十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持③』
相変わらず、更新が遅くて申し訳有りません。
また、今回で完結の予定が変更になってしまいました。
そう言った事情も含め、楽しんで頂けたらなら幸いです。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持③』
浴室から、微かに聞こえる水音。
星野さんは入浴中、先に入浴したオレはミズンの刺身に集中。
ガンガン食べたいという希望に応えるため、50尾全部を刺身にする。
とは言え、大した手間では無い。既に、センネンダイを二人で解体済み。
ミズンも半分以上は2人で捌いて、星野さんの上達の速さに驚いた。
センネンダイはこのまま熟成。明日、瞳ちゃんと3人で食べる予定。
残りのミズン残りは10尾足らず、もう一息。
不意に、浴室のドアが開く音。
「あれ、地上波のニュース。『ながらBGV』は要らないの?」
「...特には、見たい番組が無かったので。」
「そう。」
星野さんがテーブルから小冊子を拾い上げる。BSの番組表。
「カンパチを釣るんだって、船で大物狙い。」
勿論、その番組はチェック済み。
事前に確保した、生きたムロアジやアオリイカをエサにして...
それはカンパチに限らず、いわゆる『大物』を狙う常道の1つ。
「ああ、そうなんですね。星野さんが見たいなら、どうぞ。」
細い指がリモコンを操作する。
TVの画面が明るくなって十数秒後、電源が切れた。
「司君...もしかして、生き餌の釣りはNG?」
ドキッとした。
ミズンを捌く手が少し震えて、喉が乾く。
「ええと、何で?」
「前に一緒に見たよね。ジギングで大物のカンパチ狙う番組。
なのに、この番組は見ない。生き餌を使うからかな、って。」
図星だ。少し恥ずかしいけど、隠しても仕方ない。
「正解、です。」
「どうして生き餌はダメなの?」
誰にだって苦手は有る。それを他人に知られるのは何となく恥ずかしい。
星野さんだってGは苦手で、それをオレに知られた時は恥ずかしそうだった。
そう、少し恥ずかしい。それだけの話だ。
例え星野さんに笑われても、大したダメージにはならない、筈。
「ええと、釣ったムロアジやイカを生き餌にするより...」
「ムロアジやイカを食べた方が良い?」
「はい。星野さんや瞳ちゃんにも食べて貰えたら尚更嬉しい、から。」
星野さんは笑わなかった。それどころか、真剣な眼差し。
「イカもダメなら『目通し』が理由じゃ無いんだね。」
目通し。
ムロアジの眼窩に通したラインやゴムに釣り鉤を仕掛ける。
その方がムロアジの泳ぎが良い・仕掛けが絡みにくい・メリットは他にも。
...やっぱり駄目だ。胸の奥から形容し難い感情が湧いてくる。
「目通しは置いといて、生き餌は全部ダメなんです。」
「全部?」 「そう。」 「エビも?」 「ミミズも。」
星野さんは小さく首を傾げた。
考え込むような表情、やがて優しい笑顔。
「確かに。生き餌の釣りをするのは見た事ないし、話を聞いた事も無い。
夜釣りのサンマ、パヤオで使ったキビナゴ、どっちも冷凍だった。」
生き餌はダメ、冷凍エサならOK。
なぜその基準に拘るのか、その基準に正当性は有るか。
釣りを始めてから、ずっと考えてきた。
オレなりの答えは有るけど、それすら偽善なのかも知れない。
「ええと、怒らないでね。」 「怒りませんよ、絶対。」
「他の人が殺したものだから、冷凍のエサは使っても良いの?」
ほら、星野さんは一瞬で辿り着く。オレの浅はかな偽善に。
だけど怒りの感情は湧かない、むしろ嬉しい。
相手が星野さんで無ければ、腹を割って話せる『彼女』でなければ。
こんな話を真面目に聞いて貰う気には。きっと、ならない。
「さっきも言った通りなんだけど。
オレが釣りをするのは、魚を殺すのは、食べるためなんです。
オレ自身が食べるため、大切な人達に食べて貰うため。」
「そうだね。出会った時から、司君はそうだった。」
「何よりも、趣味の釣り。オレも、釣りを教えてくれた親父も。」
「趣味の釣り...それ以外、例えば『プロ』なら制限は無いって事?
生き餌を使っても、自分で食べる為の釣りでなくても。」
「そう、プロなら何をしても良いと思います。
まさに生きていく為の釣りだから。例えば、漁師さんとか。」
「確かに、それが生きていく為の釣りだよね。
自分で食べる為じゃないとしても。」
「で、オレは釣り番組の出演者もプロだと思ってます。
結果を出さないと視聴率が下がる、出演のオファーが減る。
つまり生活に困る訳で。」
「ちょっと待って。それ、とても大事なポイントって気がする。
司君、バス釣りの番組は全く見ないでしょ。
文字通りの『プロ』達が沢山出演してるのに。」
「バス釣りの番組は、何ていうか、納得出来ないんですよ。
キャッチ&リリースが暗黙の了解で。
それが番組の前提なのに、そこには全く触れない。
だから見る気にならないって言うか。」
不思議な感覚。だって、こんな風に。
心の一番弱い所を曝け出して、話が出来る。話を聞いて貰える。
今まで只の一度も、親父と話した時でさえ感じた事の無い、安心感。
そおっと、星野さんのグラスに白ワインを注ぐ。
「もしかして...バスを美味しく食べるってコンセプトの番組なら、見る?」
「絶対見ますね。毎回録画して何回か見直します、料理の参考に。」
星野さんは、声を上げて笑った。
「まさかの即答~。でも、そうだよね。
バスを美味しく食べる釣り人なら、料理の凄い技とか持ってそう。」
『怒らないで』と断った上で、オレの偽善を暴いて。
でも、オレの『答え』を真面目に聞いてくれる。
やっばり、この人は。星野さんは、他の人とは違う。
それが『海神の巫女』としての資質故なのか、オレには分からないけど。
ただ、オレの釣りも他の人の釣りも、根本的には同じ。
己の欲望のままに魚を苦しめる。
オレの釣りと、生き餌の釣り。何か違いが有るだろうか。
もし有るとしたら、それは?
