表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑤』

予想していたよりも、ずっと長い物語になってしまいました。

本当に申し訳有りません。


十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑤』


「海神様のシェフ?」

「分業制だからね。神事を司る巫女と神饌を用意する庖丁は。」


「庖丁が料理人を示す言葉って、初耳だけど。」

「馬丁とか園丁は聞いた事有るでしょ?」

「ああ、成る程。」


もし『丁』が使用人なら...庖丁の『丁』も。

ただ馬丁は『ばてい』、園丁は『えんてい』。


「何故、庖丁は『てい』でなく『ちょう』?」

「まあ、私も。以前、話を聞いただけだから。」


星野さんの瞳の奥、微かに煌めく緑色の光。


『それは昔、遠い昔の話だ。

そう。人と神々が今よりもずっと、近しく暮らしていた頃の話。』


一区切り、一区切り。言葉の度、漆黒の双眸が光を増す。

つまりこれは、星野さんの言葉じゃない。

護り神様の、『みさきさん』の言葉。



『白波洗う浜辺と深い山々。

山々を背に、穏やかな海に面する平地。

美しい地であったが、海の民と山の民の確執が影を落としていた。』


そうか、海の民と山の民。

山の幸は山の民が、海の幸は海の民が、それぞれ管理する。

そして、海の民は海神様を祀り、山の民は山神様を祀る。


「もしかして、この島と似た事情が?」


山神様を祀る一族が絶えた経緯、海神様を祀る一族の思惑。

拮抗した二つの勢力は、極端な対立関係に陥りやすい。

その拮抗が崩れれば、強者が弱者を飲み込む。あるいは滅ぼす。

瞳ちゃんの祖父は山神様の巫が滅びるまま放置した。

それは海神様と山神様の、実際の関係に反する選択だったけれど。


『そうだな。しかし、この島とは違う事情も有った。

海に面した平地。それが、この島よりも遥かに広かったから。』


山の幸。木材、木炭。そして獣の肉、猪や鹿、もしかしたら熊。

海の幸。塩、魚、海藻。そして海に面した平地の作物...そうか。


「確執の原因は稲作、ですか?」


『ふむ、察しが良いな。確執の原因は、米。

小舟で浜に流れ着いた老人が、海の民に伝えた。

種籾と稲作の技を。』


縄文後期に始まったとされている稲作。

しかし、全国的に広がったのは、やはり弥生時代。

つまり『みさきさん』の話は、弥生時代から奈良時代にかけて?

いや、流石に古すぎるか。あの庖丁は数百年前の。


『山の幸は山の民が、海の幸は海の民が。

古くからの習わしに従い、海の民と山の民は均衡を保っていた。

そこに変化をもたらしたのが稲、つまり米。

大きな田は平地に作られるが、田に水を供給する川の源は山に有る。

それが少々厄介な事情を産んだ。』


稲作がもたらす米は食糧事情を劇的に改善する。

米を得た海の民は力を増し、力の均衡が崩れる。自明の理、だ。

なら、山の民は...


「川の水利権をたてに、山の民が米の共有を主張した、とか?」


『その通り。そこで海の民は条件を出した。』


「条件?」

『繁忙期、山の民も農作業に最大限の人手を都合する。

それなら収穫の半分を山の民のものとしよう、と。』


半々? 七三とか八二でも充分じゃ?


