十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持②』
今作は次回で完結予定、頑張ります。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持②』
翌日、オレと星野さんが眼を覚ましたのは殆ど同時。
黙ったまま、二人で軽い朝食を食べた後、釣りの準備を調えていく。
星野さんはルアー。ロッドはミディアムパワーの9フィート。
ルアーが違うだけで、オレも殆ど同じセッティング。
当然、サビキ仕掛けも用意してある。
昨日より小さな釣り鉤にオーロラ巻き、幹糸も細い。
フィッシュイーターのリミットは二人1尾ずつ、2尾に設定した。
ただし、サイズによっては1尾で終了(これは相談してから判断)する。
フィッシュイーターが釣れなくても1時間後にはターゲットをミズンに変更。
今日の晩御飯にも、瞳ちゃんは間に合わない。
けれど、ミズンのリミット設定は50尾のまま。
今夜は釣れたミズンを全部刺身にする。
これは刺身をガンガン食べたいという星野さんの希望。
昨夜、二人で相談して決めた通りに。
夜明け前。昨日の港、西堤防の先端に入ったのは4時少し過ぎ。
凪いだ港は未だ暗い。二人並んで歩き、堤防の先端に立つ。
流石に昨日の今日だからか、俺達の他に人影は見えない。
静まり返った雰囲気、思わず声を抑えた。
「ベイト、未だ入ってませんね。」
「昨日と同じなら、あと30分位かな。釣り場は確保できたし、待つだけ。」
前髪を掻き上げて沖を見詰める横顔。
釣り竿を手に、背筋を伸ばした立ち姿が凜々しい。
吸い込まれるように、見惚れてしまう。
掛け値無しに綺麗な人。ホントに、勝るとも劣らない。
そう『あの人』にも、『姉さん』にさえ。
いや、集中。今は釣りに集中しないと、星野さんに失礼。
だって星野さんは心から信じてるんだ。
昨日と同じくベイトが港に入る、フィッシュイーターがベイトに付く。
そしてオレも、鮮明にイメージ出来る。
『時が来て』星野さんがルアーを投げれば、必ず『釣れる』と。
そのまま十数分。星野さんが肘でオレをつついた。
「何で私を見てるの?照れ臭いよ。」
「ええと。凄くキレイだなぁと思って。その、オレの彼女は。」
星野さんの頬、赤く染まるのが見えた。
空が少し、明るくなってる?
「凄く嬉しいけど、続きは後で聞かせて。ほら。」
星野さんが指差した方向に眼を凝らす。
50m程先の海面に潮目、その周辺に微かなざわめき。
「来ましたね。」 「来たね、予想通り。」
星野さんが手元に視線を落とす。
「短いワイヤーリーダー、スイベルにスプリットリング。
前にマルコバン釣った時と同じセッティング。
ノットは昨夜、司君が結んでくれたし。凄い安心感。」
星野さんは微笑んでいるけれど、そのセッティングに確実な根拠は無い。
短くてもワイヤーリーダーで食いが落ちる可能性。
スプリットリングが千切られる可能性。
それは、釣り番組の『レジェンド』と呼ばれている人の意見。
オレのセッティングとは多分相容れない。
海面を割った小さなダツに50lbのフロロを呆気なく切られた。
正体不明の魚にスナップを捻じ切られた。
それらの、数少ない経験だけが、オレの根拠。
なのに星野さんは、アッサリ同意してくれた。
オレを、オレの経験を信頼してくれたんだろう。
ゆっくりと明けていく空。ベイトの大群は港の入口に近付いてきた。
もしも星野さんの信頼を裏切る事になったら...いや、大丈夫。
きっと、この人は釣る。そう、オレのセッティングなんか関係無く。
「約束通り、最初は司君ね。頑張って。」
「了解、です。」
最初に投げるのはオレ。
星野さんは、それだけは決して譲らなかった。
ペイトの大群は西堤防と東堤防の真ん中近くから港内に移動中。
ナブラが沸いてる感じじゃ無いけど、最初は定番のルアー。
港内に向かって来るベイトの大群。
その殿方向を目掛け、ペンシルポッパーをキャスト。
ゆっくり、リズム良く、ポッパーを動かす。
エラのような構造を通った水流が作る泡を意識して。