例えば、『キャッチ&リリース』なら。
釣られて苦しんだ魚にも、多分生き延びる機会が有る。
だけどオレは、基本的にリリースはしない。食べる為に釣るんだから。
つまり、苦しめるだけじゃなく。釣って、その魚を殺す。
それを正当化する言い訳なんて無い。有る筈が無い。
不意に、星野さんの両手がオレの頬を包んだ。
そして唇に、優しいキス。
「何、を?」
「今日釣りをしたら、また1つ分かる。司君の事。私、そう言ったよね。」
「はい、そう聞きました。」
「私も、兄達も、父親も。常軌を逸した釣り好き。それも以前話した。」
「聞きました。星野さんの釣り具を見れば疑う余地は無いし。」
「そして司君の釣りは、私達と殆ど同じなの。ホントに、不思議。」
オレの釣りが、星野さんの釣りと殆ど同じ? 一体、それは。
「私達の釣りには、条件が有るの。」
「釣りの、条件?」 「そう。」
もしも星野さんの言葉が文字通りの意味なら。
星野さんには、釣る、つまり殺す理由が有るという事だ。
そして、殺す時には『条件』も。
知りたい、一体それは。
「食べる為以外に、釣る、殺す理由が有るんですね?」
「私は魚を釣る、海神の巫女として。
海神様の統べる海が、どれ程美しく豊かなのかを言祝ぐ為に。
当然、釣りの準備で殺生の禁を犯してはならない。」
奇妙な感覚。
だけど星野さんの言葉が1つ1つ、ストンと心に収まる。
昨夜、星野さんは作戦会議で異議を唱えなかった。
ベイトの群れ。その周りをルアーで釣っても反応がなかったら?
釣ったミズンを生き餌にする方法も有ったのに。
そして何より、今まで只の一度も。
星野さんが釣りに生き餌を使っていないと、オレは知っていたのだから。
「私達の釣りは『海神様を讃える祈り』。
もしも美味しい魚が釣れたら、大きな魚が釣れたら、珍しい魚が釣れたら。
それらは海神様の統べる海の美しさと豊かさを言祝ぐ基となる。」
祈る、言祝ぐ。
釣り=祈り...海の美しさと豊かさを讃えるための。
「だからこそ、釣りの準備で殺生の禁を犯してはならない。明確な『制限』。」
「制、限?」
「そう。宗教的な行為や儀式では『作法』や『手順』が重要。
要するに『制限』が付いてまわるって事、当然だよね。
私も兄達も、そして父も。その作法や手順を一族に伝わる法から学んだ。
いいえ、叩き込まれたと言うべきかも。それこそ、物心付くよりも前から。」
以前、『自分は傍系で異端』だと星野さんは言った。
海神の巫女の資質は本来、女系で伝わる。
でも、星野さんの資質は父親を通して伝わった訳で。
だから傍系。しかも異端。
「でも、誤解して欲しくないんだ。司君、だけには。
私は巫女の義務で、仕方なく釣りをしてる訳じゃ無い。
海が好き、釣りが好き。本当に、心の底から。
それ以上に一族の法が厳格で強力だった。
一族の末席、『傍系』で『異端』の私でさえ、逃れられない程に。」
納得。それは、そうだよね。
巫女の資質がもたらす力。それに護り神、『みさき』さんのような。
常識の、遥か彼方。チートと表現するしかない存在を厳格に管理する為に。
それは必要最小限の、制限だろう。
「さて、此処で質問。」
星野さんは一口、白ワインを飲んだ。
「司君は、一体どうやって身に付けたの?
少なくとも海神の巫女と同じ、あるいは、それより厳しい『作法』を。」
耳から心に染み込んでくる。星野さんの声、言葉。
明瞭に聞き取れる。一片の疑念も無く、その意味を理解出来る。
なのに、オレの中に有った『答え』だけが揺らいでいく。
「...それは...」 「うん、それは?」
「親父に、言われたから。釣りを始めた時に。」
「さっきも、そう言ってたね。御父様に、一体何を?」
「殺し過ぎるな、って。」 「何度?」 「一度だけ。」
「たった一度。御父様の、その一言を聞いただけ。
それだけで、私達一族の法と同等の答えに辿り着いた?
そんな訳ない、有り得ない、絶対に。
だって、だって司君は毎日釣りをしようとも、
そもそも自分自身で魚を釣ろうとさえ、思っていないのに?」
多分。星野さんは、今までで一番優しく微笑んでいた。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持③』了
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