十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持④』
久し振りの更新、もう少しお付き合い頂ければ幸いです。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持④』
オレを見詰める、澄んだ瞳。漆黒の双眸の奥に揺らめく光。
『司君は毎日釣りをしようとも。
そもそも自分自身で、魚を釣ろうとさえ思っていない。』
本当に、星野さんの言う通りかも知れない。
数日、悪天候が続いて釣りが出来なくても、オレの心は乱れない。
例え星野さんが『禁断症状』に蝕まれる状況に陥ったとしても。
いや。むしろ、そんな時こそ、だ。
魚以外の食材で料理をして、星野さんの憔悴を癒やす。
それが、オレの役割だと思う。
心から、海が好きだ。
だけど毎日毎日、一日も欠かさず、海を見たいとは思わない。
心の底から、釣りが好きだ。
だけど毎日毎日、魚を釣らなくても、釣れなくても困らない。
それだけが、オレと星野さんの違い。
「そうですね。毎日、釣りをしたいとは思わない。
釣りに行ったとしても、釣るのはオレじゃなくて良い。
例えば、今日みたいに。一緒に行って星野さんが釣ってくれるなら。
釣れた魚を一緒に料理して、美味しく食べられたなら。
それで、それだけで良いんです。」
「予想通り。司君は『釣り師』じゃないのね。」
「釣り師じゃない...予想通り?」
「あのね。初めてのビーチパーティ、楽しかった?」
「え? はい。とても。」
この島で初めてのビーチパーティ、あの夜の料理。
楽しかった、とっても。間違い無く、今までで一番。
星野さんと2人で考え尽くした『神様の魚』、そして『神様の肴』。
結果。ホントに海神様が来て下さって、心尽くしの料理を食べて下さった。
嬉しくて誇らしくて、心の底から湧き上がった充実感。もしも。
それが、あの女の子を助ける事に繋がったなら。
オレにだって生きる意味が有るんじゃないか。
素直に、そう思えた。
「司君の提案を聞いた時、とても嬉しかった。
だけど正直、上手くいく確率は良くて一割。」
「良くて、一割。」
「私が勧請の手順を間違えなければ、来て下さる確率は八割。
海神様は怒っているから、話を聞いて下さる確率は四割。
料理を食べて下さったとしても、交渉がまとまる確率は一割未満。」
そうだ。一番のボトルネックは、オレの料理。
両親、主に父親から習っただけで、料亭とかで修行した訳じゃない。
文字通りの、我流。神様に捧げる料理としては、とても。
「そうか、そうですよね。
星野さんの手順は正式だけど、オレの料理は所詮、素人の」
「だ・か・ら、誤解しないでって言ったでしょ。
普通の人が作った料理は神饌に不相応。食べて下さる筈がない。
でも私、司君の料理なら、もしかしてって思ったんだから。」
星野さん自身が、傍系で異端だとしても。
代々、海神の巫女を育んできた一族が積み重ねた歴史は重い。
それこそ、途轍も無く重い。なのに、何故?
星野さんは其処までの期待をしてくれたんだろう。
「オレの料理なら、って?」
「初めて司君の料理を食べさせて貰ったのは、タチウオのフルコース。
『こんな美味しい魚料理、初めて。』
『胃袋ガッチリ掴まれちゃった。』
ね、憶えてる? 私の、とても大切な思い出。」
「勿論、憶えてますよ。
散歩に出かけたら、凄く綺麗な人が釣りをしてて。」
「凄く綺麗な人? それは初耳。ちゃんと、聞きたかったな。」
ちゃんと、聞きたかった?
『綺麗だ』 折に触れて、オレはそう伝えてる。なのに。
いや、これは星野さんの照れ隠し。話を逸らしちゃダメだ。
「オレにとっても、大切な思い出です。
いきなり料理を作って欲しいって言われて、少しビックリしたけど。」
「あの晩、司君の料理を食べて思ったの。
『私の料理とは別物』だって。それこそ次元が違う。」
「次元が違うって、それは流石に言い過ぎかと。
実際、何度か一緒に料理したら星野さんは凄く上手になった訳だし。」
星野さんは一息で白ワインを飲み干した。
「釣りと料理は似てる。私、そう思ってた。」
似てる? 釣りと、料理が...どういう、意味だ。
「どっちも大事なのは経験、つまり場数。」
ああ、確かに。料理の基礎は日々の積み重ね、経験だし。
釣りも『沢山釣る事』が上達の、何よりの近道だろう。
「司君は釣りが上手。
料理は更に上手。神様相手の晩餐でも通用する程に。」
「いや、それは。偶々って言うか。」
「偶々?よくも、そんな馬鹿な事を...まあ、それは良い。
問題は司君の料理、その礎。経験や場数とは全く違う、何か。」
「経験や場数とは全く違う...でも、オレは。」
「毎日釣りをしたいとは思ってない、自分で釣ろうとも思わない。
なら、出来るだけ沢山釣ろうなんて思う筈がない。司君も、当然、御父様も。」
「それは、確かに。」
「変、だよね。」
そう、変だ。でも、分からない。一体何が、何処が変なのか。
記憶の底、胸の奥深く。微かに、忘れていた何かが脈打つ。
「多分、司君が今まで釣ってきた魚は、私より少ない。
そして司君が料理してきた魚も、私より格段に多いとは思えない。」
!! 一瞬、頭の中が真っ白になる。
確かに、オレは星野さんほど釣りをしていない。魚の数を、釣っていない。
気が向いたら釣りをして、魚が釣れたら料理をするだけ。
「釣りの経験は程々。なのに、魚料理の技術と理論は抜群。
気が向いた時に釣りをして、釣れた時だけ料理する。
それなら一体、何処から? 司君の魚に関する知識、魚料理の技術。」
何故、だろう?
