が海の民の神器を検め、海の幸を賞味する。
次に、海神の巫女が山の民の神器を検め、山の幸を賞味する。
最後に、互いの神器と料理を言祝ぎ、山神様と海神様への讃辞で神事を締め括る。
それが大まかな、神事の流れ。
先先代の神事までは、巫女達が実際に神懸かる事も多かったと聞いた。
しかし先代の神事からは、巫女の神懸かりは起きていない、とも。
つまり、当たり障りの無い言葉で神事を締めくくるのが通例。
ただ今回は、山長が何らかの策を講じてくるのは確実。
折悪しく、今回の大祭で『先に』発言するのは山神の巫女。
釣司を操り、神器の釣り針が失われるように仕向けた。
ならば山長は、巫女を通じて『釣り針が神器ではない』と告発するだろう。
しかし神器の釣り針は我等の手に戻っている。
告発されても、釣り針が神器だと証明するのは容易い。
むしろ、告発を言い掛かりだと示せれば、此方が優位に立てる。
神器を検める、山神の巫女の表情。特に変化は無い...これは?
釣り針が神器だと、巫女には判った筈だ。
山長の差し金で失われた筈の、神器。それが目の前に。
なのに動揺が見られない。山長に向けた目配せも、無い。
何故だ...もしや。
神器は失われたが、回収の儀式がある事を予め承知していたなら?
そうか、当然だ。釣司から、その情報も山長に伝わった筈。
...またも後手に回ったのか。
我等は神事の釣りと料理を担当してきた釣司を失った。
それも山長の思惑の1つ、隠しようが無い。
この場で料理の出来に難癖を付けられる。
それは我の不手際を糾弾され、海長の資格を問われると言う事。
偽りの神託であろうと、抗弁の余地はない。
そして、もしも長老の一部にまで山長の手が伸びていたら?
神託を受けて、長老達が『山長が海長を兼ねる』という意見で纏まれば...
我は、良くて海長の座を退いて蟄居。海の民は山長の管理下に置かれるだろう。
それは永続的な、搾取。まさに今、我等こそが俎上の魚だ。
山神の巫女が料理に箸を付けた。
息を呑み、巫女の様子を伺う。
難癖をつけるつもりなら、食べるのは一口か二口。その後で。
巫女の表情が微かに変わった、気がした。
そのまま料理を食べ続ける。これは、一体?
海神の巫女は、しきりに山神の巫女の様子を伺っている。
当然だ。例え巫女と言えど、本来なら神饌の料理に手を付けるのは申し訳程度。
重要なのは料理を言祝ぐ事と、山神様と海神様への讃辞。
しかし、山神の巫女は料理を食べ続けている。
神事の流れなど、全く意に介していないように。
この広間に会した全員が、山神の巫女から眼を離せない。
そのまま、とても長い時間が過ぎた気がした。
そして、料理を食べ尽くした山神の巫女が箸を置く。
その直後。
広間を強い風が吹き抜けた。
辺りの灯明が消え、残った明かりは唯一つ、山神の巫女の前。
小さな光に照らされて、山神の巫女は微笑んでいた。
『海と山の意思を代表し、山神が、この地の民に伝える。』
広間を包み込むように響く、男性の声。
...神懸かり、か。これこそが、既に絶えて久しい、真の奇跡。
『先ずは、海の民へ伝える。
今宵の料理。未熟ではあるが、真っ直ぐな、心に響く味だった。
料理を作った童子、砂子は希有な人材。誠に重畳。
長じては無双の釣司、庖丁となろう。今後も毎年の祀りと大祭の料理を任せる。
元服に際しては、海神から『真砂』の名と共に庖刀を授けよう。』
『次に、山の民へ伝える。
今宵の料理も去年までと同じく、見事だった。
しかし、此度は到底見過ごせぬ問題が有る。
海の民との約定を破り、大祭の神事に横槍を入れた痴れ者の暴挙だ。
幸い、神事を血で穢す不幸は避けれられた故、その始末は山の民に任せる。』
広間に座した皆に、動揺がさわさわと広がっていくのが分かる。
山の民に、海の民に。そして長老達にも。
山長は山神の巫女を見詰めたまま、顔色を失っている。
『神事を血で穢す不幸は避けれられた』
そうか、釣司は何とか逃げ延びて...良かった。本当に、良かった。
『そして、海の民も山の民も共に心して聞け。
其方達の心持ちに関わらず時は流れ、世は変わっていく。
やがては此の地も新たな神と秩序に支配されるだろう。
しかし、其方達が心を合わせて暮らしている間は。
吾、山神が、そして海神が。此の地で其方達と共に在る。
ゆめ忘るな。吾等の願いは其方達が力を合わせ幸福に生きる事。
その時が、出来得る限り、長く長く続く事。』
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『初めのうちは、庖丁と呼ばれていた。ただ。』
耳鳴りの中、頭の中に響く声。ゆっくりと眼を開ける。
正面から『みさきさん』がオレを見詰めて...今まで、見ていたのは?