「何と言うか、随分と山の民に有利な条件ですね。」


星野さんの、いや、『みさきさん』の双眸。

その奥に宿る光が輝きを増した。吸い込まれそうな、美しさ。


『実際、川の水源を握っているのは山の民だ。

海の民としても、その主張を無下には出来ない。

何より、全面的な敵対だけは避ける必要が有った。

山の民の方が武器、弓矢や槍の扱いに長けているのだから。」


そう、か。確かに、そうだな。

漁師が銛を持ったとしても、弓矢を使う狩人には多分敵わない。


「成る程、だから半々。それで交渉はまとまったんですか?」

『ああ。それから十数年間、両者の均衡は保たれた。

しかし、その間も海の民の不満は燻り続ける。それも当然。

日々丹精して収獲した米。毎年毎年、その半分を持って行かれるのだから。』


星野さんはオレの正面に座っている、なのに。

『みさきさん』の声は囁くように、右の耳元から聞こえてくる。


『やがて更なる転機が訪れた。

海岸近くの岩場で、海の民が湧水を見つけたのだ。

その水量は、新たな田を開くに充分。川を水源としない新開田。

当然、山の民は・・・』


すうっ、と。意識が遠くなる。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-


胸の前。印を結んだ両手に、違和感。

初めての感覚。もしや、神事に何か不都合が?

そして、近づいてくる足音。予感は当たったようだ。


「海長!大事です!!」 「何事か?」

「神器が、釣り針が失われました。糸が切れたそうで。」


釣り針が失われた?糸が切れて...馬鹿な。

代々続いて来た神事、そんな事は唯の一度も。有り得ぬ。


釣司つりのつかさは?」

「神器を回収する儀式の準備をする為、海長を呼んで欲しいと。」


仕組まれたか。...迂闊だった。まさか、神事にまで手を。


「分かった、直ぐに行こう。」



予想通り。神事の釣りが行われた海岸は、もぬけの殻。


「これは...謀られたのでしょうか?」

「間違い無い、神選を経た釣り糸が切れるなど前代未聞。

神事の前に釣司が手を加えていたのだろう。『何者』かの指示で。」


「直ちに追っ手を。」 「無駄だ。」 「しかし!」

「これが山長の、弟の謀なら釣司は既に骸だ。

それにしても湧水を基にした新開田、余程腹に据えかねたか。それより。」

「三日後の祀り、大祭ですね。」 「うむ。」


三日後、四年に一度催される大祭。

海の民と山の民が合同で此の地の安寧を祈る。それぞれの神に供物を捧げて。

捧げる供物は、神器で仕留めたものに限られる。

それぞれの神器。釣り針と矢。


「大祭では仕留めた供物と神器が検められる。誤魔化すのは無理だ。

望みは薄いが、まずは神器の回収を試みる。儀式の準備を。」

「は、直ちに。」



回収の儀式は効果無し。しかし翌朝、神器は戻って来た。


「神器が届けられた?」 「はい。今朝早く、漁師頭のミツヒが。」

「確かに神器なのか?」 「この通り。間違い有りません」


両手で捧げ持った白い布。その上で輝く釣り針。

釣り針が纏う青い光、神器の証。

確かに一昨日、この手で釣司に託した、神器。


「一体、どういう経緯で?」

「夜明け前、ミツヒの末の息子が釣りに行ったそうで。

その時釣れた魚の口に刺さっていた、と。」


「見ただけで、神器だと分かったのか?」

「ミツヒ自身は神器だと信じていないようでした。

ただ、息子があまりに五月蠅く言うので、取り敢えず届けたと。」


「ミツヒの息子...末子なら、確か元服も未だ。」

「はい。なのに集落では知らぬ者の無い変わり者で。」

「変わり者?」

「昨日は神事、漁師達は漁に出ません。普通なら今日も。」


確かに。神事の当日は当然、翌日も漁を休む。それが漁師達のしきたり。


「今朝、未明の海に釣りに出たなら...確かに変わり者だ。」

「は。しかも漁師達の見立てでは、釣りの腕は兄二人を凌ぐとか。」

「それならミツヒの家、漁師頭の座は安泰だな。」

「いえ、それが。随分前から漁師にはならないと言っているそうで。」


「漁師にならない、何故だ?」 「漁よりも、料理がしたいと。」

「料理?」 「はい。」


...それは一体、どういう?