釣りの知識を、魚料理の技術を。オレは何処から、どんな風に。
「センネンダイもそう、今まで釣った事有る?」
「いや、釣れたのを見るのも初めてだし。」
「初めての魚にしては、捌く手際が良過ぎる。
あれは『今までの応用が利いた』ってレベルじゃないよ。絶対に。
それこそ何度何度も、センネンダイを捌いた経験が有るみたいだった。」
そうだ。星野さんが釣ったセンネンダイを見た瞬間。
どう捌けば良いか、どんな料理なら美味しいか、それが『分かった』。
センネンダイだけじゃない、初めて釣れた魚はいつも。
ソトイワシ、バケゴン、そしてオニダルマオコゼ。
「センネンダイで作る料理、イメージは完成してるんでしょ?」
「ええと。一応、イメージだけは。」
「初めての魚、なのにイメージ出来る。捌く手順、作る料理。」
「取り敢えず4品。焼霜造り、塩焼き、煮込み。アラの出汁で鍋。」
星野さんは微笑んで、白ワインを一口。
「そんな人が実在するなら...それは多分『海神の庖丁』だけ。」
ほうちょう、包丁?
胸の奥。心臓が大きく波打って、送り出された血がこめかみで脈打つ。
目の前に甦る、親父の背中。就職と島への赴任を伝えた時の笑顔。
島へ向かう前々日に手渡された、刺身包丁。特注の。
あの時、確か親父は。
「司君?」
立ち上がり、寝室へ。壁の押し入れを開ける。
引っ越しで使った段ボール箱の中、それはすぐに見つかった。
特注の刺身包丁が入っていた、立派な化粧箱。
その箱を持って、リビングに戻る。
「御父様から貰った包丁が入ってた、箱?」
「はい。何で今まで気付かなかったんだろう?空なのに、重い。」
「重い?」 「そう、重いんです。未だ。」
星野さんは首を傾げて、オレが差し出した箱を受け取った。
「確かに重い。ね、箱の中を調べても良い?」
「どうぞ。」
ボンヤリと星野さんの手元を見詰める。
まるで魔法のように、白く細い指が箱を分解していく。
やがて取り出されたのは、油紙の包み。
「どうぞ。親父様から、もう一つの贈り物。」
「もう1つ、の?」 「そう。そして多分、本命はこっち。」
手渡された包みをテーブルの上に置く。
小さく震える指で、包みを解いた。
長さ約20cm、幅約2cmの鉄片。厚みは1mmも無い。
天井の灯りを反射する、錆一つ無い滑らかな肌。そして、その形。
「メッチャ研ぎ減りした、古い包丁?」
星野さんは、油紙ごと持ち上げた鉄片を、じっと見詰めた。
「そう。とても、とても古い包丁。少なくとも数百年前の。」
「数百年前...親父の使い古しじゃ無くて?」
「御父様は多分、使っていないと思う。
多分これは、代々伝えられて来た『証』だから。」
「あかし?」
「そう、これでハッキリした。司君は『海神の庖丁』を継いでる。」
少なくとも数百年前から、伝わってきた包丁。と言う事は。
「ええと...オレの先祖が海神様から、この包丁を頂いた、とか?」
星野さんは黙ったまま、テーブルの上で指を滑らせる。
字?二文字だ、最後は『丁』。
包丁? それにしては一文字目の画数が多かった。
「庖丁。もとは『料理を任された使用人』を示す言葉なの。
今風に言えば『海神様の料理番』、かな。」
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持④』了
PV10000に続き、ユニークも5000を越えました。
読んで下さる皆様のお陰です。本当に有り難う御座います。
24/08/09 追記
投稿早々『良いね』を頂きました。
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