『庖丁が使う刃物も同じ字で表されたため、音で区別したのだろう。
料理番は庖丁、庖丁の使う刃物は庖丁と。
やがて刃物としての庖丁が一般的になると、
庖丁という音は廃れたようだ。
逆に、料理番を庖丁者。
或いは庖丁人と呼ぶようになったらしい。』
ああ、そうか。これはオレの問いへの答え。
律儀に答えてくれたのは有難いけど、今聞きたいのはそっちじゃない。
「有り難う御座います、良く分かりました。ところで今、オレが見たのは。」
『吾の記憶だ、遠い遠い昔の。』
『みさきさん』の記憶? さっきオレは、海長視点で。
『似ていると思った。海神様が名と庖刀を授けた童子と...お前が。』
似ている?
突然、頭の中をグルグル廻る言葉。
『庖丁』・『資質を継いで』・『島にはこれを持って行け』・『海神様の料理番』...
「あの子は、オレの先祖なんですか? そしてこの箱の中身は。」
『正直、分からない。
既に気付いているだろうが、海神の『海』は海岸と、
そこから沖へ拡がる限られた海域。島や小さな湾は分かり易い。
そういう場所に人が定住し、やがて海神を崇めるようになる。
彼方此方で吾の記憶と似通った事例が有り、海神の庖丁も居た筈だ。
お前の血筋との関わりを詳しく確かめる術はない。何より時が経ち過ぎた。』
そう言った『みさきさん』の表情は、少し寂しそうに見えた。
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ミズンの刺身を3・4枚、威勢良く口に放り込む。
その様子を見た星野さんは、『予想通り』という表情。
「何スか、この小っちゃい魚。メッチャ美味いッス。」
そのまま杯の日本酒を一気。瞳ちゃんの輝くような笑顔。
「ミズンっていう魚なんだけどね。
小さい魚だから、結構な手間なんだよ。三枚におろすのも。」
「へぇ~、だからこんなに美味しいんですかね。」
更にミズンの刺身を3・4枚、今度は白ワイン。
星野さんの説明を聞いても、遠慮なんて微塵も無い。
ホントに気持ちの良い食べっぷり、料理した甲斐が有る。
「煮込みも食べてみて。センネンダイ、星野さんが釣ったんだ。
醤油ベースの味付けだから御飯に合うと思うよ。」
「そうだ、御飯! ええと、煮込み。これッスね。」
食べている表情を見ながら、日本酒と白ワインを補充。
「あ、甘くて、美味しい。甘いのに御飯に合う、絶妙!! っ、んぐ...」
喉に詰まらせ掛けたっぽいな、白ワインのグラスを手渡す。
「ほら、慌てない。ゆっくり食べて、塩焼きと鍋もあるし。」
白ワインを一口、胸元を軽く叩いて...うん、落ち着いたみたいだ。
大きめの汁椀に鍋の具をよそって、一番上に皮付きの切り身と薬味をドーン。
慎重に塩焼きを食べ始めた瞳ちゃんの前に置く。
ふと、瞳ちゃんの表情が変わった。真剣というか、深刻そうな。
「あの、司さん。もしかして。」 「何?」
「コレって、別れ話の流れッスか?」
!?
星野さんが吹いた、オレは唖然。
全く、意味が分からない。
「別れ話の流れって...なんでそうなる?」
「だって、至れり尽くせりで。もしかしたら、そう、手切れ金的な?」
また、星野さんが盛大に吹いた。今度は咳き込んでる、かなり苦しそう。
オレは...意外すぎると冷静になるんだな。
「『海神の庖丁』が作った料理を手切れ金扱いか。良い度胸だ。」
「え、何すか。海神の庖丁って?」
「海神様の料理番よ。司君が、その資質を継いでるって話。
今夜の料理は、そのお祝いも兼ねてるの。なのに瞳ちゃん、やっちゃったね!」
「お祝いなら、最初に言って下さいよ。なのに『やっちゃったね』とか。
先生も司さんも凄く優しいし、手間がかかった料理はメッチャ美味しいし。
てか、こんなの、誤解しても仕方ないですよ。」
「成る程、誤解か~。」 「そう、誤解ッス。誤解!」
「分かった。デコピン2回で許そう。」
「ちょっと待って。司さんのデコピン、半端じゃ...ちょっと先生?」
何時の間にか瞳ちゃんの背後に回った星野さんが、瞳ちゃんを拘束している。
「デコピン2回って、ちょっと甘いよね。
まあ司君は瞳ちゃんが大好きだから、仕方ないかな。」
「いや、ヤメて。ホントに...痛~い!!」
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑥』了
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持』完
今後、別系統の作品を更新する予定。そちらもお読み頂ければ幸いです。