しかし、水音や泡に驚いたのか。ベイトの群れはポッパーを避けた。
足下までしっかりアクションさせて回収。そのまま2投目、3投目。
「ベイトの周りは静か。トップでは反応が無いですね。」
「未だフィッシュイーターは付いてない?」
「いや。これだけの大群、絶対に様子を見てる筈。」
「じゃあ司君の予想、プランBだね。ジグを沈めて探ろう。」
不意に、星野さんはオレの肩に頭を預けた。
「この竿貸してあげる、司君が投げて。」
「いや、星野さんが。計画通りに。」
「ホントに、良いの?」
「勿論です。タモ入れは任せて下さい。」
「もう、プレッシャー掛けるのやめてよ。釣るのが当たり前みたいに。」
すい、と。星野さんが右足を引く。
夜明け前の淡い光を纏って、細い体が揺れた。
限界まで引き絞られた弓みたいに、ロッドが撓る。
一瞬の後。
シンプルなシルバーのジグが、未明の空気を裂いて飛んだ。
やがて。左手の細い指が、ラインをコントロール。
ジグをフォールさせてカウントダウン。フォールは多分、5m位。
滑らかなリトリーブとロッドアクション。
リフト&フォールを繰り返しながら、ジグは少しずつレンジを上げていく。
丁度ベイトの群れに追い付く頃、ジグは群れの下へ入る。
そして、星野さんの身体が跳ね上がりロッドが大きな弧を描く。
既視感?
そう、予想通りに。これまで通りに、星野さんは『釣る』。
数秒後、未明の港に響くドラグ音。
ほら、思った通りだ。
いよいよオレの出番。タモを片手にランディングポイントへの距離を確認。
ランディングポイントも、昨夜二人で相談して決めた。
西堤防の内側。漁船へのアクセス用に設置された階段の1つ。
堤防先端に一番近く、近くに係留されている漁船のロープの位置も好都合。
港の外から魚を寄せて来たら階段降りてタモ入れ、障害物はない。
ヒットから数分。
断続的なドラグ音から、中々のサイズだと分かる。
星野さんは強烈な引き込みを上手くいなし、徐々に魚との距離を詰めていく。
ただ、昨夜の予想と違う点が有る。
予想していたのはヒラアジの仲間かバラクーダ。もしかしたらハマフエダイ。
それなら魚は一直線に、或いは左右に方向変換しながら。
どちらにしても海面近くを沖へ向かって...
だけど沖へ伸びるラインの角度が、かなり深い。
沖へ走るのでは無く、海底に潜ろうとしているのか?
トルクフルな引き。強いて言えば、ハタの類いか。それも中型以上。
でも、走ってラインを出すスピードがハタとは違う、そんな気がする。
この魚は、一体?
「この魚、予想と違うね。こんな感じ、初めて。」
やはり星野さんもオレと同意見。でも多分、問題は無い。
ネットの航空写真で、堤防周りの状況は既に把握済み。
西堤防はコンクリート造りで、外側にはテトラポッド積み。
テトラポッドの更に外は比較的フラットな岩盤。
なだらかに深くなって、砂地へと移り変わっていく。
例え底に突っ込まれても、ラインが根に擦れる心配は無い。
当然。星野さんも地形や底質の情報を把握してる。
そもそも、この情報の出所は星野さんの『釣りメモ』だ。
だからこそドラグを緩めにして、余裕を持った対応。
それから10分程。星野さんは堤防の突端に魚を誘導した。
更に、堤防の内側へ。ようやく、伸びるラインの周り、海面が揺らぎ始めた。
もうすぐ見える、魚の姿が。
「赤い?」 「はい、間違い無く。」
未だ薄暮い海面。なのに、眼に鮮やかな朱色。
ハタ類とは全く違う、平たくて体高が有る。
マダイ? この島で、しかもショアで釣れるという話は今まで。
「司君、見て!縞模様、赤と白!!」
確かに、幅広の横縞。白い縞に、朱色に近い赤が映える。
慎重に階段を降りてタモを構えた。
星野さんと呼吸を合わせて、一気に掬う。
「これって...」 「司君。まさか、それ。」
「はい。センネンダイ、です。」
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持②』了
相変わらず更新のペースが上がりませんが、お楽しみ頂ければ幸いです。