「童子特有、身の程を知らぬ放言か?」

「そう決めつける事も出来ぬ理由が有るのですよ。

最近は、あちこちの家で行事の料理を任される事も多いとか。

それ故にミツヒも手を焼いているそうで。」


『あちこちの家で行事の料理を任される事も多い。』


行事。一口に冠婚葬祭と言っても、それぞれの作法は違う。

無論、家毎の味付けも千差万別。

まさか元服前の童子が、それらを身に付けているというのか。


「会いたい。」 「は?」

「その童子こそ『鍵』。そんな気がする。急ぎミツヒに連絡を取れ。」

「はい、すぐに。」



正座して、床に頭をつけたままの童子。

思っていたよりも小さな身体。


「そのままでは神器の釣り針を届けてくれた礼も言えぬ。

面、いや、顔を上げよ。」


「はい。」


? 一体、この表情は何だ。不自然に強張った口元と、目元。

まあ、突然呼び出されて緊張しているのだろう。


「突然呼び出したのは済まなかった。どうか楽にして欲しい。」


「・・え。お・・は、えが・・・りぬ。と、ば・・・が。」


微かな、途切れ途切れの声。


「今、何と?」

「笑え。お前は、笑顔が足りぬ。と、婆様が。いつも。」


笑顔を、作ろうとしているのか。この、妙ちきりんな表情は。


「くく、あははははは...」

息が詰まる。腹の底から湧き上がる笑い、こんなに笑ったのは久し振りだ。


童子の、怪訝そうな表情。


「婆様とは、ミル殿だな。」 「はい。」

「何事においても笑顔が大切。素晴らしい教えよ、流石はミル殿。」


少しだけ、童子の表情が緩んだ。これなら話が出来そうだ。



「改めて、神器を、釣り針を届けてくれた事に礼を言う。」

「いえ。あの釣り針は、海長のものだから。」


「それもミル殿が?」

「不思議な釣り針を見つけたと言ったら『すぐに海長に届けよ』と。」


「何故、不思議な釣り針だと思った?」

「光っていた、から。カワショウブの口で、青く。とても、きれいに。」


神器の光が見えるのか、この童子には。


「あの釣り針なら、釣りたい魚を幾らでも釣れるぞ。」

「そう、なのか。」

「欲しくは無いか?」 「いや。」

「お前は兄達を凌ぐ釣りの上手と聞いた。あの釣り針が無くても釣れる、か?」


童子は顔を伏せて、暫く黙った...やがて。


「自分で食べる分だけ、誰かに食べてもらう料理の分だけ、釣れれば良い。

釣りたい魚をいくらでも釣れる釣り針は、いらない。」


「それは...お前が漁師で無く、料理を志したから?」


「父も兄達も漁師として、とてもりっぱな仕事をしている。

でも、違う。私がしたい仕事とは違う。それだけ。」



ああ、この年で。確かな『自分』を持っている。

その上で父と兄達の生き方を認めて...つまり独断に呑まれていない。


「その年で、お前も立派な仕事をしているそうだな。

あちこちの家で、行事の料理を任されていると聞いたぞ。」


「...婆様が、カイズの婆様に会わせてくれて。

カイズの婆様の口利きで、あちこち、手伝わせてもらっている。

アヤメの婆様は、葬式の料理をまかせてくれた。

それからは、行事の料理を任せてくれる家が増えた。」


「皆、お前の料理に満足してくれた。という事だな。」

「...そう、思っている。」


やはり、冠婚葬祭の作法を、全て。


「お前の料理で誰かを喜ばせたい、満足させたい。そうだな?」

「うん!」

「それなら、お前に。最高の料理を作って貰いたいのだが。」

「最高の、料理?」


「うむ。大切な御客様に、心をこめて捧げる料理だ。

材料は全て、お前の望み通りにしよう。

ただし、必要な魚だけは神器の釣り針で釣ってくれ。

どうだ、頼めるか?」


「それは、とても大切な、お客さまなの?」

「ああ。この土地の、全ての者にとって。とても大切な御客様だ。」


十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持⑤』了

次回投稿こそ完結予定、もう少しだけお付き合い下さい。

最後まで楽しんで頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