十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持①』
本当に久し振りの新作。お楽しみ頂ければ幸いです。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持①』
「司君。この魚、何?」
「いや...オレに言われても。」
新月の大潮が近付いてきた土曜日の未明。
早起きした星野さんに付き合って、近くの漁港の様子を見て回っていた。
この島で釣りを始めて結構な時間が経ったけど、まだまだデータ不足。
俺達は未だ、実際に釣りをするよりも情報収集が大事な段階。
オレと星野さんの釣りはルアーがメインだから、
特にベイト(肉食の大型魚の餌になる小魚やイカ)の状況。
見回った漁港の、三つ目。
ビリジアンブルーの海面がザワザワと小さく波立っていた。
原因は港の中を埋め尽くすような小魚の大群。
オレの車に常備している小物用のルアーロッドに、
星野さんのタックルボックスに入っていたサビキ仕掛けをセット。
交代しながら釣りを開始して数分、50尾を釣り上げた。
釣り上げた小魚を前に二人して首を捻る。
「イワシの類いにしては体が薄っぺらいし、体高もある。」
「後から来たオジサン達は『サッパだ~』って言ってましたけど。」
「サッパってママカリでしょ。ママカリの眼は、こんなに大きくないよね?」
「ええと。多分これ、『ミズン』だと思います。」
「ミズン...聞いた事無い名前。」
「鹿児島以南に分布、名前の由来は沖縄の方言名『ミジュン』。
あ、多分ですよ、多分。オレ、魚の同定なんて素人だし。」
「それなら美味しいよね?」 「へ?」
「イワシの仲間なのは間違い無くて、それに司君がいるんだから。」
「いや。初めての魚で、そんなハードル上げられても。」
「大丈夫、絶対美味しい。」
軽く、目眩がした。
浴室から、微かに聞こえる水音。
星野さんは入浴中。
先に入浴したオレはミズンの下拵え。
魚体が小さいから手開き、ウロコを取ってワタを取り出す。
BGVに最近ちょっと気になっている釣りガールの番組。
釣り専門チャンネルからの録画。
十数分後、不意に星野さんの声。
「あれ~、珍しいね。司君が釣りガールの番組見てるなんて。」
何で?
いつもは風呂場から出る前に...
いや、それより。これ、マズいかも。
「あの、これは。その、料理をする間の『ながらBGV』って感じで。」
湿った髪を掻き上げて、星野さんは微笑んだ。
次の瞬間、綺麗な顔が目の前に。
「ながらBGVって...ホント? これ録画でしょ。」
大きな眼、澄んだ瞳。見詰められると、胸の奥がザワザワする。
「ホントは、こんな感じなのかな。司君の好きなタイプ。」
「いや、全然。好きなタイプって訳じゃ無くて。」
『●月の新番組、ラインナップは・・・』
CM。ナイスタイミング、これぞ天の助け。
この間に、何か、違和感の無い言い訳を。
「あの娘、私と全然似てないよね。気になるな~。」
『さて、無事食材もゲット出来たので、今回の料理は・・・』
CMはナイスタイミングだったけど、CM明けは最悪。
「成~る程~、この娘は出来るんだ。魚の、料理が。私と違って。」
うん、無理。誤魔化すのは逆効果...ここは正攻法、それしか無い。
「彼女は釣った魚を料理出来る。そこが良いと思ったのは確かです。」
「私、魚料理が出来ないから、御免ね。」
深呼吸。
星野さんのグラスに白ワインを注いで、オレのグラスにも。
「別に、釣りガールの番組じゃなくても良いんですよ。
釣った魚を料理して食べる企画なら、色々勉強になりますから。
今まで幾つも、そう言う番組を一緒に見たでしょ。」
オレを見詰める漆黒の双眸が、微かな光を宿す。
いや、大丈夫。何も疚しい事はない、神に誓って。
永遠にも感じる時間の後に、星野さんは気まずそうに眼を伏せた。
「嘘は言ってない、それは分かったけど...
そもそも、司君の釣りと料理の関わり。その辺りを、もう少し詳しく。
やっぱり、キャッチ&リリースじゃなくてキャッチ&イートって事?」
取り敢えず、誤解はされずに済んだみたいだ。
でも正念場は此処から。
「そうですね。オレは食べるために釣りをしてて。
それは、きっと親父の影響です。物心ついた頃に釣りを始めてからずっと、
『殺し過ぎるな』って言われてたから。」
「確かに、司君は食べる分しか釣らないよね。
どんなに良い条件でも...今朝だって二人で50尾でストップ。
交代しながらだったけど司君は10尾位、あれセーブしてたんでしょ。
あのまま続けたら100尾でも200尾でも釣れた筈なのに。」
「だって明日、絶対に星野さんはあの港に行きますよね?
多分ポイントは西堤防の先端、ルアーはミノーかポッパー。
もし明日もミズンがいたら、星野さんは『フィッシュイーター』を釣る。
それなら、ミズンは今夜と明日で食べきれる分だけ釣れれば充分、と。」
「それは...そうだね。ホントに釣れれば、だけど。」
俯いた顔、頬が少し赤い。照れてる?
「おだててる訳じゃ無いですよ。星野さんの腕は確かだし。」
「ところで、今夜のミズン料理は何作るの?私、何すれば良いかな。」
「...ええと、全部ウロコとワタを取って下拵えは完了。
10尾は三枚におろして、そのまま刺身に。そのアラの出汁で味噌汁。
残り40尾は丸ごと唐揚げにします。
半分は南蛮漬けにして明日以降に食べましょう。」
「じゃ私は唐揚げ担当ね。
下拵えもだけど、そんな小さな魚を三枚におろすのは無理だから。」
嬉々として準備を始める星野さん。
綺麗に話題を変えたな。こういうとこは流石って感じ。
それはそうと。
釣りガールの番組、関連する予約を見直す必要が有るな。
ええと、そう、星野さんが出張の日とかに。
星野さんは大きめの平皿にキッチンペーパーを敷いて、唐揚げを並べている。
オレは御飯と味噌汁をよそって、それから冷蔵庫から刺身を取り出す。
よし、準備完了!
「美味しい!」
ミズンの刺身を一口、星野さんは微笑んだ。
さらに白米を頬張って、本当に幸せそうな笑顔。
「三枚におろしたのをそのまま食べるって、贅沢って言うか。」
「小さい魚ならでは、ですね。糸作りにするより食べ応えがあるかと。」
「うん、流石は師匠。これが正解だと思う。
脂の乗りはマイワシやウルメイワシよりも薄いかも知れないけど、
魚そのものの美味しさを感じる。」
「味噌汁も雑味が無くて、とても優しい味ですね。」
「それに唐揚げ。頭も中骨もサクサク、ホント最高。」
「これはビールですよねぇ。」 「うん、これはビールね。」
そう、ミズンの料理とビールの組み合わせは『大当たり』。
暫くの間、二人、黙ったまま料理を食べ続けて。
やがて、星野さんが口を開いた。
「瞳ちゃんと三人で食べられたら良かったのに。もっと沢山釣って。」
この週末、瞳ちゃんは実家の仕事で出張中。
帰ってくるのは明後日の午後だと聞いていた。
「確かに、瞳ちゃんが一緒だったら100尾位釣っても良かったかも。」
「私と司君、二人で50尾なのに瞳ちゃんが一緒だと100尾?
計算が...でも、そうよね。瞳ちゃんは沢山食べるから。」
「多分この刺身とか、2~3枚ずつガンガン食べます。」
「数釣って丁寧に捌く手間を知ってると、そんな食べ方遠慮しちゃうけど。」
「釣るのも捌くのも,大事な人に食べてもらう為です。
美味しく食べてくれるなら、どんな食べ方でも構わないって言うか。」
「そうなの?」
何か星野さんの眼が、怖い。何かマズい事言ったかな、オレ。
「だって、ウロコもワタも手開きで簡単。
三枚におろすのが手間と言えば手間だけど、そのまま刺身で食べられるし。」
「それなら私も、瞳ちゃんみたいに。」
「あ、いや。星野さんは...」
「星野さんは、何?」
「その、明日も食べられるでしょ。イワシの類いは鮮度が命ですよ。」
「楽しみ。明日はルアーとサビキの二刀流ね。」
気に入って貰えたなら何より。
でも、瞳ちゃんと一緒に食べる分は月曜日に釣らなきゃいけないな。
なんたってイワシの類いは鮮度が命。
もし、ミズンが急に居なくなってたら...『釣り番組あるある』みたいに。
「どうしたの?」
「明日も明後日も、ミズンが港に入ってくれたら良いなって。」
「心配ない、少なくとも明日は。ミズンはあの港に入る。」
「え?」
「明日もミズンは港に入るよ。
だから私は、ミズンを狙うフィッシュイーターを釣りたい。
そしたら司君の事が、また1つ分かる筈だから。」
どういう、事?
けれど。朗らかな星野さんの笑顔に、オレは小さな疑問を飲み込んだ。
十七之皿 『ミズン&センネンダイ/矜持①』了
こちらの新作を投稿後、他系統の新作を投稿予定。
私の体調だけが問題なのですが。




